P「えっ?」
にちか「うわぁ~、鼻の下伸び過ぎです」
ある日、雑誌撮影のために訪れたスタジオ。その控室で休憩をしているSHHisと283プロダクションのプロデューサーとの間で、そんな会話がされた。
初めに口を開いた緋田 美琴は彼女の所属する283プロダクションの中でも高い歌唱力を持っている。そんな彼女に突然歌が上手だと褒められたプロデューサーは純粋な嬉しさから出るニヤケを隠しながら問い返したが、隣にいる美琴の相方である七草 にちかに苦い顔をされる。
P「いや、いいだろっ。急に言われて驚いたんだよ」
にちか「だとしてもちょっと不審者すぎますよ。ていうか美琴さん、プロデューサーさんの歌聴いたことあるんです?」
美琴「ううん、ないよ。生歌は聴いたことない」
P「聴かせた覚えもないからな」
にちか「ええ? じゃあどうして......」
なぜプロデューサーの歌が上手だと言ったのか、というにちかの疑問に答えるように、美琴は机の上にあるカバンからスマートフォンを取り出す。
本体にグルグルと巻きつけられたイヤホンをやや雑にほどいて外し、サッサと操作する。そして音量アップのボタンカチカチと数回推してから、ある動画を再生した。
?『泥まみれの』
P「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああッッ!!」
にちか「ちょ! なんです!? 急に大声出して!?」
P「美琴! 一旦それ止めよう! な! 一旦止めような!?」
美琴「え、うん」
軽やかな歌声が美琴のスマートフォンから鳴ったかと思うと、突然プロデューサーが野太い雄叫びを上げそれを止めさせる。
にちかは耳を抑えながら『うるさいです』とプロデューサーに肘打ちし、美琴は素直に指示に従うも『どうして?』と言いたいのが見てわかるほどキョトンとした表情をしている。
対してプロデューサーはというと、急に大声を出したことに息を切らしながらも、数回の深呼吸で落ち着きを取り出すと美琴に向き合った。
P「美琴......その音源はどこで?」
美琴「たまたま動画アプリで見つけたの。誰かが作った『良曲』っていうプレイリストの動画なんだけど、これプロデューサーだよね?」
美琴がスマートフォンの画面をプロデューサーとにちかに向けて見せる。プロデューサーは気まずそうな顔でチラチラ様子を伺うようにし、にちかは画面にがっつり食いついて見る。
再生された動画では、ステージの上でマイクを持つプロデューサーが歌い始めた。
P『届かない星に~」
にちか「うわ......ほんとにプロデューサーさんじゃないですか......」
美琴「うん。結構いい曲だよ」
にちか「確かに良い曲ですけど、これなんの曲ですプロデューサーさん? ていうか、動画非公開になってるじゃないですか。見つけられてラッキーですね美琴さん!」
美琴「そうだね。歌詞で検索しても全然出てこないし、もしかしてプロデューサーのオリジナル曲だったりする?」
P「や、作詞も作曲もユースケさ......んん。なんでもない!」
またもや墓穴を掘った。
青い顔をしながらプロデューサーは口を抑えた手をブンブンと左右に振り、なんとか誤魔化そうとする。しかしその口からでた『ユースケさん』という名前がにちかには聞き覚えしかなかった。
にちか「ユースケさんって、あのユースケさんですか!? いろんな有名歌手に提供してる!?」
P「......」
美琴「283にも提供してくれてるよね。もしかしてそれって、プロデューサーの知り合いだからだったり?」
にちか「いや絶対そうですって! ていうか、なんて顔してるんですかプロデューサーさん」
美琴「あれ、なんだろうこれ。プロデューサーの口から白いモヤが」
にちか「あ駄目です美琴さん! それ引っ張ったらプロデューサーさんが天に登ってしまいますぅ!?」
放心状態で力なく椅子にうなだれるプロデューサー。その口から出てきた魂を何の気なしに引っ張り出そとする美琴と防ごうとするにちか。
2人が騒ぐことで意識を戻したプロデューサーは聞こえないくらい小さく呟く。
P「マジでプレイリストだと非公開見れるのクソ仕様だよ......着実に283の皆にバレてるよ......」
にちか「なんかビブラートがポップスっぽくないですね」
美琴「ここは波が深いよね。でもこのあと......ここだとほら」
にちか「あー、確かに通して聴いたら自然ですね。なんか悔しいですけど」
美琴「うん。多分、今まで聴いてきた人の中で1番上手だと思う」
その歌い方と歌唱力、さらにはステージの上での身振り手振りを含んだ立ち振舞に意見や解釈を出し合うSHHisの2人。
まさに見学、見て学ぶ姿勢になった2人の後ろで、そーっと抜け出そうとするプロデューサー。しかしそれを美琴に見つかってしまう。
美琴「プロデューサー、お仕事?」
P「え!? ああ、うんそう! お仕事! ちょっと抜けようかなと......」
にちか「お姉ちゃんがプロデューサーさんは今日、私たちの撮影だけだって言ってましたけど?」
P「......」
美琴「あ、座った。忙しくないなら、色々聞きたいな」
にちか「私もです! 見間違えなければここって武道館じゃないですか!?」
P「ウン」
まさに無、といった表情で短く頷くプロデューサー。そのタイミングで曲はファルセット、裏声に入った。
美琴「ファルセットへの切り替えも綺麗で滑らかだね」
にちか「でも高音は美琴さんのほうが上手ですよ! ファルセットなんて高音出ない人が逃げに使うやつじゃないですか~」
美琴「そう? 私も結構ファルセット使うけどね。高音出ないから自然に逃げてたのかな」
にちか「え。あ、いや、あの......」
嘘をついて逃げようとしたプロデューサーをディスろう。そんな考えでファルセットは高音が出ない人の逃げだと発したにちかに、美琴は曇り1つ無い目で問いかける。
墓穴を掘った。先程のプロデューサーのように焦ったにちかは言葉が出ずに口をパクパクとさせる。
にちか(ま、まずい。美琴さんに嫌われる。どうしよう、なにか言わないと)
にちか「あの、えっと。ほ、ほら! 美琴さんのは逃げじゃなくて、その、表現としてのやつじゃないですか!! てかファルセットって技術ですからね! 高音で逃げてるんじゃなくてそうやって皆使ってますもんね! あはは!!」
美琴「でもにちかちゃん、さっき」
P「いやーにちかの言う通りだよ。そうそう、表現でファルセット使ったんだよオレ。ほら、同じ音がファルセットじゃなくても出せてるでしょ?」
にちか「ぷ、プロデューサーさん......! そ、そうですよね! 上手だと思います! はい!」
美琴「? ......うん、上手だね。良い意味でクセがなくて、でもそれが逆に個性になってる感じする。胸の位置にマイクあっても聞こえるし、声量も抜群」
復帰したプロデューサーの助け舟によって、先程のファルセットは逃げ発言から美琴の気を逸らすことに成功したにちか。
ほっと胸を撫で下ろしながらプロデューサーを見ると、下手なウインクを繰り返していた。
P(頼むぞにちか。この動画のことは他言しないように......って心の声聞こえねえか)
にちか(え、急に変顔してなにやってるんだろこの人。でもさっきのは感謝しますよ! ......って心の中だったら言えるんですけどね)
美琴(仲良しだな、2人)
その後、撮影再開のためにスタッフが入ってくるまで質問攻めにあったプロデューサーは、最後ににちかに『あんまり他の人には言わないでな。美琴にもそういうふうに言ってくれると助かる』とだけ囁いた。
色々と言いたいことはあるにちかだったが、察しの良い彼女はそれをぐっと飲み込んで。
にちか「しょうがないですね~。ま、プロデューサーさんの頼みなら良いですよ! それに、私たちしか知らない秘密っていう弱みを握れるので満足です」
P「ははは、ありがとうなにちか。じゃあ、残りの撮影も頑張ろう!(本当はもっとやべぇことが何人かにバレてるけどな)」
にちか「はい!!」
美琴「プロデューサー、いってくるね」
P「おう。頑張ってな」
そして雑誌撮影のためにセッティングされたカメラの前へとSHHisを送り出すプロデューサー。計画通り、という顔でそれを見つめる彼のことを古くから知っている監督はひと声かけにいった。
監督「バレちゃった?」
P「危うく。でも、アイドルだったことはあの2人にはバレてないですよ」
監督「あの2人に『は』、ね。はははっ」
P「完全にバレたらもうプロデューサー引退するつもりですからね、オレ......」
監督「いいじゃん、伝説のアイドル復活か! そん時の広告撮影は任せろ!」
P「いやキツイだろ。もうじきオレも30になってメンバー全員三十路なのにあのスケスケ衣装は着てられねぇよ。お婿に行けない」
その言葉は撮影現場が慌ただしく動く音にかき消されたのだった。
続きを楽しみにしてまーす