御子と野獣2
美/女と/野/獣パロの槍弓、続きました!今回も都合のいい設定となっております/野獣が禁じる部屋に少しだけふれる話、翌日会ったランサーはいつもと変わりない様子で気遣いに感謝しながら野獣に対してはやはり相性の悪さを感じてしょげたり気にしたりするのでしょう
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やわらかな温もりから目を覚ましたクーフーリンは軽く上体を起こして伸びをすると、あくびをしながら室内を見渡した。
落ち着いた調度品で揃えられた美しくも品のある家具、それらにはホコリ一つ積もっておらず久しぶりに使ってくれる主にツヤツヤと光沢を見せて喜んでいる。大きな街の高級宿屋でもお目にかかれない上質な客間に、一瞬自分がなぜこんなところにいるのか忘れて呆けてしまう。
しかしふと視線に止まった外の風景にすべてを思い出し、ふかふかのベッドから降りて部屋につけられた重厚な断熱性の高い窓の外を見たクーフーリンは、思わずすっげ…と呟いた。
外は視界が真っ白に染まるほどの猛吹雪、もしもあの時この城へ泊めてもらわなければ間違いなく遭難して生死の境をさまよっていただろう。
着ていた服もそのままでベッドに入って、そして微睡んだ記憶が無いほどぐっすり寝ていた自分に呆れ混じりの息をつき、とりあえずこの城のどこかにいる野獣を探すため部屋から出た。
クーフーリンは流れの狩人である。どこから来て元々どのような者だったのか、それを彼は語ることがない。しかしそれでも持ち前の気のいい性格から町のものの信用を得て、気ままに森を走っていた。
それが一変したのが昨日のこと、猛吹雪が近いことを知らなかった彼は森に入りあわや遭難というところで見つけたのがこの城だった。森の深くにそびえ立つ巨大な城、そこには無慈悲で理性のないそれはそれは恐ろしい野獣が住み着いていると町では言われていた。
しかし少女を囲い、地主も手が出せず、いつか町を我がものにせんと狙っている野獣の正体は幼い姉の尻に敷かれた家事が得意で世話焼きのお人好しだったのだ。
町で囁かれていることはすべてが誤解でむしろ町を守り続けていた野獣は、知らずのうちに人々から恐れられていると知った時も表情を変えず、迷惑ならば殺せと求めて来る始末。
すべてが濡れ衣だと知った上でこの愚かしいほど人に甘い野獣を狩ることなど出来ず、クーフーリンは殺すに値するか見極めるという名目で、吹雪が去るまでの間客人としてとどまることになった。
昨夜のことを思い出しながら広い城内を歩いていたクーフーリンは、前方に白髪頭を見つけほっと安堵の息をついた。
「おはよう、よく眠れたようだな」
「まぁな、あんないいベッド人生初めてレベルだったわ。あれ土産に一つくれねぇか?」
「ふふ、イリヤに聞いてくれ」
燭台をふきんで丹念に磨いていた野獣は近づく足音に気づくと、久しぶりの客人へ顔を上げた。
鋼のように鍛えられた長身の体に褐色の肌と白髪、どこの国のものとも知れない外見をした男の頭にはさらにありえない獣の耳がついている。髪から続くように真っ白の毛皮をしたそれはクーフーリンが近づいてから声をかけるまでもぴくぴくと小さく動き、陳腐なアクセサリーではなくしっかり生きているものだと如実に伝えてきていた。
一夜明けて本当に魔法使いの手によって野獣にされた男がいるのだと、目の前にいるおとぎ話の中の世界の人物に改めて軽く驚く。
昨夜羽織っていたガウンを脱いだ野獣は、黒いシャツに黒いズボンとかなりラフな格好でいる。少し視線を下げてみると穴を開けて改造されたズボンからうまく飛び出している尻尾が見え、脚が長いおかげで地につかずにいる立派な尻尾のこれまた耳と同様真白でふかふかしてそうな様子に小さく感嘆を呟く。
姿を変えられてから見られることには慣れているのか、クーフーリンのじろじろと上から下まで見つめる視線を野獣は軽い咳払いであしらった。
「そうだ、言い忘れていたが宿を貸してくれて本当にありがとな。お前に見捨てられてたら今頃死んでたぜ」
「気にするな、部屋はあまりある城だ。君はどこの部屋を使った?後でベッドメイクに行こう」
「いやいや泊めてもらっておいてそこまでさせられねぇよ、出ていくまで同じ部屋を使うから放っといてくれや」
「ほぅ?では君は自分一人でセミダブルサイズのベッドメイクができると?そしていつ止むかわからない吹雪が終わるまでの間、シーツも洗濯せずにゴミも埃も溜まるがままにさせてくれというのかね?」
「…ごめんなさい、ここから戻って右に行った部屋です」
深々と頭を下げたクーフーリンはげんなりと肩を落とした。このだだっ広い城の至るところや自分が泊まった客間などを見るに、野獣の男は非常にマメで綺麗好きなのだ。
男の一人暮らしとして多少の不衛生は許容範囲のクーフーリンと、対局に位置しそうな男へこれからの生活が心配になった。
「この城の防寒対策は保証するがそれでも寒い時には言うんだぞ、今も大丈夫か?よかったらガウンを貸すが」
「ガウンって昨日お前が着ていたようなのだろ?ちょっと俺の趣味には合わんな」
そしてすかさず飛んでくる野獣の世話焼きっぷりに手をひらひらと振って払ったクーフーリンは、純白の毛皮をあしらった控えめにそれでもしっかり上品にゴージャスなアインツベルン御用達防寒具を脳裏に浮かべて首を振った。
昨夜初対面の衝撃でろくに見ていなかったが、野獣が羽織っていた防寒兼姿隠しのローブでも下手な金持ち程度では持てない一品であり、そんな高価なガウンを着る自分なんて笑ってしまう。
「起きたばかりなのだろう?朝食なら厨房にある。皿や食器は好きなものを使っていい」
ふきんを手に新たなものを掃除しに行こうと背を向ける野獣載せを慌てて掴んだクーフーリンは、咄嗟に引き止めるための方便を探った。
改めて顔を合わせたかったのもあるが、野獣を探し回った理由の一つとしてクーフーリンは今現在この城を迷わずに歩ける自信が無い。彼の姿を見つけただけでちょっとした感動を覚えるほどだったのだ、みすみすここで別れてしまってはたまらない。
「待てよ、あんなだだっ広い食堂で1人で飯食わせる気か?」
「…それもそうだな、ではついて行こう」
ちなみに野獣は少しちょろいようだ。
「そういやお前の名前、まだ聞いていなかったな」
朝食もたらふく食べて食後のお茶をすすっていたクーフーリンは、目の前でまた食いっぷりを見ていた野獣へ今更なことを聞いた。
これから擬似的にでも共同生活をする上で、野獣なんて呼び方は少し気が咎められる。クーフーリンにとっては呼び方を聞く程度の問いかけだったのだが、意外に野獣は戸惑ったような顔をしてしばらく視線をさまよわせた。
そして少し間を開けた末に野獣の口から出たのは、一般的に用いられる弓兵の呼称だった。
「そうだな…ではアーチャーと、呼んでくれ」
「なるほどね、まだ信用されてないってか」
確かに見せられた弓の腕前はまさに弓兵(アーチャー)と呼ぶにふさわしいものだったが、明らかに個人の名前とは異なる呼び方を教えられてクーフーリンは拗ねたように顔をそらす。
ムスッとした顔へ焦ったように手を上げた野獣ことアーチャーは、それでも唇を小さく噛んで頭を下げた。
「そうではないが……申し訳ない、どうかこれで勘弁してほしい。ちなみに君の名前は?」
「…ランサーだ」
「ランサー、か。君らしい名だな」
当然聞き返されたアーチャーの問いに、自分だけ名前を明かすのは癪でクーフーリンはつい自らも槍兵を表す言葉を返した。
あからさまな意趣返しにも不快な顔を見せず、教えて貰った名を小さく口の中で転がしたアーチャーは柔らかく微笑んだ。
まさかそんな穏やかな顔が見れるとは思わなかったランサーは、思わず含んでいた茶にむせてきょとんとした顔をしているアーチャーへ誤魔化すように続いての話題を振った。
「お前いつも何してるんだ?」
「基本的に城の整備だな、見ての通り巨大な城だろう?時間はいくらあっても足りない。この時期は庭も気をつけて見なければ雪で倒木の恐れもある。イリヤのいない間に彼女好みの庭木が死んでしまっては顔向けできない」
「住んでるのはお前だけなんだろ?サボっても良くねぇか?」
「程々にしているさ。後は台どこ…水回りの整備と保存食の研究だな」
真面目な顔をして野獣と恐れられる男が語る日々は主婦並みに生活感に溢れかえっていた。
長身で屈強な男が毎日せかせかと家事に勤しんでいるなんて誰が気づくだろうか、ランサーのなんとも言えない視線を感じて咳払いをしたアーチャーは立ち上がる。そしてついさっきも食堂の扉を素通りして行ったランサーに、ニヤッと笑いかけた。
「では本日はよかったら城を案内しよう。ここで迷子になられてはかなわない、せめて自分の部屋への戻り方と食堂への道順は覚えてもらわなければな」
鎧が等間隔にいくつも飾られた回廊、高名な画家によって描かれた絵が数えられないほど並んだ壁、季節になれば花咲く中庭、ランサーが入った城門とは別の門の広いエントランス、天井が見えないほど高く作られた本棚に隙間なく本が敷き詰められた図書室などなどなど。
いくつもの階段を登ったり降りたりして数え切れないほどの部屋を見終わったランサーは、流石に森歩きに慣れてると言っても全身を染める疲労で壁にもたれた。
「…と、まぁこの城は見て回った通りだ。だが本当に生活区域として使っているところなんてこれまでの5分の1も無いから安心してくれ」
「それ、早く聞きたかったな」
この城に住んでいるアーチャーも、すべての部屋を見て回って顔に疲労の色を見せている。
かすかに滲んだ汗を拭い、廊下のインテリアに置かれた近くの柱時計を見て1日を城観光に使ってしまったことへ肩をすくめた。
「昼食どころかもう夕食でもおかしくないな、すぐに準備しよう。食堂にちゃんと来るんだぞ」
「おいおいまだ見てねぇところあるだろ」
「庭のことか?そこはまた今度案内してやる。アインツベルンの庭は広いんだ、遭難しても知らないぞ」
「違ぇよ、お前の部屋のことだよ」
すぐに夕食の準備に入ろうと、踵を返そうとしたアーチャーを呼び止めたランサーはそれを何気なく言っただけだった。隅から隅まで丁寧に案内された分、際立った唯一近づくこともしなかった箇所、それは昨日警告された場所に一致しランサーの優れた認識能力の中で容易くアーチャーの部屋だと割り出されていた。
今はいない居住者の部屋も扉の前まで連れていかれて、ここは誰の部屋かを教えて貰っていたためほんの些細な違和感による催促だったのだが、自室のことをふれられたアーチャーは全く予想外の雰囲気へ一変する。
鋼色の目を見開き、まるでランサーが禁断のワードを口にしたように固まっている姿は明らかにこれまでの態度と照らし合わせても異質で、ぴりっと肌を刺す緊張に注意深くしながらそれでもランサーは先を続けた。
「…………」
「最上階の角の部屋だろ?薄暗い階のもっと暗いところを選ぶとは、変な趣味して…」
「…見るな」
「…あん?」
突如言葉を遮ったのはアーチャーの固く張り詰めた冷たい声だった。
ゆったりとリラックスしていた耳や尻尾も緊張に毛先の一本まで立ち上がり、自身の深部へ踏み込もうとした輩を完全に警戒している。
キツく拳を握りしめ懸命に平常心を装うとしながら、アーチャーは食いしばった歯の間から唸るようにランサーへ警告を発した、
「絶対に、私の部屋には、入るな」
「…見られて困るもんでもあるのか」
「うるさい、入るなと言われれば素直に従え。それ以外はすべて許しているんだ、これくらいの礼儀はわきまえてもらおう」
ランサーが言っていることは何らおかしなことではない。それを過剰に突き放してしまったアーチャーは、こちらを訝しげに見つめる赤い瞳へ気づくと瞬間びくりと肩を震わした。そして小さくすまないと詫びを入れると、今度こそ迷いなく背を向けた。
重苦しい夕食を終えて自室へ戻ったアーチャーは、ベッドに腰掛けると深いため息をつく。
らしくなく必要以上の反応を見せてしまった。あれでは誰でも不審がりそして不安定な野獣へ恐怖を抱こう、野獣という名称をつけられてただでさえ対人に関してよろしくないというのに自身でさらに波風を立ててしまった。
ランサーの無造作にこちらの内面にまで踏み込もうとする興味や、そしてそれをうまく防げずについ子供のように反発してしまう自分へ腹が立つ。
出会って間もないがアーチャーは一目見たその時から、警告じみた衝動をランサーに抱いていた。心を隠した末に自身の心のあり方がわからなくなってしまった野獣に、それを容易く探り当てようとするランサーはもはや天敵と呼んでもいい程だ。
アーチャーの自室にもつけられた窓の外、今だ止む気配のない吹雪にため息をつき明日どうせ顔を合わせることになるランサーに対してせめて謝罪しようと心に決めた。
気持ちを切り替えて顔を上げた視界の端に、紅い光がチラチラと映る。
アーチャーは逃れられない光に、目を苦しく細めてそちらを見た。
自室にあっても見ないよう、見ないようにしているのはアーチャーが自室へ人を近づけさせたくない最もの理由、それは台座に突き立てられた一対の剣だった。
片方は白い刀身もう片方は黒のもの、同じ作りにして鏡合わせのように真逆の外見をしたそれの周りを仄かに光る不思議な紅い光が巡っており、物言わぬ剣は静かにガラスケースの中へ収まっている。
…それはかつてアーチャーが弓よりも手に馴染ませた武器、思わず惹かれるように伸ばしたアーチャーの手は、ガラスケースに指先がふれた瞬間電撃を受けたような痛みが貫いた。
反射的に素早く引っ込められた指先へ視線を落とし、じんじんと響く痛みに顔をしかめる。
しかし今や自分にはガラスケースを取ることさえ叶わない、呪いと制約によってもう決してふれることが出来ないこの世界の何よりも手に馴染んでいたかつての相棒を前に、アーチャーは深く肩を落とした。
醜い野獣は愛するもののキスで呪いが解けたらしい、では自分は?
アーチャーの姿を歪めた自分のある傲慢なる考え、それは今もなお消えることは無い。
醜い、醜い…それでも…
呪詛の如く苛む声は矛盾を抱えたアーチャーを刻む刃となり、視線を落とした先に見える足がザワザワと音を立てて爪を伸ばし白い毛が生えてより異形へと近づかせようとする様へ力なく笑った。
「…野獣の呪いなんて、解けない方がマシだとは思わないか…ランサー」