チョコレートミルク
リゾートホテルバカンスものの皮を被った怪奇ものになる予定。HA時空五日目以降設定の槍弓です。ずっと同じものを書いていると飽きて嫌になるので、続き物の合間に書いた続き物(笑)です。完結させたらHPには載せる予定です。二人とも少し俗世に染まりすぎてキャラ崩壊してますので、無理だと思った方はすぐに読むのをやめてください。
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プロローグ
きっかけは、二枚の紙切れだった。
少し力を入れれば気持ちの良い音を立てて裂ける、材質のいいツルツルの紙だ。
紙切れの所有者は17歳の少女だったが、その少女の力でも簡単に破けてしまう紙切れには、下手をすると血で血を洗う争いに発展しかねない価値があった。
少女の父親はとある会社の株を買っていた。MGCホテルという何の略かも分からないような日本の会社の株で、その時点で既に怪しかった。
しかし、少女は父親を無条件に慕っていた(事実、さもそれが当たり前の家族の姿だとでもいうように、彼女は父親の友人関係のものなら大丈夫だと信じて疑わなかった)
だから、最初は少女も今朝家のポストに投函されたその二枚の紙切れ、”7泊8日のリゾートホテル特別優待券”を輝かんばかりの瞳で見つめていた。
7泊8日もあれば、最近夢中のボーイフレンドと過ちを犯すには十分だ。加えて、邪魔の入らぬ絶海の孤島に新しくオープンしたリゾートホテルだ。
しかも、更に質の悪いことに、”特別”優待券だ。それは、この二枚の紙切れが限られた人間数名にしか配られないものであることを証明していた。
つまりは、気前よく投資してくれている株主にしか届かない『当ホテルの最初のお客様になってください』というやつだった(私にはただの胡散臭い紙切れにしか見えなかったが、彼女はそんなようなことを言っていた)
少女のうっとりした瞳は、ここにはない海に囲まれた南の孤島を――あるいはボーイフレンドの未だ幼さの残る汗ばんだ腹筋を映し出していた。
なんとも気の早いことだ。目の前に保護者――私という最大の障害があるにも関わらず、その時点で少女の心はすっかり未熟な少年との7泊8日リゾートに奪われていた。
当然私は猛反対した。私は彼女の父親ではないが、その7泊8日の旅(おそらくはボーイフレンドとの初旅行)にとても賛成できなかったからだ。
己の責任を放棄して一週間も街を留守にするなど、怠慢もいいところだと散々詰ったし、他人を出し抜いて本当に後悔しないのかと諭したりもした。
そう、忌々しいことに少女のボーイフレンドの周りには、彼女以外にも複数の女性の影があった。毛も生えていない若造の癖にいい度胸だ。
特別優待券とは言っても日程は決められていたので、少女はその7泊8日の間だけ学校を休む手続きをした。もちろん、ボーイフレンドにも内容は黙ったままだったが、休みを取らせていた。
まるでどこかの工作員のように綿密に、他の女性たちにバレないよう秘密裏に計画を進めていた。その頃には、私も口を出すことを止めていた。
いくら忠告したところで彼女が計画を中止することはあり得ないと判断したからだ。意味のない説得に時間を割きたくなかった。もちろん、絶対に認めてはいないし、納得もしていなかったが。
少女はそのリゾートホテルを訪れることを、とても楽しみにしていたし、年相応にはしゃぎながら準備もしていた。
それが丁度一週間前、魔術協会から一通の知らせが入った。その内容というのが、少女からしてみれば不幸の手紙だった(客観的に見れば不運程度だし、私にとっては幸運だった)
一人の未熟な少年が勝利した聖杯戦争について(そのあとに起きた奇跡については絶賛必死こいて隠蔽中だ)確認事項があるので至急ロンドンへ来いとの知らせだった。
しかもご丁寧に、対応によっては今後の進学に少なからず影響を与えると書き添えられていた。そして指示された日程というのが、件の7泊8日リゾートと丸被りしていたのだ。
私だって生まれてこの方狙いを外したことはないが、魔術協会も今回は上手くやってくれたと拍手を送るしかない。関係者と会話する機会があれば握手をしながら言うだろう。
「ジャックポット!ありがとう、君達ほどの腕を持つ弓兵を私は見たことがないよ!」少々大袈裟に、涙を流してもいい。
肩を落とす彼女を、わざとらしい程殊勝な面持ちで「本当に残念だったな」と慰めつつ、内心はガッツポーズをしていた。
彼女もこれで、他人を出し抜こうなどという考えは碌な結果を生まないと言うことが身に染みて分かっただろう。今ならあの未熟者の頬にキスをくれてやってもいい。
日程が被ったおかげで、学校を休む手続きを改めて取る必要がないのは不幸中の幸いだっただろう。
後はクソ忌々しい”7泊8日リゾートホテル特別優待券”を粉々に引き裂いてゴミ箱に捨てるだけだ。実際、私の知っている少女なら憂さ晴らしにそれぐらいのことはやってのけるだろう。
勿体ないと躊躇はするだろうが、みすみす恋敵にくれてやろうなんて性格の女でないことは確かだ。
私は彼女がその二枚の紙切れを破り捨てるのを心待ちにしていた。
しかし、そう私の思い通りになることばかりなら、わざわざ幸運Eを謳ってはいない。従者と主人の繋がりというのは意外に強く、私と彼女の間には少なからず縁がある。
妙に互いの魔力が馴染むのだ。聖杯戦争時は大いに結構なオプションだったが、今回はそれが災いした。
つまり、私がどんなに上手く彼女の不幸を嘆くフリをしても、内心では小躍りしていたのを見透かされていたのだ。彼女の憂さは、二枚の紙切れで晴らされることはなかった。
余談だが、こういう時の女性は得てして面倒くさい。
今回の件は誰の所為でもない。運が悪かっただけだ。他の誰に聞いてもそう言うだろう。
しかし、こういう時の女性に限っては、そういう考えには至らない。まるでこの世の中の憂い全てが貴方の所為よ言わんばかりに、身近な男を責めるのだ。
その時の彼女も例に漏れず、そうだった。そして、こういう場合、過ぎたことをあれこれ持ち出すのが女性の常套手段だった。
「そういえば貴方、ランサーと仲が良かったわよね?」
彼女はなんの脈絡もなく、唐突に、私には到底理解の及ばない理論で組み立てた結論を口にした。
ランサーとは、聖杯戦争で私が刃を交えた槍兵の英雄クーフーリンを指す言葉で間違いはない筈だった。
彼女の唐突な言葉に正すべき点があるとすれば、それは”仲が良い”という部分だ。私と彼が顔を合わせれば厭味の応酬をする仲だということは周知の事実と化している。
それを彼女は”仲が良い”と言い切ったのだ。一体どうすれば私と彼が親友同士に見えるのか。いつ私が彼と、好きな刀身の話で朝まで盛り上がったり、酒を酌み交わしながら恋愛遍歴を語りあったというのか。
「わくわくざぶーんで一緒にいたでしょ?仲良く士郎を虐めてくれちゃってたわよね?」
彼女はニコニコと笑顔を張り付けてはいたが、額の血管が神経質に痙攣していた。
私は知らぬ間に大いに彼女を怒らせてしまっていたらしい。態度に出したつもりはなかったが、7泊8日リゾートホテルがポシャッた件について、口の端に少しだけ本音が出てしまっていたのかもしれない。
それを目聡く見つけた彼女に断罪されているのだ。既に裁判官からの判決は下っていた。”主人の無念を喜んだ”罪で死刑だ。
彼女の綺麗な青い瞳が、悪魔の様に三日月型に歪んだ。少女の幼い癇癪に付き合わされるのは今回が初めてではなかったが、それでも、彼女が第三者を巻き込むような――あの性悪神父のような真似事をしたのは初めてだった。
「マスター命令よ。この優待券は貴方とランサーで使いなさい」