light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "石畳の午後" includes tags such as "小説", "二次創作" and more.
1
white
horizontal

オイサーストの午後は、人が多い。

石畳の大通りを、買い物帰りの人や、魔法道具の包みを抱えた学生たちが行き交っていた。
風は冷たいのに、陽は明るい。
冬の終わりみたいな、落ち着かない空気だった。

ラヴィーネは、布屋の前で足を止めた。

ほんの一瞬だけ。
けれど、その一瞬が、隣を歩いていたカンネには分かったらしい。

カンネ「ラヴィーネ?」

ラヴィーネ「……何でもねえよ」

そう言ってまた歩き出す。
でも、さっきまでより少しだけ遅い。

カンネはすぐには何も言わなかった。
その代わり、歩幅を合わせた。
そういう察しの良さだけは、昔から地味に腹が立つ。

二人は学校帰りだった。
今日は寄り道して、文具屋をのぞいて、菓子屋の前で新しい焼き菓子の話をして、それから布屋でリボンでも見よう、というだけの、何でもない日だった。

何でもないはずだった。

ラヴィーネは通りの先を見たまま、小さく息を吐いた。
下腹が重い。腰も重い。
朝からずっとそうだ。
出かける前から分かっていたのに、外に出れば少しはましになる気がしていた。

まったく、ならなかった。

カンネ「座る?」

ラヴィーネ「は?」

カンネ「今の顔、だいぶそういう顔」

ラヴィーネは眉を寄せた。

ラヴィーネ「お前、たまに失礼だよな」

カンネ「たまにじゃないって言いたいんでしょ」

ラヴィーネ「分かってるなら直せ」

カンネは少し笑っただけで、また前を向いた。

ちょうど通りの脇に、小さな広場がある。
中央に浅い水盤。まわりに低い縁石。
夏なら子どもが寄ってくる場所だけど、今日は人もまばらだった。

ラヴィーネは何も言わず、先にそちらへ曲がった。
カンネも黙ってついてくる。

縁石に腰を下ろすと、それだけで少し楽になった。
立っているだけでも腹が痛かったらしい、とそこで初めて分かる。

カンネは隣に座って、少しだけ顔をのぞき込んできた。

カンネ「で、ラヴィーネ。ほんとは何でもなくないでしょ」

ラヴィーネ「うるせえ」

カンネ「当たり?」

ラヴィーネ「……声に出すな」

カンネは一拍置いて、ああ、と小さく言った。

カンネ「ごめん」

ラヴィーネ「分かったならそれでいい」

カンネ「重いの?」

ラヴィーネは返事をしなかった。
しなかったけれど、その沈黙でだいたい伝わったらしい。

カンネは立ち上がった。

ラヴィーネ「どこ行く」

カンネ「すぐそこ」

ラヴィーネ「勝手に消えんなよ」

カンネ「消えないって」

カンネは広場の向かいにある屋台へ走っていった。
戻ってきたときには、湯気の立つ紙コップを二つ持っていた。

ひとつをラヴィーネの手に押しつける。

ラヴィーネ「……何だこれ」

カンネ「しょうが湯」

ラヴィーネ「お前、こういうときだけ妙に気が利くな」

カンネ「こういうときしか利かないみたいな言い方やめて」

ラヴィーネは受け取った。
コップの熱が手にしみる。
飲む前から、少しだけましな気がした。

しばらく二人で黙って湯気を見ていた。
広場の向こうを、買い物袋を持った婦人が通っていく。
鐘楼のあたりで鳥が鳴いた。

ラヴィーネ「……街まで出てきたの失敗だったな」

カンネ「でも、部屋でじっとしてるのも嫌だったんでしょ」

ラヴィーネはコップを持ったまま、カンネを見た。

ラヴィーネ「何で分かる」

カンネ「ラヴィーネだもん」

言い方が気に入らなくて、睨もうとした。
でも今日は、それをする元気すら少し足りない。

カンネ「布屋、また今度にしよっか」

ラヴィーネ「母親に頼まれてんだよ」

カンネ「今日じゃなきゃ駄目?」

ラヴィーネ「明日でもいい」

カンネ「じゃあ明日」

ラヴィーネ「髪紐も見たかった」

カンネ「それも明日」

ラヴィーネ「お前、全部明日にする気か」

カンネ「今日はそういう日でしょ」

ラヴィーネはコップの縁を見たまま、少しだけ笑った。
笑ったせいで腹が引きつって、すぐに顔をしかめる。

カンネ「ほら、無理して笑うから」

ラヴィーネ「お前のせいだろ」

カンネ「それはそうかも」

ラヴィーネはもう一口しょうが湯を飲んだ。
甘くて、少し辛い。
今は、その曖昧な味がちょうどよかった。

カンネは横目でラヴィーネを見たあと、ふいに視線を外した。
何か考えている顔だった。

ラヴィーネ「何だよ」

カンネ「いや」

ラヴィーネ「いや、じゃねえだろ」

カンネ「怒る?」

ラヴィーネ「内容による」

カンネは少しだけ口元をゆるめた。
いつもの、ろくでもないことを思いついた顔だ。

カンネ「じゃあラヴィーネちゃん。 なでなでしてあげよっか?」

ラヴィーネは思わず顔を上げた。

広場の真ん中。
昼下がり。
人通りもゼロじゃない。

ラヴィーネ「……馬鹿か、お前」

カンネ「うん」

ラヴィーネ「即答すんな」

カンネ「でも、ちょっと元気出るかなって」

ラヴィーネは呆れて、言葉がすぐ出てこなかった。
こういうところだ。
ふざけているのか本気なのか、ぎりぎり分からない線で来る。

カンネは続けた。

カンネ「ラヴィーネちゃん、今すごい嫌そうな顔してる」

ラヴィーネ「実際嫌だ」

カンネ「じゃあやめる?」

ラヴィーネ「……」

カンネ「あ、ちょっと迷った」

ラヴィーネ「うるせえ」

カンネは吹き出した。
ラヴィーネは視線を逸らしたまま、少しだけ肩を落とす。

本当に嫌なら、すぐ怒鳴れたはずだった。
今日はそれができない。
できないのが悔しい。

ラヴィーネ「……外だぞ」

カンネ「うん」

ラヴィーネ「人いるだろ」

カンネ「いるね」

ラヴィーネ「……短くしろ」

カンネ「やるんだ」

ラヴィーネ「今さら引くな」

カンネは笑いをこらえるみたいな顔をして、それからラヴィーネの頭に手を乗せた。

最初のひと撫では少しぎこちない。
すぐにラヴィーネが言う。

ラヴィーネ「下手くそ」

カンネ「ええっ」

ラヴィーネ「もっとちゃんとやれ」

カンネ「注文多いなあ」

ラヴィーネ「お前が言い出したんだろ」

カンネ「はいはい」

二度目は少しましだった。
ラヴィーネは目を閉じた。

石の冷たさ。
風。
広場の水の匂い。
頭の上の手だけが、そこから少し浮いているみたいだった。

ラヴィーネ「……今日、ほんと最悪なんだよ」

カンネ「見れば分かる」

ラヴィーネ「腹痛いし、だるいし、何か全部うざい」

カンネ「うん」

ラヴィーネ「お前もそのうちの一つ」

カンネ「ひど」

ラヴィーネ「でも、今いなくなるのはもっとむかつく」

カンネは少しだけ黙った。
それから、撫でる手を止めないまま答えた。

カンネ「じゃあ、いなくならない」

ラヴィーネは目を開けた。
真正面から言われると、どう返していいか分からない。

ラヴィーネ「……軽いんだよ」

カンネ「でも本気」

ラヴィーネ「そういうとこがむかつく」

カンネ「知ってる」

ラヴィーネはまた少し黙った。

学校で会うときの二人は、もっと騒がしい。
氷だの水だの、どうでもいいことで張り合って、どっちが先に一人前になるかで揉めて、教師にまとめて怒られる。

でも今日は、そういう日じゃなかった。
ただの帰り道で、ただの広場で、ただ重いだけの日だった。

カンネ「ラヴィーネ」

ラヴィーネ「何だよ」

カンネ「もう少し休んだら、帰ろ」

ラヴィーネ「子ども扱いすんな」

カンネ「じゃあ、途中まで一緒に帰る」

ラヴィーネ「最初からそう言え」

カンネ「じゃあ今日は、私がちゃんとついてくよ。ラヴィーネちゃん」

ラヴィーネは薄く目を開けた。

ラヴィーネ「……何だそれ」

カンネ「何って?」

ラヴィーネ「言い方が妙に気取ってる」

カンネ「たまにはいいでしょ」

ラヴィーネ「似合わねえ」

カンネ「ひど」

ラヴィーネ「でも、今日はそれでいい」

カンネは一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。

カンネ「了解」

ラヴィーネは小さく鼻で笑った。
今度は少しだけ、痛くなかった。

広場の向こうで、店じまいにはまだ早い鐘が鳴る。
白い空はそのままで、雪は降りそうで降らない。

ラヴィーネはカンネの手を頭の上に乗せたまま、ぼんやり思った。
こういう日は嫌いだ。
自分の体なのに、自分の言うことをきかない。
機嫌まで勝手に持っていかれる。

でも、誰かに少し甘えても、たぶん許される日なのかもしれない。

ラヴィーネ「……もういい」

カンネ「えっ、なでなで終了?」

ラヴィーネ「その言い方やめろ」

カンネ「じゃあ何て言えばいいの」

ラヴィーネ「知らねえよ」

カンネは手を下ろした。
ラヴィーネはコップを持ち直して、残っていたしょうが湯を一気に飲む。

カンネ「歩ける?」

ラヴィーネ「誰に言ってんだ」

そう言って立ち上がる。
まだ少し重い。
でも、さっきよりはましだった。

カンネも立ち上がって、何でもない顔で隣に並ぶ。

ラヴィーネ「先行くなよ」

カンネ「行かないって」

ラヴィーネ「絶対だぞ」

カンネ「はいはい」

ラヴィーネ「その返事、軽い」

カンネ「でも本気だよ」

それ以上は、何も言わなかった。
二人で石畳の通りへ戻る。

買い物は、明日でいい。
今日は、そういう日だった。

Comments

The creator turned comments off
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags