命の杯
1.チュートリアル空間
「ふふふふ」
【NAi】が笑っている。剣を片手にぶら下げ、やれるものならやってみろと言いたげだ。
上等……! 俺は一直線に地を駆け、固く握った拳を振り上げる。魔石は使い果たしたし斧はクランハウスに置いてきてしまった。だが拳さえあれば俺は戦える。ガッと抱きついてきた赤カブトが俺の腹に剣をブッ刺した。
「大丈夫だよ、ペタさん。危なくなったら私が殺してあげるからね」
……?
…………。
いや、なるほど。【NAi】はプレイヤーの命を吸収できる。だから俺を殺すことで【NAi】のライフスティールを未然に防ぐということか。
もはや何が正しくて何が間違ってるのか分からなくなってきたが、理に適っているような気もする。
俺は血を吐いて死んだ。しかし女神の加護。プッチョとムッチョがレイド級に変身したことで俺たちは無限の生命力を獲得している。俺は即座に復活し、慎重に後退した。赤カブトさんがじっと俺を見つめている。考えなしで突っ込んだら殺される。一体俺は誰と戦っているのか。それすら混沌とした戦場では定かではなく、意義や善悪が混じり合ってあいまいになっていく。
……いや、おかしいでしょ。絶対におかしいよ。赤カブトは俺の三つ編みをいじっている。
「ペタさん可愛い」
やめろ。俺の邪魔をするんじゃない。ペタタママ怒るよ。
赤カブトはしゅんとした。
「……ナイさん綺麗だもんね。やっぱり私じゃダメですか?」
いやダメってことはないよ。何言ってるの? 本当に何を言ってるの? これ俺が【NAi】に殺されたがってるっていう話なの? ねえ、ジャムジェムさん。俺は【NAi】よか断然お前のほうが好きだよ。けど、それは別に殺されたいっていう意味じゃなくてだな。俺は赤カブトに腹をブッ刺された。だからこういうのをやめろって言ってんだよォー!
「す、好きだなんて。そんな。ひ、人前で何言ってるの! もう!」
くそがーっ! 可愛ければ何しても許されると思ってんじゃねーぞ! 腹に刺さった剣を引き抜かれて俺はコロリと死んだ。
ポチョー! ポチョー! この子ちょっと変になってるから何とかして! ポチョー!
トコトコと歩いてきたポチョがコクリと頷いて赤カブトを抱っこした。すりすりと赤カブトに頬ずりをして戦線を離脱していく。
「やっ。ぽ、ポチョさん離してっ。ペタさんが殺されちゃう!」
「ジャム。こういう時、コタタマの邪魔をしてはいけない。キミもいずれ分かる。浮気は芸の肥やしナリ」
おい! それ何か違くねーか!? しかしポチョは振り返ることなく去っていった。
くそっ、何なんだよ……。
ともあれ、俺がグダグダやっている内にサトゥ氏が【NAi】に突っ掛かったようだ。俺はプッチョとムッチョに声を掛けて一緒に後ろに下がって見学に回る。
「もるるるるるっ……!」
おお、サトゥ氏が理性を手放している。【NAi】を威嚇するサトゥ氏にリチェットが引きずり回されていた。
「さ、サトゥ落ち着け! くっ、自分自身と戦うというストレスに精神が耐えきれず……!」
まぁ母体をやっつけるってのは多分キャラクターデリートと同義だからな。俺もヤバいかなとは思ったが、サトゥ氏のアビリティは普通に欲しかったので止めなかったのだ。俺もいっぺんキャラデリ食らってるしな。
俺と同意見のゴミは決して少なくないらしく、超重力で動けない【刺しビン】をゴミどもがカンカン叩いている。ネトゲーマーが本当の意味で一致団結することなどないのだ。それは、たとえ世界が滅亡の危機に瀕していようとも変わらない永遠の真実だろう。
「もるあっ……!」
生命の危機を察知したか、サトゥ氏がリチェットを振り切って【NAi】に飛び掛かった。これにセブンも続く。
「面白えっ……!」
効率厨のセブンは強者との戦いを好む。それは単に死にたがりというだけではない。俺には分かる。極限まで生きようとしたら死に向かって走るしかないのだ。命の使い方を学ぶため……。いや、違うな。そうじゃない。俺たちのゴールが死そのものなんだ。しかしゴールを割るだけでは満足できない。言うなればゴール前の聖域を俺とセブンは競い合っている。
セブン……! お前の聖域を俺に見せてみろ……!
「アッー!」
サトゥ氏とセブンの詠唱がぴたりと一致した。国内サーバー最強のツートップ。残像を引いて【NAi】に迫るサトゥ氏の目から青白い雷光が走る。セブンのロン毛が渦を巻き、針のように鋭く尖る。【NAi】が剣を捨てた。無手で迎え撃つ姿勢を見せる。
接敵と同時にサトゥ氏が真横に飛んだ。もはや人間の動きではない。身体をぴんと伸ばしたままブンブンと回っている。サトゥ氏の残像を突き破ってセブンの棒手裏剣が【NAi】に迫る。そしてセブンもまた跳躍。上下反転して両手の五指に挟んだ棒手裏剣を投擲する。頭から落ちたら死ぬ。それが何だと言わんばかりの理外の投擲術だ。
勝つこと……! 生きること……! 人が人の領分を越えようとした時、それらは対岸の如く意を分かち……!
ブンブンと回っていたサトゥ氏が気持ち悪い動きでぐるんと【NAi】の背後をとる。顔面から着地したセブンの首が異様に発達した筋肉の盛り上がりを見せる。
「アアッー!」
閃く白刃。跳ねるセブン。
胸元を押さえた【NAi】がニッと笑う。身体を大きくひねり、その場で飛び上がってくるりと回った。その身を包む羽衣が残像の尾を引く。
「かっ……!」
サトゥ氏とセブンが輪切りになって床を転がる。すかさず【NAi】は超重力で二人に蓋をした。
「え〜?」
サトゥ氏とセブンの狂態にリチェットはドン引きしているようだが。
……見た! 【NAi】の秘密。
羽衣だ。あの羽衣は攻防一体の武具。サトゥ氏とセブンを切り刻んだのは瞬間的に硬質化した羽衣だ。
見破ったからといってどうなるものでもないが……!
ただ、ハッキリしたこともある。
強い! 圧倒的に……!
ああまで仕上がったサトゥ氏とセブンをまったく寄せ付けない強さ。
プッチョとムッチョはすっかり怯えてしまったらしく、ダッと逃げ出す始末だ。じゃあ俺も逃げるよ! 一人にするなよ!
「あははははははははははは!」
うおおっ! く、来るな! 【NAi】が羽衣の裾を引きずって俺を追ってくる。走っている訳でもないのに速い。床の上を滑るような動きだ。
【NAi】の目ん玉がぎょろりと動いて俺を追う。何やら怒り心頭のご様子。いかがなされた?
「お、お、お前の所為でおかしなことになった!」
はぁ? 何言ってやがんだっ、この鬼畜ナビゲーターが!
「あ、あ、あ、あー! あっははははははは!」
怖い怖い怖い! ちょっ、お前ら! 黙って見学してないで俺を助けろ! 一致団結してラスボスをやっつけるんだよォー!
だがゴミどもは追いかけっこを始めた俺たちを見つめ、悲しげにもるもる鳴くばかりであった。
カンカンとサトゥ氏の母体を叩く音が、虚しくチュートリアル空間に木霊した……。
2.ポポロンの森-人間の里
ったく……。ひどい目に遭ったぜ。
プッチョムッチョと一緒に屋台でおでんを食っている。
結局あの女は一体何がしたかったのか。散々っぱら俺を追い掛け回した挙句に時間切れになったらしく、怨嗟の声を撒き散らして退場していった。
【NAi】の退場と同時に俺らはチュートリアル空間から摘み出され、現在に至るという訳だ。
なお、サトゥ氏の母体は無事だった。生き残ったリチェットが【敗残兵】のメンバーを率いて守りきったのだ。
俺はぐびぐびと麦を煽りながらグラサンに愚痴を零す。
ったくよー。【NAi】も【NAi】ならお前らもお前らだぜ? 余計なことしやがってよー。あとでマレに謝っとけよなー。
「嫌だよ。俺、あの女のこと嫌いなんだよ」
あん? そりゃあ、あれだろ? マレがレ氏に気に入られてるからだろ?
でもなー。普通よー。親類を他人の前で持ち上げることはねえんだよ。
「お前、気付いてたのか」
いや、今ので確定になった。やっぱりそうか。わざわざお前らを引っ張ってくるくらいだから何かあるんだろうとは思ってたよ。
で、兄弟なのか? レ氏とは。
「あ〜……。まぁいいか。そうだよ。兄貴は昔っからデキるやつでなぁ……」
「生まれつきの才能が違うんだよ。知ってるだろ。創造のスキルだ」
クラフト技能か〜。確かにアレは反則臭いよな。
まぁお前らの家庭内の事情に口出しする気はねえよ。けどな、マレに当たるのはやめとけ。あいつにも色々とあるんだよ。今度、レ氏のカイワレ大根育成日記を見せてやっから。
「……いや! 納得できねえ。納得はできねえが……。まぁお前がどうしてもって言うなら仕方ねえ」
「そうだな。明日、アキバに行く予定なんだよ。ペタタマ。色々と教えてくれや」
いきなりアキバかよ。まぁ止めはしねえが……。ん? おい、お前ら。なんでカラシを残してるんだ?
「いや、辛ぇし。何だよこれ。食いもんなの?」
かーっ。分かってねえな。おでんにはカラシって決まってるんだよ。そりゃ辛ぇよ。分かる。けどな、カラシってのはカッコいい食いもんっていう分類に入るんだ。まずはそこから入っていく。そして、いずれ気付くんだ。先人の知恵ってやつは侮れねえってな。
いいか、見てろよ。こう、ちょこちょことカラシを付ける。麦をコップに注いで、片手に待機。ここから一気だ。見てろよ〜。
おでんっ、カラシっ。辛ぇっ。そこで麦!
かーっ。ふいぃ、堪んね。どうだ?
「いや、さっぱり分からん」
ふふん。いずれ分かるさ。焦んなくていいんだよ。ちょっとずつでいいさ。
「分かんねえが、おでんか。これあったかくていいな」
おお、日本が世界に誇る出汁文化の極みだぜ。
満天の星空の下、俺たちはおでんに舌鼓を打った。流れ星が夜空を流れ、キラリと輝く。
これは、とあるVRMMOの物語。
こ、こんな筈では……。
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