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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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自由の翼

 俺は鍛冶屋だ。しかしョ%レ氏とバチバチやり合った影響で今はウィザードになっている。まぁそうでもしないと勝てなかったのだが。運営絡みで面倒臭ぇことになると俺も面倒臭ぇことになって面倒臭いことこの上ない。さっさとデサントに戻らないとな。ウィザードで経験値を稼いでから転職するという手もあるのだが……。いや、ダメだな。戦闘メインでレベルを上げると俺の嗜好がそっちに傾く恐れがある。

 しかしサトゥ氏の職を剥奪できたのは大きい。今のヤツは無職。今頃は必死に就職活動をしているんだろうが、このゲームの職業はそう簡単には変えられない。心底愉快だ。俺は他人の不幸を糧にして生きるごく平凡な男だからな。



 1.クランハウス-マイルーム


 ログインした俺はブーンの囀りに目を覚ました。

 清々しい気分だ。やはり俺は他人の不幸で輝ける男。布団の中でごろりと寝返りを打つと、ふにょっと柔らかい感触がした。まぁ赤カブトだ。俺の布団に潜り込んだらしい。

 これがラブコメの主人公なら「ここ俺の部屋だよな……?」とか言ってこっそり布団を出ようとして躓いてベッドにダイブしておっぱい揉んでビンタ食らうまでが一連の流れというかお約束なんだろうが、生憎と俺はセミプロなんでね。慌てず騒がず赤カブトの腰に腕を回してぎゅっと抱き締めてやる。おお、よしよし。そんなにママが恋しいのか。仕方のないヤツだ。俺は赤カブトの髪が絡まないよう気を遣いつつ背中をさすってあげた。


「ん……」


 赤カブトが俺にぐいぐいと身体を押し付けてくる。よしよし。いい子いい子。俺は赤カブトの髪に顔を埋めてなでなでを続行。赤カブトの手がすっとベッド脇に伸びる。おっとベッドに剣が立て掛けてある。準備は万端ってことかよ。だが甘いぜ。

 おらぁ! 俺は赤カブトの剣を蹴り倒した。剣を求めてぱたぱたとベッドの脇を叩く赤カブトの手がぴたりと止まる。諦めたか? いや、違う。布団の中でぎゅっと身体を丸めて「う〜……!」と唸り声を発している。ちぃっ! 剣がダメなら魔法ってことかよ?

 だが……! 俺は素早く計算した。今の俺はウィザードだ。魔法使いの上級職たるウィザードは、攻撃魔法の二段階目を使うことができる。しかしやれるか? 俺に先生と同じことが。いや、やるんだ。密着しすぎている。それ以外に俺が生き残る道はない。不可能を可能にするんだ。俺は赤カブトの唇をじっと見つめて呼吸を合わせる。先生とネフィリアがョ%レ氏との戦いで見せてくれたように、同一魔法による干渉の鍵を握っているのはタイミングと連携だ。

 赤カブトがひゅっと息を吸う。今っ……!


「ふあっ、んぅっ……!」


 放たれた光の輪が千切れて解ける。成功した? 成功だ……! 俺、生きてる!

 やっぱり俺って不可能を可能にっ……!

 ぱちっと目を開けた赤カブトがガバッと俺に抱きついてくる。


「あっ! ああっ! あー!」


 コイツ連続でっ!?

 おごぉっ! 赤カブトが俺の背骨をへし折らんばかりにぎゅーっと両腕に力を込めてくる。至近距離で【全身強打】を浴びた俺の全身にびきびきと亀裂が走る。俺は吠えた。うおおおおおおお! この恐怖を! 克服した時ッ。俺は!

 だが精神論ではどうにもならなかったので俺は粉々になって死んだ。まぁ朝イチで死ぬのは珍しいことじゃない。俺は女神像にスライディング土下座してパッと側転して歩き出し、後を追うように再構築された肉体でウチの丸太小屋の玄関を上がり居間に入る。

 居間でもじもじしている赤カブトが何やら神妙な様子で頭を下げた。


「ご、ゴメンねペタさん」


 ? どうした? 突然謝られても何が何やら分からない。頭を上げるよう言うと、赤カブトは髪の先っちょを指にくるくると巻き付けながら俺を上目遣いに見てくる。


「そのぅ、朝から、あんなに激しく……」


 ああ、なんだ。俺を殺した件か。気にすんなよ。いつものことだし。まぁ何だ。やっぱり可愛いって正義なんだな。お前がゴツい男キャラだったら地の果てまで追いかけて殺すけど、全然そんなことなくてお前は可愛いから許す。むしろラッキーっていうか。収支で言ったらプラスなんだよな。なんか最近感覚が麻痺してきたから自信ないけど、俺って周りから見たら羨ましい立場に居るのかなってちょっと思うよ。

 今日のメシ当番は俺だ。俺はセブンの死体を跨いでキッチンに入ると、チャッチャと朝メシの支度をする。スズキとポチョはまだログインしてないみたいだ。いつも通りの時間なら二人のログインは昼頃かもしれない。朝メシは簡単に摘めるものが良さそうだ。

 ほい、サンドイッチお待ち。

 俺、マヨネーズの味しかしないような薄っぺらいサンドイッチが結構好きなんだよな。たまに無性に食いたくなる。あんぐりと口を開けてサンドイッチにかぶりつこうとする俺に、赤カブトがギョッとした。


「ペタさん!? それっ……!」


 んあ? 俺はサンドイッチを皿に戻そうとして、驚愕した。サンドした食パンの間から人間の指がぼろりと零れ落ちる。

 うおおおおおおおお!?

 とっさに俺は席を立ってサンドイッチから離れた。

 ゆ、指? 俺の……ではないな。ちゃんと両手に五本ずつ付いてる。


 攻撃だ。俺は何らかの攻撃を受けている。しかし一体誰が……。そこまで考えて、俺はハッとした。キッチンに戻り、床を丹念に観察する。……気の所為か? ついさっき何か見慣れた死体が転がっていたような……。


「ぺ、ペタさん」


 赤カブトが不安がっている。俺は赤カブトの手を握ってやった。

 ジャムジェム。俺から離れるな。何か妙だ。具体的に何がとは言えないが……。

 赤カブトは俯いてもじもじしている。


「……あのね。こんな時に聞くことじゃないんだけど」


 じゃあ後回しにしろ。俺はぴしゃっと言った。しかし赤カブトは無視して続けた。


「ペタさん、ね。私のことジャムジェムって言う時とジャムって言う時があって。そ、それってどうしてなのかなぁ?って。私、ずっと気になってて」


 後回しでいい? 本当にクソどうでもいい。


「どうでも良くない」


 いや、どうでもいいでしょ。


「良くない」


 しつけえな。分かったよ。俺、お前のことジャムって呼んだことあったっけ? いや、あるな。結構な頻度で呼んでたわ。

 あのな、俺はお前のことジャムジェムってフルネームで呼ぶよう意識してんのよ。それは何でかっつーと、俺以外はみんなお前のことジャムって呼ぶだろ。そりゃ呼びやすいしな。まぁ分かる。けど俺は、そのみんなと一緒ってのが嫌なんだよ。俺はお前の特別でありたいと思ってるし、俺をペタさんって呼ぶのはお前だけだ。それでいいと思ってる。知らないやつにいきなりペタさんとか呼ばれたら俺はムカつく。多分殺す。そういうことだ。納得したか? 納得したな? しろ。

 それよかこの状況だ。何がヤバい。武器が要るな。おい、ジャム……ジェム。ほらぁ! お前が妙なこと言い出すから変に意識しちゃってギクシャクしたじゃねえか!

 ジャムジェム! 武器だっ。武器が要る。倉庫に行くぞっ。


「う、うん」


 俺は赤カブトの手を引いて倉庫に移動した。セブンの死体をどかして斧を漁る。俺の斧。俺の斧はどこだ。いや、斧はマズい。そうだった。今の俺はウィザード。

 ウィザードの【戒律】は二つある。一つは司祭と同じく刃物と鎧の装備禁止。もう一つは知識の収集だ。斧を武器として使うと職を剥奪されてしまう。別の武器にしなくては。

 ハッ!? 今……。くそっ、まただ。俺は粗大ゴミに埋もれている棒状の何かを引っ張り出して肩に担いだ。赤カブトと一緒に倉庫を出て居間に戻る。

 さっきから何なんだ? 何かおかしい。

 ……朝メシのサンドイッチに挟まっていた人間の指。赤カブトに指摘されなかったら、俺はそのままかぶりついていただろう。

 セブン、なのか?

 俺は……セブンのアビリティを擬死かそれに類する何かだと思っていた。だが、そうではなかったのかもしれない。

 種族人間の固有スキルはレイド級ほど顕著なものではない。リソースの限界のようなものがあり、それ単体で攻撃として成立するようなスキルが生まれることはないのだと思い込んでいた。

 だが、制約と誓約。ハンター×ハンターの念能力のように、発動条件が限定的なものであったなら、対象の感覚を狂わせたり幻覚を見せたりすることくらいはできるのかもしれない。トリガーはセブンの死、か? 分からない。俺はジョジョの登場人物ではないのだ。いきなり未知の能力をぶつけられて対応できるほどスタンドバトルには精通していない。

 ……使うか。俺は、俺の中に眠るプレーリードッグを揺り起こして少し力を分けて貰った。赤カブトがびくっとする。


「ぺ、ペタさん?」


 俺の肌にじわりと得体の知れない紋様が浮かび上がる。それらが徐々に密度を増し、俺を耳なし芳一みたいに黒く染め上げていく。

 俺のアビリティ。ハードラックを、今発動した……。つい先日、ジョンに強制的にアビリティを引きずり出されたことでコツを掴んだのだ。まだ自由自在とは行かないが、肉体的、精神的に追い詰められると少しだけコントロールできるようだ。

 発動したところで大した意味はないのだが。状態2のサスケみたいになるので、ハッタリくらいにはなるだろう。

 おっと目眩が。



 2.ちびナイ劇場


【夏休み特集っ、はっじまるよ〜!】


 過日の狂態などまるでなかったかのように、ちびナイがちびマレと腕を組んでホイホイとステージの上を回る。

 せーのでぴょんとジャンプしたちび姉妹がハイタッチした。

 頬に人差し指を当てて身体ごと首を傾げたちびマレが素っ頓狂な声を上げる。


【お姉ちゃぁぁぁぁぁん!】


【妹よー!】


 ちびマレはにぱっと笑った。


【夏休み特集ってなぁに?】


 ちびナイはびっくり仰天してステージをころりと転がった。


【知らないのぉぉぉ!?】


 ちびマレはしゅんとした。


【分かんないよぉ……】


 しかしすぐに元気を取り戻して、ぽんと手を打った。


【そうだ! あの子たちなら知ってるかも!】


 あの子たち? 嫌な予感がした。

 ちび姉妹がその場で足踏みを始める。ステージの上をしゅーっと何かが滑ってきた。

 それは犬小屋であった。二つある。

 ちび姉妹が手でメガホンを作って叫ぶ。


【プッチョー! ムッチョー!】


 犬小屋から、のそりと黒服二人が出てきた。ちびプッチョとちびムッチョであった。

 犬小屋にお住まいの二人がくいっとサングラスを押し上げる。


【メシの時間か?】

【小遣いの件はどうなってる?】


 だが犬ほどには役に立たないかもしれないバカ二人は、犬よりも良い待遇を要求しているようだった。

 そして調教は順調に進んでいるようだ。

 ちびマレがすっと目を細めると、黒服二人はびくっとした。すぐに気を取り直して、こほんと咳払いをする。


【夏休み特集の件だったな】

【もちろん知ってるぞ。えー……】


 グラサン二人はスーツの内側からカンペを取り出した。


【読めねえ……】

【なんで日本語で書かれてんだよ……】


 グラサンは犬小屋に戻った。カンペを置いて。

 ちび姉妹は、居ない居ないばあした。


【あ! お姉ちゃん! 何か落ちてるよ!】

【こ、これは夏休み特集の説明書き!】


 駄犬との遣り取りはなかったことにしたようだ。

 いつものパターンならこの辺りで目立ちたがり屋の運営ディレクターがしゃしゃり出てくるのだが、今回は少し趣向を変えたようだ。

 ちび姉妹は拾ったカンペを犬小屋に放り込んで、姉妹仲良く今回のイベントの趣旨を説明していく。

 内容はこうだ。


 夏休み特集。

 それは、運営ディレクターがブン投げた仕事をユーザーが肩代わりするという空前絶後のイベントである。

 本当なら八月中に終わらせるべき仕事だったのだが、何かショックなことがあったらしくョ%レ氏は部屋から出て来ないらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのがプレイヤーである。

 既に締め切りはブッチしている訳だが、やると広告を出したからにはやらねばならない。

 いかにも夏っぽいスクショを撮り、投稿。それらを繋ぎ合わせて何となくそれっぽく仕上げるというのが今回のイベントだ。

 賞品は特になし。でも雑誌に載るかもしれない。

 以上。


【奮って参加!】

【お待ちしてま〜す!】


 説明を終えたちび姉妹が、両手を突き上げてぴょんと元気良く飛び跳ねた。ばちっとウィンクして投げキッス。


【うふっ】


 うぜぇ。



 3.クランハウス-居間


 何やらョ%レ氏をやっつけた俺らが悪いとでも言いたげだが、そんなことは知ったこっちゃねえな。

 今はセブンだ。野郎。何が狙いだ? 復讐か? 君主のジョブをサトゥ氏から取り上げた俺への……。

 いや、違うな。そうじゃねえ。らしくない。では?


「旦那。旦那〜」


 勝手に上がり込んだアンパンがてててと俺に駆け寄ってくる。

 オンドレぁ!

 俺はアンパンの首を刎ねた。邪魔だ。

 ……首を? 刎ね、た……。


 ドドドドドドドド……


 俺は手元に視線を落とした。アンパンの血に濡れた斧をじっと見つめる。

 斧、だと……?

 俺は絶叫を上げた。


「何ぃぃぃぃぃっ!?」


 ウィザードの【戒律】。刃物と鎧を装備できない。刃物を武器として使った瞬間に、司祭とウィザードはその資格を失う。

 セブン。お前は。俺を。

 どこからともなく差し込んだ光が俺を照らした。

 アナウンスが走る。


【条件を満たしました】

【イベント】【自由の翼】【Clear】

【Class Change!】

【ペタタマ さんが無職にクラスチェンジしました!】


 アッー!

 頭を抱えて床に這いつくばる俺を、赤カブトがきょとんとして見ている。


「ペタさん? どうしたの?」


 俺のアンパン殺しはスルーである。赤カブトさんの価値基準が段々怪しくなっている。

 くそっ、セブン……! 俺の職を剥奪するのが狙いだったのか。手の込んだ真似しやがって……! しかし何故だ? 何が楽しくてこんな……。いや、違う! そうじゃない!


「もるるっ……」


 廊下からこそっとサトゥ氏が俺を見つめている。

 なるほどな。お前の指図か。なるほど。いや、あるいはセブンの独断かも。サトゥ氏が戦士に復職するのは一人じゃ多分難しい。

 まぁ……そういうことなら仕方ねえ。

 俺は頭を切り替えた。溜息を吐いて、サトゥ氏に歩み寄る。

 サトゥ氏は寂しそうな目をしている。

 俺はニカッと笑った。


「再就職だな」


 俺は手を差し出した。サトゥ氏がおずおずと俺の手に触れる。きゅっと俺の指先を掴んだ。

 俺とサトゥ氏は仲睦まじくウチの丸太小屋を出て、一緒に森の中を歩いていくのであった……。

 木の上に立って腕組みなどしているセブンが、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「ふん……」




 これは、とあるVRMMOの物語。

 毎日が夏休みですね。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
アンパンがあまりにも不憫である てか何しに来たんだ
[良い点] 毎日が夏休みと言えば 昆虫バトルだよね
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