心のアルバム
SSコンテストである。
正直、俺はその手のイベントが嫌いじゃない。お題を念頭に各地を回ってスクショを撮るのは大喜利をやってるみたいで楽しい。他のプレイヤーと発想を競い合うっつーかね。
ただ、夏っぽいスクショ撮れって言われてもゲームん中じゃ冬だしよ。ティナンの画像は検閲入って即刻破棄されっし。それでいて【NAi】は大のティナン贔屓と来てる。
じゃあどうするか。
劣化ティナンことスズキにスク水でも着せて浮き輪持たして真冬の海にでも放り込んでやれば優勝狙えるのかなとぼんやり思っていた。まぁ殺されるだろうが。
しかしキャメルの考えは異なるようだ。ヤツはこう言った。
「まず搦め手は捨てましょう。こういうのはオーソドックスでいいんです。コタタマさんもネトゲーマーなら心当たりがある筈です。SSコンテストの優勝作品は大抵いつも無難なものが選ばれます」
……言われてみればそうだな。
「でしょう? それに手間暇を掛けたものですね。今回のイベントは雑誌に載るそうですから、広告の役割も兼ねている筈……。なら、私たちが撮るべきはきれいなオンラインゲーム。優しい世界……」
お色気路線はダメか。まぁお色気って言ってもちんちくりん一号にそれを求めるのは酷なんだが。
しかしキャミーよ。お前は俺にMPKしろって言ったよな? お前の話を聞いてると殺しはマズそうだ。俺に何をさせるつもりなんだ?
キャメルは人差し指を立てた。
「情報を整理しましょう。ティナンは撮れない。夏らしさ。キャッチーな絵。力作であること」
クズ女は言った。
「場所はマールマール鉱山にしましょう。コタタマさんには山中で目に付いたパーティーにMPKを仕掛けて貰います。夏らしさは強い日差しと水で演出します。私がレフ板を用意しますから、コタタマさんはモグラさんたちを誘き寄せて貰ったのちに頭から水を被って参戦。笑顔で。水浴びしてたけどモンスターが襲い掛かって来たから途中で切り上げて応戦するみたいな感じで。助太刀に入る感じでもいいかも。その瞬間を私が撮ります」
……タイミングが難しいな。モグラさんがプレイヤーに到達してブン殴ってるとマズいんだろ?
「ええ。血はNGです。当然私はスクショ連写しますが、一回では厳しいと思います。場所を変えて何度か仕掛けることになるでしょう」
俺はマールマール鉱山の野外マップを持ってきて机に広げた。キャメルの言う条件に適した場所にペンで印を付けていく。
……やれて三回だな。モグラさんから逃げ切るのは無理だ。スクショ撮影後に俺含め全滅することになるだろう。
派手に動くことになるから自治厨の介入は避けられない。遅くとも二回目には自警団が出動するだろう。しかしすぐには体制が整わない筈だ。裏を掻けば網の目を潜れる。チャンスは多くて三回。成否を問わず山狩りが本格的に始まる前に戦域を離脱する。女神像はマークされるだろう。山越えルートを取る。そこまではいい。問題は不測の事態にどう対応するか……。
具体的なプランを詰めていく俺を、キャメルはぼんやりと見つめている。ややあって、ぼそりとこう言った。
「どうしてこの人プレイヤー側に居るんだろう……」
1.マールマール鉱山-山中
撮影は順調だ。
一回目。モグラさんの群れが地表を突き破って怒涛の勢いで突進してくる。運悪く現場に居合わせたゴミどもがギョッとして武器を構える。やれやれだぜ。水浴びしてる暇もくれねえのかい?っつー体で頭から水を被った俺は半裸で助太刀に入る。ヒャッホー! 俺が斧を掲げてジャンプした瞬間にレフ板を抱えたキャメルがスクショを連写。知らない人たちとモグラさんの群れもキッチリとフレームに収める。
知らない人たちが応戦する。煌めく白刃がモグラさんの厚い毛皮に阻まれ、ゴミどもは全滅した。俺は回れ右してダッと逃げ出す。万が一にも生き残れたなら時間的に大分余裕が出来る。うおおおお! 死に物狂いでダッシュする俺。しかしモグラさんに回り込まれた。俺の顔面を鷲掴みにしたモグラさんが一直線に山の斜面を駆け上がる。凄まじいパワーだ。俺はたなびく旗のように手足をぴんと伸ばすことしかできない。俺の顎はとうに砕け、悲鳴を上げることすらできなかった。
Zoooooooooooooo
咆哮を上げたモグラさんが全体重を乗せて俺の頭を木の幹に叩きつける。俺の頭がザクロのように砕け散り、俺は一度びくりと痙攣して死んだ。
ダッシュで死に戻りしてキャメルと合流する。さあ次だ。さくさく行くぞ。
しかしここでイレギュラー。スクショをチェックしていたクズ女が面倒臭ぇことを言い出した。
「笑顔が欲しいですね」
あ?
「あ、コタタマさんは完璧ですよ。あれだけのことを仕出かしてよくもまぁこんな楽しそうに笑えるなぁってくらい完璧です。けど、ほら、襲われてるパーティーの人たち。全然楽しそうじゃないですよね」
だろうな。
「これ何とかなりません?」
無茶を言いなさんな。
しかし監督がそう言うなら仕方ない。
分かった。何とかする。俺は請け負った。
『アンパンくゥーん!』
俺はアンパンくんに事情を話して一緒に遊ぶことにした。
幸い家に居たらしく、アンパンくんはダッシュで駆け付けてくれた。よーぉ。気さくに手を振る俺。しかしアンパンくんはぷいっとそっぽを向いた。ん? 何だよ。
「……旦那は俺のこと嫌いなんじゃないの?」
は? 何でだよ。
「だってこの前いきなり殺されたし……」
ああ、この前のことか。そりゃ違うぜ。誤解だよ。あん時は俺、セブンに攻撃を受けてたんだよ。軽くスタンド戦みたいになっててな。お前を巻き込みたくなかった。
俺ぁよー。どうにもお前相手なら何やってもいいと思っちまうんだよな。悪い癖だぜ。へへっ。正直に言うとな、アンパンよ。俺ぁお前と一緒に居る時が一番楽しいぜ。
嘘ではない。楽しいと言うより気楽だ。好き嫌いの話ではない。別に友情など感じていないが、自然体で接することができるヤツと一緒に居るのは楽しい。
アンパンは照れている。女キャラを使っていると仕草も引っ張られるようで、身体をくねくねさせるたびに茶色いポニーテイルが上下に弾む。
「ホント? お、俺も旦那のこと嫌いじゃないよ。ネフィリアに怒鳴られてる時いつも庇ってくれたし……!」
おお。だろ? あの女は自分がデキるからって周りのやつにも同じこと求めてくるからな。ハタから見てっと理不尽なんだよ。あいつ、俺とガチで口喧嘩すると泣かされっから俺にはあんまり強く言ってこねーしな。
「旦那は血も涙もないもんね。やっぱりそこは種族の違いっていうか人間の限界なのかなって」
殺すぞ。おら、アホなこと言ってねーでさっさと出すもん出せや。
「なんでこんなチンピラと俺友達やってるんだろう……」
アンパンはぶつくさと文句を垂れながら試験管を取り出し、繊細な手つきで左右に軽く揺すった。内容液がじわりと濃さを増す。
笑顔になるクスリか。
「改良版だよ。笑顔になる気化液。大気成分と反応して、どんなに冷めきった寄席も温めてくれる。この薬は優しさで出来てるんだ」
アンパンはネフィリアの元手下である。
才能もあったんだろうが、ネフィリアの計らいで理想的な研究環境に身を置いていたアンパンは劇薬の扱いに長ける。
アンパンは試験管をじっと見つめ、笑顔になるクスリの出来栄えに微かな自信を覗かせた。
「今回のバージョンは笑い死にしたりしない。俺はプレイヤーに愛される薬屋さんになるんだ」
無理じゃねえかなぁ。俺は口には出さなかったがそう思った。まずクスリで笑わそうとする発想がヤベぇよ。しかも気化液だと? ネフィリアの下を離れて一層実用性の高いクスリを開発しやがった。コイツはもう手遅れだな。
「あと、これ。ソリッドって言うの? 作ってみた」
そう言ってアンパンは俺にカプセル状のクスリを手渡してきた。おお、完成したのか。
「試作品だよ。強度とか色々。試してみないと分かんない。丸薬のほうは待って。カプセルより面倒臭い。リアルと胃液の強さが違うんだもん。っていうか組成? 計算が合わないんだよね。スピンの串焼きとか街で普通に売ってるし食べれるけど、あれ人間の胃液で消化できるものじゃないんだよね。本来は」
おお、そっちは任せるぜ。このカプセルは、いやよそう。後で詳しく聞くわ。予定が押してる。準備ができたなら始めようぜ。
二回目。アンパン印の気化液はバッチリだった。モグラさんの群れに襲われたゴミどもはにっこりと笑顔で死んでいく。耳をつんざく悲鳴もどこか楽しげだ。いいね。俺も二回目とあって理想的なスタートダッシュを切れたと思う。歩幅を広めに、力強い走りでぐんぐんと加速してゴミどもを置き去りにする。しかしリンクしたモグラさんたちの包囲網を崩すのは容易ではない。地表を突き破って伸びたモグラさんの前足に足を掴まれ、ブン投げられた。放物線を描いた俺を別のモグラさんが跳躍し空中でキャッチ。俺の顔面を両手でしっかりとホールドしてアリウープさながらゴシャアッと切り株に叩き付けた。なんという敏捷性。そしてエンターテイメント。切り株の上に垂直に突き立った俺の身体が、ぱたりと倒れた。俺は死んだ。
ダッシュで死に戻りして三回目だ。イケるか? 体感だが時間はギリギリだ。自警団は既に発ったと見ていい。俺の仕業ってこともバレてるだろう。三度目はあえて一回目の近場で行う手筈になっている。まだモグラさんが近くをうろついている可能性が高い。普通なら絶対に避けるポイントだ。しかしだからこそ行く。さすがにノーマークってことはないだろう。現場検証を行っている筈だ。しかし裏を返せば、現場検証に駆り出されるのは自警団の主力にはなれない連中だ。モグラさんたちの敵じゃない。
居た。あいつらだ。
レフ板を抱えたキャメルが俺を見て頷く。アンパンが試験管を軽く掲げて頷く。よし。
いや! 待て。俺は直前で二人に制止を掛けた。何かおかしいぞ。違和感がある。何だ? 俺は標的となるゴミどもの様子をじっくりと眺める。……何も問題はないように見える。それが問題だ。順調すぎる。あまりにも事がうまく運びすぎている。
俺は二度のMPKを実行に移した。モグラさんたちは目に付くゴミを皆殺しにしたからといってすぐに通常業務に戻ったりはしない。同じマップで連続して群れ規模のMPKを行えば、巣作りに近い現象が起きる。それなりの騒ぎになってる筈だ。なのに、あのゴミどもは何ら警戒した素振りがない。もちろん偶然ということはあるだろう。掲示板を見ないプレイヤーだって当然居るし、安全地帯だと思い込んで危機感を抱いていないだけかもしれない。
しかし三度目だ。俺は先生やネフィリアとは違う。直感的に正解を導けるようならセンスは持ってない。どんなに綿密にシミュレーションしたところで、三度目ともなれば予想外の出来事が起きて当然なのだ。
それがない。これは罠だ。読まれてる。
俺は振り返って叫んだ。
「離脱しろ! 捕捉されてるぞ!」
「ああ、なるほど」
木陰から一人の女が姿を現した。
「偽装は完璧ではダメなのですね。少しくらいは粗があって然るべきなのか。少なくともお前に対しては」
メガロッパ……!
2.SSコンテスト-佳境
メガロッパに続き、次々と木陰に潜んでいたゴミどもが姿を現す。【敗残兵】のメンバーか……!
マズい。完全に囲まれた。
俺たちを囲んでいるのは宰相ちゃんの同期メンバーだ。トップクランに所属しているだけのことはあり、どいつもこいつも初々しさがカケラも見当たらない。この八ヶ月余りで完全に洗脳されたようだ。歴戦の兵じみた抜け目のなさでじわじわと包囲網を狭めてくる。
統制も完璧のようだ。宰相ちゃんがさっと片手を上げると、ゴミどもは一斉に動きを止めた。
宰相ちゃんはじっと俺を見つめている。長い前髪が揺れるたびに左右で色彩の異なる瞳がちらつき、捕らえた獲物を品定めするかのように細かく目線を動かしている。
宰相ちゃんは学校で図書委員でもやってそうな地味な女だ。
しかし【敗残兵】に入隊しようとする時点でマトモではない。
どのネトゲーでもそうだ。ガチクランの新メンバー募集要項は遠回しに「使えないプレイヤーは要らない」と言っているに等しい。
だから【敗残兵】に所属しているメンバーというのは、国内サーバー屈指の廃人どもを前にして「足を引っ張るようなことはない」と言い切れる連中の集まりなのだ。
その中で更に頭角を現すというのは並大抵のことではない。輝かしいまでの才能に恵まれているのだろう。
だが、しょせんは下っ端よ。俺はべろりと舌なめずりした。
くくくっ……。メガロッパさんよ。お前さんが出張ってくるってことは、サトゥ氏やリチェットはここには居ないってことだよな?
正直ホッとしたぜ。
多少は知恵が回るらしいが、それだけだな。お前にリチェットほどの人望はねえし、サトゥ氏ほどのセンスもねえ。
そのお前が。ほんの少しでもこの俺と対等にやり合えるつもりかい? 先生の教えを受け、ネフィリアの一番弟子でもある、この俺とだ。β組でも初日組でもないお前ごときが。
まぁ上を見るのは立派なことだが、強がりも度を越せば可愛げがなくなる。
俺は目に力を込めて低く凄んだ。
調子に乗るなよ。メガロッパ……。
「その自信は一体どこから来るのですか? 無職のくせに」
無職って言うな。俺は今人生という名のコースでピット入りしてるだけだ。すり減ったタイヤを交換してやらねえと後が続かねえだろ。それは必要なことなんだよ。無理して走っても結局は減速して後続に追い抜かれるだけじゃねえか。
俺はちらっとアンパンを見た。
コクリと頷いたアンパンが「そぉいっ」と試験管を地面に叩き付ける。
緊迫した場は一転して和やかになった。
宰相ちゃんもくすくすと口元を隠して笑っている。
「ふふふ。もう。コタタマさんったら」
へへへ。悪かったよぉ。もうしないから。ね?
あはは。うふふ。えへへ。
みんな笑ってる。みんなみんな笑ってる。
笑顔って大事ね。顔が笑えば心も笑うんだ。争いなんて下らねえ。ラブ&ピースだぜ。
俺は指でハートマークを作った。
感謝するぜ。お前と出会えた。これまでの全てに。
死に晒せよやぁ〜。
俺は朗らかな声を上げて突進した。メガロッパだ。メガロッパさえ殺せば何とかなる。
メガロッパも応じて前に出る。にこにこと笑顔のまま。獲物に飛び掛かる蛇のように低く鋭く跳躍し、一気に距離を詰めてくる。俺は目を使った。俺の目が女の姿を見失うことはない。えいっ、脚照っ。
「やんっ。もーぉ!」
ぷくっと頬を膨らませたメガロッパちゃんがエロい声を上げて急加速した。【スライドリード(速い)】だ。空中で二段ジャンプしてくるくると回りながら俺の頭上を飛び越えていく。
【敗残兵】十八番の空中殺法だ。
プレイヤーの戦い方は人それぞれ。例えば世界最強の男、ジョンなんかは無駄な動きを極限まで削った剣術を使っていた。もしかしたらリアルで剣の達人なのかもしれない。
このゲームにリアルの技術を持ち込むことは難しい。特に格闘術なんかは身体で覚えるもので、その経験がキャラクターに反映されることはない。
ただし達人クラスとなれば話は別だ。多分その領域まで行くと、頭で考えたことを実行に移せる「理」のようなものが見えているのだろう。
しかしそんな人間は滅多に居るものではない。
だからサトゥ氏は【敗残兵】のメンバーに空中殺法を仕込んでいる。
近接職の戦い方を統一することができれば、後衛職と魔法職の負担が減る。連携を取りやすくなる。デメリットがない訳ではないが、余裕を作るというのは大切なことだ。まずミスが減る。
【敗残兵】というクランは、そういうことをやれるクランなのだ。
すとっと着地したメガロッパが振り返る。
俺は血を吐いた。俺の胸に深々と剣が突き刺さっている。
ふっ、武器を手放すとは。メガロッパ敗れたり……!
俺は胸に刺さった剣を引き抜いて振り上げる。死ねえ……。ふらふらとメガロッパに歩み寄る。
俺を見つめるメガロッパの呼吸が荒い。
「はぁ……! はぁ……!」
何だ? 疲弊してる?
いや、そうか。マナの枯渇が近いのか? ついさっきまで狩りをしていたから? それにしては妙な感じだが。いずれにせよ好機だ。
おりゃ〜。死にそうになりながら、俺はがんばって剣を振り下ろした。あっさりと避けられてブン殴られた。俺は死んだ。
「うぅ……!」
宰相ちゃんは真っ赤な顔をしている。地面に転がった剣を拾い上げて、俺の首に刃を当てた。もう死んでるっつーの。何しやがる。
宰相ちゃんが俺の首をすとんと落とした。
意図が定かでないオーバーキルに、【敗残兵】のメンバーがギョッとした。
「メガロッパ、さん……?」
ハッとしたメガロッパさんが動機をこう語った。
「ね、念のため! 念のためですっ。コイツは本当に油断ならないから! 一応ね。うん、一応。ほら、何してるの。動いて。手足を持って。コタタマさん持って帰るから。持って帰って報告しないと。あっ。ちょっと待って。スクショ撮る。報告しないと。ツーショットも欲しいかな。あとで私に送ってください」
「あ、じゃあ私が」
キャメルが申し出た。
「ありがとうございます。お願いできますか?」
「お任せを!」
キャメルがカメラを構える。
宰相ちゃんは俺の死体の前に膝を付いて座って両手でピースした。
なるほどな。怪談めいてやがる。これもまた一つの夏らしさ、か。
そういうことなら協力してやるぜ。
ふわっと幽体離脱した俺は、宰相ちゃんの肩に腕を回してピースした。
キャメルがカメラのピントを合わせる。
「撮りますよー。はい、チーズ」
チーズ。
パシャッ
これは、とあるVRMMOの物語。
心霊写真送られても……。
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