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赤い埋火/Novel by 朴

赤い埋火

7,027 character(s)14 mins

Fate。キャス弓♀。人外パロ。無駄にオメガバース要素が混在。基本投げっぱなしジャーマンな話です。べったーより再録。

表紙素材をお借りしました。ありがとうございます。
柚唄様 user/25277118

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 子供が可愛い。ただの子供ではない。高貴たる子供である。
 アーチャーはほう、と小さく溜息を吐いた。ああ、やや熱っぽくなってしまった。反省している。
「アーチャー?」
 吐き出す先の空気すら揺らさぬようにと心がけたが、隣に立つマスターには筒抜けであったらしい。アーチャーはまだ成人年齢にも達していない黒髪の少女から、お小言を言いたげに非難を籠めて、左斜め下よりねめつけられた。
 釣り目気味の潔癖でうら若い視線の強さに、正直少しばかり興奮……は、しない。何よりも敬愛するマスターであるが故だし単純にこわい。
 この体特有の問題とは言え、それと(金銭関係も含め)アーチャーと契約しているのも彼女自身の問題とは言え、それを御しきれていないことに、アーチャーはいたく申し訳ない気持ちになった。
 しかし、彼女はそれを今度はさもおかしそうに笑って否定する。
「申し訳ないなんて思わないのよ」
「しかしな、凛」
 彼女の真名を呼べる自分に、アーチャーは時々、ひどく気の遠くなるような心地を感じる。それは貧血よりも離人感に似ていて、世界が溶けるように滲んで逃げる。何時だってアーチャーにはそれを追えないのが口惜しい。
 敬愛するというのは正しくないのかもしれない。敬慕している。アーチャーよりもいくつも年上のような瞳を、時たま彼女はアーチャーに向けるからだ。
「それで? 今度は何にやられたってのよ」
 仕方ないからきいてあげるわ。記憶の通りの十七歳の少女は、鮮やかに笑って後ろで手を組ませた体を踊らせるように反転し、相対したアーチャーの名を桜の乗った唇に乗せた。

 ヴァンパイアである。
 それも生粋の、高貴たる青く冷たい血に連なった子供である。血を吸って眷属を増やすことを得手とはするが、温血の子を成すことの難しい吸血鬼の一族にとって、自然発生的にようやっと生まれた愛されるべき新たな家族で、若く強い、畏まれるべき新たな主人だ。
 その名をキャスター――アーチャーに呼べるギリギリの名前の連なりをクー・フーリン=キャスター=アルスターと呼ばれる子供は、そういう存在であったらしい。
 アーチャーはもぐ、と口元を弛めるようにおろおろさせた。微笑んでいいのか真一文字に引き結べばいいのかわからない。
 こんな世界に、こんな存在がいるというのが、もう何らかの出来栄えの悪い奇跡のようだ。
「そうはいっても、あいつ外見年齢は私と一緒くらいじゃない。いつまで子供扱いするのよ」
 魔術師の少女は解せないという顔をする。
 そう、アーチャーは知っている。彼女が赤ん坊であったころよりもっと前、『彼』が赤ん坊の姿を形どってアーチャーの振るガラガラにキャッキャと笑い転げていたころから彼のことを知っている。何ならそれより前から知っている。おいこら世界よ。分霊へのフィルターは厳重にかけるべきだ。聖杯戦争でもそうだったろう。
 アーチャーは項垂れた。もう世界と契約した己が男だったのか女だったのかすら覚えていない。些細な問題ではなかった。もしも男だった場合この柔らかな女体は尊厳にかかわる。
「そうは言うがな」
 アーチャーは情けない声を出した。だって本当に、無垢な赤子のころから「視て」いたのだ。ここまで割と立派に育っているが、そして育ち切った後の姿も知っているからこの成長は何一つ関係のないはずのアーチャーとしても誇らしい限りだが、それでも、だって、これはない。
 アーチャーは彼の前には立ちたくない。

 ――オメガバースという世界観をご存知だろうか。アルファ、ベータ、オメガに分かたれ、つがいを定めて子を産み育てる、それが原初の『男女』の枠には収まらぬ世界。
 アーチャーの持ち合わせる知識上、とある世界線で賛否はともかく爆発的にヒットした創作上の世界共通ルールというか、テンプレートの名称でもある。
 時に女が種を撒き男が胎を膨らませる姿、それに嫌悪を示す者も多かったろうが、性的少数派差別の撤廃と男女共同参画を推し進めている機運の世界に、それは面白おかしく取り入れられた。そしてそれに沿った世界がこうして今ある。どうしてかはわかっていないが、どちらかが素体となって世界線同士の影響があったのかもしれない。世界はたまに、とんでもないほどのバグを抱えて自ら歪んで生まれるものだ。
 しかし、いわゆる『化け物』にもその影響が生まれてしまうとは思わなかった。アーチャーが頭を抱えているのはそこである。

 キャスターは現在、親元を離れ遠坂の預かりとなっている。聖堂教会へ寄宿させるという話も出たようだが、そこはアーチャーと、あとなぜかキャスターの父君と、本当になぜか衛宮切嗣が出てきて抵抗を重ね突っぱねた。遠坂時臣は慎重派の典型的な魔術師であるが人格者だ。子供の性癖を無駄に歪ませることはないだろう。それに遠坂家は総じて女性が可愛い。怖いけど。
 夜半過ぎ。アーチャーはやや気鬱になりながら一脚のワイングラスを持って廊下を歩いた。温かな季節であるが古いがゆえに隙間から冷気が足元に這いよる。もう少しだけ、この家の住人達には薄手の毛布を重ねて使ってもらうとしよう。
「キャスター」
 アーチャーはコンコンコン、と事務的に軽く扉をノックした。「開いてるぜ」との了解を得て、ドアノブを回す。
「アーチャー」
 部屋に入ると、キャスターは待ち構えたようにベッドに深く腰掛けていた。異形の証である血のように紅い瞳一杯に慈しみを湛えた瞳でアーチャーを見上げる。大した役者だ。アーチャーは『出来損ない』だから、ここまでの猫はどう意識しても被れない。
「今夜の食事だ」
 アーチャーはなんてことないように持ってきたワイングラスを差し出した。中には真っ赤な液体がたぷんと揺れて入っている。
「ああ、ありがとな。今日のこれもさぞかしうまいだろうなあ」
 本当に楽しみそうなそれは、いかにも化け物らしい言い分だったが、アーチャーはついついそっと笑ってしまった。アーチャーの中の『正義の味方』は、彼のありようとは不思議と共存できることが多いのだ。
「これから狩りに行く輩が宣うリップサービスではないな。今日はどこに向かうんだ? やはり新都の方が、この時間でも女性はいるかな」
「あー、どうだろうなあ。ああいうとこの女は、こう、処女も少ないし、なんて言うか臭くてな」
「臭い」
 アーチャーはキョトンと目を丸くした。
「なーんだろうなあ……肉が臭い。熱を発して生きすぎててな、腐りかけているのかもしれん」
「随分な表現だな」
 身も蓋もない言い方に呆れてしまう。知ってはいたが、彼は結構口ぶりが悪い。
 そんなアーチャーをしばらく眺めて、キャスターはどこか力なく笑った。
「この血が一番美味いんだ。腹いっぱい食えたならどんなにいいかわからんくらい」
「馬鹿を言うな。それ以上の血と魔力を毎日のように与えたら、人間はきっと死んでしまう」
 そしてキャスターの傀儡として蘇るのか? アーチャーは歯噛みした。そんな、そんな――うらやましい。
 キャスターはケタケタと自らを奮い立たせるように笑ってグラスの中身を口に含んだ。ほお、と溜息を吐きながら、ひと啜りずつ大事そうに飲み干していく。
「っあ――――……。美味い……魔力はさして籠ってねぇが、甘くて、淫乱そうな処女(おとめ)の匂いだ」
 なあこれほんとに誰の血なんだよ? キャスターは煩くアーチャーにその答えを訊いた。毎度のことで、アーチャーは今日も鉄面皮を貫く。
「お前さんはこの血を呑まんからわかんねぇんだよ。こんなにも、凍えたヴァンパイアに熱を分け与える『生命』はそうない」
「それでも足りんから、夜な夜な街に繰り出すんだろう。そら、長話をしてる余裕はないぞ、キャスター。行くならさっさと行ってこい。どうせ魔術が扱えるんだから、出ていくときは戸締りを忘れないように」
「へーい」
 アーチャーは、この男は味覚障害でも患っているのかと思うことがある。それならと無精して一度輸血用の血液パックを与えたら、静かにものすごい笑顔で機嫌を損ねられたのだけれど。キャスターはちらりとアーチャーを見、そして嘆息して立ち上がった。「――なあ、お前さん、今夜も俺を招き入れてくれるか?」少しばかり不安に震えた声が聞こえた。それにアーチャーは微笑んで「当然だろう」と返してやるのだ。どうせこの家の夜を護るのはキャスターでなく、遠坂の純然な使い魔たるアーチャーだ。吸血鬼は家人に招かれない限り家の中には入れない。それでも、この家はとっくに、彼を家族の味方として受け入れているのになあ――相変わらず魔術に疎いアーチャーには、どう頑張っても量ってやれぬ不安である。
 キャスターは大型犬のような狼に化けるのが好きだ。そうしててしてしと、肉球と爪の引っかかるそれだけはまるで呑気な音を立てて去っていく。アーチャーは屋根の上に腰掛けながら、その音階を優れた鷹の目で門の前まで見送った。

 狩りは本能だ。
 特に、キャスターのそれはまさしくそうだ。
 なんとなれば、彼は『アルファ』だからである。
 アーチャーが仰天した理由がそこに在る。まさか、二次性別がキャスターにも――『化け物』たちにもその影響を及ぼすのかと。
 見目麗しいヴァンパイア。いまだ若く、つがいを持たない彼は危険だ。だから冬木の管理人たちも、彼の動向にはできる限り気を配っている。
 ――いや配っているかは正直疑問だ。何かに安心しているようにも見える。たまに凛が敵愾心を丸出しにしているくらいだ。アーチャーは首を傾げた。見目麗しい、夜闇に長く青い髪を艶やかに靡かせるきれいなきれいなヴァンパイア。噂が噂を呼んで、援助交際志望の未成年とか減って助かるわー、とは、マスターたる彼女自身の言でもある。アーチャーはさらに首を傾げた。繁華街には近寄らずとも、駅前なんかの未成年の人数自体は若干増えてはいないだろうか。是非お巡りさんになって保護したい。
 それに、キャスターのあれは、何と言うか。

 疑似発情だ。
 というより、間に合わせの食事が口と身体に合わぬのだろう。アーチャーはそう、キャスターのそれを推察している。
 吸血の性(さが)だ。たとえそれがそのまますっぱりうなじでなくとも、鎖骨に近い首筋を噛まれるそれは、互いに身体の中身を鋳融かすような快楽を生む。弱点の至近の急所だ。むべなるかな。
 それはもはや、施される側がオメガだろうがアルファだろうが関係がないが、キャスターは、彼自身の性別のそれは純然稀たるアルファである。
 だからこそ問題なのだ。

 アーチャーや彼の周りでひと時を過ごす生き物たちには懸念がある――彼が、どうしようもない相手にうっかりと引っかかってその一生を棒に振るようなことがないかどうか。
 いやその査定をするのはアーチャーではないのだが、世界を変えても交え続ける腐れ縁、彼は神々しい光の夜の化け物になったし、アーチャーだって、この世にふさわしい浅ましい姿になったし、それに、――……いや、やめておこう。昔から続く悪癖は自覚済みだ。
 それでも見届けたいと思ってしまうのは、傲慢であっても罪なことではないはずだ。
 出来れば化け物同士で番ってほしい。人間の生は、アーチャーにとってもキャスターにとっても短かろう。
 アーチャーがいつか、マスターである彼女らのために誰かの頸椎を折り、喉笛を裂くその前には終わらせてほしい。
 噛んで、命を啜り啜られ、その悦楽も含めてのキャスターの食事だ。喰らわれる側だってもちろんそうだ。脳内麻薬がドパドパと溢れ、多幸感の中で命を与える。何の文句をつけようもない。
 アーチャーには難しいことだった。アーチャーはそのゆくたてとありようを反映したように、出来損ないで底辺の泥水をもがくばかりの使い魔である。ブラウニーよろしく、血のように赤い紅茶を拵えている場合ではないのだ。

「は? お前さん、ブラウニーじゃねえの?」
「はあ? 君、いったい私を何の使い魔だと思っていたんだ」
「えっ、ていうか使い魔だったの」
 翌日、アーチャーは朝方に戻ってきたキャスターをいつもの通り迎え入れ、衝撃の事実を受け止めることとなった。
 貴様ぜんっぜん慎重派でも知的でもないな! 王子様とのロマンティックな夢を見て貞淑に処女を守り駅前にたむろする女の子(そしてたまに男の子)たちの純情を、これほどクソのように全力でぶん投げる男だとは思わなかった!
「いったい私を何だと思って過ごしてきたんだ君は……」
「いや、お前さん魔力薄すぎてよ。ちっと人間社会で擬態を覚えた小物の同類かなんかかと」
「今息をするように私のことをdisったな? そういうところだぞ、クー・フーリン。そのうち殺す」
「おう、殺せ殺――物騒なこと言うな」
「今明らかにワクワクしただろ、そういうところだ、キャスター」
 少女たちはこんな脳筋にも見事に引っかかってくれるのだろうか。それはそれで目の前の男の擬態が凄い。中性的ながら雄感漂う、アルファのフェロモンのせいかもしれない。

「で」
「ん?」
「お前さん、何の『化け物』なわけ」

 ――沈黙。

「……それでみぞおちに一発キメて逃げ出してきたっての?」
 マスター、凛は心底から呆れ切った声を上げた。
「すまない、好奇心が勝ったんだ……」
「軽率にもほどがあるでしょ。アンタが一番危険なのよ? うなじを噛まれたら、今の私じゃ助けてなんてやれないんだから」
 吸血鬼は人間相手にはわかりやすくもその存在が上位に置かれる。さて魔術師とはどうか――力量次第ではあるのだろうが。

 全く、と遠坂凛は己の腰元に手を置いて、仕方なさそうに首を傾げた。
「処女の淫魔で、しかもオメガだなんて。厄介な生き物もあったものね」
 そうなのだ。

「言っておくがこの件に関して君の八つ当たりは引き受けないぞ。うっかり私などを使い魔として召喚せしめたのは凛、君だからな」
 そんな優雅じゃないことしないわよ、と彼女は頬を膨らませたが、彼女の妹なんかは言うだろう。姉さんはそのうっかり癖が完璧でなくて可愛いんですよと。そして優雅かという問いには沈黙する。
 アーチャーは薄く息を吐いてワイングラスの上に翳した己が左手の手首を切った。かわいい可愛い子供の食事だ。昔、人間社会の何もかもが口に合わずに泣いていた子供を見ていられずに何とか知恵を絞って搾り取った赤い液体。それは子供と己が共に長じるにしたがって淫魔の性らしく催淫の渇望を与え、自然、子供を立派なヴァンパイアとして上手く人を襲うように育て上げた。アーチャーは、子供の父君に両手を握って感謝されるかもしれない。アーチャーは、子供が涙を止めてほわっと太陽のように笑ったあの時の記憶それだけでよかったのだけど。
 今でも思っている。どうしようもない相手に引っかからなければ、それで。

 それでもアーチャーは出来損ないで、そもそも、淫魔がオメガであることからして異端である。
 凛がアーチャーを、淫猥な売女としても、気に食わぬ誰かに不妊の呪いを仕掛ける触媒としても扱わないのも、そうではあるが。いや労働環境は積極的に改善していただきたい。いくらアーチャーの前身が守護者とはいえ、淫魔のステータスで遠坂の護衛となるのはいささか荷が勝つ。
 ともかく、淫魔とは大半がアルファであり、相手の発情をコントロールし、支配下に置いてこその生き物なのだ。うなじを噛まれ、支配される側となる危険があるなど――危険なのは私だけではないか。アーチャーは改めて凛に守られる己に愕然とした。

「――――――――……」
「へこまないのよ、アーチャー」
「うう」
 いつまでもこの少女には敵わないなあと、アーチャーは唸りを上げる。並行世界の世界線だか、それともまったき新しい世界の転生体だかはアーチャーにとってはわからなくとも。理性が強すぎるのも淫魔としては問題だ。堅物の淫魔など、この少女に管理されるくらいでなくば生きづらくて仕方がない。誰かの体に乗り上げるのすら何とはなしに難しいなど、まったく。
 出のいいよう腕をさすって、いつもの量を絞り出した傷口がゆっくりと塞ぐ。
 それでも、どうか、今生こそはいい女にでも縁づいてくれれば、それがいっとうアーチャーにだっていいのだった。
 そんなことを考えていたからかもしれない。或いは、ここが遠坂の陣地の中だったからか。
「あんた、キャスターのこと好き?」と問われ、アーチャーは再度唸った。「嫌いになれる生き物がいるのかね」となぜか馬鹿正直に恨めしい声を絞り出し――

 忘れていたのだ。

「へえ、嬉しいね」
 貰っていいな? 嬢ちゃん。何、対価は払うからよ――幸せにしてやる。
 それでもこの主従のうっかり癖は、世界を越えても治らないのだということを。

「あ」
「さっきはよくもやってくれたな、てめえ――全部寄越せよ」

 ――余談だが、『運命』の血はおいしいらしい。

 がぶり。
 耳元の低音。
 音がしたのは首の後ろか、鎖骨の脇か。

 ガンドの音を覚悟せねばなるまい。




Comments

  • シャコ
    February 7, 2022
  • あい
    December 13, 2021
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