花みたいな火
「人混みのようだ」
壁一面のガラス窓から、地上を懐かしむように言葉を落とす。
「せっかく人がゴミのようなのに」
もったいないムスカ、と彼女は続ける。
あの群衆の縁で辟易していた去年までの反省から、去年末にこのレストランを予約した。
階層の高さの割に、少し背伸びをすれば手が届く価格帯だった。
だが、スケジュールアプリに『花火レストラン』と入力して満足し、その後は記憶からすっかり抜け落ちていた。
同日に別の予定を入れようとして、ようやく思い出したのが一週間前だった。
「めっちゃ忘れてもうてたわ」
「だいぶ前だもんね」
「この時期は一年前に予約しな取れへんて去年知ってん、確か」
ウエイターがワインを持ってきて、今日の分のカニクリームパスタが終わってしまった旨を告げる。
彼女は笑顔で応対し、テキパキと代わりのパスタを注文した。
彼女はふざけて一人称を「立ち回り」にすることがあるほど、どんな場面でも完璧に立ち回る。
「ドンマイやな」
「くそがよぉ」顔、アメリカンコメディって感じの。
「消費者庁に電話するわ」
「今かけてるけど出ねぇんだよ」顔よ。
初めてやったときはただ笑ってくれていた。
嬉しくなって何度も消費者庁にかけていたら、そのうちツッコむようになり、やがて一緒にボケるようになった。
もう誰も笑っていないのに、なぜやるんだろうと思った。
それがおかしくてやるんだった。
パスタを巻きながら、ふと思い出す。
フォークの回す方向が普通と逆回りだと指摘したことを。
付き合ってすぐだから、五年ぶりくらいか。
こっそり彼女回しで巻いてみる。
なんじゃこりゃ。
彼女は半導体メーカーとの取引の話を始めた。
話したい主題はそこではないはずだが、半導体が何か気になって質問攻めしていると、「半永久的」という言葉が飛び出して殊更引っかかった。
「永久に半分はないやろ、半分にできひんから永久やねん」
「だから、的な、がついてるんじゃない?」
「そこもあれやねん。なんか覚悟ないやん。半永久的、的なて。考えたやつ絶対襟足長いわ」
「テメェが言うなよ」
襟足はつまめるほどしか無い。覚悟がないという意味である。別れを選んだ理由でもある。
何度目かの閃光が炸裂する。
ガラス越しに、ラグのない轟音が振動と共に響く。
引力を十分に受ける前の火の粉が、眼前を斜めに垂れていく。
花火が花ではなく、火であることを思い知る。
彼女が僕を指差す。
「句点みたいなことじゃない?」
そのまま指先を斜めに垂らす。僕を差したように見えたが、便宜上の行為だった。
「永久は永遠に続くけど、途中には区切りみたいな地点があってさ。そこが半永久。的な」
「サービスエリアみたいなことか」
将来の話もこんなふうに有耶無耶にしていた。
「終わんない高速道路なら、そうかもね」
それでも彼女は果敢に苦しんでくれたのに。
「終わんないと one night みたいなことか」
変わんない。
にじみかかる火。
この火を、それでも花ということにしようよ。
「花火にも花言葉あるんやで」
思いつかなくとも、すでに喋り出している。
「ロマンチック〜」
「混むのだけすんません、らしい」
「なんか黙ってれば綺麗なのにって思った」
「テメェが言うなよ」
彼女は少し痩せたようにも、少し太ったようにも見える。
「しかし先生、花言葉はひとつじゃないと聞いたことがあります」
鼻腔をパンと膨らませ、信者めいた表情で問うてくる。そんなにもわかりやすくしないといけなくなった。
「もうひとつは〜」
変なことを、鼻からも笑いが溢れるような。
でも、なんでやろう。
こんなときに、こんなふうになる。
「永遠かな」
テメェのパスタみたいには巻き戻らない時間。
お前と呼んだら罰金四千円のルール。
テメェという抜け道。
テメェと別れてまで求めた自由が求めるお前。
「なんか普通ですね」
落胆する信者を、永遠が絶え間なく照らしている。
愛している、
「人混みのようだ」
「なんて?!」
「人混みのようだ!」
「そういうもん!」
「お前ラピュタ観たことないんかい!」
「お前嫌い!」
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彼が関西人と分かっていて、最後にこんなこと書かれると眩暈がする。
個展で拝読し、忘れないようにと食い入るように何度も読み返しました。 まさか、数年ぶりにnoteに再来して今回の作品を掲載してくださるとは思ってもおらず、とても感動しました。 いつか南さんが執筆される長編小説も読んでみたいです。 素敵な作品を生み出してくださったことに、心から感謝してい…
個展も観に行かせていただいたので、中身を読めて幸せです
どういうつもりで書いているのか、、、尊敬します。何度も読み返して、消化したいと思います。 文章を書いていてくれて、ありがとうございます。これからも書いていてください。