七限。体育
1.ギスギス学園-Z組教室
ブレザーにチェック柄のスカート。上下を制服コスでばっちり決めたネフィリアがどうだっと胸を張っている。
へえ。俺は感心した。いや、思ったより全然キツくないわ。何だよ。やるじゃん。やっぱ顔かね? 美人は何着ても似合うって言うしなぁ。いや、普段いかにも悪い魔女って感じの服着てるから見誤ったわ。お見それしました。似合ってるよ。つーかお前、普段からもっと可愛いカッコしたら? 黒魔コーデも悪くないっつーか俺は好きだけど、やっぱ威圧感あるから悪評に繋がるって面はあると思うんだよな。
ネフィリアは制服の袖を指先でいじっている。笑うのを堪えている時に出る癖だ。満更でもないらしい。
「ふ。小娘と侮られても良いことはないからな。まぁイベント中くらいはいいだろう。特別マップに逃げ場はない。味方を増やすのも戦略の内さ」
ネフィリア速報もその一つか。
強制召喚の先読みはネフィリアの特技だ。制服着用の義務化。一見ワガママを言っているように見えるが、それゆえに恩着せがましくない。ネフィリア速報に価値を認めるプレイヤーは多いだろう。使えるプレイヤーに対してネトゲーマーは優しい。どんなにクズだろうと実績さえあれば擁護派が湧く。
また過去にネフィリアと因縁があって意固地になっている層も、今のネフィリアを見ればコロッと手のひらを返すかもしれない。多分ツンデレみたいになるぞ。「まぁ学校マップでいがみ合っても仕方ねえ」みたいな感じにな。思ったより可愛かったので絆されたと素直に認めることができねえ難儀な連中よ。
その点、Z組のメンバーは素直なもんだ。Z組は政治犯や重犯罪者の集まりだが、悪行も度を越すと威嚇や暴力だけじゃやって行けなくなる。犯罪者も人間だからな。一級線のゴミどもが制服バージョンの級長を拝んでもるもると嬉しげに鳴いている。
おっとメルメルメも当然のように混ざっているぞ。検証チームの元隊長にしてティナンの秘密に迫った男だ。いや今はネカマか。重要案件の検証に挑み、ブタ箱にブチ込まれて出所した直後に別件で逮捕連行された伝説を持つブン屋だ。
メルメルメは早くもピエッタに目を付けられ採寸をされている。いいぞ。俺と同じ目に遭うがいい。このスカートの心許ないことよ。しかも野郎どもがちらちらと俺の顔面偏差値をチェックしてきやがる。これほどまでに不快なもんだとはな。
ゴミどもの視線を避けてさっさと着席した俺とは違い、ネフィリアは有名レイヤーさながら堂々としたもんだ。そしてその横ではアンパンが当然のように虎の威を借りている。
「へっへー。似合うっしょ? あ、旦那。旦那、ほら見て! 旦那の好きな制服コスだよ」
そりゃあ制服ってのは若いチャンネーが着るもんだからな。制服モノが嫌いってのはもはや異常性癖の域だろ。まぁ俺くらいになると熟女モノにも一家言を持つがね。そこがアマチュアとは違うところよ。
「この人の謎のプロ意識は一体何なんだろう……」
ゲームだからな。隠してどうなるもんでもあるまいよ。女にモテたいっつーのは野郎に共通する原動力だろ。そこから目を逸らしてイイ人ぶっても大した人間にはなれやしねえよ。単に遠回りしてるだけだ。俺は近道を行くぜ。
もっともその近道に女装が入り込む余地はないがね。俺は自虐して肩を竦めた。近道を行く筈が獣道を迷走している感すらある今日この頃である。
だが制服コスに居心地の悪さを感じているのが俺だけってことはないようだ。
リチェットだ。スカートの裾を摘んでもじもじしている。
「……やっぱりこんなの変だろ。どう見てもコスプレだよ。あ、あんまり見るな」
サトゥ氏がフォローしている。
「いや似合うよ。そりゃあ普段は修道服だし違和感あるかもしれないけどさ。見慣れれば違ってくるって。な? セブン」
話を振られたセブンは渋々と頷いた。
「ああ。……リチェット。あまり意識しすぎるな。いつもより軽装な分、動きは軽くなる筈だ。慣れておけ」
真夏だろうと何だろうと暗器の携帯性を重視して黒コートの効率厨はやはり言うことが違う。さすがは効率を求めるあまり熱中症で倒れて死んだという逸話を持つ男である。
時間だ。予鈴が鳴った瞬間にZ組の面々は訓練された兵士のように素早く着席した。心強いやつらよ。
人は学習する。以前の腐ったミカンではない。もはやコイツらを校則違反の咎で殺すことは困難だろう。
さあ、マールマール。どう出る?
Zooo……
マールマール先生は一鳴きし、教壇を降りるとガラッとドアを開けて廊下に出て行った。俺たちは一斉にザッと席を立ち、慌てず騒がずしかし俊敏にマールマール先生に続く。
今日の授業は何だろう。暗殺か? それとも強襲か? いずれにせよ殺しの任務であることは違いない。任務を達成した暁には高い評価を得ることができるだろう。そして、あわよくばマールマールを殺る。
俺の隣を歩くサトゥ氏がマールマール先生の大きな背中を見つめ、べろりと舌なめずりをした。軽く上がった手がいつでも剣を抜けるようマールマールの歩調に合わせてぴくぴくと動いている。まるで遠足を明日に控える小さなガキンチョだ。
ふっ。そうはしゃぐなよ。しかしサトゥ氏の気持ちも分からないでもない。レイド級はスキルの入った金色の宝箱だ。俺も様々なネトゲーを渡り歩いてきたが、このゲームのレイド級ほど殺り甲斐のあるボスモンスターはそうそうお目に掛かれるもんじゃない。プッチョムッチョのゴミスキルとは訳が違う。レイド級の討伐に寄与したプレイヤーは、確実に戦史に名を残すだろう。
ネトゲーマーは単に強くなりたいのではない。強くなって活躍してゴミどもにあいつスゲーと言われて脳内麻薬をドパドパ出したいのだ。賞賛の嵐は人を狂わせる。それは本質的にはガチャを回す心理と何ら変わりない。いや、遥かに強い快感を得られるのだろう。だからオンゲーはどれだけあこぎな商売をしようとも形を変えて生き残ってきた。
アクティブユーザーの多さこそがオンゲーの正義だ。そしてこのゲームは得体の知れない技術により、これまでゲームに何ら興味を示さなかった層を取り込むことに成功している。もしもョ%レ氏が当たり前のように使っている技術を一つでも解明することができたなら、現代の暮らしは一変するとまで言われている。
まずハード本体の構成素材すら何なのかよく分かっていないらしい。特にヤバいのは謎の発光物体で、あれを無闇に調べようとすると消される……という噂がある。
なお、俺のピンクバージョンは最近ハード本体から這い出て俺の寝顔をじっと見つめるようになってきた。まぁそれは仕方ねえ。ぶっちゃけ生き物なんでしょっていうのは結構前から言われてたことだ。俺も愛着が湧いて来てるしな。ぞんざいには扱えねえ。
先行くマールマールの背を俺はじっと見つめた。
地球の動物と似た姿。このゲームのモンスターは地球上で育まれた生態や文化を基にしている。しかし【ギルド】はどうだ? あんな生き物は地球上には居ない。クソ虫だけがルールから外れている。ョ%レ氏との戦いの最中、そのことに思い至った瞬間に俺はウィザードの転職条件を満たした。俺の勘違いじゃないってことだ。
だが、そんなことは今となってはどうでもいい。俺は鍛冶屋だからな。水面下でどんな陰謀が動いていようとも無関係の立場を貫いてみせる。一人のエンジョイ勢としてな。
とにかく今は生き残ることだ。思えばマールマール先生の授業をまともに受けるのはこれが初めてということになるが……。
2.ギスギス学園-グラウンド
Zooooooo……
校庭の木に鼻面を押し当てたマールマールがそっとまぶたを閉ざして一鳴きした。
ネフィリアが杖を振り回して叫ぶ。
「散開しろ!」
なるほど。鬼ごっこか。
なるほどね。捕まった生徒は死ぬ。授業の体裁を取りながらも正面から殺しに掛かって来やがったな。
ダッとピエッタが校舎に向かって駆け出した。早い。動きに迷いがない。エンジョイ勢のくせして保身に関しては超一流だ。何か勝算があるのかもしれない。俺もあやからせて貰うとしよう。
俺はピエッタの後を追って校舎に駆け込むと、そのまま保健室に直行した。
保健室のベッドに潜り込んだピエッタが俺を見て文句を垂れる。
「あっ。付いてくんなよ! ズリぃぞ!」
まぁまぁ。そう邪険にしなさんなって。一緒に仲良く生き残ろうよぉ。ね?
俺はピエッタさんを宥めつつ、保険教諭のワッフル先生に一礼した。ちーす。
Gyooon……
モビルスーツみたいな鳴き声を上げたワッフル先生は、今日も今日とて赤く燃えている。全身から命の火を絶やすことなく発散しており、まるで無限の生命力を持て余しているかのようだ。
回転式の丸い椅子に尻を乗っけているワッフル先生がくるっと回って自重で椅子を押し潰した。普通に床に立ち、ぐっと俺に迫る。
な、何スか? 戸惑う俺。
ワッフルはじっと俺を見つめてから、不意に翼を持ち上げて俺の制服をぺろっとめくった。やんっ。俺の腹にワッフルがボディブローを浴びせてくる。
「ゲェー!?」
吹っ飛んだ俺は保健室の壁に背中からめり込んだ。ぐはっ。し、死んだか? いや、生きてる。どう考えても無事では済まない衝撃だったが……。
見れば、俺の腹に得体の知れない紋様が焼き印されている。それは……俺の肌に溶け込むようにすっと消えた。な、何だ? 今のは……ナルトの八卦印ぽかったぞ……。九尾をナルトの腹に閉じ込めてたあれだ。
俺は化け猫様の言葉を思い出した。
(一度壊れたタガが完全に元に戻ることはない)
……プレーリードッグか? 俺のプレーリードッグが封印された?
使徒、ワッフルの固有スキル【心身燃焼】。単なる回復魔法だと思っていたが、色んなことができるんだな。いや、違う。【心身燃焼】という魔法の名称。ワッフルの固有スキルは燃料化の魔法だ。プレイヤーの場合は母体を燃料にしている。寿命を削ってる。少し削れたからといってどうにかなるものではなさそうだが……。
(ジョン。君をここで失うのは惜しいな)
ョ%レ氏は、変貌したジョンの腕を優先的に切除した。あれは……脅威だからというだけではなく、ジョンを倒すのに余計な手間を掛けたと見なすこともできる。
母体を意識的に引きずり出すのはヤバいのか? 元に戻れなくなる? しかしサトゥ氏は普通に戻ってたぞ。あいつ……何か隠してる?
サトゥ氏はそういうところがある。さもプレイヤー全体の利益を優先するような顔して、平気で嘘を吐く。信用ならない。しかしこのことは俺の胸の内にとどめておこう。俺はヤツを敵に回したくない。いざとなれば俺を監禁するような輩だ。
JKの野郎はサトゥ氏をおっかねえやつだと言っていた。その通りだ。サトゥ氏にとってはセブンやリチェットですら便利な駒でしかない。使い勝手のいい、自分を決して裏切らない駒だ。サトゥ氏め。にわかにラスボスめいてきたな。ヤツこそが最後に俺たちの前に立ちはだかる巨悪なのか。ラスボスは身近に潜んでいたようだな……。俺は支持するぜ。なかなかどうしてドラマティックな展開じゃねえか。現場のペタタマさんは今後もラスボス候補の動向を注視していきたいと思います。
さて俺のプレーリードッグは無事に封印されたようだが、まぁ俺としては一向に構わねえ。何ならキャラデリの可能性がなくなってラッキーだ。ありがとね。ワッフル。好き。
俺がワッフル先生の頬にちゅっちゅしていると、ウチの担任教師が壁を突き破って保健室に飛び込んできた。
Zooooooooo……
首根っこを掴まれているクラスメイトのピンキーくんが悲鳴を上げている。冷蔵庫泥棒の末路は哀れなものだった。後頭部を鷲掴みにされ、壁に叩き付けられる。血の花が咲いた。
……ええ? 俺はドン引きした。これ授業だよね? 壁に叩きつけるムーブって激しい憎悪なしに成立するものなの?
おっとピエッタさんが居ない。いつの間にかベッドを抜け出して窓から逃亡したようだ。いっそ清々しいまでのクズっぷりを余すことなく発揮してくれるぜ。
マールマール先生がのしのしと俺に迫ってくる。ど、どうする。今から走っても逃げられねえぞ。鈍重そうな見た目に反してマールマールさんの走力は高い。というか種族人間の足が遅すぎる。
マールマール先生が前足を振り上げる。
えいっ。俺はとっさにワッフル先生を盾にした。
マールマール先生の平手打ちがワッフル先生に命中。頬をブッ叩かれたワッフル先生が、ゆっくりと首をねじってZ組の担任教師を見る。
保健室の壁が吹き飛んだ。何が起こったのかよく分からないが、至近距離から放たれた二つの魔法が干渉し合ったらしい。陥没した保健室の床をちろちろと命の火が舐めている。
高速で突き出されたワッフルのくちばしをマールマールが両手で押さえ込んだ。大きく羽ばたいたワッフルがマールマールの巨躯を押し込んで一直線に校舎の壁を突き破っていく。
マールマールが両足に力を込めて踏ん張る。めくれ上がった床にうまく足を引っ掛け、ワッフルを投げ飛ばした。
ワッフルが天井を突き破りつつも火を吹いた。眷属のそれなど比較にならないほどの凄まじい火勢だ。しかしマールマールはひるまない。飛び上がったマールマールが大きく前足を振ると、ワッフルの放った火が不自然に捻じ曲がる。
Zoooooooooooooooo
咆哮を上げたマールマールが壁を蹴って跳躍した。三角飛びの要領で壁から壁へと飛び移りワッフルを追う。
一方、空中で静止したワッフルは大きく羽ばたいて急降下。錐揉み回転して急速にマールマールへと迫る。これにはさしものマールマールも分が悪いと悟ってか、空中でくるりと回って正面衝突を避けた。上から下まで一気に校舎を貫通したワッフルがすかさず業火を吐いてマールマールの足場を焼き尽くしていく。
割と初期の段階で死んだ俺は、固唾を飲んで両雄の対決を見守る。
次元が違いすぎる。これが、レイド級同士の戦いなのか……!
俺たちの学び舎が沈んでいく。燃え盛る炎が全てを飲み込んでいく。
この日、校舎は全壊した。生き残った僅かな生徒たちはグラウンドに避難し、崩れ落ちていく校舎を成すすべなく見つめるばかりであった……。
レイド級ボスモンスターは天災のようなものだ。
俺たち人間はあまりに無力で。ちっぽけな存在で……。
災禍が過ぎ去ることをただ祈ることしかできない。
だが、どんなに荒れ果てた荒野にも花は咲くのだ。
瓦礫をめくって下を見れば、そこには小さな芽が出ていることだろう。
それは、生きたいという、とても原始的で、それゆえに誰にも遮ることはできないメッセージなのではないか。
そうした小さな、しかし崇高な願いに寄り添って行けるのが人間の素晴らしさなんだと俺は思う。
人間は弱いから。一人では生きていけないから、支え合って生きていくんだ。
誰が悪いとかじゃない。同じ星に生まれた仲間じゃないか。
それがどんなに奇跡的な出来事なのか、俺たちはもう知っているのだから……。
これは、とあるVRMMOの物語。
……などと、校舎崩壊の発端となったペタタマ容疑者は述懐しており……。調べによれば容疑者は現場を逃亡したのち、Z組のメンバーを率いて露店バザーを物色していた現場を通り掛かったティナン志士によって取り押さえられた模様です。取り調べに対しペタタマ容疑者は無実を主張しており、現在は目撃者の証言等を元に余罪含め捜査が進められています。
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