全人類の敵とキスを
ランサーの告白と、アーチャーの返答の行方についての一悶着。
ホロアク時空というより、並行世界寄り。
*
リハビリのつもりだったんですがもう何一つ納得できるものが書けない上に無暗に長くなって死ぬかと思いました。これこのまま置いておくと絶対没にすると思うので、自戒を込めてそのままアップします誰か私を殺せ。
大変読みにくい出来になってしまいました、どうかご容赦ください。
ところでアーチャーは克己心が強すぎるから普段は分からないですが、実は凄い嫉妬深かったりしたらまず三日は宴を開くし、そんな内面もきちんと理解して受け止めてくれる兄貴と結婚でもしようものなら古代ケルトの慣わしに従いまず向こう三年は宴を催すことでしょうちょっとティル・ナ・ノーグ行ってきます。
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「アーチャーは俺を好きだと思うか?」
「はぁ?」
正直に言ってくれ、と前置きをして投げられた質問に、赤い悪魔はたった一言で端的に答えてみせた。
新都にある紅茶専門店。
ランサーのバイト先でもあるその店に、凛が訪れたのは単なる気まぐれだった。
久しぶりに満足のいく買い物ができたので、帰宅前に一服したくなったというだけのことである。
本当なら、さっさと帰って己の従者が淹れた紅茶を飲みたかったのだが、その従者は契約だけを残し、凛の元を離れて暮らしている。
いくら弓兵のクラスには単独行動のスキルが備わっているとはいえ、やや不義理な態度ではあるが、それも今更の話だ。
凛をもってして『手に負えない』と言わしめた男は、とにかく面倒な思考回路の持ち主で、こうして逃げ場の一つでも与えてやらねば満足に立ちいかない。
曰く『自分が幸せになるのは違う』のだと。
思い出しても腹立たしいが、ならばいっそ向こうから泣きついてくるまで知らんぷりをしてやろうと、新都にある地脈の監視を建前に、遠坂名義のマンション一室を貸し与えてやった。
定時連絡は欠かさぬよう命じたものの、異常なし、の一言で毎度レイラインを閉じる頑固者に、いよいよ怒鳴り込む寸前で、現状を見かねたかはたまた利害の一致か、珍しくランサーが名乗りを上げたのである。
「嬢ちゃんにはこっちも色々と面倒かけてるしな。このくらいお安い御用だ」
ランサーのいう面倒とは、彼のマスターの事であるが、冬木の領主である遠坂凛にとって当然の苦労であるので特別面倒だと思ったことはない。
気にするなと言いかけ、続いたランサーの言葉に考えを改めた。
「それに最近は結構アイツんとこ行ってるしな」
「…へぇ?随分と仲良くなったのね、二人とも。それなら、アーチャーのことは貴方に任せるわ」
その夜、珍しくアーチャーからレイラインで長い弁解を聞かされたのは言うに及ばずであろう。
確かに、良い傾向なのだろう。
あの分からず屋には、ランサーくらい強烈な方が適任だ。
生涯曲げられなかった生き方を、私語に矯正できるわけもなし。
それならいっそのこと更に叩いてのばそうと、思考を転換してしまえるのは遠坂凛らしく、その潔さはランサーの好むところでもある。
かくして実に平和裏に共同戦線が結ばれたわけだが、凛には一つ、誤算があった。
―――…あいつ、あんな目もするんだ
頑なだったアーチャーが完全に絆されたことだ。
商店街でバイトしているランサーの元に買い物に来ている姿も見かけるようになったし、ランサーがいるといえばあんなに毛嫌いしていた衛宮邸にも来るようになった。
「元々対局的な二人でしたから、惹かれるものがあったのでしょうね」
「ええ、ランサーはああ見えて世話焼きですし、意気投合したのではないでしょうか」
「意気投合、ねぇ」
珍しく意見が一致し、満足げに頷くライダーとセイバーを横目に、凛は溜息を吐く。
あの頑固者を見ていた時間は一番長い。
アーチャーが隠そうとして、こうなのだ。
なら内情はもっと先にあるはずで。
「…まぁ、あいつが幸せならそれでいいんだけど」
そう思考を締めくくったのが、つい先日。
「何?惚気話がしたいなら聞いてあげなくもないけど」
「違ぇよ。本当に何もねぇんだ」
まだ、とでも続きそうな台詞だ。
真剣なランサーの表情に嘘はないと分かっても、うろんな目つきになってしまうのは仕方がない。
むしろあそこまでアーチャーを手懐けておいて、その自覚がないとしたらそれこそ大問題だ。
凛は額に手を当て、こう答えた。
「あのねぇ、ランサー。好きも何も、とっくにデキあがってるのよ、あんたたち」
「ありゃ、まんまと意趣返しされちまったな」
何時ぞやのランサーの台詞をそっくりそのまま返した凛だが、その内情はむしろ『人の振り見て我が振りなおせ』である。
確かにこれは、端から見ていると非常にもどかしい。
しかしランサーの反応は薄く、だよなぁとひとりごちただけで、それからやや改ると凛に向き直った。
「昨日、フラれた」
「へ?誰が?」
「俺が」
「…誰に?」
「アーチャーに」
「……なんで?」
「…俺が聞きてぇよぉー!」
半泣きの声が店内に響く。
凛は慌ててフォローを入れたものの、心中はまだ半信半疑のままだ。
「ほ、ほら!どうせあのバカのことだから、きっとグダグダ余計な事考えてるんじゃないかしら!」
「だと、思うだろ」
あ、やば、地雷踏んだ。
凛は悟った。
『君をそういう対象として見ていない。そんなことより、出汁を変えてみたのだが君はどちらが好みだ?』
ランサーの心をバキバキに折り割った、アーチャーの返答である。
言いよどむとか、顔をしかめるでもいい、何かしらの反応があれば心を読むことくらいできたはずで、全くの無反応とは流石に堪えた。
ランサーの告白を、本気で『そんなこと』と考えているとしか思えない。
それでも何とかアーチャーの心を揺さぶれないかと、ハグもしたしキスもしようとした。
結果は、片手で邪魔だとあしらわれただけだ。
その扱いがランサーに一つの答えを与えたのである。
「…も、もしかしてだが……あいつ、俺のことを、本気で……い、犬」
「あらもうこんな時間だわ早く帰って明日の仕度をしないとそれではランサーさん美味しいお茶と大変興味深いお話どうもありがとうございました」
逃げるが勝ちである。
最速の英霊の虚をつき、心中で重圧軽減の呪文詠唱を終えると、別れの言葉と同時に店の外へと飛び出した。
奢るなんて言ってねぇぞ!というランサーの声を振り切り、ロータリーまでの道を怪しまれない程度に駆けぬける。
(だって、何て声かければいいってのよ!『そうかもしれないわね』って!?言えるわけないじゃない!)
アーチャーは、思い込みの達人だ。
無一文のランサーが彼の部屋に転がり込んだ時、どんなやり取りがあったのかは想像するしかない。
だがその時、アーチャーが一瞬でもランサーを『犬みたいなもの』だと考えたなら、それ以降の絆されっぷりも納得できてしまうのである。
つまりは現実逃避なのだが、十分に考えられることだ。
バスの車窓を通り過ぎていく新都の町並みを横目に、凛はひっそりとため息を吐いた。
「無事か、凛!」
「あら、早かったじゃない」
遠坂邸にて、リビングの扉を慌ただしく開いたアーチャーは、数瞬の後自分が騙されたことを悟った。
先ほどレイラインで切羽詰まった声を上げた少女は、優雅に午後のお茶を淹れていた。
「…マスター、今後あのような呼び出し方はやめてくれ。心臓に悪い」
「あら、私は『アーチャー、お願い早く来て!』って言っただけよ?でも、そうね、アンタがもう少し私の呼出に素直に応えるっていうなら、やめてあげてもいいわ」
「……善処しよう。それで?」
要件は何だ、と続けながら、アーチャーはソファへ腰を下ろす。
主人と従者が逆転した光景だが、アーチャーなりの意趣返しだと分かっているので、凛も甘んじて受け入れ、謹んで茶会の用意を整えた。
年代物のマイセンカップを危なげなく扱うアーチャーに、衛宮士郎がこの所作を身につけるまで一体どれほどの年月がかかるのかと想像しては笑いを堪える。
(衛宮君なら、びっくりして取り落しそうになるでしょうね)
「……凛、今何か失礼なことを考えているだろう」
いいえ、とうそぶきながら、凛はアーチャーがカップに口を付けたタイミングで仕掛けてみた。
「ランサーをフッたそうじゃない」
カチリ、とソーサーの上にカップを置いてから、アーチャーはやはりな、と呟く。
動揺は見られず、呼出の理由も察していたのだろう。
半分はつまらないわね、と意地の悪いことを思いながら、もう半分はランサーに同情した。
これは一筋縄どころの話ではなさそうだ。
「君の食い逃げ、もとい飲み逃げの話は聞いている」
「失礼ね、当然の報酬を受け取ったまでよ」
さらにはこうやって報酬外のサービスまでしているのだから、ランサーには感謝してもらいたいくらいだ。
正直なところ、凛が本当に手を貸してやりたいのは、ランサーではなく目の前にいる石頭の方なのだが。
「別に、あんたがランサーなんて眼中にないっていうなら構わないわよ。でも、そうじゃないんでしょ?」
「なぜそう思う?」
「まだランサーを部屋に置いてるじゃない」
「今更になって追い出すくらいなら、最初から受け入れてなどいない。奴が自分から出ていくまでは、面倒をみると決めた」
「詭弁ね」
ランサーは犬や猫ではない。
アーチャーだって、それは良く分かっている。
出ていけと言えば従うだろうし、現代に一番なじんでいると言っても過言ではないのだから、住処くらいは自分で見つけるだろう。
アーチャーは『ランサーが自分から出ていくまで』と言ったが、それはつまり『ランサーに出ていけと言えない』ことと同じ意味なのだ。
尻尾を捕らえたような気になり、凛は得意げなまま続けようとした。
「ねぇ、アーチャー…本当はあんた、」
「マスター」
あ、やば、怒らせた。
凛は自分の迂闊さを改めて悔やむ。
「確かに、聖杯戦争は終わった。だがサーヴァントは依然として『敵』なんだよ。そうであれ、と与えられた役割だからな。君は些か、平和ボケをしている」
「でも、もう戦う理由がないじゃない」
「全ての闘争に正当な理由があると思っているのか?目に入ったから、というだけの理由で殺人を犯すものも存在する」
アーチャーの言い分は最もだ。
凛は、この安穏とした日々に慣れている。
おまけに相手はあのランサーだ。
彼の生きた時代は敵味方が目まぐるしく入れ替わっていたから、仇を守り、友を殺すことを躊躇しない。
そんな相手に心を預けることが、アーチャーにとってどれほど危険な事か、知っていたはずなのに。
「話は終わりか?私はそろそろ戻らせてもらおう」
「待って、アーチャー。一つだけ」
どれほど危険な事か承知して、凛はアーチャーを勝手に巻き込むことに決めた。
余計なお世話だろうし、彼を更なる地獄へ落とすことになるかもしれない。
(でも、こうでもしないと、誰もあんたを救えないじゃない!)
「アーチャー…。あんたには無暗に戦うなって言っていたけど。一回だけ、戦闘を許可するわ。防衛でなく、攻撃目的のね」
「……無意味な戦いは好かんが。我々は『仲良しごっこ』に興じていたのだろう?」
「『その時』になって、あなたに何も手がないんじゃ、あんまりだもの」
凛がそれ以上の説明をするつもりがないことを、アーチャーは早々に悟ると、簡単な辞退の言葉を述べて消えてしまった。
みだりに霊体化するなとも言いつけていたから、きっとまだ怒っているのだろう。
遠坂邸の結界から完全に出て行ったのを感知して、ようやく凛は一息ついた。
「ごめん、ランサー。私にはこれが精一杯だわ」
「…おう、邪魔するぜ」
「お帰り。飯はできているぞ」
ランサーがバイトから戻ると、何の飾り気もないエプロンをつけたアーチャーが台所に立っており、ちょうどコンロの火を消したところだった。
鼻をくすぐるいい香りと、変わらない後ろ姿に騙されてしまいそうになるが、フラれてから昨日の今日である。
正直、出ていくつもりで戻ってきたので、ただいま、とは言わなかったのだが。
「?どうした、ランサー。手を洗ってきたらどうだ」
「お、おう」
何の変哲もなく、むしろ普段より幾分か機嫌がいいくらいのアーチャーを見て、ランサーはもう少しだけこの『ままごと』を続ける気になった。
出汁は前に戻っていた。
いつものようにランサーがバイトから戻ると、その日はアーチャーの様子が少し違っていた。
やや覇気がなく、料理の手も精彩に欠けている。
本人はなぜか否定するが、料理がアーチャーの趣味であることは周知の事実なので、それが芳しくない、となると事態は深刻なように思えた。
(今日は嬢ちゃんのとこに行ったのか、コイツ)
微かに感じた少女の魔力に、眉をひそめる。
彼女は誰よりもアーチャーを心配しているが、それ故に誰よりもアーチャーが嫌がることをやってのける人間だ。
その容赦のなさは潔いが、今のランサーはどうしたってアーチャーに同情してしまう。
(俺はおそらく、コイツを泣かせてェんだろうなぁ)
ランサーが短い行水から上がると、すでにアーチャーの気配は寝室へ沈んでいた。
冬木の地脈上に立てられたこのマンションは、その性質上やや空間を広く取らなくてはならず、表向きにはファミリー向けの物件として売り出されている。
男二人分と、客間、それから凛の倉庫兼書斎を含めてもまだ部屋が余っている有様だ。
アーチャーが一人で住むにはあまりに広すぎるから、ランサーも出て行きづらい。
廊下の突き当りにある部屋を覗けば、暗闇の中、ベッドに横たわる白髪を見た。
ドアに背を向け、寝苦しいのか毛布の上に投げ出された腕を見る。
唐突に、抱こうと決めた。
「…見ての通り、すでに就寝しているのだが?」
「ああ、見りゃ分かる」
「何をしに来た、部屋へ戻れ、ランサー」
後ろ手にドアを閉めた。
アーチャーが起き上がるより前に、その体へ覆いかぶさるようにベッドへ乗り上げる。
煩わしそうな、少し困惑したような。
夜目で見たのは、複雑そうなアーチャーの顔だ。
「お前を抱きにきた」
「…欲求不満か、それとも魔力供給か?」
「なんだその二択は」
「それ以外は認めないし、そのどちらかなら…そうだな、多少は相手をしてやってもいい」
いいのかよ。
全く美しい自己犠牲の精神だ、反吐がでる。
「俺は好きになった奴しか抱かねェし、抱いた奴は蕩けるくらい甘やかすって決めてんだ」
言葉とは裏腹に、アーチャーの唇に食らいついた。
強張った体はランサーが思っていたような反抗はせず、その代り合わせた唇が微かに震え、鉄色の瞳は剣を映す。
咄嗟にベッドから飛びのき、そのまま床に激突した。
ランサーの頭があった位置には大振りの剣が突き刺さっていて、枕の中の羽毛を散らしている。
「ってぇ!何しやがる!」
「それはこちらの台詞だ、クー・フーリン」
アーチャーは投影した剣を引き抜くと、その切っ先をランサーへ向けた。
心地よい殺気に思わずゲイ・ボルクを構えようとして、そしてやめる。
「どうした、私を抱くと言うのなら、勝って好きに犯せばいい」
アーチャーがもう少し、苦痛というものを感じられる相手であれば、それも面白かっただろうと思う。
英雄と呼ばれようと、クー・フーリンの気性の荒さは折り紙つきで、完膚なきまで相手を叩きのめすのを美徳とする。
だだ、ランサーはこの不器用な男から奪いたいのではなく、与えたいと思ってしまった、だから。
「それじゃあ、意味ねぇだろ」
あ、やべ、ぶっ壊した。
核心を刺し穿った感触、ピシリと空気が凍りついた。
「お、おい、アーチャー」
「出て行け」
静かな声だった。
鉄色の虹彩はこれ以上ないほど冷め切り、触れれば何もかもを切り刻んでしまうに違いない。
もはや弁解の余地もなく、聞く耳も持たず、最後通牒めいた言葉をもう一度。
「ここを出て行け、ランサー」