赤い屋根の下、二人
版権元:Fate/stay night
注意事項:腐向け(士弓) ネタバレ ねつ造
分身さん、ヨシヒトさんと作成しましたコピー本『in London』のために執筆した小説です。(一般頒布はなし)
本記事表紙は分身さんのイラストをお借りしています。
お二方とも素敵な作品と楽しい試み、ありがとうございました。
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遠坂の斡旋でちょっとした幽霊騒ぎを解決したことがあった。三年と少し前のことだ。さくさくと投影した破魔の剣なんかで幽体のモンスターを斬り倒す除霊もどきをして終わったのだが、報酬の話になると普段とは勝手が違った。幽霊が住み着いているとされたゴーストハウスは古びていなければ結構立派な一軒家だったのだが、お礼として物件丸々譲ってくれるという話になったのだ。
ロンドン都市部からは少々距離があり電気水道も長らく止められているが、それでも家屋の価値を考えれば破格であった。俺たちは当然断ろうとしたのだが、元締めである遠坂が勝手に了承して曰く、「いいじゃない、向こうも厄介払いしたがってるだけよ」「腕に覚えがあるやつが住んでないとまた元の幽霊屋敷に戻っちゃうし」「それだけエーテルが滞留しやすい土地ってことだから、アーチャーの体にもいいでしょ?」
……まあ、一理ある。ここは妖精と幽霊の国イギリス、一度綺麗にしたところで、人の手をいれないまま十数年放っておけばまた元の木阿弥に戻るだろう。
そんな訳でロンドンから車で十五分、さらに森の手前で車を降りて徒歩五分のところに位置する赤色の屋根が特徴的な一軒家が、俺たちの新しい住処となったのであった。
パチパチと薪が焼かれる音がしている。日が昇りきってもなお忍び寄るような冷気を、薪暖炉が吸い寄せては暖めて続けてくれていた。
電気も水道もガスも結局引いてこないまま、魔術師としてはお手本のような昔ながらの生活を続けている。ガスの検針に来られちゃう魔術師の工房なんて間抜けでしょ、との師からのありがたいお言葉に従ったものだ。慣れてしまえば案外なんとでもなるし、二人慎ましく暮らす分には特に問題も生じない。どちらも労働を苦にしないタイプだし、多少手がかかるくらいの方が道具も家も愛着が湧こうというものだ。
暖炉のあるリビングだが、煤を避けるために暖炉とは少し距離のある位置に食卓を置いている。ソファーは割と近くで暖気を甘受できるようにしているが、今はそちらにアーチャーが座り、俺は朝食後のまま食卓に腰掛けている状態だった。暖炉の火が安定するまでを見守るアーチャーは、時々腰を上げては薪をくべて様子を見てくれている。
不規則という規則性を得て炎が絶え間なく揺らめき淡い赤を踊らせる。好きでも嫌いでもなかった炎を眺める行為を楽しむようになったのはいつからだったろう。薪の燃える様にはセラピー効果があるとかないとか言われているらしいが、俺の場合は、火を確かめるアーチャーの白髪に映える炎の赤に目を奪われたのが切っ掛けだった気がする。
もう随分と長い時間をともにしてきたし、ここ三年間は一つ屋根の下共同生活だ。出会った当初は考えられなかったことではあるが、それでも少しずつ俺たちの関係は変化して、今の形に落ち着きつつある。
例えば、アーチャーはあれこれと俺に世話を焼くようになった。それも、ちょっとどうかなと思うくらいには焼いてくる。おまえも衛宮士郎であるのだから多少の甘やかしでは堕落すまい、という確信でもあるらしい。つまり、身の回りの世話は請け負ってやるのだから存分に腕を磨け、ということだ。
朝から晩まで、剣を見るのも空想するのもいやになるくらい投影の毎日だ。精度の向上と上限の開放。その末にどうしたいのかも決められないままに、錬鉄の腕前だけを黙々と鍛えあげている。
同居人は口や文句は挟んでくるものの、手本を見せてくれることはなくなった。「私を目標とされては意味がないからな」、と教えてくれたのは夏のころだったか。俺はアーチャーの作る刃の歪みなさやうつくしさ、なにものをも裏切らない愚直さなんかが好きだったので、日に一度とは言わないまでもせめて月に一度くらいは褒美に振る舞ってくれてもいいと思うし事実訴えているのだが、このわがままが受け入れられたことはない。もう長い間、思い出の中だけのうつくしさを追って剣を鍛ち続けている。
「なんだ、じっと見て。そんなにこの顔が気に入りか?」
と、思案にくれつつ暖炉の世話をするアーチャーの横顔を眺めていると、俺からの視線の不躾さにとうとう男が口を開いた。
「ああ、うん。悪い、見とれてた」
親しき仲にも礼儀あり。じろじろ見られてあまり気分のいいものではなかっただろうとおとなしく謝る。
「……」
すると皮肉げに笑んでいたアーチャーが一拍分の硬直の後、ものすごく不本意そうな顔に切り替わった。眉間を揉んで頭が痛そうなポーズ。
「…………あー。今日の夕飯は何を食べたい」
どうやらアーチャーからすれば自分の顔=未来の俺の顔という皮肉のつもりで言ったのに、俺が本心をポロリしたものだから対応に困ったらしい。乱雑に話が逸らされた。からかってやっても面白そうだったが、羞恥で反射的に斬りかかられないだけマシだと満足しておかないと痛い目を見るので、俺も蒸し返すのは止めておく。
しかし、何を食べたい、とはまた難問だ。
最近の俺の三食分の献立を完全に握り込んでいるアーチャーだが、作る料理は当たり前のようにどれもおいしく、驚異的なことにレパートリーの重複がほとんどない。以前押しつけられた箱一杯の大量のじゃがいもですら、手を変え品を変え毎日うまいうまいとはしゃいでいる内にすっかり消費してしまったことは記憶に新しい。
つまり敢えて確認されても俺としては「アーチャーが作るのならなんでもいい」でファイナルアンサーなのだが、こう答えたら多分怒られる。というか拗ねる。
うーん、と悩むことしばし。今夜の晩餐をどうするか、胃袋との緊急会議だ。
「和食……」
ぽつりと口に出してから、ありかもしれないと納得する。
和食。嗚呼、愛しき日本の心。米と見れば味噌、魚と見れば塩、肉と見れば醤油なあの味付けにもう長いこと触れていない。
「和食が食べたい。和食って言うか、日本で食べてたみたいなの――オムライスとかでもいいんだけど」
これは住んでいる土地のせいだと思うのだが、ここに来てからアーチャーの作る料理は西洋圏のものに偏っていて、和食が出てきたことはない。手作りピザとかフィッシュアンドチップスとかおいしいので全く文句はないのだが、それはそれとしてアーチャーの作る和食というのはなかなか心躍る組み合わせなのではないだろうか。
献立の参考にはなったらしく、アーチャーは「ふむ」と頷くとそのまま思案を開始した。どう料理するか考えてくれているらしく、指先は架空の献立をなぞるかのようにソファーの肘掛けを叩いている。
遠坂が〝よくできたお嫁さん〟呼ばわりしてたのを知ったら怒るんだろうなあと益体もないことを考えたりしながら、思考に集中し始めたアーチャーの横顔を観察する作業に戻った。どうせあと数分もしたらやれ体を鍛えろ剣技を鍛えろ魔術を鍛えろとスパルタ教育が始まるのだから、少々のセラピータイムを味わっても罰は当たるまい。
「一度冬木に帰るか?」
おいしいという俺の絶賛に満更でもない様子だったアーチャーは、食後の抹茶プリンを取り出しながら唐突にそんな提案をした。
プリンの器とスプーンをありがたく受け取りながら、その真意や如何に、と首を傾げる。日本には特に用はないが。
「和食が食べたい、などと。そういうのを懐郷と言うんだろう。なんだかんだとあの地を離れてもう五年経った。里帰りも悪くないと思うが」
ふむ、そういうものか。どうやら気を遣ってくれているらしい。
確かに日本を出て結構な時間が経っている。藤ねえから毎年一回は届く執念の年賀状での帰国の催促もそろそろ呪いの手紙じみて来たことであるし、顔くらいは見せに行ってもいいかもしれない。
「それは、おまえもついてきてくれるのか?」
認識にすれ違いがあってあとで悲しい思いはしたくないので確認のために聞いてみる。が、
「…………」
アーチャーからまず返ってきたのはじと目の抗議。機嫌が急降下したのが端からもよくわかる態度でプイと顔を逸らす。
「ふん。ついてくるなというなら行かないさ」
あ、拗ねた。
秋の空くらい唐突にも感じる感情変化だが、もう俺たちも長いつきあいだ。大体のところは察せられる。
今のはあれだ、ついてくる気満々だったのに俺がわざわざ確認なんかしたもんだから、恥ずかしかったりムカついたりしてのつっけんどんさだと見た。
「逆だ、逆。ついてきてくれ、一人で帰ってもつまんないしな」
「さて、私のようなかわいげのないサーヴァントを連れ歩いたところでマスターの無卿を慰められるとは思わんが」
うーむ、まだ拗ねてる。
プリンの舌どけのよさと後味を締める抹茶の調和を楽しみつつ、食べてるふりで時間を稼いでどうフォローしたものかと頭を悩ませる。
アーチャーが捻くれて複雑骨折した挙げ句その上に熱した鉄をぶっかけて溶かして型に流し込み結果的に真っ直ぐにも見えるようになったみたいな性根の持ち主である以上、俺の方であれこれ言葉をこねくり回すと大抵碌なことにならないのだ。ちょっとわかりやすすぎるくらいで結果的に釣り合いがとれるのである。
「そういうこと言うなよ。俺はお前とどこにいこうかとか、明日はどんな日になるだろうとか考えながら一緒に過ごすのは、なんていうか――うん、楽しい。楽しんでるよ」
自分でもしっくりくる表現を見つけてうんうんと頷く。
若い頃常にあった焦燥感が、アーチャーが近くにいると自然に落ち着く。ようやく息ができるところを見つけたような、そういう気持ちでいられるのだ。未来という無形で不確かな、だけど確実に訪れるいつかが、ここにある今と地続きのものなのだと信じられる。
どこへ進めばいいのか、どう生きればいいのか、いつまで苦しめばいいのか。そのすべてを見守りわかちあってくれる他者がいる。それだけで、なんだかどこまででもいける気がするし、行けるところまで行ってみたいと思えるのだ。俺という人間はどうやら結構単純だったらしい。
「帰るなら、一緒に帰ろう。確かに冬木の暖かさが恋しいし、寒いロンドンからは一旦おさらばしたいしな」
なんてことないありふれた会話の延長に過ぎない言葉であったが、俺の抱くアーチャーへの執着すべてを慈しみで包んで投げかけるつもりで言った。
アーチャーは居心地悪そうに身じろいだが、俺からの視線が外れそうにないことを横目で確認すると諦めたように息をついて背けていた首を元に戻した。
眉根は寄っていて一見不機嫌なようにも見えるが、多分困っているのだろう。ひねくれて皮肉がうまくなった分、こういう直球勝負に弱いのだ、彼は。
「……では、そのように。凛には私の方から話を通しておこう」
結局悩んだ末に特に飾り気のない声で返された。
内心色々あるんだろうが、なんにせよ了承であるならよし、と俺は満足して微笑んで、残り僅かな抹茶プリンを堪能する。
「頼んだ。折角だし大晦日あたりに戻れるようにしようか。藤ねえ、きっと喜ぶぞ」
「どうだろうな。まずおまえの筆無精ぶりの追求から始まる気がするがね、私は」
「う……」
そう言われると痛い。いや、便箋を前にペンを取るところまでは何度かしているのだが、書くことも特には思いつかず、結局手紙を送ったのはこの五年間で住所変更の一通しかないのだ。近況報告はなんでか遠坂が俺たちの分もまとめてしてくれているみたいなので、余計書くことがなかったというか……。
「その言い訳を彼女の前で繰り返すつもりなら考え直せ。理由がなければ手紙を書く気も起こらなかったなどと言われては余計機嫌を損ねるぞ」
「や、書こうとはしてたぞ。アーチャーも見てただろ」
「見ていたが。三分でペンを放り出すお前の根気のなさでも証言してやればいいか?」
ぐう。味方をしてくれる気はないらしい。
アーチャーは自分の分の抹茶プリンにようよう手をつけつつ、唸る俺をまるっきり他人事の体で笑っている。遠坂が相手ならともかく、藤ねえはさすがにアーチャーに対してまでがおがおと吠え立てることはないだろう。くそう。
「これに懲りたらもう少しマメな連絡を心がけることだ。――さて、紅茶のおかわりはいかがかね」
「……ん、もらう」
俺の方はちょうどプリンを完食したところだ。煎れ立ての紅茶で一服つきたいと思っていたところなのでありがたく申し出を受ける。
アーチャーは首肯すると立ち上がり、暖炉の上で水蒸気を噴き上げているケトルを手に一度キッチンの方へ引っ込んでいった。
拝読致しました。珍しく戦ってもなく二人揃った士弓だったので、暖かい雰囲気の流れる文体に、終始にやけっぱなしで読んでいました。成長し焦りの少なくなった士郎くんだからこそ与えられる愛情と言葉に翻弄されているアーチャーが可愛くて、抹茶プリンが食べたくなりました。ありがとうございました!