三匹が行く
転売。
それはネトゲーマーを長年悩ませてきた問題であり、掲示板等で議論されてきたものの結局は解決案が出ないままソシャゲーの台頭によって有耶無耶になった案件だ。
要は安売りされているアイテムを購入し、適正価格で販売することで利ざやを得るという真っ当な商法である。
そう、真っ当な商法なのである。買ったものをどう扱おうとそれは持ち主の自由であり、やっていることは行商人と変わらない。それの何が問題なのかと言うと、売り手は作り手でもあるというネトゲーならではの構造だろう。
手っ取り早く言うと、作り手が武器を良心的な価格で販売するのは初心者支援という側面を持つ訳だ。それを横からベテランが買い漁って売りに出されているのを見るとムカつくと。つまりはそういうことなのだろうと思う。
まぁ転売というのはネトゲーにまつわる闇の一つであり、それほど簡単な問題ではない。商圏が限られていること、中古品の売買が普通にまかり通っていること。様々な要素が複雑に絡み合っている。
しかしソシャゲーの台頭によって転売にまつわる問題は沈静化した。ソシャゲーの多くはプレイヤー同士のトレード自体ができない仕様なのである。接点がないのだからユーザー間のトラブルなど起きよう筈もない。見方によっては完全な解答を運営側が示したとも言えるだろう。
だが、ある日オンゲー業界に彗星の如く姿を現した一人の運営ディレクターによって転売問題は再燃することになる。
数多くのネトゲーマーが見果てぬ夢と諦め掛けていたVRMMO……。
GumS Gems Onlineの配信である。
このゲームにユーザーへの配慮などという概念はない。得体の知れない技術の結晶たるハード本体をご購入頂いた時点で運営ディレクターの懐に幾ばくかの金が納まる仕組みになっており、運営の強気な姿勢に嫌気が差したプレイヤーが引退を表明しても「ドブ川に金を捨ててくださり誠にありがとうございます」と丁寧にバカにされる始末だ。
その運営ディレクターの名はョ%レ氏。発音できない名前を持つ暫定エイリアンである。
買った買わないで揉める地球人類を、あのタコ野郎は一本ン万円のワインなど飲みながら見下していることだろう。お猿さんとよく似たユーザー間のトラブルなど知ったことではないと言わんばかりに。
そして、今日もまた山岳都市の一角では猿山のボスを決する戦いが人知れず幕を開けているのだ……。
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
とある中堅クラン預かりの戦士、ウズマメ。
取り立てて有名なプレイヤーという訳ではない。まだ少年と言ってもいい幼さが残る容姿に、どこか気品のある柔らかな物腰をしている。
正式なクランメンバーではないが、腕は立つという触れ込みでやんごとない筋よりクランマスターに世話をしてやってくれ、と言われた、らしい。
しかしこの男、とんだ昼行灯であった。
腰に差した剣をそこそこは使えるようだが、常設ダンジョンに連れて行ってものらりくらりとするだけでろくに戦わない。
追い出してしまえば話は早いのだが、一度預かると言ってしまったからにはそれも憚られる。
水が高きより低きへ流れるように、自然とウズマメは誰にでもできるような簡単な仕事を任される……要は下働きのような身分に落ち着くことになった。
その仕事の一つが、露店バザーで商いをする生産職の用心棒である。
客の呼び込みをするでもなく、のんびりと剣の手入れをしているウズマメを露店の店主だろう女キャラがジト目で見つめている。
「……ウズマメさん。クランの戦闘職のみんなはダンジョンに行ってますよ」
クラン預かりの穀潰しとあって、クランメンバーのウズマメに対する態度は冷たい。
しかしウズマメはのんびりしたものだ。
「ああ、そうなの? 毎日偉いなぁ」
「偉いなぁって……それだけですか!? このままじゃ本当に追い出されちゃいますよ!」
「あはは。それは困るなぁ」
困ると言うだけでウズマメに焦った様子はない。それが癇に障ったらしく、女キャラがガーッとウズマメに説教を始める。生活態度に始まり、戦闘中の怠けぶりに至るまで枚挙に暇がない。
「しゃんとしてくださいよ! ウズマメさんってレベル幾つなんですか? どうせ一桁なんでしょう!?」
「まぁまぁ。落ち着いて。あ、お客さんじゃない? なんか近寄ってくるよ」
「もう! いつもそうやってのらりくらりして!」
憤懣やる方ないといった様子の女キャラであるが一応は矛先を収めて接客に入る。つい先ほどの剣幕が嘘だったかのようにニコリとそつなく微笑み、
「いらっしゃいませ〜。ご入用ですか〜?」
「ああ。少し見せて貰うぞ」
返事を待たずにじろじろと商品の検分を始めたのは恰幅の良い男キャラであった。武装した護衛を二名連れている。
女キャラがハッとした。恰幅の良い男は有名人であった。クラン【大黒屋】のクランマスター。悪質な転売屋だ。
利ざやで儲ける転売屋の目利きは確かだ。そうでなくては名が売れるところまでは行かないと言うべきか。
大黒屋はでっぷりした腹をさすってニヤッと笑った。
「おい、女。これとこれを貰おうか」
しかし女キャラは転売に関して否定的なようで、おそるおそる大黒屋に物申した。
「あのぉ……。当店では転売はチョットお断りしておりまして……」
「なに?」
大黒屋の目玉がギョロリと動いて女キャラを見据える。小さく悲鳴を上げた女キャラに、大黒屋は苛立たしげに溜息を吐いて頭を左右に振った。
「これだ……。崖っぷちが居なくなってからというもの、商売がやり難くて敵わん。露店商の質は落ちるばかりだ」
そう言って大黒屋は女キャラを指差した。
「唐突だと感じたか? ならばお前は能なしということだ。女。お前がやっていることは無駄なのだ。転売は認めない。その志は立派だが、具体性がない。例えば、私はここに居る二人に変装を命じることもできる。お前に変装を見破る目はあるまい。結局は同じことなのだ。あの男……。バザーの顔役でもあった崖っぷちはそのことをよく理解していた。この私にもっとうまくやれと面と向かって言ったのは後にも先にもあの男だけだろう。口の回る男でな……。危うく丸め込まれそうになった」
大黒屋は二重顎をさすってニヤニヤとしている。
「その崖っぷちが戻ってきた。女。商売は戦だ。遠からずお前のような甘っちょろい手合いは駆逐されよう。血湧き肉躍る金道の地獄が再来するのだ。覚えておくことだな。ほれ、代金だ。これは貰っていくぞ。文句ないな?」
有無を言わせず大黒屋は目当ての品を引っ掴んで護衛に持たせた。太鼓腹を揺すって来た道を戻っていく。
女キャラは悔しそうに俯くばかりで何も言えなかった。転売行為を真っ向から否定する理などないのだ。
ウズマメは去っていく大黒屋の背中をじっと見つめていた。その瞳が一瞬だけ鋭さを帯びる。
2.ポポロンの森-人間の里
その日の夜の出来事である。
日が落ち、夜の帳が下りた森の中をウズマメが歩いている。片手に持っているのは猫を模したお面。ニャンダムお面であった。
そっとお面を被ったウズマメに、同行者が一人増える。
「あ、不審者発見。夜道は怖いなぁ」
ウズマメがお面の奥でくぐもった笑い声を上げた。
「人のこと言えた義理かよ」
ウズマメの言葉は正しく、同行者は雀を模したお面を被っていた。ワッフル仮面だ。ウズマメと同じく剣を腰に差している。
二人は月のない夜を歩いていく。
「ありゃ。これまた奇遇だね」
不審者がもう一人増えた。こちらは槍を担いでいる。ポポロン仮面だ。
ウズマメが苦笑した。
「また三人かよ。いっつもこれな。お前ら、俺のこと監視してねぇ?」
「腐れ縁もここまで来ると立派だね」
「ま、揃っちまったなら仕方ない。行きますか」
集結した三人は他愛もない世間話をしながら夜道を歩いていく。
互いに行き先を尋ねることはない。目的は一緒だからだ。大黒屋は派手に遣り過ぎた。
この三人は決して正義の味方ではない。悪党だ。これから真っ当な商売をやっている大黒屋を討ちに行く。そこに明朗な理などない。ただ、世話になっているクランメンバーが苦しんでいる。理由は十分だった。
三人は各々の武器を構え、クラン【大黒屋】の屋敷に正面から乗り込んだ。
「な、何だお前ら!?」
転売屋などやっていれば無用な妬みも買う。武器を抜いて迫る門番をウズマメが切り捨てた。ぞっとするような剣の冴えだった。普段ののらりくらりとしたウズマメとはまったく違う。いや、これがウズマメの本当の姿なのだろう。
突然の襲撃にクラン【大黒屋】は騒然となった。大手クランの一つだ。相当な腕利きを揃えているだろう。しかし今の三人は……。
物陰から一部始終をこそっと見つめていた俺は、そっと傍らのレイテッドくんを見上げる。
「……ええ? 必殺仕事人みたいになってるじゃん……。何がどうしてこうなったの?」
赤毛の女キャラ。レイテッドくんは遠い目で夜空を見上げている。
「俺にもよく分からん。……だが、今のあいつらは強い。強くなった」
【大黒屋】の屋敷から剣戟が響き、悲鳴が上がる。三人の快進撃は続いているようだ。
もるるっ……。俺は悲しげに鳴いた。
少し目を離した隙に俺の可愛い暗たまが時代劇の主人公みたいになってしまった。
一体何があったのか。謎である。
これは、とあるVRMMOの物語。
強くなれと言ったのはお前であると記憶している。
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