君の名は
為せば成る。為さねば成らぬ何事も。成さぬは人の為さぬなりけり。
江戸時代に活躍した米沢藩の藩主、上杉鷹山が残した教訓である。
要約すると、諦めなければ夢は叶うということだ。
しかし何事にも例外はある。例えば人間関係だ。
俺が思うに人間関係とはR-TYPEのバイトのようなもので、周囲の人間関係を取り込みどんどん勢力を拡大していく。たとえ異次元に追放しようとも、どこまでも追ってくる。決して逃げられはしないのだ。
言うなればこうだ。
為しても成らぬ。成らぬを為しても時間の無駄なりけり。為さぬは人の世の習いに候。
ペタタマ、心の俳句である。何事も諦めが肝心ということだ。
どうにもならないことに拘っても仕方ない。赤カブトに朝のスキンシップを図って串刺しにされた俺は、その足で山岳都市に向かった。
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
「それはコタタマりんが悪いですよ」
シルシルりんがしゅッしゅッとナイフを研いでいる。
ええ? 俺ぇ?
「そうですよぅ。自覚ないんですかぁ?」
自覚って言われてもなぁ。俺は腕組みをして首をひねった。
つい先日の出来事である。俺の可愛い暗たまが師であるこの俺を差し置いて何だか主人公っぽくなっていた。この先も師匠としてやって行けるのか不安になった俺は、ひとまずシルシルりんに相談してみることにしたのだ。
自覚。自覚かぁ……。俺、何かしたっけ?
シルシルりんが「えっ」と俺を見る。しかしナイフを研ぐ手は止めずに、
「な、何かって正気ですか!? コタタマりんは記憶喪失になったんですよ!? ゲームで記憶喪失にっ……!」
ああ、それ? そういえばそんなこともあったね。けど記憶喪失って言っても一週間かそこらだよ? 何なら俺、翌日にはサトゥ氏に捕まったからね。我ながら不甲斐ないったらねえぜ。実質的にこち亀みたいなもんだよ。両さんが記憶失っても来週には何事もなく派出所でプラモ組み立ててるみたいな……。
「そういうところですよ!」
え? プラモ?
「プラモは関係ないですっ。わ、私たちがコタタマりんのコトどれだけ心配したことか……!」
え。あ、うん。ありがとね。
「軽っ。軽いです! 何なんですか!?」
いや、だってこれゲームだしさ。引退よりはマシじゃね? 実際、俺戻ってきたし。ネトゲーマーって引退する時マジで忽然と姿を消すからね。その点、俺なんかは一連の流れがあった分かなりマシっつーか……。むしろ今生の別れになる要素が一つもなかった訳で……。
「ゲーム脳っ、ゲーム脳っ」
俺はシルシルりんに罵られて興奮した。正座を命じられたので、そそくさと地べたに正座する。
シルシルりんはナイフを研ぐ手を一層激しく前後し、
「何て言ったらいいのかなぁ……! 本当、この人は……!」
おお、シルシルりんの口調が少し乱暴になっている。こんなのは初めてだ。俺は今レア体験をしている。
「……あのですね、コタタマりん」
あ、戻った。ちょっと残念だ。
「私、色々と考えたんですけど。コタタマりんはこのゲームを普通のネトゲと一緒に考えてますよね?」
普通の。ああ、従来のMMORPGってことね。まぁね。そりゃそうだよ。だって同じネトゲーじゃん。
するとシルシルりんはナイフを研ぐのをやめて、俺の両頬を手で挟んだ。間近で見ると、シルシルりんの瞳は思いのほか深い緑色をしていた。青い花弁が散っているように見えて、とても綺麗だ。
「同じじゃないです。私ね。私は……。コタタマりんが笑って、泣いて、怒って、いつも一生懸命で。悪いことばっかりして、なのに時々優しいふりして。そういうところ、ずっと見てきましたから。一緒なんかじゃ、ないんです」
優しいふりじゃないよ。俺は優しいんだよ。ただ相手を選ぶ。優しいって損だからね。一緒に損してくれる人にしか俺は優しくしないんだよ。
「それ、私のことだったりしますか?」
まぁ……。
ん? ちょい待って。なんかおかしいぞ。俺はシルシルりんの頭をぽんぽんと撫でて立ち上がった。
バザーを行き交うゴミどもが妙に騒がしい。妙というのは、人によってバラつきがある。これは……掲示板に何かとんでもない情報が流れた時に見られる現象だ。このゲームは半没入型というログイン方式を取っており、リアルでスマホをいじりながらキャラクターを操作することができる。
何か……ヤバいぞ。シルシルりん……。俺はシルシルりんに声を掛けてギョッとした。
シルシルりんは一心不乱にナイフを研いでいる。しゅッしゅッ。
……ついに俺はシルシルりんに刺されてしまうのか?
いや、しかし殺意が好意の裏返しだというならば喜ばしいことなのでは……。いや、待て。それはおかしいぞ。落ち着け。俺まで毒されてどうする。確かに愛情と憎しみは表裏一体とか言われるけど、そんなのは一部の例外だろう。むしろ自己満足でしかない。俺はそう思う。
だが一方で俺はこうも思うのだ。
シルシルりんが初めて殺した男は俺でありたいとも。な、何を考えている? この感情は一体何なんだ? 俺の感情でありながら俺の理解を超えている。馬鹿げてる。殺されたからって何になる。しかし俺の目はシルシルりんのナイフに釘付けだ。気付けば俺は、シルシルりんのナイフに、手を。
「ペタタマサーン!」
ハッ。俺は正気に戻った。お、俺は一体何を……。
「ペタタマサーン! どこデスカー!」
む? この胡散臭え日本語は……。ジョンか?
ジョン! 俺はここだ! ジョーン!
俺はゴミの中で少しでも目立てるよう挙手して自己主張した。
「ペタタマサーン!」
ジョンは俺を見つけてくれたようだ。ゴミどもの肩から肩へと飛び移ってこちらへ駆け寄ってくる。ティナンを彷彿とさせる身のこなしは【スライドリード】のシフトチェンジによるものだろう。残像の尾を引いて着地したジョンが俺の肩をガッと掴んだ。
「ペタタマサーン。大変ネ」
お前、楽しそうに俺の名前を呼ぶなぁ。何があった?
「あ、分かりマス? ペタタマサンの名前、とてもトテモ発音しやすいネ。癖になるネ。ペタタマサーン。大変ヨ! 合衆国の刺客が来たネ!」
なにっ、合衆国だと? アッメェーリカ?
「ノンノン。アッメリカァーン」
OK。アメリカァ〜ン。
「ノー! アッ……メリカァ……ン」
余韻だけじゃねーか!
「HAHAHA!」
HAHAHA!
いや英語の授業やってる場合じゃねえ。アメリカだと? そりゃあつまり……。まさか。そんな。
う、海を渡って来たってことか!?
「イエス! 黒船来航ヨ! ペタタマサーン!」
かつてサトゥ氏はこう言った。
マップの解放が進み、大陸がその全貌を露わにした時、真の地獄が始まると。
だが、そうではなかった。
地獄の蓋はとうに開いていたのだ。
この星は丸く、海は果てしなく広いのだから。
アメリカ合衆国は、世界最大のゲーム大国だ。
プロゲーマーという「職業」が広く認められており、休日には家族でゲームを楽しんだりもする。
ゲーム人口が違う。
ゲーマーを生み出す土壌が違う。
そう、アメリカと日本には決定的な違いがある。
それは、ゲームが上手いお父さんは子供からカッコいいと言われることである……。
くそっ、マズいぞ。こうしちゃ居られねえ。ジョン! 場所はエッダ海岸か!?
「そうネ! ペタタマサン、急ぎマショウ!」
合点承知の助ぇ!
威勢良く応じた俺であるが、黒船来航の報はリアルの掲示板に書き込むという反則的な手法で爆発的に広まっているらしく、ゴミどもが我も我もとバザーを逆走している。その様相、あたかもゴミ収集車に詰め込まれるゴミ袋の如し。
しかし俺は怯まない。果敢にゴミの群れに突っ込んで顔面にエルボー腹に膝を貰って地面に突っ伏す。更におまけとばかりに打ち下ろしの右を叩き込まれて俺の心はへし折れた。
無理ぃ! ジョン! 俺を連れてって! ペタタマサーンを浜辺に連れてって!
「元よりそのつもりヨ!」
心強いお言葉である。
しかしシルシルりんをこんなところに一人残しては行けない。さ、シルシルりん。こっちへおいで。
シルシルりんは色々なことが一気に起きると思考停止に陥る可愛らしい癖がある。
「え? あ、えっと、はい」
シルシルりんを抱っこした俺はジョンに抱っこされて先を急ぐ。
ジョンは、腕の中にすっぽりと収まった俺を見つめてニッコリと笑った。
「舌を噛まないでくださいネ」
俺はお口チャックしてコクリと頷いた。ジョンのたくましい腕にしっかりと掴まる。準備は万端だ。
俺の準備が整ったことを確認して、ジョンがぐっと腰を落として身をたわめる。それは獲物に飛びかからんとする肉食獣の構えに似て……。
「ア〜オッ!」
甲高い雄叫びを上げたジョンが地を蹴った。何が起こっているのか分からない。ぐんぐんと加速してゴミどもを置き去りにしていく。
俺はジョンの腕の中できゃっきゃと歓声を上げた。
「サトゥ氏より、ずっとはやーい!」
これは、とあるVRMMOの物語。
人間関係がパンクして何も入らなくなっている。
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