山猫の女
ちっ、セブンめ。この俺を嵌めるとは。
だが、ヤツは俺を無職に落とすために手札を晒した。この借りはいずれ返す。必ずな。
それに俺はどの道ウィザードを辞すつもりだった。遅いか早いかの違いだ。
俺は負けちゃいない。何も失っちゃいない。だが、この屈辱。……いいだろう。今回は痛み分けということにしてやるさ。
セブン。お前が手札を晒したというなら……。俺はサトゥ氏を戦士に戻してやる。それで同等だ。いいな……。
1.山岳都市ニャンダム
俺はサトゥ氏と連れ立って山岳都市にやって来た。街の中を無職二人寄り添って歩く。
数ある職業の中で「戦士」の転職条件は最もあいまいなものになっている。戦士は基本職の一つであるが簡単ではない。おそらくは戦闘中に条件を満たすことができないようデザインされている。それができるなら魔法職が圧倒的に有利になるからだろう。ヤバくなったらクラスチェンジすればいいってことになるからな……。
従来のMMORPGならばNPCが出す課題をクリアすれば転職できるという仕組みが一般的なのだが、このゲームの場合はNPCが敵に回ることもあり得る。種族人間がこうして山岳都市を気軽に歩けるのもルート分岐の結果に過ぎないのだ。
ティナンと仲違いしたから戦士になれないなんてバカな話はない。だから基本職の転職条件はNPCの助けを必要としないものになっている。
戦士の転職条件は同門以外のプレイヤーに戦士と認められることだ。
同門。つまり同クランに属する【敗残兵】のメンバーではサトゥ氏を戦士に戻してやることはできない。
俺はサトゥ氏に目配せした。
サトゥ氏はコクリと頷いた。
「ああ。悠長にキャンプしてる暇はない」
転職条件が最もあいまいな戦士だが、転職するための方法論はとうに確立してある。
一番確実と言われているのが戦士転職ツアーに参加してひたすら訓練することだ。
過酷な訓練をこなす内に同じ釜のメシを食った仲が醸成され、互いに互いを戦士と認め合うことができる。だが、その遣り方はどうしても日数を要する。
よって今回は別の遣り方で行く。リスキーではあるが、サトゥ氏ほどの実力者ならば容易い……とサトゥ氏本人は思っているだろうな。無理もない。自分自身を客観的に見ることは難しい。
まぁやるだけやってダメならキャンプでいいだろう。俺とサトゥ氏は肩を並べて山岳都市の坂道をえっちらおっちらと歩いていく。
しかし気に入らねえな。道行くゴミどもが妙にはしゃいでいる。
「おっ。崖っぷち! ひゅー! 崖っぷちひゅー!」
下手な口笛を吹いたゴミが手から電撃を飛ばして俺に嫌がらせをしてきた。
燃える雷。ムッチョが伝授してくれたスキルだ。レイド級の魔法解放は全プレイヤーに適用される。
新たに解放された【迅速発破】と【風速零下】は宴会芸とそう変わりないゴミスキルだ。ダメージは特にないが……。何だってんだよ。オンドレぁ! 俺はゴミの首を落とすが、ゴミは後からどんどん湧いてくる。
ゴミどもは祝勝会のようなノリでゴミスキルの集中砲火を俺に浴びせてきた。ほう。よほど命が要らないと見えるな。斧をぶら下げてゴミどもに迫らんとする俺を、まぁまぁとサトゥ氏が宥めてくる。
「みんなお前の働きを認めてるんだよ。地獄のチュートリアル以降、初の新スキルだからな。多少のお祭り騒ぎは目を瞑ってやれ」
【敗残兵】のスネークことリチェットの手によって新スキル解放の経緯はキッチリと撮影され、大々的に発表されている。リチェットさんの隠し撮りスキルは凄まじいの一言に尽きる。【敗残兵】に残された最後の良心みたいな顔して平気で悪魔に魂を売りやがる。
まぁ変に隠されてもそれはそれで面倒なんだが……。
俺はョ%レ氏に目を付けられている。日米合同の頂上決戦。あの場に俺も混ざっていたことは、見るものが見れば不公平に映るだろう。あの時、本来ならば俺の立ち位置には【目抜き梟】のリリララ辺りが入るべきだった。それは俺自身もそう思う。
しかしリチェットはうまく隠してくれたが、あの場には赤カブトも居て、運営側に転ばなかったAI娘も居るということを米国の三人に見せるのがョ%レ氏の狙いだったのだろう。リリララが強制召喚を免れたのは、赤カブトの正体に勘付いていないからだ。
リチェットとセブンについては、以前にかなり強引に隠ぺい工作つーか俺とサトゥ氏で首を締めて意識を落としたからな。さすがに不審に思ったのだろう。
そしてネフィリアに関しては、自力で赤カブトの正体を見破っていたということになる。まったく。おっかねえ女だよ。
先を急ぐ俺とサトゥ氏をゴミどもが祝福してくれた。
「無職! 無職!」
沸き上がる無職コールを背に、俺たちは坂道を登っていく。急な勾配に足を取られることもある。それでも足を止めることはない。俺たちはようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い男坂をよ……。
2.ニャンダム山脈-中腹
山岳都市の山の中腹には、化け猫ニャンダムの居城がある。
合法ロリの屋敷から上。ニャンダムの居城までの道のりは険しく、恐れ多くも化け猫のお散歩コースである。
従ってこの辺りにティナンの家はない。触らぬ神に祟りなしである。気紛れなニャンダムの機嫌を損ねないよう、化け猫の身の回りの世話をする神官ティナンが立ち寄るくらいだ。
それは、つまり勝手に住みついてもバレにくいということを意味する。
ニャンダム山脈の中腹は、野生の人間が住まう地だ。
「もるぁっ……!」
バッと木から飛び降りて襲い掛かってくる野生の人間にサトゥ氏が電光石火のクロスカウンターを浴びせる。切って落とした〜!
サトゥ氏っ、ニュートラルコーナーに下がって!
地に沈んだゴミに俺がカウントを取る。
ワン! ツー! ゴミはびくびくと痙攣している。これは……立てない。俺は両腕を交差して試合を止めた。バッとサトゥ氏に手を振って告げる。
勝者! サトゥ氏!
サトゥ氏がガッツポーズを取った。
……と、まぁ万事が万事こんな感じである。
野生の人間というと何だか強そうなイメージなのだが、そんな彼らもゲームを離れればリアルの暮らしがあるし会社に行って食い扶持を稼がねばならない。
しかし廃人の王たるサトゥ氏にとってリアルなど足掛けに過ぎないのだ。放っておいたら死んでしまうから仕方なく自分の世話をしてやっている。
リアルを捨てるもの、捨てられないもの。そこには明確な差があり、必然的に一撃の重みも違ってくる。具体的にはレベルの差だ。
野生の人間たちは、下界の争いに嫌気が差して普通にゲームを遊びたいと主張する自然回帰派の集まりである。一時期はそこそこの勢力を築いていたのだが、暇潰しに俺が仕掛けた潜入工作によって結束をズタズタに引き裂かれて山に追われてしまった。いや、ネフィリアに命じられたんだっけ? よく覚えていない。当時の俺は自然回帰派にまったく興味がなかった。それは今でも同じことが言えるのだが。
ともあれ暇潰しだろうと何だろうと当時の責任者はネフィリアであって、俺の管理監督が不十分だったと言わざるを得ない。つまり俺は悪くない。純真無垢だったピュアタマくんを洗脳して悪の道に引きずり込んだのはネフィリアだからな。この俺もまた犠牲者の一人よ。
ここは犠牲者同士、仲良くしようや。な?
そう言ってぽんと軽く肩を叩く俺に、山の王と名乗る女キャラがガーッと食って掛かる。
「もるぁっ! コタタマっ、お前は私たちを裏切った! その報い受ける!」
報いか。それは構わねえが、お前らとの共同生活は悪くなかった。それが任務とはいえ、お前らを騙すのは心苦しかったよ。俺は自嘲した。今でもたまに夢に見るんだ。悪夢さ。
もちろん嘘だ。何なら今の今までコイツらの存在そのものを忘れていた。だが、それを正直に言えばコイツは傷付くだろう。俺にとって自分たちはその程度の存在だったのかと悔しく思うだろう。だったら俺は優しい嘘を吐く。真相は俺の胸の内。それでいい。
俺はぺらぺらと口を回した。
お前が復讐を願うならそれもいいさ。この身を差し出すよ。俺は許されないことをした。当然の報いだ。
だがな、結果的にではあるが、お前らは下界と縁を切ることで争いとは無縁の暮らしを手に入れた。実際に暮らしてみて、どうだ? 思ったのとは違っただろう。争いを捨てるってのはそういうことだぜ。おっと勘違いしないでくれよな。俺はお前らを否定するつもりはねえ。だが、何事も極端に走るとギャップに苦しむことになる。俺は忠告したつもりだったんだがな……。お前らは聞く耳を持たなかった。当時の俺も……焦ってた。ネフィリアが乗り出す前に何とかしてやらねえと……そう思ってた。
後悔してるよ。もう少し、強く言ってやることができたなら。ネフィリアに意見できるくらいの価値を俺自身が示せたなら。お前らを救えたかもしれねえ。
俺は、名前すらろくに思い出せない女の髪をそっと撫でた。花冠を、編んでやったっけな……。
女は動揺しているようだった。
「あ、あれは捨てた」
また編んでやるよ。俺は間髪入れずに言った。
俺は強くなった。相変わらずネフィリアの手下に甘んじちゃいるが、今は共同経営者くらいの地位に登り詰めた。
そして戻ってきた……。お前らが俺を憎んでるのは知ってる。殺されるだろう。そう思ったさ。でも戻ってきたんだ。あの時の償いをするために。
俺はボロが出る前に素早くサトゥ氏を紹介した。
コイツはサトゥ氏。ご存知トップクラン【敗残兵】のマスターだ。知ってるかもしれねえが、レ氏との戦いでヘマをやってな。今は無職だ。戦士に戻ろうとしてる。分かるか。お前らはサトゥ氏に恩を売れる。トップクランのマスターにだ。そう思って俺が橋渡しを買って出た。どうだ。俺にもう一度チャンスをくれないか? お前らとの暮らしは悪くなかった。俺はお前らの役に立てる。また仲良くやれたら……いや、それは高望みだな。しかしトップクランとの繋がりはお前らにとってプラスになる筈だ。
いかにも狩猟部族といった出で立ちの女族長は、ちらっとサトゥ氏を見てコクリと頷いた。
「わ、分かった。チャンスを与える。それくらいなら、いい」
チョロいぜ。俺は内心でほくそ笑んだ。
怨み妬みなんざ実利の前には消し飛ぶ程度のものでしかない。また己の感情を優先するようなアホは俺の敵ではない。部族の権力者どもが俺の身の安全を保障してくれるだろう。
かくしてサトゥ氏は山の民に伝わる戦士の試練を受けることになった。
ついでに面倒臭ぇ過去の女と和解したぞ。やったぁ。
これは、とあるVRMMOの物語。
次回、ペタタマが大変なことに。
GunS Guilds Online