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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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♭集積回路

 1.エッダ海岸


 ひしめき合うゴミどもでエッダ海岸は満員御礼であった。俺もその一人だ。

 さて、噂の黒船とやらは……。あれか。沖に三隻の木造船が浮いている。なるほど、合衆国の船だな。星条旗を掲げている。この状況で国籍を偽っても意味がない。まず本物だろう。

 黒船と言うくらいだから大砲を積んだ戦艦を想像していたのだが、特にそういったことはないようだ。

 どうやらお出ましのようだな。小舟に乗った数名の男女がこちらに近付いてくる。

 小舟が浅瀬に乗り上げた。黒髪の男が立ち上がり、出迎えに馳せ参じた日本産のゴミどもをぐるりと見渡す。


「頭はどいつだ?」


 あら、日本語がお上手……ではないな。このゲームのプレイヤーは厳密には日本語を喋っている訳ではない。ティナンたちの言語で会話している。

 しかし頭ね。国内サーバーの代表者と言えばサトゥ氏辺りなんだろうが、生憎とヤツは新マップの解明に勤しむ日々である。黒船来航の報を耳にしてすぐに駆けつけるのは無理だろう。


「私だ。私が頭だ」


 代わりに名乗りを上げたのはネフィリアだった。上から布を被った配下を連れている。数は十余り。布が不自然な盛り上がり方をしている。人間じゃないな。クソ虫だろう。

 エッダ海岸はネフィリアの縄張りだ。あの女のことだ。いつかこういう日が来ることを予想していたのだろう。

 小舟の上の黒髪が、ネフィリアを見て眉をひそめる。


「女か」


「何か不都合でも?」


 ネフィリアの挑戦的な物言い。黒髪はニコリともしない。クソ真面目そうな面構えをしている。


「いいや。【ギルド】を従えている。トップではないかもしれないが、トップクラスではあるのだろう。こちらに不都合はない。君が代表者でいい」


 黒髪とネフィリアは簡単な自己紹介を交わした。

 黒髪の名前はアンドレ。ありふれた名前だ。偽名でないとしたら、おそらくはβ組だろう。単純な名前であるほど競争率が高い。

 しかし、どちらかと言えば……。俺は小舟の中で座っている一人の女に目を向けた。俺は、黒髪よりもあの女のほうが気になる。ほう。いい女じゃねえか。ホットパンツから伸びる白い脚が眩しいぜ。少し細すぎるが、健康的な色気がある。波打つブロンドの髪。眠たげな目元がセクシーだ。Tシャツの上にカーディガンを羽織っている。

 そのパツキン女が、ネフィリアと事務的な遣り取りをしている黒髪男に茶々を入れた。


「アンディ。あんたって、本当につまんない男だね」


 アンディはパツキン女を無視した。しかしパツキン女は気にしなかった。マイペースだ。小舟の上でぴょんと立ち上がり、日本産のゴミどもにひらひらと手を振る。ニコリと笑って、


「ハーイ。カレンちゃんでーす。よろしくね」


 俺たちはもるもると嬉しげに鳴いた。

 カレンちゃんの言う通りだぜ。アンディ、お前ってやつは何てつまらねえ野郎なんだ。

 俺たちの中でアンドレはつまらない男という認識が根付いた記念すべき瞬間であった。

 アンドレは別に帰ってくれて構わない。しかしカレンちゃんは是非とも歓待せねばなるまい。俺たちの心が一つになった。

 だがネフィリアは別のようだ。カレンちゃんが目立ったのが気に入らないんだろうな。主導権を渡すまいとしているのだろう。相変わらず面倒臭え女だぜ。


「コタタマ!」


 どうやら俺をお呼びのようだが。

 すんっ……。俺は聞こえなかったふりをした。

 おっと、布被りのクソ虫がちょこちょこと俺に寄ってくる。何だよ。来んな。ネフィリアの言いなりになってんじゃねえよ。敵性NPCのプライドはどこに行ったんだ? 飼い慣らされやがって。

 クソ虫が布越しに突起物を俺に押し当ててくる。くそがっ。分かったよ。ったく……。

 俺は天を仰いで片手で顔を覆った。指の隙間から青空を眺めて、目に力を込める。自由気ままに大空を飛んでいたブーンがハッとして砂浜に降りてきた。

 ぢょんぢょんと囀る凶鳥を引き連れ、俺はゴミどもの前に出る。俺の一発芸をカレンちゃんはお気に召してくれたようだ。


「Oh! 目を使えるのね! アンディ、昔のあんたと一緒だよ! 仲間。ね?」


「カレン。お前、少し黙れないのか」


 昔の、か。アンドレはつまらない男なりに色々と考えて、一度はキャラクターデリートしているらしい。やっぱりレベルが上がりにくくなるってのがネックなのかね。なんか俺の末路みたいで気に入らないな。

 つーか、ぢょんぢょんぢょんぢょんうるさい。少し黙れ。俺はブーンの頭を引っ叩いた。お、鳴きやんだ。マジかよ。そんな行動ロジック、以前はなかったんだが……。

 ブーンは首を傾げてじっと俺を見つめている。何だよ。お前ら近頃なんか変だぞ。俺に不満があるなら言えよ。

 しかし不満は特にないようだ。俺の上着をくちばしで摘んでくいっと引っ張ってくる。凄いパワーだ。俺は砂浜に引き倒された。

 ちょっ、やめろ。こら、ノンアクティブ。俺は生きてるぞ。のし掛かってくるんじゃない。人前で何を急に大胆になってるんだよ。わ、分かった。分かったよ。あとでお前ンとこのボスのお子さんに踊り食いされてやっから。な? 今はヤメロって。やめっ……。

 おい、ネフィリア! ブーンの目がヤバい! 俺を助けろ!

 ネフィリアは、ふいっと顔を逸らした。えっ、なに? なに怒ってんの? あ、いっぺん無視したから怒ったの? 違うって。ばか。俺はだなぁ。ええいっ、引っ張るな!

 俺は上着を脱いでブーンと対峙した。くそっ、このトリ公め。意地でも俺を攫うつもりか。だったらこっちにも考えがあるぜ?

 シルシルりん! さっきのナイフを俺に!


「わ、分かりました!」


 シルシルりんがナイフを大胆に投じた。危なーい! 俺はころりと砂浜を転がって回避。すとっと砂浜に突き刺さったナイフを素早く回収して、流れるような手さばきで切腹した。ぬうん!

 カレンちゃんは両手を叩いて大喜びである。


「ハラキリ! ニンジャ!」


 へへっ……。ブーンさんよ。さあ、どうするね? お前が悪いんだぜ。お前が俺の言うことを聞かねえからこうなるんだ。こうしている間にもこく一刻と俺の鮮度は落ちていく。ぼーっとしてていいのかよ?

 良かねぇよな。ガチガチとくちばしを打ち鳴らしたブーンが火を吹いた。俺は消し炭になって死んだ。


「こ、コタタマりーん!」


 俺の丸焼きをブーンがくちばしに咥えて飛び去っていく。

 うーむ。ワッフルの雛の偏食が心配だぜ。最近、俺とセブンばっかり食ってねえか? セブンセブン俺セブン俺セブンセブン俺みたいな……。



 2.ルート分岐


 砂浜では人目に付きすぎるため、場所を移すことになった。

 とはいえ無条件で国内の女神像まで案内してやる義理はない。一度でも登録したなら、合衆国の連中は帰国後もこちらに長距離ワープできるようになってしまう。つまり女神像は取り引きの条件に使えるのだ。タダで差し出すほどネフィリアはバカじゃない。

 ネフィリアは米国の使者をエッダ水道の秘密基地に招待した。ダッシュで死に戻りした俺はカレンちゃんと一緒に釣りに出る。


 ネフィリアはアンドレらとの交渉ルートに入る。俺はカレンちゃんの接待に入る。つまり挟み撃ちという形になるな。そういうことだ、ネフィリア。くれぐれも失礼のないようにな。


「刺し殺されてしまえ」


 分かってる。俺に任せろ。


「いいや分かってない」


 いいや分かってる。


「分かってない」


 分かってる。

 ネフィリアと押し問答を繰り返す俺に、ジョンが大きく手を振る。


「ペタタマサーン! ボートの用意できたヨ〜!」


 よっしゃ。じゃ、行ってきます。

 砂浜でもるもると鳴くゴミどもに見送られ、俺はカレンちゃん、ジョン、シルシルりんと一緒に大海原へ乗り出した。


「えっ。私もですか?」


 うん。せっかく久しぶりに会ったんだし。ジョン、いいだろ?


「もちろんデース。ペタタマサンのフレンドは私のフレンドでもあるネ」


 OK。出航〜。

 沖に出た辺りでカレンちゃんがジョンに声を掛けた。


「ジョン。彼らは?」


「私がこちらで得た協力者だよ。シルシルさんとは今日初めて会ったんだが、ペタタマさんの友人ということであれば信頼できる」


 ジョンは急に日本語が上手くなった。いやティナン語か。

 俺はカレンちゃんに片手を差し出して自己紹介した。


「ペタタマだ。職業はデサント。ま、レベルは低いが……。ジョンとは仲良くさせて貰っている」


「カレンよ。よろしくね。ペタタマ」


 俺はカレンちゃんと握手した。二人にシルシルりんを紹介し、釣り糸を垂らす。

 しかし驚いたな。俺はジョンの協力者だったのか。具体的に何を手伝えばいいのかは分からないが、あまり深く考えるのはやめよう。俺は人間関係に深入りしないと決めたんだ。

 む、釣り糸が引いている。早いな。コイツは大物だぜ。フィーッシュ!

 クソ虫が釣れた。海面から飛び出したクソ虫が頭上から襲い掛かってくる。

 ジョンが刀の柄に手を掛ける。ポン刀使いか。珍しいな。

 飛び上がったジョンが鯉口を切る。居合一閃。おお、よく分からんがクソ虫を倒したようだ。ボートの上に仰向けになって寝転がるクソ虫にジョンが峰打ちを浴びせた。


「ペタタマサーン! 繭を!」


 繭? ああ、クラフト技能の粘土のことね。俺は察した。

 クソ虫の脱落した装甲の隙間にえいやっと手を差し込む。なんか既視感があると思ったら、そういえば以前にリチェットがチップうんぬんと言っていたなと思い出したのである。その時は結局お目当てのブツは見つからなかったんだが……。

 今回は違った。何かのフラグが立ったんだろう。俺はクソ虫の大事な部分から薄っぺらい板を引っこ抜いた。小さいな。パソコンのパーツに近い。集積回路か。なるほど、チップだ。おっと繭だったな。俺はクラフト技能を発動してチップを繭で包んだ。

 カレンちゃんが手を叩いて喜んだ。


「グッド! 初心者とは思えないわ!」


 へへっ、どうも。

 しかし、ここからどうすれば……。いや、違うのか。繭って言ったな。このまま持って行けばいいのか。もしかして普通には持ち歩けないのか?


「察しがいいわね。そう。特別な容器が要るの。ジョンから聞いたわ。こっちのサーバーでは、まだソリッドが普及してないんでしょ?」


 ソリッド? 固形物、か?


「ええ。賦活剤というか、マナを補給する薬剤よ。今あなたが繭に包んだチップがその原材料になるの」


 ふーん。そりゃまた何で?


「♭集積回路。聞き覚えがあるでしょ?」


 あるね。何だっけな……。ああ、戦績発表のあれだ。♭集積回路の収集だったか?


「そう。あなたたちがどこまでクエストを進めてるのか十分には把握してないから少し長くなるけど……」


 カレンちゃんの説明によれば、クソ虫から取れるチップにはプレイヤーの【戒律】を強める働きがあるらしい。どう見てもパソコンパーツだが、肌に触れると体内に溶け込むそうだ。よって生産職が粘土に入れて持ち歩くか、特別な容器に入れなければならない。単に布に包んだりしてもダメらしい。クソ虫の身体の一部なので、時間経過で自壊を始めるのだとか。

 俺は感心した。へえ。海外版は進んでるっていう話は聞いていたが、どうやらマジらしいな。ね、シルシルりん。凄いよね。


「す、凄いよねって……。これ、そんな簡単に済ませていい問題なんですか……?」


 え? 凄くない?


「こ、これマナポーションですよ!? コタタマりん、しっかりして!」


 シルシルりんが俺の頭を揺さぶってくる。

 マナポーションか。ああ、そういえば【敗残兵】の連中がひた隠しにしてたなぁ……。

 プッチョもそれっぽいこと言ってたな。


(スキルを過度に使用した際に行動不能に陥るのは【戒律】が薄まるからだ)


 だから【戒律】を強めることでマナが回復すると。ふんふん、なるほど。そうか。良いことばかりじゃないんだな。

 なあ、カレン。これ聖騎士が使ったらどうなる?


「強制執行の猶予が減るわ。使えば使うほど」


 なるほどね。なるほど。俺はコクコクと頷いた。

 強制執行の猶予時間は表示されない。ノルマ選択時に期間を提示されるだけだ。

 つまりマナポーションを使ったあと、正確な残り時間を知るすべはない。サトゥ氏がマナポーションを隠ぺいしていたのは、単純に聖騎士どもを警戒してのことか。

 けど、必要なことなんだろ? カレンちゃんが頷いた。


「私たちも通ってきた道よ。女神の加護に頼るだけではレイド級には勝てない。必勝法なんてない。運を味方につけることを学ばなくちゃダメなの」


 ソリッドって言ったな。そいつをネタにして俺たちに恩を売りたいのか。


「ダメ?」


 いいや。好きにすればいい。ジョンからどう聞いてるのかは知らねえが、俺は楽しく遊べればそれでいい。お前たちは強い。他人の顔色を伺う必要はねえさ。強いんだから。

 シルシルりんも納得してくれ。これは隠し通せる問題じゃない。いつかはブチ当たる壁だ。世論を味方につけるくらいしないと、俺たちはマールマールには勝てない。もちろんエッダにも。個々人の質を上げるってのはそういうことなんだ。

 シルシルりんは、震える手を胸の前でぎゅっと握った。


「わ、私はコタタマりんを信じます……!」


 シルシルりんっ。


「コタタマりんっ」


 俺たちはきつく抱きしめ合ってくるくると船上で回った。そしてバランスを崩して仲良く海に落ちた。

 海中で待ち受けるクソ虫どものモノアイがビコンと赤く灯った。これは助からん。

 ジョン! ジョーン! シルシルりんを!

 俺はシルシルりんをジョンに託してクソ虫どもに立ち向かった。シルシルりんは殺らせはしない。俺が時間を稼ぐ……!


 魔眼・鳥獣戯画ッッ!


「こ、コタタマりーん!」

「ペタタマサーン!」


 来るな! ジョン!

 クソ虫どもが俺にしがみ付いてくる。狙い通りだ。しかし数が多すぎる。

 やむなしっ。

 セクハラの魔眼・口寄せ……

 奥義っ、淫界降臨ッッッ!


 俺の両目が潰れた。

 ジョン……。シルシルりんを……頼む。

 閉ざされた闇の中、俺は海の藻屑となって消えた。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 とりあえず生みたいな感じで死んでいく。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
[一言] 平和に終わらなすぎてもはやこれが平和まである
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