夏のひととき【Fate/腐向け】
8/20インテで無配にしようかと目論んで挫折した、士弓のちょっとした夏の話です。
ただアーチャーに汗をかいてもらいたかっただけ。
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夏は暑くて当たり前。そうは言っても、耐えられるラインと耐えられないラインはあるだろう。衛宮士郎はエアコン嫌いだが、下宿している人々にまでもそれを強制する気は無いので、客室にはきちんとエアコンが設置されている。
そういえば、と遠坂凛に訊いてみたことがある。魔術で冷房並に涼しくすることはできるのか、と。
「できるわよ。できるけど、多分、クーラーの電気代の方が安くつくわね」
魔術とは金がかかるもの、を体現したような彼女はそう答えた。心から納得した士郎だった。
とはいえ、エアコン抜きでも過ごせるのは、衛宮邸の造りに頼るところが大きい。基本的に、日本家屋は夏向きに設計されているからだ。直射日光を遮る大きな庇、襖や障子など、風通しが良く、熱のこもらない開放的な間仕切り。
「今日も暑くなりそうですね」
朝食を終え、セイバーが縁側から空を見上げる。
青天には少し雲が散っていて、その所々の白さが、余計に空の際だった青を引き立てているようだった。
「そうだな、洗濯物がよく乾いて良いけど」
実に何とも所帯じみた士郎の返答に、セイバーはやはり生真面目にそうですね、と応じる。
夏休みも終盤にさしかかり、暦の上ではとっくに秋になっているが、夏の名残を惜しむ気配とは裏腹に、暑熱は健在で自己主張が激しい。
ここはこの暑さを逆手にとって、せっかくだから何か楽しむ工夫をしようかと、思い立った士郎は土蔵を探ることにした。
「……何をしている?」
鉄扉が開けっ放しになっていたせいか、アーチャーが不審そうに中を覗き込んできた。
「ああ、バーベキューの道具を藤ねえが持ち込んでないかな、と思って」
「ありそうではあるな」
かつて、祭の屋台で使う道具一式を土蔵に運び込んだ前科がある藤村大河の一件を思い出し、ひょっとしたら、と士郎は思ったわけである。幸い、衛宮邸の庭は広いので、バーベキュー大会を開催しても近隣に煙やら匂いやらで迷惑を掛けたりはしないだろう。アーチャーの疑問を解消して、再び捜索に戻ろうとしたところ。
と、通りすがっただけかと思ったアーチャーが、土蔵の中にまで入ってきて、適当に積まれたがらくたの山に向かい、士郎に倣うようにして手を伸ばした。
「アーチャー?」
士郎が不思議そうに長身を見上げると、アーチャーはこともなげに言った。
「道具の有無で夕飯の準備が変わるだろうが。今日の食事当番は、オレだ」
「……それもそうだな」
そうやって、二人であるかないか分からないものの探索をする。まるで宝探しのような奇妙な高揚感があるのは、やはり夏休みという時節柄だからだろうか。それとも―アーチャーと一緒だからか。
熱を遮断しやすいひんやりとした石造りの土蔵ではあるが、ずっと作業をしていればさすがに、じんわりと暑くなってくる。
士郎がふと見れば、アーチャーの額に薄く汗が浮いていた。本質が霊体であるサーヴァントは、生きている人間ほど暑さ寒さに身体に影響を受けないものだが、それは感覚を得ないということとイコールではない。
アーチャーの褐色の肌をほのかに光らせる、汗。それがひどく艶めかしい。
汗を拭おうとして持ち上げられた手の甲を、士郎は咄嗟に押さえた。
「……何だ」
「あ、……えっと」
胡乱げに鋼色の眼を向けられて、言い淀んだのは何か考えての行動ではなかったから、だ。
「何もないのなら放せ。暑い」
軽く手を振って、アーチャーは解こうとしたが、逆に士郎はぎゅっと力を込めた。
長身ごと自分の方へと引き寄せる。困惑しているのか、アーチャーは抵抗しなかった。それをいいことに、首を伸ばして口づける。
ほんの少しの塩の味を感じた、と同時に食らった脳が揺れるほどの衝撃の正体は、デコピンだった。
「いてっ!」
「午前中から盛るな、たわけ」
口調こそ咎めるものだったが、アーチャーの表情に特に怒りはない。
「午前中じゃなかったらいいのかよ」
「夜なら、な」
一瞬、聞き間違えたかと士郎は目を何度もしばたかせた。アーチャーはそんな士郎をからかうかのように、喉の奥でくつくつ笑う。
青天の霹靂どころではなく、屋根を突き破りそうな大粒の雹でも今から降るのではないかと、士郎の頭に浮かんでも仕方あるまい。
基本的に、アーチャーは士郎と肌を重ねることを拒否するのが常だ。それが、魔力供給の言い訳もなしに自分から承諾してくる、なんて。
「何だ、不服か」
「いや、とんでもない」
不服どころか、気分は正反対だ。アーチャーの気分も夏に少し浮かれているというのならば、夏に感謝するしかない。
「探すついでに少し片付けるぞ」
「あ、うん」
士郎の内心などお構いなしに、アーチャーはがらくたの山崩しを再開する。
夏の暑さも、そう悪いことばかりでもないのかもしれない。アーチャーと並んで土蔵を片付けながら、こっそり笑う士郎だった。
Comments
- hinoAugust 22, 2017