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よいこのみかた/Novel by 黒鵐

よいこのみかた

10,848 character(s)21 mins

学パロで幼馴染みの槍弓で幼馴染みの枠を飛び出したい槍→(←)すごく鈍い弓。
息を吸うように朝ご飯とか晩ご飯とか一緒に食べてるくらいの仲。
槍が獣の皮をかぶりかけたくらいで終わります(すみません)
鈍いエミヤがほんのり恋に落ち始めるお話。
ランサーに翻弄されるエミヤのお話が読みたくて自給自足してみて供養!となっただけです。
そしてエミヤには強力なエミヤセ●ムがついてます。
金→剣表現あり。
士郎はいません、ギルガメッシュもちょっと可哀相仕様(すみません)。
楽しんでいただければ幸いです。

素敵な表紙は雪フミ様(illust/66092023)よりお借りしました。

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今でも時折思い出す。
暑い夏の日、何がきっかけだったのかもう思い出せないが、当時ひょろりと線が細く、他の友人たちよりも少し背の低かったあの頃。
少し前まで仲良く遊んでいた友人たちに深い意味もなくいじられて泣きべそをかくと、よりいっそう泣き虫だと馬鹿にされ、それでも人を傷つけられなかった私はただただやめてと言うしかなかった。
きっと彼らもたまたま私をターゲットにしただけで深い悪意はなかったのだと思う。
それでもそのときは世界の全てに否定されたと思うほど悲しかったのだ。
おまえらなにやってんだ!と鋭い怒声に皆が顔を上げると、澄んだ深い空色の髪の幼馴染みが駆けてくるのが見えた。
腰まである艶やかな長い髪に大きく鮮やかなルビー色の瞳の上に髪と同じ色の長い睫毛、透けるような白い肌、手足は細くしなやかな一見少女のような可愛らしい容姿をしているが、れっきとした男である彼は怒らせるとその容姿と粗野な性格が相まってかなりの迫力がある。
しかもその少女のような細い腕のどこにそんな力があるのだと思うほど喧嘩も強く、半ばガキ大将である。
その彼の形相に怯えて友人たちは慌てて逃げ出したのだった 。
まて、このやろう!と追いかけようとして泣きじゃくる私と彼らの背を交互に見て怒り静まらぬ顔で舌打ちをした。
それにびくりと体を震わせると、おまえじゃねーから、とぶすっとした声音で乱暴に頭を撫でる。

「…ひ、っく…ぐす、っ」
「なくなよ、えみや、なくなよ」
「うぅ…っ」
「あいつら、あしたぜったいになかす!」

頬を真っ赤にして怒る彼はグルグルと犬のように唸りながら友人たちが逃げた方角を睨んでいた。
彼はいつも何かあると飛んできて助けてくれたが、抜きん出るものがない至って普通の子供だった私は何も返せないことが悲しくて、悔しくて。
それを泣きながら伝えると彼は大きな瞳を更に見開いて困ったように頬をかいていた。

「おれがかってにきめたことだから」
「…きめたこと…?」
「ぜったい、おまえをまもる!ってな!」

だからもうだいじょうぶだ、と得意気に笑って、涙に濡れた私の手を取り歩き出す。
私は手を引かれるままその背を早足に追いかけた。
彼は私のヒーローだった。


その後、同じ中学、高校へと進み、成長するにつれ線が細かった体は日々のトレーニングのお陰でがっちりと筋肉がついたし、人より低かった上背も人一倍伸び、幼馴染みの彼よりほんの少し高くなった。
彼はそれが気に食わないようだが。
そういう彼は少女らしい容姿から華やかさを残したまま男らしく、しなやかな筋肉とモデルのように長く大きな手足、大きな瞳は切れ長に感情を表すようになり、男女問わず友人が多くいつも周りは華やかだ。

「あっちぃ…エミヤぁ、アイスくれ」
「きみな、さっき食べただろう?腹を壊すぞ」
「暑いの苦手なんだから仕方ねえだろ…」

夏休みの宿題を広げた先で彼は冷たい床に突っ伏した。
暑さを逃すように高い位置で括られた長い髪のお陰で白く太い首には汗が滲んでいるのが見える。
古き良き日本家屋の我が家には冷房がかかる部屋が限られているのだが、今年はその冷房が壊れて真夏に自然風に頼るエコ生活を送っている。
修理は得意分野ではあるが、さすがにエアコンを解体するのはと修理業者を待って数日が経つ。
体を壊しやすい養父は体調を危惧して隣の家に避難中で、今は私だけがこの家にいる。
夏が苦手な幼馴染みは冷房が壊れていると言っても毎日やってくる。
冷蔵庫から冷たい麦茶を差し出すと飛び付くように飲み干した。

「暑いとわかっているのだから無理せず自分の家でやるといい」
「嫌だ、だってお前、俺の家に来ないだろ」

いくら隣が特定の稼業だったとしても家を空けてばかりなのは物騒だと告げれば、ほらな、と諦めたように溜め息をつかれた。
きみには関係ないだろうと思ったが口には出さないでおいた。
彼にはその言葉は地雷だったからだ。
以前、クラスメイトに告白をされたが、彼女を友人としか思えなかったことと養父の体調が思わしくなかった時期でそれどころではなかったので断ったのが、どこからか知った彼は根掘り葉掘り知りたがったのだが、関係ないと告げた瞬間の羅刹のような形相に肝が冷えたのだった。
思わず相手を傷つけたくないと誤魔化したが、今思い出しても恐ろしい。
私が先に彼女を作ってしまうことが彼にとってそんなに気に食わないのだろうかとそのときは漠然と触れることすらせずに流してしまった。
それにしても毎年の夏は哀れになるほど暑さに唸っているのを見ているので、我が家は地獄だろう。
机に投げ出され、持主が見ていない間にもチカチカと時折点滅する彼の携帯は夏休みに入ってからよりいっそう健気に働いている。
私には早く宿題を終わらせてやることくらいしか、その健気な姿に報いることはできないのだが。

「それが嫌ならさっさと宿題を終わらせるぞ」
「ん?」

どういう意味だ、と不思議そうに首を傾げる様は幼い。
彼の携帯同様に点滅する自分の携帯が目につき、彼が早く宿題を終わらせることは私の任務でもあるのだと気を引き締める。

「きみと遊びに行きたいから予定を教えろとクラスメイトたちがうるさいのでな」
「はあ!?いつ連絡先なんて教えたんだよ!」
「夏休み前、きみが私と一緒に宿題を終わらせない限り遊ばないと宣言してすぐだ」

半ば強引に奪われ一方的に連絡先を打ち込んでいくクラスメイトたちはなかなか見ごたえがあったぞと皮肉を言えば、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。
そう容姿が限りなく華やかなのに性格はフランクな彼は友人たちにとって何をおいても仲良くいたい相手なわけで、その彼の面白味もなく取っつきにくい生真面目な幼馴染みなど彼と繋がるためのツールでしかない。

「友人たちと涼しいところへ遊びに行きたまえ」
「…やだ」
「…皆きみを待っているのに?」

期待を裏切るのかと含んだ物言いに彼はグッと息をのみ、すぐにぶすくれてずりぃと吐き捨てた。
人の期待を裏切れないまっすぐさは彼のいいところだ。
宿題終わらせたくねえ、と彼らしくない発言を聞き流してやりながら、ペンを進める。

「早くやりたまえ、私はあと3ページで終わりだ」
「なんだと!?」
「終わっても待ってやらんぞ、明日は予定があるのでな」

床に突っ伏していた体が獣のような俊敏さで跳ね上がり、大きな手の平がペンごと力強く腕を掴んだ。
驚いて視線を上げた先には不機嫌そうな顔があり、おや、と首を傾げた。
時折鋭い歯が覗く唇から低く唸るような、正に地を這うような声音で名を呼ばれ体の奥が僅かに竦み上がる。

「凛たちとプールに行く約束がある」
「なんも聞いてねえ」
「…今言ったな」
「なんでだよ!」

弓道部の他校との交流戦でまだ不慣れだという桜の面倒をみていたところ、その繋がりで姉の凛と凛の家にホームステイ中のセイバーと出会い、弓の腕からアーチャーと呼ばれることになったり、武道の話で意気投合してからは彼も混ざって交流するようになった。
凛に彼が来れないかもしれないと告げたときには、なぜかとうとう倦怠期かと謎の心配をされたわけだが、別の誘いで忙しいと伝えたところ、へえ?と意味深な声音に嫌な予感もしたが、たまにはいいんじゃないという言葉に頷くに至ったわけで。

「明日はきみにも予定が入っていただろう?」
「明日のは予定じゃねぇっつーか、何するかも聞かされてねぇし」

彼はがっくりと項垂れるとあのくそ野郎だとか、嬢ちゃん楽しんでやがるな、とか不穏な呟きを残すとペンを鷲掴み、勢いのまま宿題に向かい始めた。
そんなに凛たちとプールに行きたかったのかと思い、確かに抜きん出て美しい彼女たちの水着姿(彼の持っているそういう写真集は胸元の大きくスレンダーな小麦色の女性が多い)なら彼も見たかろうと彼女たちに断ってから何枚か写真を送ってやろうと思った。


そうして約束の当日の朝。
無事に宿題を終わらせた彼がぶすくれたまま家にやってきて無言で向かい合って宿題をやっていた机へと乱暴に腰を下ろす。
怒ってます、納得いきません、と堂々と全身で訴えてくるのだから苦笑いするしかない。
慣れたように彼の分も朝食を並べてやれば、不機嫌そうなのにきちんといただきます、と手を合わせるところに育ちの良さを感じる。
じわりと出汁が滲み出るだし巻き玉子は彼の好物で迷わず箸を伸ばすあたりが彼らしく、口に含んですぐ不機嫌そうなのに口元が若干緩んでいて思わず吹き出した。

「なに笑ってんだ」
「きみ、怒るか笑うかどちらかにしたらどうかね?」

堪えきれずにふふ、と口元を押さえて笑っているとぽかんと彼が見つめていて、早く食べろと箸で促す。
彼は何かを言いたげに口を開閉させ、ああ、と意味をなさない言葉を叫んで突っ伏したので思わず側に寄って体を揺すった。

「た、体調でも悪いのかね?ならすぐに…」
「…俺の体調悪かったら嬢ちゃんたちと遊びに行かねーわけ?」
「体調が悪いきみを置いていけないだろう」

突っ伏したまま下から睨んでいた赤い瞳が更に眉尻を吊り上げたのが見えてたじろぎ思わず体を引いたが、渾身の力で腕を掴まれて眉をしかめた。
彼はそんなこと気にならないようでそのまま畳の上に軽々と体を引き倒し、上から睨むように覆い被さってきた。

「お前さあ!隙があるっていい加減わかれよ!」
「な、んだ突然、私は別に…っ」
「本当にイライラする、お前のそういうとこ」
「なっ…」
「俺は誘わないくせに体調悪けりゃ優先?そんな中途半端に優しくするなら家にでも放っておけばいいだろ!」
「クー、待て、落ち着け…っ」

なんだ、突然、私たちはなんの話をしていた?
他愛もない、ただの会話だったはずなのになんで、なぜこんなに彼は怒っているのだろう。
私が完全に怯んだのがわかったのか、舌打ちすると腕を放して不機嫌そうにさっさと朝食を掻き込むと、ごちそうさん、と呟いて出ていってしまった。
残されたのは呆然と畳に転がる自分だけ。
わけがわからなかったが、凛たちとの約束の時間が迫っていたので慌てて朝食を食べたが、味は全くわからなかった。



「ねぇ、あんたひどい顔してるけど、何かあったの?」

待ち合わせ場所に着いて早々、開口一番に言われた言葉を否定したが、桜もセイバーも心配そうに見ていて本当に大丈夫なんだと笑ったが、女の勘、というものだろうか、散々問い詰められて彼と喧嘩したことを話した。
いや、喧嘩とも呼べないかもしれないが。

「ふーん、まあ気持ちもわからなくないけど逆効果よね」
「ん?」
「そうですよね…先輩、そういうところありますから…」
「ですが、そこも彼の可愛らしいところだと思いますが」

うんうん、と三人三様に頷き合い、なるようになるわよ、と凛に思いの外強い力で肩を叩かれた。
可愛らしい、可愛らしいとは。

「セイバー、私みたいな者よりきみの方がよっぽど可愛らしいと思うのだが」

それを聞いて三人はこちらを凝視したあと、はあ、と同時にため息をついた。
あいつが可哀想になるわ、と凛が呟き、二人も深く頷く。
ひどく貶されている気がする、なぜだ。

「まあいいわ、今日のあんたは一日私たちのボディーガードよ」

さっさと空気を切り替えた凛はびしりと人さし指でこちらを指し示し、自信に満ちた楽しげな笑みを浮かべる。
その姿はさながら女王様、と表現した方がいいだろう。
私は片足を一歩引き、拝命つかまつりました、と恭しく頭を下げたのだ。


そもそもプールに行きたいが、周りの男どもが鬱陶しい、と他の女性が聞いたら腹立たしく思うような発言をかまし、あんた夏休み暇でしょう?暇よね?プール行きたいでしょう?と追い詰めて、いや約束を取り付けてきたのが始まりだった。
事実、三人は一際美しい部類の女性で凛とセイバーは返り討ち、桜は言い寄られて困り果てると災難(前者はどちらが災難かわからないが)続きで、遊びに行くのも一苦労だったわけだが、なぜ自分が我慢する必要があるのだと爆発した凛により、今回の計画が立てられたのだ。
最初は彼も誘われていたが、夏休み前のクラスメイトたちの様子と彼もまた万有引力の持ち主で寄ってくる女性が後を絶たないので、いけないかもしれないと告げたとき壁としての役割は弱いから別にいいとバッサリ切り捨てられた。
それが今朝の喧嘩に繋がるなら、誘えば良かったな、と思った。
更衣室で上着を脱いだとき、腕にくっきりと痣ができていて、そこが彼に掴まれた場所だったと気づいた。
これは今日泳げないな、とパーカーを羽織る。

『本当にイライラする、お前のそういうとこ』

ずっとそう思っていたなら言えばいいものを。
いや、彼はああ見えて優しい男だから気遣ってくれたのだろう。
彼は今頃別の友人たちと楽しく過ごしているのだろうかと思うと胸の奥がチリ、と僅かに痛んだ。
痛む?なぜ?彼が不機嫌そうに一人家にいるより、その方がずっといいはずだ。
だから、『寂しい』と思ってはいけない。
深くため息をつき、振り払うようにロッカーを絞めて振り返ったとき、見慣れた青が視界にちらついた。

「…エミ、ヤ?」
「…クー…?」

何か言わなければと固まる彼を見つめ、次の瞬間、私は全力で逃走した。


その更衣室での出来事を話すと凛は優雅を忘れて大笑いしていた。
お互いぎょっとして固まったのをいち早く正気に戻った私は彼を振り切るように出入口へ走った。
次いで後ろから名前を呼ばれたが、今は話す言葉が見つからない気がした。
更衣室を出て彼女たちの待つパラソルの下、すでに三人はナンパに遭遇していたが、息を切らせて半ば殺気に近い雰囲気を感じたのか相手がさっさと撤退していった。
そして凛たちにあいつが来ている!と叫んで内容よりもその焦りように三人をぽかんとさせたのは言うまでもない。

「なにその面白い事件、見たかったわ」
「姉さん、笑ったら可哀想ですよ」
「いっそ笑ってくれ、桜…」
「私はさっきの店の焼きそばを買ってきますね!」

泳ぐ前に腹ごしらえです、と店へ直行するセイバーを見送り、桜が労るようにどうぞ、と差し出されたドリンクを疲れた笑みで受け取り、凛は備え付けられた白いテーブルをバシバシと叩いて楽しそうだった。

「あいつ、目立つから見つけやすそうね」
「見つけてどうするのかね?」
「あんたの楽しそうな様を自慢するに決まってるでしょ」

うふふふ、と綺麗に微笑む姿は勝利者さながらである。
火に油を注ぐなと注意するとはいはいとわかっているのかわかってないのか生返事が返ってきて脱力する。
私もいますから大丈夫ですよ、先輩!と握りこぶしで応援する桜の健気さを少し分けてもらうべきだと思う。
絶対に言わないが。

「噂をすればなんとやら、かしら?」
「なんの話…」

凛の背後を見る視線を追って振り返った先には焼きそばやらアメリカンドッグやらその他諸々を抱えたセイバーと話の中心人物がいた。
荷物持ちかな、と現実逃避して凛と桜に向き直る。

「そういえばこのドリンク、夏らしくて美味しいな」
「え?あ、はい…トロピカルフルーツミックスですけど…あの、先輩?」
「そうか、私も家で作ることにしよう。じいさんも喜ぶ」
「おい、エミヤ」

無視してんじゃねぇ、と目の前に乱暴にカレーライスが置かれる。
なぜカレー、と思っていると焼きそばを食べ終えたセイバーが綺麗に平らげていくというシュールな絵面。

「きみ、一緒に来た友人たちのところに戻った方がいいのでは」
「嫌だ、あの金ピカ野郎のところになんぞ誰が戻るか」

粗雑に椅子を引き、隣にどかりと腰かけるとたちまちテーブルは窮屈になった。
しかも一緒に来ているのは名目上陸上部のギルガメッシュらしい。
名目上というのは自分が出たら誰も優勝できず哀れだから、という斜め上具合いで、セイバーのことが好きらしい。
彼女はむしろ嫌っているが、彼女がここにいるということがギルガメッシュがここにいる理由だと思うと頭が痛い。
彼は道連れといったところか。

「ギルガメッシュも来てるならここにいないでよね、縁起悪いから」
「縁起悪いとか言うな!」
「虫除け(対ギルガメッシュ用武器)くらいにはなりますよ、凛」
「おい、なんか恐ろしい意味合い持ってねえか、それ」

俺はここを動かねぇぞ、と私の後ろに隠れパーカーを引き掴む様は怯えた犬のようで、凛はにやりと笑い尻尾が収納されてるわ、と呟いた。
ひとしきり彼をいじって楽しんだのか、泳いで来るからここで二人で留守番でもしてれば、と桜とセイバーを引き連れてプールに向かおうと立ち上がる。
置いて行くのかと凛の腕を掴んだが、背後から伸びてきた彼の大きな手が凛を掴んだ手を引き剥がし、さっさと行けと言わんばかりにしっしと手を振る。
そのさまに凛と桜は呆れたように笑って何か言いたげなセイバーとともに行ってしまった。
気まずい。
それしか思い浮かばない。
ロッカーで逃げなければここまでにはならなかったかもしれないが、今はもう後の祭だ。

「それ、美味いのか?」
「あ、ドリンク、かね?」

おう、と頷く彼はさほど機嫌が悪くなさそうだ。
こくりと頷けばよこせと奪われてしまう。
もうひとつ買ってこようか尋ねても別にこれでいい、とぶっきらぼうにこちらの椅子の肘掛けに肘をつき、機嫌は悪くはないが良くもなさそうである。
だが近い、肘が触れ合うほどの距離は近すぎる。
三人がいなくなったのだからここまで近い理由がないと椅子を少し引いてみるが、彼の肘がかかっているせいで動きづらい。
いっそ隣の席に移動しようかと視線を巡らせた。

「お前は泳がねぇの?」
「あ、いや私は、」
「はあ?じゃあ何のためにプールに来たんだよ」

ずっと留守番とかつまんねぇだろ、とさも不思議そうで、競争するか、とすごく楽しそうに笑うので、今朝のあのやりとりはなんだったのかと腹が立つ。
別に頭を悩ませる程の出来事ではないと言われているようで無性に腹が立った。

「行きたいならきみ一人で行くといい、私はここにいる」
「なんでだよ、いいだろちょっとくらい、ほら脱げって」
「はあ!?やめろ、馬鹿!」

羽織っていたパーカーを力付くで脱がしにかかる彼の手を掴んで取っ組み合う。
女じゃないんだから別に恥ずかしがることないだろ、と素早い動きで片腕だけでこちらの両手首を掴み、ひょいと逃げたもう片腕がパーカーのジッパーを下ろし始める。
やめろ、と引き剥がしたときの動作で肩口がすとりと落ちた感覚がして腕を引いたが、力が強くて剥がれない。
楽しそうに笑っていた彼の瞳が腕に向き、すぐに見開かれる。
それと同時に緩んだ力にその手を振り払い、パーカーを引き上げた。

「お前、それ、朝の」
「別に大したことじゃない、私がきみを苛立たせたのが悪い」
「…なんだよ、それ」

違う、私が悪かったと謝りたかった。
彼の言いたいことはよくわからなかったが、それでも彼が私に嫌だと思う面があること、直してほしいことは伝わったのだから、それで十分だったのに、捻くれた性根が余計な一言を足してしまった。
また怒らせてしまっただろうか、と覗き見ればむしろひどく悲しそうな顔がそこにあった。

「…お前は俺に、謝る機会もくれねぇのかよ」

しょんぼり、という言葉がぴったりのその表情は思わず慰めてやりたいところだが、相手は彼だ、落ち着けと言い聞かせてぎゅっとパーカーを握った。
はずだったのだが、気付けば頭をよしよしと撫でていた。

「…エミヤさーん?」
「はっ…いや、これは、その、あれだ!仲直りということで…っひ、」

わたわたと慌てる私の手に彼が頬を寄せてすり寄る。
瞳を閉じて赤い瞳が隠れ、薄い唇が満足そうに弧を描く。
これはいったいなんだ。
咄嗟に手を引くと赤い瞳がこちらを見る。
ずっと幼い頃から見てるはずなのに、目を逸らせずに息を飲む。
それに気を良くしたのか、猫科の動物のようにしなやかで無駄のないゆっくりとした動きで更に距離を詰める。

「クー…っ、ち、ちかっ」
「んー?別に見慣れてるだろ、俺の顔」
「だがっ…なんか、ちが…っ、」

全力疾走したかのように心臓がバクバクと音を立て、それが彼にも聞こえてしまうのではとパーカーの胸元を両手で強く握った。
それ以上は見てはいけない気がしてぎゅっと瞳を閉じる。
はあ、と彼がため息をつき、それが頬を擽り体が震えた。

「エーミヤ、そんなに無防備だと」

丸ごと食っちまうぞ、といつもより落ち着いた低い声がすぐ耳元で聞こえた。
彼がそういった生き物ではないとわかっていたが、はっきりと食われると思った。

「こんなとこでアーチャーを苛めてんじゃないわよ!この駄犬!!」

ぎゃいん、という哀れな悲鳴とともに目を開けると地面に転がった彼の前に赤い悪魔と化した凛が拳を握って仁王立ちしていた。
その後ろには同じく暗い瞳でうっそりと笑う桜と冷たい瞳で彼を見つめるセイバーが立っていて冷や汗が出た。
セイバーはどこから持ってきたのか太めの木の枝を握りにっこりと笑う。

「そうです、夏と言えばスイカ割り。スイカ割りをしましょう、アーチャー」
「す、スイカ割り?」
「ええ、先ほど金色のスイカ紛いで練習してきましたので。ああでもまだ不馴れなのでうっかり」

違うスイカを割ってしまうかもしれませんが、と彼を見てふわりと笑う彼女の手から木の枝を取り上げ、夏と言えばソフトクリームだと店の方へ強引に連れ出した。
背後から私と桜の分もね、と赤い悪魔が優雅に笑って手を振っていて、地を這う幼馴染に許せと片手で十字を切った。

帰ってきたときには穏やかな様子の凛と桜、やや草臥れた様子の彼に迎えられ、セイバーが桜に、私から凛に、そして彼に渡すと驚いて固まり、ソフトクリームと自分を交互に見る。

「俺の、分か?」
「それ以外にないだろう?きみは暑いとすぐにアイスを食べるから好きだと思ったのだが」

いらないか?と首を傾げれば、いる!と飛び付きサンキューな、エミヤと嬉しそうに笑っていて、その笑顔にほっと息をついた。
いつものクーだ、と安堵した。
凛は全力で尻尾振っちゃって、と苦々しく睨んでいたが、まあまあといなしておく。
その後はギルガメッシュからの逃走を含め、早々にプールを切り上げ女性陣のショッピングに付き合い、ボディーガードと荷物持ちを兼任することになり、荷物持ちが二人もいるとたくさん買えるわ、という言葉に恐れ戦くことになった。

「疲れた…女の、特に嬢ちゃんの買い物は長い…」
「ふふ、荷物持ちお疲れ様、クー」

すっかり陽も暮れ、頑張った彼のために今日は彼の好きなものにしてやろう、と思い、はたと足を止める。
つられて足を止めた彼がどうしたと振り返る。

「いや…うちで夕食を?」
「お前が嫌じゃねぇなら」
「嫌ではないが、だが」

うちは暑いぞ、と思い切ったように言えば何を言い出すかと思えばと大笑いし出す。
いや、プールの次は冷房の聞いた店内にいたのに我が家ではあまりにもと思っただけなのだが、彼は何も気にならない様子でさっさと歩き出した。

「別に暑いのは苦手だが気にしねぇ、お前一人で置いといた方が物騒だろ」
「いや、就寝時は一人だが」
「隣行けよ、暑いだろ…てか、それさ、泊まっていいって意味か?」

その背を早足で追いかけ、暑がりのくせに家に帰れ、と言えばひでぇなとくつくつ笑っていた。
家を空けられないという言葉を気にしていたのだろうか。

「イライラする、なんて言ってごめんな、ただの八つ当たりで本当は思ってないからな」
「…ああ、いいさ」

きちんと謝れていないことを気にしていたのか少し照れた表情にふと笑みをこぼした。
きちんと話せば良かった、そもそもきちんと誘えば良かった、他のクラスメイトと遊べと嫌みを言わず、彼が好きなようにさせてやればと内心後悔ばかりだった。
幼馴染という関係に胡座をかいていたのは自分で、それに彼を巻き込んでひどいことをしたと反省した。
彼はこんなに屈託なく素直なのに、と。

「…うちは一人でも大丈夫だぞ?」
「いいんだよ、俺が勝手にしてるんだから気にすんな」

ふとその言葉に似た台詞が甦る。
おや、とまた足を止めると彼もまた足を止めて向き合う。
なんとなく薄暗い夜でも月明かりに照らされた赤が綺麗だと思った。

「お前のこと守るって決めたって言ったろ?」

にしし、と屈託なくどこか照れたように笑う姿に足が地面にへばりついたように動かずにただ見つめる。

「もう昔のように弱くないぞ」
「でもなぁ、決めちまったからな」
「決めたのか」
「おうよ」

なら仕方ないな、と返しながら頭の中はパニックで何が仕方ないんだ!?と自問自答していたが、相手はそうだろ?とまたしても不可思議な返答に会話が成立しているか自体怪しい。
何か言わなければとぐるぐる考えては何も浮かばず、そうか、と頷くだけに終わった。
そういえば食われると思ったあのとき、なぜ抵抗しなかったのだろう。
しかも心なしか心臓が痛いような気がする。
自然と心臓の上を撫でようとした手を掴まれ、早く帰ろうぜ、と腕を引かれて、見慣れたはずの広い背を追う。
あの頃よりも大きな手で私の手を引き、ちょっと子供っぽい彼が今でも私のヒーローだ。

(繋いだ手が暑いのは、夏のせい、)

Comments

  • はんぺん
    February 20, 2018
  • ツキ影
    January 29, 2018
  • fraidycat
    January 28, 2018
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