【ふれあい牧場】
1.クランハウス-マイルーム
ふう……。
窓から朝日が差し込んでいる。
ぢょんぢょんとブーンの囀りが聞こえてくる。
ログインした俺は、布団からむくりと起き出して大きく伸びをした。
爽やかな気分だ。まるで生まれ変わったような……。
一体どうしたというんだろう? 俺自身、戸惑っている。この落ち着きようは何だ?
俺は少し考えて、ああそうかと納得した。
考えてみれば簡単なことだった。
俺の人間関係は完全にパンクしたんだ。もはや俺の手には負えなくなった。いや、仮にどんな天才だって俺と同じ立場になったら匙を投げるだろう。そういう領域に俺は足を踏み入れたんだ。
もう手が付けられなくなったから、慌てても仕方ない。そういう心理に至った訳だ。
しかし……。ふふ、実際にこうなってみると呆気ないもんだな。諦め、に近いのかな? 判然としないが。
例えるとすれば、長いプロローグが終わったような。ようやくこれから冒険の幕が開けるような。とても穏やかで、希望に満ち溢れた朝じゃないか。
俺は簡単に身だしなみを整えてから窓の前に立った。窓の外からブーンが俺をじっと見つめている。ふっ、完全にマークされてやがる。
まぁいいさ。近頃じゃ死なないほうが珍しいくらいだからな。
俺が新しい冒険に思いを馳せていると、隠し扉がくるっと回って赤カブトが俺の部屋に入ってきた。
「ペタさん、おはよっ」
朝から上機嫌にニコッと笑ったコイツの名前はジャムジェム。新章スタートっぽく説明すると、何かと俺を刺し殺してくる頭のおかしい女だ。じっとしていられないタチで、身体を揺するたびに真っ赤な髪がぴょこぴょこと跳ねる。
よう、ジャム。今日は朝早いんだな?
俺が気さくに片手を上げて応じると、赤カブトは元気いっぱいに頷いた。
「うんっ。私、三分おきくらいにペタさんがログインしてないか確認してたから」
そうなのか? そこはかとない狂気を感じるが、まぁ今更っちゃ今更だよな。来いよ。一緒に朝メシ食べようぜ。
俺は赤カブトの手を握って腹を剣でブッ刺された。頬を赤らめた赤カブトがあたふたと手を振る。
「い、いきなり触ったらびっくりしちゃうからダメっ」
悪かったよ。まぁ俺はもっとびっくりしたけどな? 俺はダッシュで死に戻りして玄関から居間に上がった。
今日のメシ当番は劣化ティナンこと元無口キャラのスズキだ。
「あ、おはよー。朝から死んじゃったの? もう、仕方ないなぁ」
くすくすと微笑んでいるスズキは、中学生の時にうっかり神龍に不老不死でも願ってしまったのかと思うほど幼い容姿をしている。エプロン姿に新妻を通り越して犯罪臭さすら感じる、それがスズキだ。
俺より先に居間に降りて食卓についていた赤カブトが、スズキの手料理に瞳を輝かせた。
「わあっ、美味しそう! 私、これ好き! この卵を焼いたの!」
ハムエッグな。俺も好きだよ。好きっつーか嫌いなヤツは居ないんじゃねえか?
おい、待て。ジャム。何をいきなりかぶりつこうとしてんだ。目玉焼きには醤油って教えただろ。
「えー? だって醤油って塩辛いんだもん。私、そのまま食べるほうが好き」
分かってねえな。いいか、俺はお前の味覚について四の五の言うつもりはねえ。好きに食えと言いたいところだが、俺の経験から言わせて貰うと味覚ってのは学習経験によるところが大きい。
目玉焼きに醤油の組み合わせ。これはダンディなんだ。美味い不味いの問題ですらねえし、俺はお前を一流のグルメに育てるつもりだ。そのためには、まず俺の真似をして貰わにゃ話が先に進まねえ。俺は二流だが、今現在のお前は三流の域にすら達してねえからな。俺の夢をお前に託したい。
スズキがエプロンの腰ひもを解きながら微笑ましそうにこちらを見ている。
「コタタマってジャムに甘いよね。ホントにお母さんみたい」
みたいじゃない。俺はペタタママだ。
娘たちよ、見てろよ……。俺は目玉焼きに醤油を垂らした。この絶妙な力加減は経験でしか身に付かない。作法は早い内に身に付けておくべきだ。何しろコイツらは、俺が尊敬してやまない先生のクランメンバーなんだからな。
俺は醤油差しをテーブルに戻し、作品の域に達したハムエッグを皿ごと持ち上げて二人に披露した。見るまでもなく分かる。完璧な仕上がりだ。ニッと口元を吊り上げ、本日のメニューを紹介する。
「コタタマメシ。ハムエッグの醤油添え〜エーゲ海の夜明け〜」
「や、作ったの私だから。エーゲ海……?」
細かいことはいいんだよ。スズキ、お前は料理が上手くなった。お前の腕を俺は信用してる。いいお嫁さんになれるだろう。
「お、お嫁さんって……」
定番の遣り取りだ。小せえのは顔を赤くして俺をちらちらと見る。赤カブトがそっと剣の柄をスズキに差し出した。
「使う? スズキさんなら、私……いいよ」
「な、何言ってるの。ダメだよ。そ、そんなの、まだ朝だし……!」
朝も夜もねえ。俺を共謀して殺そうとするのはやめろ。日が沈んでから動くってそれ完全に計画的な犯行じゃねえか。いや、マジで何なの? 夜間のほうが望ましいとかあるの? ねえ、どうなの?
「そ、そんなの言えないよ。コタタマのエッチ!」
もじもじしてんじゃねえ! 死活問題だろがっ。文字通り……! だろ? ポチョよ!
とんとんと階段を降りてきたポチョがコクリと頷いた。俺と椅子をぴったり付けて座ったコイツは元騎士キャラのポチョ。今は目を閉じているが、金髪碧眼の洋モノだ。西洋美人と言えば俺なんかはすらっとした長身のモデルを連想するのだが、ポチョはそれほど背が高くない。普通だ。中途半端なキャラクリしやがって。
俺は箸で切り分けたハムエッグをポチョに食べさせてやる。この金髪の食事を管理しているのは俺なのだ。肩を抱き寄せて味噌汁を飲ませてやる。
今日のメシ当番はスズキだぞ。美味いだろ? ん? ポチョはコクリと頷いた。よしよし。お前ももう少しがんばろうな。お前の作るメシは大雑把っていうか、改善の余地がある。学ぶべきことは多いぞ。ポチョはコクリと頷いた。よしよし……。
「言われるがままじゃん!」
どうした、スズキ。急に大声を上げて。
「いや、前から思ってたんだけど……。コタタマとポチョの関係はちょっと変だと思う。どこに向かってるのかなって……」
赤カブトも同意見のようだ。コクコクと頷いている。
どこに向かってる、か……。難しい質問だ。何しろ俺自身もよく分かってないし、常々疑問には思っているが考えないようにしてきたからな。ポチョよ、お前はどう思う?
するとポチョはゆっくりと目を開けて……。
「…………」
コクリと頷いた。そして、じっと俺を見る。
よしよし、メシの続きだな。次は白米からだぞ。三点食いは基本だからな。基本は大事よ。
俺は、いそいそとポチョの口に箸を運ぶのであった。コイツは箸の使い方がなってねえからな。やっぱり俺が食わせてやらねえと。
2.山岳都市ニャンダム-刑務所-面会室
メシを終えるなり、俺は山岳都市の刑務所に足を運んだ。
実刑を食らったアットムの面会にやって来たのである。
「やあ、コタタマ」
よう。少し痩せたか? ちゃんと食べてるか?
「あはは。食べなくても痩せないよ。ゲームなんだから」
そうか。そうだったな。
……なあ、アットム。早く帰って来いよな。お前が居ねえと、俺ぁよ……やっぱ寂しいぜ。
「コタタマ……」
アットム……。
俺たちはガラス越しに手を合わせた。こんなにも近いのに……触れ合うこともできないなんて。
「お前らはホモなのか?」
誰がホモだ。
俺とアットムの美しい友情にケチを付けたのは、アットムを面会室に連れて来たティナン看守である。
ちょっと、看守さん。余計な口を挟まんといてくださいよ。ウチのアットムくんはシャイなんです。ほら、恥ずかしがってそっぽを向いちゃったじゃないですか。こうなるとアットムは俺と目を合わせてくれなくなる。
あのねぇ! 俺は席を立って看守さんに憤りをぶつけた。俺は納得してませんよっ。アットムは恵まれない子供たちのために身体を張ったんだ! それをっ……! じゃあ聞くがね。あんたらの法はあの子たちを笑顔にしてやれたのかよ!?
「こ、コタタマ。僕はいいよ」
アットム……! しかしだな!
「君の気持ちは嬉しいよ。ありがとう。けど、僕なんかのことはいいんだ。それよりも……」
分かってる。教会の子供たちは俺に任せろ。……時間だな。名残惜しいが、行くぜ。
俺はザッときびすを返して面会室を後にした。
アットム……。お前の裸芸は……俺が引き継ぐ……!
俺は決意も新たに教会に乗り込み、バッと服を脱ぎ捨てた。パンイチになって吠える。
「お前らの変態だ! 変態様が来てやったぞオラァー!」
後ろでガシャンとツボを落としたような音がした。
「こ、コタタマ……」
あ、大司教様。お久しぶりです。
ぺこりと頭を下げる俺の胸元を大司教様は凝視している。え、何かあんのか? ああ、いや。そうだったな。ティナンは胸元を晒すのを異様に嫌うって話だったか。しかし俺の胸元には特に何もないのだが……。
「なっ、なっ、なっ……!」
おお、大司教様が真っ赤になっている。これが文化の違いってやつか。何やら俺まで気恥ずかしくなってきたぜ。
まぁいい。ガキどもはどこだ? へへっ、居たな。大司教様の後ろに隠れてる。分かるぜ? アットムが居なくなって寂しいんだろ? だが、この俺が来たからにはお前らを泣かせやしねえさ。俺はべろりと舌なめずりしてガキどもに迫る。よう、出て来いよ。鬼ごっこは終わりだ……。始めた覚えもねえがな。
ふん、来ねえのか? だったらこっちから行くぜ……!
俺は奇声を上げてガキどもに突っ込んだ。大司教様が地を蹴る。速い……! だがっ。
脚照ッ!
「ひゃっ!?」
俺の強烈な視線に大司教様がつんのめる。おっと危ない。俺は大司教様をキャッチして小脇に抱えた。
「は、離しなさい!」
嫌だね。大司教様。いや、ポプラ。悪いがお前は二の次だ。俺のターゲットはガキどもなんでね。
ガキどもが意を決したように俺の前に立ち塞がる。
「大司教様を離せー!」
ほう。やる気かい? この俺と。
くくくっ……。なかなかどうして俺も捨てたもんじゃねえな。ガキどもにも大人気だぜ。くくっ、悪くねえ。悪くねえ気分だ。
アットムが戻って来る頃にはヤツの居場所を奪っちまうかもしれねえな〜?
くくくくっ……ふははははははははははは!
ギャッと地を蹴った子ティナンに俺は頬をブッ叩かれて吹っ飛んだ。
は、速い……!
くそっ、バカな。大司教様と同じ……いや、それ以上だと? こ、このガキは一体……。
俺はガクガクと膝を揺らしながら、かろうじて立ち上がる。
俺を殴り飛ばした子ティナンが、ゆっくりと近付いてくる。
「この教会は、ボクが守る……」
あ、あ、あ……。
俺は、生まれて初めて心の底から震え上がった……。
真の恐怖と決定的な挫折に……。
恐ろしさと絶望に涙すら流した。これも初めてのことだった……。
ま、負ける? 負けるのか? この俺が……幼児園児と変わらないガキに?
ふ、ふざけるな。俺はペタタマだ! 誇り高き種族人間の血を引くペタタマ様だぞーッ!
ふんぬっ。俺はブリッジしてカサカサと床を這った。カサカサカサカサカサ……。高速で左右に動く。
子ティナンは呆然としている。ふん、驚きのあまり声すら出んか? しょせんはガキンチョよ。
「たっ!」
む? 大司教様が跳躍した。くるくると回って俺の上に着地。ふげっ。くっ、だが……軽いわ!
俺は仰け反って大司教様を振り落とそうとするが、大司教様は超人的なバランス感覚で体勢をキープ。さっと顔を赤くした大司教様が、俺から目を逸らして叫んだ。
「服を着なさい!」
何でだよ〜! アットムは良くて俺はダメなのかよ〜! 俺はゆさゆさと身体を揺すった。
「アットムは別です! あれは私の弟子ですから」
じゃあ俺も弟子にしておくれよ〜!
「弟子になれば良いという問題ではありません!」
ちっ、ケチんぼめ。
俺は大司教様に上から降りて貰うと、服を着てダッと逃げた。
「あっ、コタタマ!」
覚えてろ! また来るからな!
捨て台詞を吐いて教会を飛び出す。俺は子供に無条件で好かれると思っていたが、そうではなかったようだ。対策を練らねば。
3.クランハウス-居間
先生〜!
俺はクランハウスに戻るなり先生に抱きついた。
先生っ、子ティナンが! 子ティナンが俺をぶったんです!
へへっ……。いかな子ティナンといえど、先生に無体を働くことはあるまい。先生はティナンの王族とも親交が深い。偉いお羊様よ。世の中しょせんは金とコネってことをあのガキンチョに知らしめてくれよう。
俺は涙ながらに事情を説明した。アットムの代理として教会に出向いたこと。せっかく遊んでやろうとしたのに力尽くで追い返されたこと。等々である。
先生は俺の頭をヨシヨシと撫でながら、こう仰る。
「そうか。ティナンの子供たちが」
先生っ。
「うん。分かっているよ、コタタマ。どうやら私の出番のようだね」
そう言って先生はぴょんとソファから飛び降りた。ぱちぱちと瞬きをして、ザッと踏み出す。
先生は高名なプレイヤーだ。見ての通り神である。国内サーバー最高の頭脳集団、着ぐるみ部隊の長にして光の勢力のトップであらせられる。つまり俺のマスターだ。
「ティナンか。ふふふ。面白い。この私が立派な大人に育ててみせよう……!」
先生、出陣……!
これは、とあるVRMMOの物語。
このあと、普通に懐かれて遊んであげて感謝されて帰ってきた。
GunS Guilds Online