モンスター
1.山岳都市ニャンダム-倉庫内
生き残った野郎どもと一緒に、生産職相互組合が所有している倉庫に身を潜めている。
「投降なさい! あなた方は完全に包囲されています!」
モッニカ女史か。くそっ、囲まれた。
一度は突破したものの、あちらさん撹乱を無視して正確にメルメルメを追ってくる。やはりスパイが紛れ込んでるな。それはあちらも同じことだが、男キャラよりも女キャラの方が圧倒的に数が多い。単純に考えてもネカマ勢の上乗せがデカい。別に中身が男とバレても構わないとか嘯いておいて積極的にはカミングアウトしない消極的なネカマってやつは多いからな……。
だが、メルメルメは押さえた。情報さえ引きずり出せばコイツは用なしだ。俺はメルメルメに優しく声を掛けた。
「心配するな。俺たちがお前を守る。友達だろ?」
歯列をギラつかせる俺に、メルメルメはびくっとした。
「お、俺を拷問するのか?」
拷問? 俺はすっとぼけた。誰がそんなことを?
……脅しは意味がない。俺がメルメルメの立場なら情報と引き換えに身の安全を要求するだろう。しかしこの状況でそんなものを保障するのは無理だ。最低でもこちらを信用させなければ。
だが悠長に構えている暇はない。女どもはいつ強硬策に出ても不思議じゃない。ヤツらはこちらに時間を与えたくないと考えている筈だ。そして同時にこうも考えている。メルメルメの身柄の確保が第一。優位性を示した上で交渉に移る。落とし所はそれしかない、と。
そういうことなんだよ、メルメルメ。このまま事が進めばお前は女どもの監視下に置かれる。だが、お前がここでワンピースの在り処を吐いたなら女どもは後手に回る。そりゃあ折檻の一つや二つはされるだろうが、お前を拘束する意義は潰せる。
「ううっ、崖っぷち……。俺が最終的に出すであろう答えを先に……見抜いている……」
言え。ワンピースはどこにある?
俺が詰め寄ると、メルメルメは頭を抱えてうずくまった。
「い、言えない。言えないんだ。俺は……コニャックさんを裏切れない!」
コニャックだと? ティナンに何の関係がある?
落ち着け、メルメルメ。仮にお前が所有権の攻略法を俺たちに伝えたところで、それをティナンに試すのは無理だ。どんなに修行したって地球人はサイヤ人には勝てない。地球人は超サイヤ人にはなれないからだ。分かるな?
「言えない! 言えない!」
くそっ、錯乱してる。これは無理に聞き出したところで……。
ダメだ。場所を移すぞ!
俺は野郎どもに命じた。
これ以上は待てない。男女共に時間の相場が高すぎる。高騰する。弾けたバブルは女どもの突貫という結果に行き着くだろう。こちらから打って出るしかない。
俺たちは頭からすっぽりとポンチョを被った。メルメルメの面は割れてる。しかし木を隠すなら森の中。ゴミを隠すなら夢の島だ。これで少しは時間稼ぎができる筈。
行くぞー!
俺たちは雪崩を打って倉庫から飛び出した。
2.山岳都市ニャンダム-広場
女どもが取った作戦は至極単純だった。
片っ端から野郎どもを殺す。皆殺しだ。いったんバラけてしまえば、数に勝る自分たちが優位に立てると考えたのだろう。
くそっ、痛いトコを突いて来やがる。モッニカ女史にしては思い切りが良すぎる。リリララの指示か?
精彩予測のアビリティ。厄介な能力だ。不測の事態には対応しきれないようだが、やれることが限られている種族人間には非常に有効だ。
数に押されて野郎どもがバタバタと倒れていく。いきなり街中で同士討ちを始めた種族人間の群れを、道行くティナンが興味深そうに見学している。
マズい。全滅する。女神像は女どもの手に落ちたと見るべきだろう。潜在的にはこちらの味方である筈のネカマどもの籠絡も考えたが、連中は対外的には女どもの味方だ。内部から切り崩すにはどうあっても時間が足りない。そうなるよう全て仕組まれている。リリララを敵に回すとこうまで厄介なのか。
どうしたらいい。どうしたら。打つ手がない。メルメルメは恐慌状態に陥っている。
「おしまいだ! おしまいだー!」
俺はメルメルメの胸ぐらを掴んで乱暴に揺さぶった。
メルメルメぇ! お前は一体何を見た!? その怯えようっ、尋常じゃねえぞ!
メルメルメはへらっと笑った。
「違う。崖っぷち。俺は……死出の門の向こうを見た」
何の話だ。死出の門。どこでもドアが一体どうしたってんだ?
その時。俺を頬をするりと手が撫でた。
手?
手だ。上から手が垂れている。血の気が失せた肌の色。見覚えがある。これは……。
やはりそうだ。死出の門。山岳都市の上空に巨大な輪が浮いている。プレイヤーが長距離移動する時に用いられる【門】だ。
【門】を利用できるのはプレイヤーのみ。ずっとそう言われてきた。何故なら死出の門を潜ったプレイヤーにはデスペナが付く。一度死んでいるのだ。それはワープしているのではなく、目的地で再構築されているからなのだろうと推測されている。運営側に所有権を握られているプレイヤーだけが死を乗り越えることができる。
もしもプレイヤー以外に死出の門を使えるとすれば、それは……。
【GunS Guilds Online】【Loading……】
門を潜って何かが顔を出した。巨大な何かだ。レイド級に匹敵するかもしれない。
剥き出しになった歯列。体表に張り出した眼球を鋼鉄のまぶたが厳重に閉ざしている。頭部と胴体の区別はなく、背中と腹から生えた幾つもの触手らしきものの先端に大きな斧が備わっている。
ギルド……なのか?
例えようもなく醜悪な姿。それは、まるで俺たちがこのゲームで初めて遭遇した「モンスター」そのものであるかのようだった。
死出の門から伸びる無数の手がそれを引きずり込もうとしている。しかしそれは止まらない。遂には手を振り切り、門から這いずり出した。杭のような歯列を打ち鳴らして咆哮を上げる。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
アナウンスが走る。
【警告!】
【レイド級????出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級????の討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【無職】【????】【Level-1002】
レイド級何? 何だって? くそっ、目が滑る。アナウンスを直視できない。
とにかくヤバい事態ってのは分かる。しかし見た目に反してレベルは低い。デクノボウだ。
門から落ちてきたデクノボウが運悪く真下に居たゴミどもを引き潰して山岳都市の大地に立つ。脚部は備わっていないらしく、斧を地面に突き立てて姿勢を維持している。
勘弁してくれよ……。俺は内心で呻いた。今回は息抜き回だぞ。いや、諦めるのは早いかもしれねえ。そうさ。見た目はアレだが、意外とフレンドリーかもしれねえ。
メルメルメ。お前はどう見る?
「ぷ、プライベートルームだ」
おい。俺の話を聞け。プライベートルームだと? さっきからお前は一体何の話をしてるんだ。
「お、俺を追ってきたのか? いや、違う……。早すぎる。イレギュラー、か?」
メルメルメはぼそぼそと独り言を口にしている。かと思えば、突然俺にしがみ付いてきた。
「が、崖っぷち。お前は口が回る。お前ならあいつを説得できるかもしれない」
ええ? それ俺じゃなきゃダメなの? 邪悪なオーラ半端ないぞ。あれはどう見てもラスボスの手下だろ。やっつけちゃおうぜ。
「ダメだ! いや、そうだ。こうしよう。あいつを説得できたら教えてやる。お前ならできる。お前にしかできない」
教えて……って。あれか? ワンピースの。よし、それで行こう。お前がそうまで言うなら何らかの根拠があるんだろう。ちょっと行ってくるぜ。
てくてくとデクノボウに向かって歩き出した俺に、周りのゴミどもがギョッとした。モッニカ女史が叫ぶ。
「ど、どうなさる気ですの!? 何なんですか、あれは!?」
知らねえよ。
おっとデクノボウに動きあり。三対の目から黒い涙を流している。びきびきと音を立てて鋼鉄のまぶたがこじ開けられていく。
おう、大きな目だな。機械じみた身体してる癖に一丁前に目ん玉を持ってやがる。
デクノボウの目がぎょろぎょろと忙しなく動く。嫌だなぁ。仲良くなれる気がちっともしない。
だが俺は一人ではなかったのだ。
群れを成して舞い降りたブーンたちがぢょんぢょんと鳴いてデクノボウを見上げる。
……? 何で突然ブーンが。このデクノボウ、魔物を呼べるのか? つーか、今……。
い、いや、気の所為だな。
俺は気の迷いを振り切ってデクノボウの正面に立つ。意外と大人しいヤツだ。暴れ出す様子はない。
やい。デクノボウ。お前、何しに来た。
デクノボウの目ん玉がぎょろりと動く。その視線が向かう先は俺ではない。メルメルメである。
ははん? 俺は察するものがあった。そういうことかよ。このデクノボウ、どうやらワンピースに興味があるようだな。平然と種族の壁を越えてきやがった。なかなかどうして憎めない野郎じゃねえか。コイツは利用できるぜ。
そうと決まれば話は早い。おい、お前。ちょっといったん帰れよ。そしたらメルメルメから情報を貰える約束になってるんだよ。あとでお前にもこっそり教えてやるから。な?
デクノボウはゆっくりとまぶたを閉ざした。触手を引き寄せて一斉に万歳する。上空の門から伸びてきた無数の手がデクノボウに取り付き、その巨体を引き上げていく。俺はその勇姿をじっくりと見守る。
門に収納されたデクノボウが姿を消していく。
脅威は去った。
やはり息抜き回だったか……。
さて、お待ちかねのワンピースだ。振り返った俺の前にブーンたちが立ち塞がる。何だよ。邪魔だ。どけ。俺はブーンの身体を押し退けようとするが、びくともしない。
ブーンはじっと俺を見つめている。
袖をくちばしに摘まれて俺はハッとした。気付けば囲まれていた。……何だ? 離せよ。俺はブーンのくちばしを振りほどいた。しかし次の瞬間には別のブーンに服を摘まれる。
……いやいや。ブーンさん。おかしくない? おかしいよ。今、俺のこと完全にロックオンしてるよね? 何でそうなるの? 俺、別に何もしてないじゃん。
俺はダッと駆け出してブーン包囲網を脱する。しかし服をくちばしに摘まれていて振り切れなかった。俺を捕獲したブーンたちがバサバサと翼を上下して飛び立つ。そして俺を連れ去って行ってしまった。
ワッフルの巣にお持ち帰りされた俺は、雛たちに食べられて彼らの肉体を構成する一部となって生き続けるだろう。そうして、やがて地に帰り養分となって新たな生命の苗床となる。
それが、命ってものなのさ。
3.後日談
山岳都市に突如として出現して帰って行ったデクノボウは当然ながらプレイヤーの話題になった。
名前がないのは不便だろうと暫定的に【目口】と呼ばれることになり、その正体について様々な憶測が飛び交うことになったのだが、答えなど出る訳がない。ただ、まぁ暫定的にペタタマさんの真の姿ということになった。
斧を持ち、ビッグマウスであり、目を使ったというのが決め手になったらしい。
いやぁ……。真の姿ってどういうことだよ。俺は認めねーぞ。つーか真の姿って何よ? よしんばそんなものが死出の門の向こう側に眠ってると仮定して、俺の真の姿ならもうちょっと愛嬌あるだろ。ったく、とんだ濡れ衣を着せられたぜ。
まぁいい。【目口】の件は放っておこう。何かヤバそうな雰囲気がひしひしと伝わってくるし、あまり深入りしたくない。放っておけば俺以外の誰かが何とかしてくれるだろう。
問題はメルメルメだ。あの野郎、思ったよりもヤバい情報を持ってやがった。
モッニカ女史立会いの元で事情聴取したところ、ヤツはこう言った。
「ティナンは胸元を晒すことを異様に嫌う」
ほう。一応まな板の自覚はあったのか。
俺はモッニカ女史に頭を引っ叩かれた。
「胸じゃない。その上。ウルトラマンで言うところのカラータイマーがあるところだ」
ちょっと待て。俺はぺらぺらと喋り始めたメルメルメを制止した。
嫌な予感がしたのだ。何かヤバい。俺には心当たりがあった。
ティナンはスク水を高く評価した。また、パンイチでもネクタイを巻いていればOK判定が下る。
どちらも丁度、胸元が隠れるデザインだ。
ヤバい。俺はメルメルメに片手を向けたまま取り調べ室を出ようとしてモッニカ女史に取り押さえられた。
「崖っぷち。ティナンの胸元には何かがある。それを暴こうとしてはならない。それがプレイヤーの特別な所有権……。その根っこにあるものだ」
ダメだ。その情報はマズい。
……どれだけのプレイヤーが勘付いてる?
俺は、最初にマレと戦った時には既に何となく理解していた。そして考えないようにしてきた。
ティナンの正体はモンスターだ。
モンスターが跋扈する世界でティナンだけが別枠というのはおかしい。
だからティナンはレイド級を欲する。
少なくともティナンたちは、自分たちがモンスターとはまったく別の生き物だとは思っていない。
ティナン王族が持つ勅命の力と、魔物の上位個体が持つ下知の力は、まったく同じものだ。
そこから浮かび上がる結論は……。
やめろ。聞きたくない。俺は耳を塞いだ。しかしメルメルメの声は無情にも狭い室内の隅々まで染み通り、俺の指の隙間から俺の耳に入ってくる。
「崖っぷち。お前は察しのいいヤツだ。気付いてるな? ティナンは魔石から産まれる。まさに天からの賜り物だ。だから羞恥心が人間のそれとはズレてる」
羞恥心。それが特別な所有権の鍵になる。
つまり……。
「必要なのは合意なんだ。通常のそれとは違う、強い合意だろう。あるいは結婚……。そう、合意の上であれば、女キャラの服を剥ぎ取ることはできる。つまり……」
俺とメルメルメは声を揃えて結論を述べた。
「ただしイケメンに限る」
これは、とあるVRMMOの物語。
真の絶望がプレイヤーに襲い掛かる……!
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