行い全てがそれならば【F/sn】
novel/5483430 の続きのような弓士だか士弓だか。順番決められませんごめんなさい。0721の日にちなんでるんですが、えろくも何ともないです。
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「以前から気になっていたことがある」
と。アーチャーは俺の前に座って徐ろに言った。
「何だよ」
俺は多少警戒しつつ、同じような格好でヤツの前に対峙した。コイツがこういう物言いをする時は、だいたいロクな話じゃない、経験則として。
「貴様は自慰の一つもせんのか?」
案の定、告げられた内容はロクでもなかった。呆れて即座に返答も出来ない。
「おまえな……久しぶりに話し掛けて来たかと思ったら、言うに事欠いてそれかよ。もう少し他に何かあるだろ」
契約を結んで結構経つが、コイツは必要事項以外は一切言葉を発しようとせず(代わりによく手は出て来たが)、ま、俺と口利きたくなんぞないだろうなと流していたら、いきなりこれだ。デリカシー云々は置いておいても、ほんとどうかと思う。
そんな俺を見て、アーチャーは表情を険しくして問い詰める。
「下手な誤魔化しはせんでいい。してないんだな?」
「……ああ」
別に誤魔化そうとは思っちゃいなかったが、相手の真剣さに呑まれて渋々頷いた。こんなこと、わざわざ告白させなくたっていいだろうに。
「いつからだ?」
そうして、アーチャーは更に俺を追い込んで来た。分かってるだろうにわざわざ聞くか、普通?
「アンタと契約してからだよ」
嘘を吐くことでもないので、正直に答えた。俺の回答を聞いた後、暫くヤツは黙り込んでいたが。
「……謝るべきかね、マスター?」
などとやはり真面目に聞いて来た。
「別にいい、想定内だ。むしろこの程度で済んで万々歳だろ」
「一生この状態が続いても?」
静かな声でアーチャーは問うて来る。その目を真っ直ぐに見て頷いた。
「もちろん」
「……ならば、いい」
お小言とイヤミの嵐が続くかと思ったが、アーチャーはそれだけ言って頷くと、邪魔をしたと詫びて立ち去った。
「……」
久しぶりにヤツの小言が聴けるのを楽しみにしていなくもなかった俺は、何となく拍子抜けしてしまって。
戯れに自慰の真似事でもしてみようかと、軽く己の性器を服の上から撫でてみたが。
案の定ぴくりともしなくて、本当に魔術というやつは等価交換だなと、改めて感心したのだった。
遠坂の手を借りてアーチャーと契約を結んだ時。一番の不安は回避されたことが分かって、俺もアーチャーもそして恐らくは遠坂もほっとしたものだった。
とは言え二人とも無事存在している不可解な事象を、遠坂は説明してくれた。
「そうね、送電線のケーブルみたいなものだと思いなさい」
遠坂の口から送電線なんて単語が出るのも意外だったが、まあ理論ベースならトラブルは起きないのかもしれない。
「士郎とアーチャーのパスはどういうわけか――貴方たちの関係考えたら、当然のことかもしれないけれど――ほとんど何の抵抗もなく、ぶっとい奴で二人を繋げてるの。これ以上はないくらい効率よく魔力を渡せているわけね」
発電所が魔術師で、送電線がパスで、最後に受け取るのがサーヴァント。俺にとってはわかりやすい喩えだった。
「今まで意識してなかったけれど、わたしとアーチャーはパスが脆弱で、あんまり大量には魔力を渡せないようになってたみたい。その点、士郎の場合は開きっ放しの水道みたいにじゃかじゃか流れてるってわけ。これなら何とかやっていけるでしょ」
俺と契約した途端、アーチャーが消滅する可能性もあったのだ。半分賭けのようなものだったが、本当に成功してよかった。
アーチャーは他人事のように、己の現状を確認している。
「つまり君の十分の一の能力もないようなへっぽこ魔術師でも、魔力の受け渡しに関してだけは人並み以上だった、という訳だな」
「対貴方の場合だけね。わたしの能力不足せいじゃない……と思いたいわね」
「そりゃそうだ。単純に俺とアーチャーの相性の問題だろ」
元同一人物なんだから当たり前のような気もする。いや、他にこういった例はないから、比較のしようもないだろうが。
「……」
遠坂はジト目で俺たちを見た後、はあと溜息を吐いた。
「ま、確かに相性の良さで言えば貴方たちに敵う者はないでしょうね。でも、気をつけて。主から使い魔への魔力の流れが良過ぎるというのも、それはそれで問題よ。魔力はすなわち生命力、気を付けないと己の生命力を際限なく注ぎ込むことになりかねないわ。普通なら自然にストップ掛かるんだけど、士郎だし」
「どういう意味だよ」
「そういう意味よ。一応、忠告しといてあげる」
遠坂はそう言って、ばさりと髪を払った。
「物凄く分不相応なことしようとしてるのよ、貴方は。そりゃ死ぬのも生きるのも貴方たちの勝手だけど、気づかないうちに干からびて死んでいた、なんて。わざわざサーヴァント譲ったわたしが救われないから、気をつけなさいよね」
遠坂の素直じゃない心配を指摘したのは、やっぱりアーチャーだった。
「……まさしく心の贅肉だな、凛」
「そうね、ほんとにそう。でも、ムカつくじゃない、勝手に死なれても消滅されても。せめてそういうのだけは勘弁してよね」
「……分かった」
遠坂の突き放すようで放しきれない優しさに、その時は頷くことしか出来なかった。
一連の言葉の意味をちゃんと理解したのは、もう暫く経ってからだったが。
食欲が増したのはすぐに気づいた。睡眠の量も増したことも。鍛錬の時間を減らすわけにはいかないから、必死で時間のやり繰りをするようになった。
バイトも学校の手伝いも辞めた。申し訳なかったが、いい機会だったとも思う。どちらにしろ、いつまでも続けられるわけじゃないから。
本当は学校も辞めたかったが、せめてそれくらいは果たせとアーチャーにも言われて、何とかやり遂げた。ずいぶんと居眠りも増えてしまったが。
アーチャーがそんな俺を見て、何を考えていたのかは分からない。以前なら「そこまでして養われる筋合いはない」くらい言っただろうが、何も言わず疎かになった家事を小言一つ言うでもなく全て引き受けてくれた。俺の状態を、肯定も否定もしなかった。
その静かな態度にヤツの覚悟を感じて、俺も出来得る限り応えようと思った。
そんな生活を続けていて、ある日。
自分から性欲というものがすっぽりと抜け落ちていることに気づいたのだった。
当たり前と言えば当たり前かもしれない。魔力は生命力であり、精力も生命力そのものだ。性欲なんてものに回せるような余力は、俺には残っていなかった。それだけ分不相応なことをしているのだ。
気づいた時は、それでも少しショックだった気がする。別に使う相手がいるわけでもないのだが、何となく、男として。
でもまあ、俺の性欲とアーチャーの存続だったら、当然後者を選ぶ。考えてみれば余計なことに煩わされなくなったのだから、むしろ喜ぶべきところかもしれない。
そう割り切って、それなりに生活してきたつもりだったが。
アーチャーにバレた時は、それでもやはり気まずかった。
*
「……何をしている?」
もうずいぶんと前の記憶を懐かしく思い出していると、大人しく横たわっていた筈の男がうっすらと目を開いて胡乱げに問いかけて来た。
「見て分からないか?」
「分からないから聞いている」
床の上に胡座をかいて、さて、というところだ、見れば分かると思うんだが。……いや、分からないかな、コイツにも縁のないことだろうし。
「久しぶりにオナニーでもしようかと」
「……別に構わんが、出来るのか?」
鋭いツッコミにう、と詰まる。出来るんだろうか?
「……まあ、やってみれば何とかなるかなって」
「無駄なことは止めろ。仮に成功しても貴様の精液なんぞ飲みたくない。大人しく体力の回復に努めて、普通に魔力を寄越せ」
「りょーかい」
それが一番なのは分かってるんだが、これだけ弱っているのを見ると心配になる。まだパスはちゃんと回復していないし、余計に。
血はもう要らないと言われてしまったら、もっと効率のいいこれでも渡すしかないじゃないかと思う。
そんな俺を呆れたように見ていたが。やがてアーチャーはその手をそっとこちらに差し伸べた。
「そんなことをする暇があったら、手でも繋いでいてくれ」
「そんなんでいいのか?」
「パスの代わりにはなる。これくらいなら、奪い過ぎることもないだろう」
差し出された手を握ると、ひやりと冷たいその感触に再び不安が煽られる。
「突っ込もうか?」
「不能が出来もしないことを言うな。いいから黙って握っていろ」
アーチャーはそう言って、目を閉じる。その顔色はまだ悪い。
「……」
言われた通り、黙ってその手を握る。目をつむると、繋いだ先からゆっくりと俺の力が注ぎ込まれているのが分かる。確かに勃つかどうか怪しい自慰より、余程効率がいいのは確かだ。
ああ、でも。
「……どうした?」
静かになっていたアーチャーが、また話しかけて来た。こうして体の一部を繋げていると、すぐに互いの心の動きが伝わってしまうのは、いいのだか悪いのだか。
「これもオナニーみたいなもんだなって、今更」
結局、俺たちの行い全てが自慰行為には違いない。素直に言えば、男は呆れたように言う。
「今頃気づいたのか?」
「知ってたけど、改めて」
「止めたいなら、いつでも止めろ」
アーチャーはあっさりとそう言って、再び瞳を閉じた。分かってるくせに、ひどい男だ。
「止めないさ。一生続けるって決めただろ?」
俺も、おまえも。
だから俺のありったけのいのちが流れていくように、その冷たい手をぎゅうと握り締めた。