雷神と風神と
1.クランハウス-廊下
ガラッ ピシャッ ガラッ ピシャッ ガラッ ピシャッ……
先生が居間で窓を開け閉めしている。その様子を俺は廊下からそっと見守っていた。
何だろう。何かのおまじないだろうか。
先生の奇行、いや御技には必ずや意味がある。
むっ。先生が杖の先っちょで床をぐりぐりしている。未だ解明されていない謎の仕草だ……!
先生がぴたりと動きを止めた。気取られたか? 俺はとっさにクラフトしたネコの着ぐるみを装着して廊下の壁にもたれ掛かった。くてっと首を寝かせて脱力する。これぞコタタマ忍法・空蝉の術……!
トコトコと廊下に出てきた先生が、くたびれたネコの着ぐるみin俺をじっと見つめる。
「なんだ、猫か……」
いいえ。俺ですよ。
先生がノってくれたので、俺も応えることにした。
ネコぐるみのチャックをジーッと降ろし、サナギが羽化するようにぬうっと立ち上がる。
パピ!ヨン!
片手で顔を覆ってビジュアル系バンドみたいなポーズを決めた俺に、先生はコクリと一つ頷いた。
「おはよう。コタタマ。今日は女の子なんだね」
あれ、こっちはノってくれないのか。先生って漫画とかあんまり読まないのかな。武装錬金アツかったよな。
礼には礼を。俺は先生にぺこりと頭を下げた。おはようございます。実はですね、今日辺り俺の可愛い暗たまの様子を見に行こうかと思っていまして。コタタマバージョンで会いに行って周りに俺の知り合いだとバレるのは可哀想かなと。
「それほどの気遣いができるのに、どうしてキルペナを克服などという事態になったのか……」
俺という人間の神秘性について先生はお悩みのようだ。
「しかし今日は難しいかもしれないね」
ん? 今日は? どういうことだろう。
先生は窓を開け閉めしていた……。あの行動は……。あっ。強制召喚、ですか?
「……見ていたのか」
先生は杖の先っちょで廊下をぐりぐりした。
! 恥じらい? 先生が杖でぐりぐりするのは恥じらいの仕草なのか!?
大きな謎が一つ解けた。いや、待て。そうと決め付けるのは早いぞ。これまでに先生が杖でぐりぐりしたのはネフィリア絡みだ。ネフィリアがイイ質問をした時にもぐりぐりしていた。羞恥心の表れというのは少し違う気がする。くそっ、分からない。
先生はぐりぐりするのをやめた。そそくさと居間に戻り、ちょこんとソファに腰掛ける。俺も倣った。
先生はメニューを開いて時刻を確認しているようだ。瞳孔が収縮している。明るいものを見ている時の反応だ。メニューは光って見える。
「そろそろかな。待ち遠しいね」
やっぱり法則性があるんですか? ネフィリアが一度も遅刻していないので、そうじゃないかとは思っていたのですが。
「うん。法則性というほどのものではないが。ネフィリアは【ギルド】に情報収集を命じているのだろう」
先生は、質問されてもあまりハッキリと答えを言おうとしない。ヒントを与えて生徒に考えさせる話し方をする。
情報収集か。何だろう。ティナン、か? このゲームの運営はとにかくティナンを判断基準にしようとする。これまで、ティナンが眠りにつく夜間に強制召喚されたことはない。学校は日中に行くものという先入観があったから特別意識することはなかったのだが……。
強制召喚の条件。それは……ティナンの迎撃体制が整っていること? いや、そんなの外から見て分かるか?
しかし正解であるらしい。先生はうんうんと頷いてくれた。
「ネフィリアにはできるんだよ。彼女は数学的な勘がとても良くてね。簡単な例を挙げると、計算せずに大体このくらいと答えを出せる。最初に答えを出してから、式に当て嵌めて正誤の判断を下しているのだろう。似たようなことは誰でもできるが、高等数学ではつまずく解法だ。しかし……ネフィリアはつまずかなかった。実に困った生徒だったよ。頑固でね」
その話は本人の口から聞いたことがあったが……。そういうスケールの話だったのか。
そして先生にも同じことができる、ということだろうか?
できるのだろう。しかし先生は自分自身のことについては語りたがらない。
「私はね、ネフィリアに教育者になって欲しかったんだ。彼女の才能に目が眩んだのさ。しかし、どうやら彼女は私の教え子でいることに我慢ならなかったらしい。人に何かを教える、いや自分の力を分け与えるということに嫌悪感を抱いているようだった」
あいつ、教えるの下手ですからね。
「ふふ。そう。好き嫌いというのは、そういうところに表れる。能力はあっても遠回りしているようで気ばかりが焦る。答えを急ぎすぎる。悪い癖だ。しかしコタタマ。ネフィリアが君を弟子に取ったという話を耳にして、私はとても驚いたんだ」
おお、そうか。俺は結果的に先生の夢を叶える手助けをしたことになるのか。やはり運命だな。俺にとってネフィリアは通過点に過ぎなかったんだ。先生と出会うための通過点。さしずめ過去の女というところか。
しかしこの話の流れはマズいぞ。俺のピュアタマ時代の出来事は闇に葬り去らねばならない。黒い歴史というやつだ。特に意味はないがアンパンを同梱してマリアナ海溝に沈めたいと常々思っている。
先生はつぶらな目を細めた。
「人は何かを誰かに伝えることで子と成し人と成る。それが私の流儀だ」
そう言って先生はぴょんとソファから飛び降りてトコトコと窓に近づく。
「コタタマ。私は君と共に学びたい。君はZ組だ。私はおそらくA組の生徒になるだろう。私は積極性に欠け、君は危険人物と見なされている。しかし人は変われる。昇格しなさい。私は待っている」
先生……。
先生がガラッと窓を開けた。朝日が窓から差し込む。希望の色が満ちていく。
先生! 俺は……!
いえ、待っていてください。必ず追いついてみせます!
2.ギスギス学園-Z組教室
だが、追いついてしまったようだ。
先生がZ組の教壇に立っている。
「…………」
先生は俺と目が合って、杖の先っちょで床をぐりぐりした。左右をがっちりと固める黒服の二人をちらっと見る。
「私がZ組の教師、ということなのかな?」
プッチョがサングラスを押し上げて頷いた。
「適任だ。Goat。お前以外には無理だからな」
実の息子を決戦兵器に放り込んだネルフ司令みたいなことを言っている。
「しかしマールマールは……」
「あれはクビだ。生徒を殺して何になる」
プッチョは当たり前のことを口にした。
……何だ? プッチョとムッチョがちらっと俺を見た。ニッと口元を吊り上げる。
俺はハッとした。こ、こいつら俺を贔屓しやがった。上位権限とやらを使って……!
ばかっ。お前ら……。
下手っぴ……!
なってない……! 接待の仕方……!
あからさま過ぎる……。
しらけるんだっ、そういうのは……!
人前で持ち上げれば喜ぶだろうという……。ヤンキーの発想……! 痩せた考え……!
通用するか……! そんなもの……! 余計なことしやがって……!
ほら見ろ!
先生がつぶらな瞳をゆっくりと細めていく。怒ってる!
「……クビか。マールマールは。それについてマレは何か?」
探られてるぞっ。気づけ……!
だが、黒服二人は自信たっぷりにグラサンを押し上げてこう告げたのだ。
「知りたいか? いいだろう。ついてこい」
バカ二人が教室のドアをガラッと開けて気取った様子で手招きする。
「This Way」
ゴンさんの台詞じゃねーか!
お前らハンターxハンター読んだだろ!
なに漫画読んでんだっ。サブカルチャーにどっぷり浸かってんじゃねーよ!
……放置する訳にも行くまい。ヤツらにハンターxハンターの購読を勧めたのは俺だからして。酒の席での出来事である。
先生のZ組赴任。
マールマール免職。
そして……衝撃の展開は続く。
マレは。この学校の校長先生は……。
ウサギ小屋の中で正座していた。
アホ二人の先導で職員室に足を踏み入れた先生と俺に、マレは毅然とした面持ちでこう言った。
「構いません」
ばかっ。ばかっ……!
俺はな……! 俺はっ……!
マレと……約束したんだよ。
プッチョ。ムッチョ。バカ野郎……。
俯いた俺に、何か勘違いしたらしくグラサン二人が得意げに語る。
「よぉ。ペタタマ。俺らもなかなかのもんだろ?」
約束は守る。それが俺の流儀だ。
俺はポケットに手を突っ込んで魔石をキツく握り締めた。
おい、お前ら。こんなチャチな小屋でマレを閉じ込めておけるのか? 中から簡単に壊されるんじゃねえか?
「ああ、そいつは無理だ。この小屋は元々レイド級を閉じ込めるためのもんだからな。びくともしねえよ」
そうかい。そうなのかい……。
じゃあ。じゃあよ。
……こうするしかねえじゃねえか!
俺は飛び上がって魔石を突き出した。クラフト技能を発動する。標的はプッチョとムッチョ。気のいいヤツらだった。仲良くやっていける。そう思っていた。ついさっきまでは。
「飛んで刺されぇ!」
ョ%レ氏の血から産出された魔石だ。効果は劇的だった。
俺の魔力を吸い尽くした魔石が十を越える魔槍と化して降り注ぐ。
サングラスの奥でプッチョとムッチョの目が見開いた。嘘だろ、というように。
これは、とあるVRMMOの物語。
友情は脆くも砕け散る。まるで、それが見せしめであるかのように。無残に。残酷に。
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