light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "御子と野獣" includes tags such as "槍弓", "パロ" and more.
御子と野獣/Novel by 凍護@コメント嬉しい

御子と野獣

10,547 character(s)21 mins

槍弓で美/女と野/獣パロ、細かいことは気にしない人向けになっております。真名やら世界観やら注意です/多分ランサーが食べた料理は生姜焼き、かわいいって言わないという誓を建てたランサーがのちのちその誓に苦しんだりするといいですね!!/初音ミ/クのthe beastとか個人的にすごい槍弓ソングだと思ってますのでもし機会があればご視聴をおすすめします!/たくさんのブクマや評価、そしてタグまで本当に本当にありがとうございます…!!お陰さまでルーキーランキング10月21日〜27日の84位、22日〜28日の48位に入ることが出来ました…!このようなパロ物で、たくさん楽しんでいただけてもう夢のようで…大変光栄です!ありがとうございます!!

1
white
horizontal

※美/女と野/獣パロ



町外れの深い森にある古城には野獣が住み着いている

野獣はかつて傲慢による罰で、魔法使いに醜い獣の姿へ変えた心無き男らしい
誰にも理解されぬ考えを持ったその男は、踏み入るものを無慈悲に喰らい、噂では妖精のように美しい少女を囲っている

有力な地主も手を出すことは出来ず、野獣は今も町の者達を虎視眈々と狙っているのだという


町に生まれれば一度は耳にするよくあるおとぎ話、それを成人した身で思い出していたクーフーリンは、目の前の巨大な古城を見上げた。
クーフーリンは町の狩人である。
元は流浪の身として流れ着いたよそ者だったが持ち前の性格が幸いして、今や彼を受け入れない町の者はいない。
今朝ずっしりと重い灰色の雲にざわりと不安を煽られたものの、備蓄の食料も少なくなってきていたため止める声を無視して今日も狩りに出てきていた。
しかしその不安は的中してしまい、帰りに猛烈な吹雪に襲われてしまう。初めて味わうような猛吹雪にさすがのクーフーリンでも右も左もわからなくなってしまった森を歩くこと約1時間、ようやく吹雪の勢いも収まりかけちょうど森を抜けた先には石造りの重厚な城が佇んでいたのだ。
町に来たばかりの頃、自身が森を駆る狩人だと知った人々は口々に言った。森を抜けた先にある城には近づくな、あそこには野獣が住み着いている。
そして教えて貰った話は冒頭の通り、見境のない獣は城に踏み入るものをなんであれ許さない、決して森に深入りするなと口を酸っぱくして言われたのだが、とうとう禁忌の場所に来てしまったクーフーリンは苦笑をした。
普通ならばここで引き返すのが懸命、しかし収まってきたと言っても風は不穏なものを含み、さらに森をさまよった結果時刻はとうに夜へ進んでしまった。
どこかから聞こえる狼の遠吠えに森を知るものとしてこれ以上無造作にさまようことは危険だと判断したクーフーリンは、狩った巨大なイノシシの獲物を背負い直すと城門に手をかけ城へと続く橋を渡った。


重々しいオーク材の扉に手をかけ、力を込めてとうとう中へ入る。城の中はしんと静まり返っており、寒さに上がったクーフーリンの呼吸がうるさいほどだ。
とりあえず入ってすぐの手痛い出迎えはないことを確認し、服についた雪や水滴を払ったクーフーリンはそのまま警戒を緩めず、暗い室内でも鮮やかな赤い絨毯の上を歩く。
間隔をあけて灯された蝋燭の火から察するに、少なくともここは無人ではない。
暖かい火の向こう側に見えるこの城の住人を思い、めんどうな事にならなければいいが…と呟き廊下を歩いていたクーフーリンは、廊下の行き止まりから適当な方向に折れた先、一つの部屋に行き着く。
廊下から一段下がったところに広がる空間には、まず中心に柔らかそうな大きなソファが置かれその前に設えた暖炉が目立っていた。
歩いてきた絨毯が途切れて、続く冷たい大理石でできた段差を降りたクーフーリンは、大の男でも余りそうな長い背もたれと広い座面を持ったソファをじっくり眺める。もしもこれが噂の野獣のお気に入りだとすれば、相手はまさしく人外の巨大な生き物になろう。
ソファから視線を外していまだ自分以外の生き物の気配を感じられない城を軽く見渡したクーフーリンは、ふーと息を吐いて森に入ってからずっと張っていた気をほんの少しだけ緩めた。城に入ってから数10分、まるで何時間もさまよっていたような気疲れが体を包み、そろそろちゃんと体を休めたいとため息をついたその時。

「誰だ」
静かな声が背後から聞こえた瞬間、クーフーリンは杖がわりにしていた槍を素早く構えて声のした方を振り返る。
声の主は先程までいた通路の入口に立ちこちらをじっと見つめてくる。低く重い声は相手が男性であることを教え、すっと伸びた背は見上げる形も手伝って男を余計に大きく見せた。
互いに警戒心を交わした二人の間に、びりびりとするような緊張が流れる。
厚手のローブを着て毛皮付きのフードを深くかぶった相手は、蝋燭だけの明かりでは輪郭がよく掴めない。
相手に動く気が見られないと感じたクーフーリンは、気を少しも緩めることなく槍の切っ先を軽く上げた。
「あんたが噂の野獣か?」
「…いかにも、君の言う野獣とは私のことだろう。町の者か、何故ここにいる?」
「外が猛吹雪なんでな、ちょっくら宿を借りようと思ったんだ。こんだけでけぇ城だ、人間の1匹くらい間借りしてもいいだろ」
「なるほど、それはご苦労だった。よければもてなしをしよう」
敵意を向けてくる相手へあっさり向けられた背中に虚をとられたクーフーリンが目を丸くする。聞いた話では野獣とは本能の塊で暴虐悪辣の化身のはずだが、目の前の相手からはそのような気は欠片も見えず、かと言って嘘をついているようでもない。
「獲物を太らせてから食おうってか?」
「…君がそう思うのならついて来なくていい、暖炉は自由に使いなさい。部屋も、好きに使ってくれて構わない」
クーフーリンの冗談めかした問いかけに対して、ため息をつくように答えた野獣と名乗る男は、得体の知れない客人に素人目でも高価だとわかる調度品を揃えた部屋を好きにしろと促しすたすたと歩いていってしまう。
あっけに取られている間にまた一人になってしまったクーフーリンは、しばらく考えると一足飛びに廊下へ出て数メートル先の背中へ追いついた。

「いいのか?穢らわしい野獣について来て」
気配に気づいた野獣の茶化すような声にクーフーリンは首をすくめる。
とりあえずついてきてしまったが、耳をすませると相手の足音は靴でもなく室内履きでも無い。足音を殺しながら時折チャッチャと硬い音を立てるのはきっと硬い爪、狩人として幾度となく対面した獣の音である。
噂通りの奴ではなさそうだが、少なくとも人間ではない。
いつ襲いかかられてもいいように、半歩後ろを歩くクーフーリンは武器から手を外さなかった。
「俺も一端の狩人だ、獣ごときにびびってられるか。それにこっちには槍もある。場合によっては殺すぜ」
背後の殺気にふっと笑ったらしき野獣は、廊下に現れた新たな大きな扉を開け放った。

扉の先は大広間らしく、吹き抜けの広大なスペースは数百人集めても窮屈さを感じさせないだろう。そこを今は食堂として兼用しているようで、真ん中に鎮座する磨きあげられた長机の上には、美しいドライフラワーと銀の燭台、そして数えられるほどの椅子の前に花の模様が付けられた新しいナプキンが置かれている。
「勇ましい客人よ、長らくご苦労だったな。さぁ好きなところに掛けたまえ。あぁ、その獲物を預かってもいいか?降ろされると床が汚れてしまう」
暗い廊下から一転眩しい室内へ、さらに溢れんばかりの暖かい生活感の香りにクーフーリンはぽかんと口を開き、野獣の差し出した手に思考が停止したまま自身の獲物を預けた。
受け取った巨大な猪を軽々と持ち上げた野獣がどこかへ引っ込むのを目で追ったクーフーリンは、視線を外してとりあえず近くの椅子を選んだ。
ツヤツヤと輝く机は鏡のようにクーフーリンの顔を移し、置いてあった銀食器を持ってみるとそれは1点の曇りもなく蝋燭の火でキラキラと輝いている。
想像とまるでかけ離れた世界にキョロキョロしていたクーフーリンは、戻ってきた野獣が手に持った盆の上、ほかほかと湯気をあげている器についごくりと喉を鳴らした。
「とりあえずスープでもいかがかな?これは極東の調味料で味噌というものを使った味噌汁というものだ。城周辺はよく吹雪くので保存食が重宝されるのでね、つい作ってしまったものなんだが、気に入らなければ下げよう」
出された木彫りの器には茶色く濁った湯のようなものが注がれていて、慣れない料理で歪められたクーフーリンの顔に察した野獣がすかさず説明を加える。
控えめな体を装っているがびしびしと感じる自信作です!といった褒めてほしそうな子供のような気配に、クーフーリンはつい口元を緩め相手が野獣であることを忘れて初めて目にする料理を手に取った。
相手が拒否せず味噌汁の器をとってくれたことに、ほっと密かな息をついた野獣は残りの皿をてきぱきとクーフーリンの前に並べた。
「君の狩ってきた獲物だが勝手ながら血抜きをさせてもらったぞ。そして材料として少しいただいた、残った分は厨房にあるから帰る際には忘れるなよ」
狩ってきたイノシシの肉は見事に変貌を遂げ、これまた曇り一つない白い皿へ盛られたそれは狩人の男一人暮らしにとってとても眩しい家庭の暖かさを伝えてきた。
即興で作られたはずの料理はどれも灯りにうまそうな照りをつやつやと返し、鼻をくすぐる嗅いだことのない香辛料の香りがますます食欲をそそってくる。
ごくっと唾を飲み込んだクーフーリンに、用意を終えて向かい側に座った野獣が召し上がれと言うように手で促す。よしがされた以上自分が置かれている場所や目の前の野獣のこともとりあえず脇に置いたクーフーリンが、フォーク取って料理を口に運んだ瞬間赤い目が見開かれ城中に響き渡るような声を上げた。

「…!?なんだこれ!!うっめぇ!!」
料理が舌に乗った瞬間味覚から脳へ突き上げるように美味いという感想が駆け巡る、程よく焼けた香ばしい肉にはどんな魔法をかけたのか臭みはほとんどなく、代わりにたっぷり上乗せされた旨みが途切れることなくパンチを繰り出してくる。
肉につけられた異国の香辛料は爽やかな香りにぴりりと味を締める辛さがあり、それを丸める甘辛いタレは初めて口にするはずのクーフーリンをも容易く虜にしてしまう。

合わせて出された白い穀物を炊いたものと一緒に夢中でかきこんでいたクーフーリンがふと顔をあげると、野獣はこらえきれない様子で肩を揺らして笑っている。
そこでようやく冷静になったクーフーリンは、いつの間にか完食してしまった目の前の料理に自分がどれほど理性を無くして食らいついていたのかを理解し、赤くなった顔を隠すように背けるとむすっと唇を尖らせた。
「なんだよ、悪かったなこちとら焼くか煮るかの男飯しか食ったことがなかったんでね」
「誤解だ、嘲笑っていたのではない。ただ…やはり人に作る料理とは良いものだと思ってな」
慌てたように詫びる野獣へ出会ってから感じていた予感が、実感を伴ってクーフーリンの胸を占めていく。
食べるものの笑顔が嬉しくてたまらなそうな表情、甲斐甲斐しく世話をする妙に所帯染みた野獣へ聞いた噂はみるみる氷解していき、残ったものはただ一つ『こいつが悪いもののはずがない』という確信じみた答えだった。
人の生活している気配も乏しい美しい城のホールを見渡したクーフーリンは、野獣がずっとこの城に一人でいたのかが気になった。
「随分イメージの違う野獣だな、噂では少女を捕らえていると聞いたんだがそれもデマか?」
「少女…イリヤのことか?それは私の…姉のことだ。今は席を外している。用があるなら当分待ってくれ」
「聞いた話では、その少女は年端もいかねぇはずだが」
顔を見ずとも見た目から明らかに成人はしているだろう野獣に首をかしげたクーフーリンへ、件の姉と呼ぶ少女を思い出したのか野獣は苦笑をした。
「複雑なんだよ、姉と呼ばないと怒られるんだ。実のところ、むしろ私は呪いをかけられてから彼女にかくまってもらっている。野獣の見た目ではとても街中にはいられず、この別荘の一つを貸してもらっているんだ。そして席を外していると言ったが、今彼女は私の弟と、あと私とも親しい近くの地主の娘と一緒に呪いをかけた魔女のところへ行っている。私は止めたんだが、呪いを解くように直談判すると言って聞かなかったんだ。魔女は極東の男性に嫁いだそうだからもうしばらく帰るまでかかるだろう」
野獣の口から語られた真実は聞いた噂に重なる部分があってもすべて繋がらず、今まで警戒していた自分が一気にバカバカしくなってしまうほどだった。まるで当たっていない噂に、はぁーと呆れ返った息を吐きながら椅子に身を預けたクーフーリンは、いきなりぐったりと力を抜いた相手にきょとんとしているフードの下の野獣の目を想像した。
「なるほどね、当たらずとも遠からずってところか。にしてもお前すげぇ都合の悪いように誤解されているぞ」
「わかっている。時々迷い込む者の恐怖に引きつった顔を見ればどう言われているかなんて予想に難くない」
こともなげに言っているがこれまでで野獣の本性の一端を掴んだクーフーリンからすれば、このもてなし好きの野獣が顔を見るなり叫び声を上げられ逃げられるのは、相当ショックなことだったろうと心の中で同情した。
遭遇した時の冷たい対応は今までの反応と合わせた上で取られた一種の予防線のようなものだったのだろう。
警戒心を解いてからみるみるくつろぎ始めたクーフーリンは出されたお茶をすすり、あーとおっさん臭い息をつく。相手がこれまでの人間とは違うと野獣もその頃には完全に理解して、自分にも茶を注いで落ち着いた様子だ。

最初のピリビリとした雰囲気はどこへやら、お茶の湯気にほだされゆるゆるになったホールで、クーフーリンは指で持っていた器から人差し指を伸ばして外されることのない野獣のフードを指し示した。
「魔法をかけられて野獣になったのは本当なんだな。本当に魔法使いなんて代物がいるとはね、なんで呪われたんだ?」
「殆どは私の失言によるものだ。あの魔女は自身が魔女と呼ばれることを極端に嫌っていてな、それを破ってしまったのさ」
「へぇ、俺は傲慢による呪いって聞いたが…また全然違うじゃねぇか」
「傲慢…か、いや、それは間違っていないさ」
ケラケラと笑うクーフーリンに一瞬黙った野獣が自嘲混じりの呟きを返す。
これまでにはない色にクーフーリンが聞き返そうとした時、突如野獣がはっと顔を上げる。
ホールの上をじっと睨みつける野獣の緊迫した様子に、つられて気を強めたクーフーリンがどうしたと聞く前に、野獣はすくっと立ち上がりローブの裾を翻した。
「君はくつろいでいなさい」


そう言い残した野獣はホールを飛び出し、城の長い廊下から階段を駆け上がるようにして進んでいく。
迷いのない足取りで飛ぶように移動している野獣は後ろからついてくるものの気配に少し足を止め、一人しかいない該当者へ小さく仕方のない奴だと呟き、そしてフードの下でかすかに微笑むとすでに追いつきつつある青い影に手招きをして目的の場所へと急いだ。


二人が来た場所は城のいくつかある塔のバルコニー、城門とは反対側にあたるそこからは城の背後にある険しい崖が望める。落ちたら命はない切り立った崖の下を物珍しそうに覗いていたクーフーリンが、突然走り出した理由を聞こうと野獣の方を向くと、目の当たりにした意外な姿に軽く目を見開く。
そこにはバルコニーに置いてあった巨大な弓を構え、真っ直ぐに向かい側の地を矢で狙う野獣がいた。
矢をつがえた姿勢は美しく、心得のあるクーフーリンの目から見て野獣の戦力は只者ではないと察するには十分なほど。
野獣の狙う方向へクーフーリンも目を凝らしてみるとそこは谷間を挟んだ向こう側の崖、そして先程の吹雪で積もった白い雪に対しては目立ちすぎる黒の装いをした者達がちかりと赤い瞳に写る。
それは向かい側の目当ても何も無いだろう土地をさまようには明らかにおかしく、そしてそれがそこにいる意味がわからないほどクーフーリンは『軍事』上のセオリーに疎くはなかった。
隣で息を呑むクーフーリンに構わず、狙い済ました矢をフッと小さく息を吐くと同時に射った野獣は、これまで何度も見てきた自らの足元へ距離的に着弾するはずのない矢に恐怖し撤退する兵を脳裏に浮かべていた。

「君も大概…好奇心が強いな」
「ありゃあ隣国の兵士じゃねぇか。なんでこんなところに…まさか、この国を狙っているのか」
沈黙を肯定と取ったクーフーリンは、とうとうぐっと唇を噛み否定すらしない野獣へ行き場のない苛立ちをぶつけるように声を荒らげた。
国の取った取られたはさほど珍しい話ではない、しかし町にいた限りではそのような不安定な情勢は聞いたことがない。
実際の国の同士の駆け引きなんて知ったことではない、今大切なことは隣国が奇襲を狙って進行を密かに進めていたこととそれをたった一人城を砦にして守っていた男がいることだ。
「都合が悪いどころかひでぇ勘違いだな、向こうに刺さった矢を数えてみれば今の斥候が来た回数も片手じゃ足りねぇじゃねぇか、それをずっと1人で止めていたのか」
「…君を見てからずっと考えていたことがある。私自身は町の者達へ危害を加えた記憶はないが、私の存在自体が彼らの不安になるというのなら喜んでこの身を捧げよう。もし他の住人やイリヤがいればこんな話はスムーズに進むまい、ちょうどいい時に来たな客人よ」
クーフーリンの言葉に答えず、しばらく黙っていた野獣から発せられたことはこれまでの流れを無視した驚くべきものだった。
それを当然のように口にしてどこか喜ぶような色すら感じられる野獣へ、とうとうキツく拳を握ったクーフーリンは胸ぐらをつかみ上げ、表情の読めないすかした男を怒鳴りつけた。
「…ふざけんなよてめぇ、お姫さんが許さないと知って首を差し出すだ?それもすべては濡れ衣だと知った俺に頼むとは、俺のことを馬鹿にしてるのか!」
「…君には悪いと思う、しかし私にも事情があるんだ。先程話した私の関係者たち、私がいなくなれば彼らが苦労をすることもない。特にイリヤと地主の娘は、後々人の上に立つ器を持っている。そんな輝かしい未来に扱いにくい野獣は邪魔でしかないんだ。ここが頃合だ、どうか私のことを仕留めてくれ。どうせ野獣討伐は既に町では話題になっていることなのではないか?私は、彼らの助けに甘えすぎてしまった。君も労せずに手柄が入るなんて狩人として見逃す手はないだろう?」
すらすらと淀みなく告げられた動機は納得出来なくとも理解出来る分の説得力を持っていて、迫っていたクーフーリンもしぶしぶ手から力を抜かざるを得ない。
感情のみに動かされる単細胞かと思いきや背景の複雑さを察する頭はあるようで、クーフーリンの聡い側面を見た野獣は意外そうに口をかすかに開けた。
重苦しい灰色の雲のもと、ひゅうひゅうと冷気を帯び始めた風がふたりの間を吹き抜けていく。
野獣の言う通り、ずっと傍にいる得体の知れない恐怖の対象へ町はとうとう腰を上げてこの頃熱心に有望な戦士を募っている。野獣討伐の声を上げ、今夜も賑やかに湧いているだろう町の酒場の者達は、誰ひとりとして倒すべき野獣が町の守護者であることを知らない。
何の罪もなくただ守っていただけで断罪されようとする野獣を前に、クーフーリンの胸にはふつふつとどうしょうもないほどの憤りがこみ上げてきていた。
事情を聞き、今の現状とクーフーリン自身の利得も合わせて考えると今ここで無抵抗な野獣を狩ることは最善の選択肢に見える。
しかし、それでも…

「俺は犬じゃねぇんだ、このまま町の奴らの言いなりになってたまるかよ。そしてお前に従うのも癪だ、暫くの間お前が殺すに足りる相手か見極めさせてもらう」
「…好きにしろ。では城に泊まるといい、このひどい吹雪は季節性のものでね、これから数日は続く。部屋はいくらでもあるから好きなところを。ただし最上階の部屋には入るな、私の部屋なのでね」

クーフーリンの出した答えへ驚いたように小さく肩を上げた野獣は、ふっと笑を漏らすように声を揺らし掴まれたことによって乱れたローブを正した。
その際ちらりと見えた褐色の胸元に一瞬呼吸を止めてしまったクーフーリンは、頭をよぎったよからぬ何かを払うように頭を振る。
気を取り直して成り行き上世話になることになった野獣へ、いまだに少しも見えない顔を覗くように身をかがめた。
「ま、どっちにしろお前の世話になるってことか。なぁこれから少しの間でも一緒に暮らすんだ、そろそろ顔を見せてくれよ」
「驚いても知らないぞ」
好奇心を隠さないクーフーリンにため息をついた野獣は、一言前置くと白いファーのついたフードに手をかけた。
いよいよ秘められていた野獣の素顔とご対面とあって、これまででさんざんいい奴だと知ったクーフーリンも身に緊張が走る。
ついに外されたフードの下、おとぎ話に出てくる恐ろしい怪物の風貌がいくつも脳裏をよぎり、呪いの末の野獣と言われる姿に構えていたクーフーリンは、対面した野獣の顔に目を丸くした。

「お前……かわいい顔していっでぇ!!??」
しなった鞭のような野獣の脚に思い切り尻を蹴られたクーフーリンは、思わずつんのめり塔から落ちたけたところバルコニーの柵にぎりぎり手をかけて踏みとどまった。
眼下でごぅっと吹き抜ける谷底の風にゾッと身をすくませ、振り向くと素知らぬ顔でそっぽを向いている野獣を睨みつける。
かわいた土のような褐色の肌にくすんだ雪のような白い髪、鋼色の瞳を持つ整った顔はどこか冷ややかな雰囲気を漂わせながら見るものが見れば不思議と彼の人の良さを感じられるだろう。そんな彼についた一つの異形、頭から髪と同じ白い色で角のたった生クリームのような見るからにモフモフとしていそうな毛皮をした獣の耳がピンと立っている。
クーフーリンが思わず口にしてしまった評価へ露骨にイライラとした態度に変わった野獣は、これまで幾度となく言われてきた『童顔』という称号を思い出し、唇を尖らせるとフードを被っていたことで崩れていた髪を瞬速で整えてオールバックにした。
「私に対して2度と『かわいい』などという言葉は使うな、いいな?破ればこの城で飯にはありつけないと思え」
「はいはい、自分でも気にしてたんだな。そりゃ悪かった、誓う誓うこれからお前の童が…面に対しても何もかもかわいいなんていうかよ。ったくつい口が滑っただけだろうに、頼まれてもお前みたいな見てくれの男をかわいいなんて言うか」
童顔と言いかけて刃のような瞳に睨まれたクーフーリンはすぐさま口を噤み、ひらひらと手を振った。
見せた直後の気が抜けていた表情の時ならば十代と言っても通用しそうだったのに、髪型を変え目元を鋭く細めて不快感を顕にした今では印象が全然違う。そんな愛想のない面をしていたから誤解されたんじゃないかという皮肉は喉の奥へ押し込め、痛む尻をさすりながら改めて対面した野獣を頭の先から下まで見たクーフーリンは、最後に見る限り通常の人間とは異なる唯一の部分の頭についた耳を見上げた。
「野獣っつってもそれだけか?拍子抜けだな」
「今はあと足の部分に爪が生え、そして尻尾が生えている。勘違いしてもらっては困る、今日は特に安定しているだけでね、酷い時には手も獣のそれへと変わり顔も変質しまう。つくづく運のいい男だ、そんな時に来れば驚いて塔から落ちていただろうに」
「あ゛ぁ?」
にやっとニヒルな笑に歪められた野獣の顔でカッと頭に血が上り、クーフーリンは少しでもこんな男をかわいいと感じたついさっきの自分を殴りつける。
バチバチと視線の火花を散らしていた2人は、ふと視界へ映る雪に気づいて一端休戦する。
ちらちらと降ってきた雪がついたローブを払い、野獣は城への扉を紳士的に開けると顎をしゃくって招いた。
「さて、また吹雪く前に中へ戻ろうか。ちなみに君と私の相性が合わないとわかっても、一応君は久しぶりの客人として扱わせてもらう。客人に不自由をさせたとあれば、イリヤの生家アインツベルン家の名折れとなるのでね。要望があればいつでも言ってくれ、私でよければできる限り奉仕させてもらう」
「宿と飯まで貰っておいてまだ望むほど面の皮は厚くないからな、気にする……いや、じゃあ一つだけいいか?」
先程聞いた別荘という言葉、豪奢な城や野獣の口ぶりからやはりこの城は貴族の物のようだった。しきたりや矜持を重んじる貴族という生き物は、地主と並んでこの国の中では上位の存在だ。
城内へ入ると冷気が遮断されて体に熱が戻り始める、体についた雪を払っていたクーフーリンは野獣の心遣いを断ろうとする言葉を切って顔をあげると、不意に人差し指を一本立てた。
客人から早速要望がもたらされる予感に呆れた笑みを見せながらどうぞと促す野獣、その余裕たっぷりの振る舞いの男へ初めて見た時から密かにうずうずしていたクーフーリンが伸ばした人差し指で勢いよく野獣の耳を指し示した。
「俺、実は犬が大好きなんだよ。その耳撫でさせてくれ!」
「私は犬ではない!」
「じゃあ猫か?」
「野獣だ!むぅ…客人の頼みは聞いてやりたいが、留守の間に見知らぬものにさわらせたと知れればイリヤに怒られてしまう。だから…」
弾かれたように譲れない種族不明を主張した野獣は、顎をさすり白い眉を下げて困った表情を見せる。
どうやら本来の城主であるイリヤという少女に、野獣は耳を他の相手にさわらせてはいけないと言われているらしい。姉と使命の板挟みで言葉を濁す野獣にやきもきしたクーフーリンは、ずかずか距離を詰めると野獣が虚をつかれた瞬間の隙に思い切り耳を掴んだ。
「とんだ箱入りだな、言わなきゃいいだけだろ。ほら頭貸してみろ」
「君っ!んっ…なぁ…ぁ…っ!?」


その日わかったことが一つ、クーフーリンは動物を撫でるのが人並外れてうまかったのであった。

Comments

  • 鴉八丸
    November 29, 2022
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags