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マスターは童貞/Novel by とろろ

マスターは童貞

17,558 character(s)35 mins

槍弓に幸せになってほしい一心。

奥さまは魔女みたいなタイトルにして女児達を釣ろうという思惑です。
誓って純然たる槍弓ですが、マスターがベチャクチャと喋るので注意かもしれません。
あと下品です。

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いっけな〜い、遅刻遅刻〜☆
僕の名前はマスター! 諸事情により名前、年齢、性別などのプロフィールには言及しないけれども、便宜上はピッチピチのJKだよ!
常に可愛い女の子との出会い募集中! おっぱいが大きいと尚良しだけど、この後に及んでそんな贅沢は言わないからどうかよろしく頼むね!
まあそれはそれとして、もう夜も更けに更け、草木も眠る丑三つ時! 早く鍛錬場に向かわなくっちゃいけないんだ!
え? どうしてかって? それは僕のお仕事内容が深く関わってくるんだよね。僕の仕事は……まあ仕事って言っても特に給与は出てないし、もしここに労働基準法等を挟むなら24時間労働休暇ゼロの完全ブラックだから、都合のいい言い方をするとボランティアなんだけど、その辺について深く考えると鬱になるからやめておくよ!
ええと、それで、世界各地さまざまな時間軸から強い人たちに来て頂いて、その助力の上でもっと強い敵に立ち向かう、っていうのが主な活動になるのかな。
基本的にはその強い人たちが剣となり盾となり守ってくれるんだけど、必ずしも命の保証があるような現場じゃないし、何よりも彼らだって傷つけば痛いだろうから、僕が日々強くなる努力をするのは当然の義務ってワケだね!
ということで今日も霊力を鍛えるため、たとえ明日の起床時刻が朝の六時だったとしても頑張るよ! 午前二時に眠れない世界、いろんな意味で怖いね! へへっ、正直死にそう~~!!


僕は自己紹介をしながら、空元気混じりの小走りで十字路を曲がった。少女漫画でよく見る現代のジンクスに則ったんだけど、当然ながら効力はゼロだし、なんならドッと疲れたからプラマイマイナスなんだよね。めちゃくちゃ疲れてるから元気出すために疲れる、って日本語グッチャグチャな現象。もう無理。寝たい。ていうかもう寝よう。
女の子どころか長い廊下にひとっこひとり居ないし。そりゃそうか。いやそうだけど。期待するくらいなら良くない? 飢えてるんだよ、こっちは。女の子に。おなごに。
十字路の角を曲がり切った僕は、心なしか緩んだ歩調で食堂の前を横切る。

「……たって、嫌い……」
「ねえか、死……」
「……ん?」

横切ったんだけど、通り過ぎ際に妙な音を拾ってしまって振り返る。
声のボリュームを絞っているのかあんまり聞こえないけど、もしかしてなんか揉めてない?
嫌い、とか死、とか言ってるんだけど? 嫌いだから殺します、ってこと? 怖すぎ……。
え〜どうしよう、ってその場でたたらを踏んだ。多分喧嘩だよね、これ。仲介した方がいいかなぁ。けど、下手に手出して混乱させるのも良くないかなぁ。
あとあんまり皆の諸事情に首突っ込んで「なんかあのマスターウザくない?」「仕事できないくせにいっつも偉そうなんだよね〜」「つ〜か前から思ってたんだけどアレカツラじゃない?」「キャハハハ」みたいな会話を給湯室で行われるのは嫌だし……。その現場を目撃してしまうことにより、今後その場に居合わせたゴツめのサーヴァントがオフィススーツを着ているように見えてしまう呪いなどにかかった場合の二次災害も、絶対に嫌だろうし……。
僕でなんとか出来るならしよう、無理そうなら諦めよう、って緩めの目標を掲げつつ、そっと暖簾を捲って中を覗いてみた。
声の調子では誰かよくわかんなかったから、ブラックボックスみたいなものだ。シュレディンガーのサーヴァント。もし目が会った瞬間手癖で殺してくるタイプのサーヴァントだったらどうしよう……ってちょっとドキドキしながら視線だけで人影を探すと、どうやら入り口から真正面に位置するキッチンと、カウンターテーブルを挟んで揉めてるみたい。
その青い後ろ姿から察するにカウンター側にいるのはランサーで、キッチン側にいる方は顔までバッチリ見える。アーチャーだ。
そこまで確認し終えて、一旦頭を引っ込める。あそこって、殺し合うほどのなんか、あったっけ? って首を傾げた。もっとヤバいのを想像してたから正直拍子抜けっていうか、あのふたりなら流血沙汰にはなっても致命傷は与えない……と思う。
確かにめちゃくちゃ仲良し! って感じではないけど、関係性は落ち着いてた気がするんだよな〜。なんだろう、なんか昔の因縁とかあるのかな〜、皆色んなところに地雷あるから、どっちかが踏み抜いちゃうことも少なくないしな〜。

「私は君に、あまり多くを求めたくはない。君に尽くしたいのは私の勝手だ。
私はもっと君に、自由に生きていてもらいたい。そんな君が好きなんだ」

アーチャーの声の調子は、思ったよりもしんみりムードだった。なんだこれ、何の話? 好き、とか言ってなかった? 喧嘩からの双理解で友情を深めあってるのかな、青春かなぁ……。いいなぁ僕も青春したい。
ていうか今更だけど聞いてていいのかな、これ。マスターだからって個人の事情に頭突っ込みすぎ、で怒られたりしない?
このまま話がまとまりそうなら僕いらないし、退散しよっかな。ちょっと聞いちゃってごめんね二人とも〜。
後ろ振り向いて、そそくさと引き返そうとしたタイミングで耳に飛び込んできた言葉に、僕は思わず尻もちをついた。

「そんな難しい話じゃねえだろうアーチャー。
わかってるさ、てめぇは俺に憧れてる。てめぇが手に入れる道を捨てた、自由とか我道とか、そういうもののお得詰め合わせパックみたいな俺に、憧れと一緒に恋慕してる。
そのくせそうやって、すぐ俺から逃げる」
「……恐ろしいものから逃げて何が悪い? 私は君を確かに愛しているけど、それだけじゃない」

えっ……え? ん?
僕はガタガタと震え始めた身体をおさえつけた。恋慕って言った? 恋慕っ……え? 恋い慕うやつ? れんぼって、れんぼ? えっ……いやまだ聞き間違いという可能性が残ってるから大丈夫、セーフセーフセーフ。レゴかもしれないし。憧れのランサーさんとレゴして遊びたいアーチャー少年の話かもしんないし。その少年が愛してる、とまで言ってたけどセーフだから。敬愛の愛だから。超セーフ。マジマジ。

「ケツとチンコで繋がり合った仲で、今更臆する事など無いだろうが」

ア、アウトじゃ〜〜〜ん!!!
僕は思わず自分の服の胸元をたぐり寄せ、大きく深呼吸した。地べたにM字開脚で座り込んで胸元を吸うその仕草は、さながら袋でシンナーを吸い込んでいるヤバめのヤンキーのように映っただろうけど、そんな事は気にしていられない。このままじゃ精神が崩壊してしまう。あ~~~~柔軟剤の匂い。良い匂い。これこれ。安心する母の匂い。助けてお母さん。
シンナーを吸い込みながら、僕は止まらない頭痛に頭を抱えた。
なになになに。なに。何してんすか。何言ってんすか。えっ、付き合ってんの? ふたり、そういう関係なの?
……マジ? 羨ましすぎて涙止まらないんだけど。洪水のように溢れてくるんだけど。なんで僕って童貞なの。今まで自分の恋愛経験の無さをカルデアという閉鎖空間のせいにしてきたけど、その言い訳すら効かなくなっちゃったんだけど。ねえ。なんで僕は童貞なの。

「ケツとチンコだぞ。粘膜と粘膜で……そういや知ってっかアーチャー、ケツの穴と唇の粘膜って同じ細胞皮質で出来てっから、ほぼ同一らしい。
つまり俺たちのキスは実質セックスで、俺達は毎朝セックスをして、その口で恥ずかしげもなくいろんな奴らと喋ってたって事だ。それってなんかエロくないか?」

マスターが世を儚んでるっつーのにそのサーヴァント達は何の話をしてんの?
ていうか毎朝チュッチュクしてんの? あまりの羨ましさに吐きそうなんだけど今。

「なるほ……いや待てランサー、それは違うんじゃないか。セックスというのはチンコとケツで行うもので、キスは唇、つまりケツとケツで行うものだろう。
唇の細胞皮質がケツと同一だったとしても、そこにチンコが存在しなければセックスでは無いと思うのだが」

掘り下げてほしいのはそこではないんだけど。いや別にどこでも無いけどさ。今の会話に掘り下げて頂きたい箇所は無かったんだけどさ。どこ掘っても地雷しか出てこないことはわかりきってるから。死にたい。

「あ〜、じゃあ実質貝合わせ、とかでもいいけどよ」
「そうだな、それならいいと思う」

アーチャーがうんうんと頷いた。意思を摺り合わせるな。納得するな。
あれっ、しかも肉体関係があるじゃん。今ちょっと聞き流しちゃってたけど、ケツとチンコを擦り合わせているということは間違いなく肉体関係があるじゃん。
無理無理無理、むりむりむりのかたつむり。嫉妬で死んじゃうよ。死にそうだよ。更に大きくシンナーを吸い込んだ僕は、今現在過呼吸になりそうです。
なんかふたりがさ、真剣な顔で話してる空気感は伝わってくるけど、全ッ然頭に入ってこない。過呼吸になりそうになってるから。辛うじて肛門の話してることしかわかんない。真剣に肛門について議論してることしか伝わってこない。けど多分話が理解できてもたいしたことでは無い、っていうのだけわかるよ。

「まあ、ここで重要なのは俺たちが毎朝実質貝合わせを行っていることではねえ、っていうのはわかって頂けてると思うんだけどよ、ちょっと話をずらしちまったことは謝るんだけど、とにかく俺らはもう一線を超えちまってるわけ。
なあ、じゃあてめえは好きでもねえ男と粘膜接触できんの? 魔力供給、とか言ってゴムなしでセックスすんの?」
「しない。私は君だけだし、君だって私だけだ。君のことだけが好きだ。だからこそ、ここで足を止めておかないかと言っている。どちらかと言えば、君のためだ」
「その俺自身が、受け取ってくれっつっても?」
「……それでも、んっ?」

ちゅっ……。ちゅっ……くちゅ……。
え? 何? なんか水音聞こえるんですけど。なんで? 今の口論だったじゃん、ついさっきまでどうでもいい肛門の話をしながら痴情を縺れさせてるご様子だったじゃん、なんなら修羅場じゃん、なんでチュッチュクを? しかもディープなやつを? わかんない……童貞には今の出来事の全てが理解できません……怖いよ助けて……。
ブルブル震えて、逃げることすら出来ずにいる間に行為と思われるそれは次第に発展して、え、ここ食堂だよ? 本気? マジと書いて本気? 嘘だよね? 本気? えっ、えっ、

「わっ……」

なんかもう限界だった。布ずれの音とか聞こえ始めて、めっちゃ限界だった。無理無理。死んじゃう。童貞だっつってんじゃんこっちは。いやJKだから、そういえばJKだったから処女なんだけどさ、そうそうバージン。バージンなんだよこっちは。初っ端からこんなハードなプレイを行ってしまったら今後の性生活に弊害があるよ!!

「うわ〜〜ん!!!!!」
「ん」
「あ〜?」

というわけで、何かの上限に達した僕の感情は叫ぶことによってそれを発散した。一斉にこっち向いた二人の顔が超真顔でちょっと怖かった。今濡れ場未遂を目撃されてたんだよ。もうちょっと慌てふためこうよ。図らずしも視姦プレイとなってしまっても大したダメージのない気狂いカップルなの? 怖いよ。お母さん助けて。
けどね、ほんと、助かったよね、身体が危険信号発してくれて。
これ僕がいないと思ってたら続けるつもりだったじゃん。明らかに。チュッチュクして服脱いで、そこまでしといてまた着込んで帰るカップルがいるわけが無いじゃん。これもう分別のつかないホモじゃん。やめてほんと。セックスする相手もいない僕の前でそういうことしないで。嫉妬じゃないし。自治だし。
食堂の入り口で頭抱えてわんわん泣いてる不審なマスターに、普段は優しい二人のサーヴァントはすぐさま駆け寄ってくれた。
ベチョベチョに泣きすぎて枯れかけている僕の身体に気を使って、アーチャーは水道水まで汲んできてくれた。あっ……ありがとうお母さん……。生き返る、母の優しさを感じる、こんなところに僕の母親はいたんだな。今まで全然気がつかなかった。
お礼を言うためにぱっと顔上げたら、心配そうにこっちをのぞき込むアーチャーの腰にランサーの腕が回ってて、僕は白目を向いて死んだ。二度死んだ。なになになにやめて。やめろっつってんだろ。ばーかばーか。僕の母は死んだ。たった今。

「また泣いてるのか? マスター」
「どした? 嫉妬したか? まだまだ前途ある若者だよマスターは、これからだって」

おいおいやべ〜〜よランサーに関しては確信犯だよ、誤用の方の確信犯だよ。僕を殺すためだけにイチャついてきたよこいつ、しかもアーチャーも拒まないって事は意識すらしてないってことじゃ~~ん、良く今まで隠してたな二人とも~~。
ニヤついてるランサーに水道水のおかわりをお願いするべくコップを突き出しながら叫んだ。

「べっっつに慰めてほしいわけじゃないんですけど!?!? 全然羨ましくな……羨まし……」

正直めちゃくちゃに羨ましかった為どうしても羨ましくない! って言い切ることが出来なくて、次第に顔が俯いた。僕の口ってほんと素直だな、こういうとこ評価してくれる彼女出来ないかな、浮気とかもしないから。
律儀に水道水のおかわりを承ってくれたランサーからコップを受け取って(ありがとう)、アーチャーに促されるままに食堂に入って(とてもありがとう)、ランサーが引いてくれた椅子に座った僕は(本当にありがとう)、ちびちびと水を口にしながら精神を落ち着けた。
なんかいつの間にか僕あいだに割って入っちゃってるけど、二人、なんかよくわかんないこと話してたよね? 良かったのかな? ってとこにやっと考えが及んだ僕は、こんな夜更けに二人でどうしたのって、そのように聞いた。

「少し、話をしていたかな」
「話をしてただけで、流れでセックスにまでもつれ込むのヤバくない? 童貞の僕にはそれがもうわかんないんだけど」
「つーかマスターも出てくる気があんなら早く声上げろよ、そういうプレイを希望してんのかと思ったぜ」
「しかも僕の存在に気づいていて尚もつれ込もうとしてたワケ〜!? 現代の若者怖すぎ……」

弊カルデアぶっちぎりの一位で「現代の若者」である僕は無意識にそれを口走ってしまったことに少しショックを受けた。精神がもうジジイってこと?
けど通りでなんか反応うっすいと思った、めちゃくちゃ冷静に駆け寄ってきてくれたもん。ワタワタと服を着込みながらプロレスごっこだこれは、みたいな下手な言い訳したりしなかったもん。慣れた手つきで乱れを整えながらこっち向かってきたもん。その辺同時進行だったもん。
図らずしも視姦プレイとなってしまっても大してダメージのない気狂いカップルなのかと思った、わざわざ見せつけてくるもっとやべえカップルなだけだった。安心!

「君が廊下を走っている辺りから、気がついてはいた」
「マジ……? いやそりゃ……そうだよね、僕の気配なんかすぐわかるね」

マスターだし。そもそも素人だし。隠れてどうにかなるって思うのが間違いだったのは確かだ。
ふと思い返して、じゃあ僕がこっそり聞き耳を立てる直前、どんな会話してた? って聞いたら、「君と発展することは出来ないけど、嫌いなわけじゃないよ~」「そんな怯えることねえだろ、死ぬわけじゃなるまいし~」みたいなニュアンスの話をしてたらしい。紛らわしっ。なんかめちゃくちゃ勘違いしちゃった、恥ずかしっ。
ていうか発展って何? 新たなプレイへの道を切り開こう、みたいな話? 特殊性癖については否定はしないけど特に促進もしてないからね、公共の場は避け、どちらかの部屋などで行ってね。よろしく。

「あ~、めちゃくちゃ喧嘩だと思っちゃった。ごめんね、プライベートな話に割り込んじゃって」

こうしてる反応を見るに、別に特別隠してるわけでは無かったんだろうけどさ。でも報告する気も無かったっぽいもんね。今まで全然知らなかったし。そういう部分も含めて、こっちから暴いちゃってごめんねって言ったら、アーチャーの目がぱちくりと瞬いた。隣にいるランサーに、なあって声をかける。

「君は喧嘩をしているつもりだったのか、ランサー?」

どうなんだ? って言ったアーチャーがランサーの顔を下から覗き込んだのを見て、思わず僕は目をそらした。見ちゃいけないものを見た気分だった。あ、え~。いや、全然変じゃない。変なことはしてない。けど、変。僕の知ってるアーチャーは、こんな風に人に甘えない。
甘えてるつもりも無いみたいに、自然に急所を晒したりしない。
ランサーだって、すぐにでも首を掻き切られる位置に人が潜り込んできたのに、全然ぴくりとも動かなかった。どきどきする心臓に瞬く。
当たり前のことかもしんないよ。けどこの人達は、当たり前の人たちじゃない。今までずっと、そういう風に思ってきた。そういう風に生きるこの人達を見てきた。それの全部を一気に覆されて、僕の身体がびっくりしてる。
ちゃんと人に甘えて、それを受け入れられるこの人達を見て、びっくりしてる。すごいな、本当に恋人なんだ。好き合ってるってこういうことなんだ。すごいな。……いいな。
目をまん丸くしたまま二人の方見た僕に、ランサーがこっそり笑いかけた。うわ、うわ、これが正妻の余裕ってやつ!? いや、夫なのか? 正夫? もう意味わかんないけど、別に僕アーチャーのこともランサーのことも狙ってないからね! やめてね、恋敵認定するのはね! 怖いので!

「てめぇ基準では話し合いかもしんねえけど」

ちょっと苦めに笑ったランサーが、アーチャーの頬を軽くつまみながら答えた。うわっ、かたそっ。あんなとこも筋肉なの? 僕の腹筋と取り替えない? めっちゃふわふわになるよ。

「俺基準ではピロートークだよ」

何言ってんのこの人。

「そうか、じゃあそれでもいい。どちらでも同じことだ。マスター、私たちは喧嘩はしていないよ。もし心配をかけたなら済まない」
「えっ……同じことではないと思うんですけど……。まあそれに関しては僕のが悪いから大丈夫。あ、けど「喧嘩からの仲直りセックスプレイ」を食堂で行うのは、なるべくやめてね。今後僕がここでご飯を食べる度に泣くことになるから」
「いや、だから別にプレイとかでもなくてだな」

喧嘩→仲直りセックス、って方程式をAVの世界でしか知らない僕に、アーチャーは別にAVでもプレイでも無く存在するソレがあることを教えてくれた。喧嘩→仲直りセックスを大真面目にやるカップルが、地球上には数多も存在するらしい。信じられない。無理すぎ。「じゃあ時間止めるヤツもリアルに存在するの?」って聞いたらアーチャーは何のことか分からない風だったけど、代わりにランサーがものすごく哀れむような目でこっちを見てた。やめて。
そのままアーチャー達はなんで食堂にいたのって話になって、曰く、一度ランサーの部屋で落ち合ったふたりはセックスに溺れまくって、三発ほどキメた頃にランサーのお腹が鳴った為、小休止を挟むべく食堂へ赴いたらしい。
なにそのエロゲー……ていうか既にヤってんじゃん。ならもうここに来てまですることないじゃん。喧嘩→仲直りセックスってしばらく喧嘩別れして会ってなかった恋人達限定のプレイじゃ無いの? 我慢の限界でムラムラした男が女の子にかみついちゃうヤツじゃ無いの? 「じゃあマジックミラー号はリアルに存在するの?」って聞いたらアーチャーは何のことか分からない風だったけど、代わりにランサーがものすごく哀れむような目でこっちを見てた。やめて。

「あ、ところでシャワー、浴びた?」
「流石にな。そのまま来るにはちょいと……」
「いや詳しく言わなくて大丈夫だけど。本当だからね。泣くから。僕はそういう事を言われるとものすごくナイーブに涙を流し始めるよ、陰キャの童貞だからね。……まあ、シャワー浴びていただけたなら……セーフかな」

今の状態ですらあんなに錯乱したんだよ。もしふたりがシャワーも浴びず、性の匂いを残したまま僕の前に現れたとしたら、きっとショックの余り精神を病んでいただろうから、一命は取り留めた。致命傷で済んだって感じかな。

「けどさ、さっきのって何の話……」

してたの、って言いかけて口を噤んだ。
やばいやばい。三人で仲良しこよしお喋り大会したせいで口が軽くなっちゃったよ。今のはさすがにちょっと踏み込みすぎじゃない、これは給湯室案件じゃないの、って気づいたから慌てて取り止めたんだけど、言いかけの言葉でも正しく理解してくれたランサーが何でもないみたいに教えてくれた。

「俺が言ったんだよ、こいつに。そろそろ付き合ってもいいんじゃねえのって」
「……ん? え、……誰と誰が?」

アーチャーが困り顔でそっぽを向いてしまうのを見て、え、え?
いやまさかでしょ。毎晩セックス毎朝チュッチュクですよ彼ら。喧嘩→仲直りセックスもするし、これで恋人じゃなかったらなんなの。さっき「恋人ってこんな感じなんだ~~いいな~~」って言っちゃったのはどうなるの。ちょっと。まさかですよね。

「俺と、アーチャーが。そろそろお付き合いの方に発展させていただいてもいいんじゃないすかって話をな、したわけ」
「っ、まだ付き合ってないの!?!?!?」

思わず大声が出て、慌てて口を塞いだ。うるさいうるさい。夜夜。ていうか、ええ、付き合ってないの〜!? なんで!?
ランサーがこの困ったちゃんが駄々こねるからよ、って呟きながら慈愛と寂寞のあいのこみたいな顔してて、アーチャーはもっと困り顔になってしまった。
恋人じゃ無くてアレなの!? え~~!! より一層無理だな~~!! より一層羨ましさが募った。彼女とかいう幻の生命体なら若干の諦めもつくってもんだけど、それ以前の段階でもこんな関係性を育めちゃってる人たちが存在するって思ったら、無理だな~~!! 生きるのが超つらい。
え〜と、えっと、二人はセックスする仲で、毎朝チュッチュクする程ラブラブで、ランサーはアーチャーと付き合いたいって思ってて、アーチャーもランサーのこと好きなんだけど、付き合うのは拒んでて……なにゆえ?

「ごめん、こんなの僕が口を突っ込むことじゃないんだけどさ、既に結構ズカズカ入り込んじゃってて申し訳ないんだけど、一個だけ聞いていいかな? アーチャー、なんか、大丈夫?」

色々考えようとしたらアーチャーのやってる事が心配になってしまって、ふわってした疑問を投げた。何、大丈夫? って。答えようがないわこれ。
けどアーチャーは優しいサーヴァントなので、大丈夫か大丈夫じゃないかでいえば大丈夫だよ、ってふわっとした答えを返してくれた。
それで、あんまり大丈夫じゃなさそうな顔で、ちっちゃく笑った。

「私かランサーが例えばテープ糊であったなら、なんの問題もなかったんだと思うよ。或いは何か……バインダーとか……」
「なんでよりにもよって無機物、しかも文房具に限定されてるの? 何か物凄い意図があるの?」
「別に無いな。なんならサボテンとかでも構わないよ。言葉が通じなければ、なんでもいい」
「え〜。通じたくないの? 言葉。ランサーのこと好きなのに……?」

僕なんかはほら、童貞だからさ。全部言葉で通じ合えるならそれが一番だって思っちゃうんだけど。だって文房具もサボテンも、どっちかの意思しか伝わんないし、加わんないじゃんか。ふたりで考えたことを摺り合わせて、ぶつかって、妥協してっていうカレカノイベントを楽しめないって事じゃんか。それでいいの? ランサーのこと好きなら、ランサーとたくさんお話ししたいって、思わないもの?
経験者ともなると、深い考えに到達しちゃうのかな。難しいなあ。非童貞も大変だなあ。あ、非処女? どっちかは非処女なのか。ウワッ、生々しっ!

「好きだから、縛りたくないんだ。私はこんな性質だから、一度箍が外れてしまったらもう駄目だ」

駄目、って何がだろう。好きでいるのが駄目ってこと? 好きでいることを公言するのが駄目ってこと? 
縛りたいって思うのが駄目ってこと?
僕とアーチャーが喋ってるのを隣で黙って見てたランサーが、別にな、って静かに言った。

「今までずっと、半年くれぇかな? ずっとアーチャーとこういう関係で続いてきて、なにか不都合を感じたことは無かったんだよ。名称はセフレでも、お互い気持ちが通じあってんのは知ってたし、毎朝実質貝合わせをするほどの密度に、なんの文句もねえよ。
だから別に、無理して発展を望んでるわけじゃねえし、急いでもねえ」

ランサーが優しくそういったとき、なんでか一番傷ついた顔をしてたのはアーチャーだった。ランサーはそれもわかってたみたいに、即座に続ける。

「だけどてめえがさ、馬鹿で愚直で真摯なまんま、何度言っても何度言っても信じ切れねえって。
自分じゃ求めてますって口に出せないくせに、与えらんないと寂しいってガキみたいなズル言ってるてめえにさ、無理矢理与えたいって思う。めちゃくちゃ面倒だよ。他の奴らなら絶対やらない、やろうとも思わない、それをしたい。精一杯、思いつく限りに甘やかしたい。好きだから」

……なんだろう。もしかして今、難しい話してる? もしかして何か、とても格好いいことを言ってる? アーチャーの顔がなんか、ほんの少しずつ俯いてって、いよいよもって地面と顔面が垂直になりそうなんだけど。照れ方怖いよ。世にも奇妙な物語のBGM聞こえてきそうだもんな。

「君のことは……その、好き、で、……」

心底途方に暮れてます、って声したアーチャーが、めちゃくちゃに俯きながらそう言った。
だけど、怖いよ。そうも言った。
ランサーは黙って聞いてた。アーチャーの腰に手を回しながら。
僕も黙って聞いてた。どうして僕はここにいるのって思いながら。貝になりたい。もの言わぬ貝に。

「君を幸せに出来るとは限らない。君の気持ちが移ろいだ時、私はきっと許せない。許すしかないのに、許せない。
将来的に重荷になるのは、誓うよ、私の方だ。君は自由に生きてこそ輝くのに、私はそれをどこかに縛りつけようとする。だから駄目なんだ。形にしてしまったら、私はもう我慢が効かない」

ランサーに告げるそれが真摯なことは僕にもわかって、その声色は初めて聞くくらい柔らかくって、たぶんこれ、えっちなヤツじゃない? え、これちょっと、えっちなやつでしょ。ねえ。ベッドとかでしか出しちゃいけない声してるでしょこれ! アーチャー今めちゃくちゃに俯いてるからギリセーフだけど、顔上げたら事後の顔してるよこれ~! ねえ~!
やっぱ僕ここにいちゃ駄目なんじゃないの、やばいやばい早く帰ろ制止も厭わずに帰ろって腰上げた瞬間、ばっちりとランサーと目が合った。にんまりとその口が弧を描く。なになに怖い。やめて。これ以上色恋沙汰に童貞を巻き込んでもいい事ないから。僕帰るからね、本当。ほんとだよ! マジだからこれ!

「我慢すんな、って俺は何度も言ってんだけどな。言葉だけじゃどうにも踏ん切りがつかねえってんなら、良いぜ。勝負しよう、アーチャー」

言いながら、ランサーの手が僕の手首を掴み取る。ねえ。ちょっと。間違えてますよランサーさん。それ僕のだから。僕の手首。手首違い。アーチャーのはその一個隣だから。今目あってるんだからわかるでしょ。ほら間違いだったと言いなよ。そして離してよ。おい。
引きはがそうとしても全然びくともしない腕に、もしかしてこれランサーのですら無いんじないの、丑三つ時特有の現象が起きちゃってるんじゃないの、って邪推もしたんだけど、にやにやしたランサーがこっちを見てる。
いやいや僕はね、僕はランサーさんがいつも僕ら人類のために身体を張って頑張ってくれてること知ってますからね、クソなんて口が裂けても言わないけど正直クソだてめえは~~!! おいおいおい!! 許して!! 許せ!! ねえ!!

「なんだか分からんが、受けて立とうか」

アーチャーもなんだかわかんないことに受けて立つのやめて~~!! もしかしたらなんかドエロい勝負ふっかけられるかもしれないじゃん!! 勝負はおろかえっちな液体までぶっかけられるかもしれないじゃん!! ねえ!! え〜!? 本当!?
全ッ然展開についていけないんですが、僕が童貞だからなのかな。童貞はこんなにも人生が生きづらいの? 助けて〜〜可愛い女の子。
勝負、って言われた瞬間、さっきまで萎れてたアーチャーがピンと胸を張ったのを三度見くらいした。
えっしかも今から? これ、なんか今からやるっぽくない? 今何時だとおもってんすかふざけるな~~!! も~~!! 痴話喧嘩からの勝負ってのも童貞の僕には理解出来ないけど、いや多分これに関してはヤンキーやチンピラ、それに準ずる血を引くものしか理解できないけど、今から!? せめて明日とかにしなよ!
こういうとこあるよなふたりとも〜!! も〜!!

「も〜!!」
「どうしたマスター、牛になってしまったのか?」
「店先の物勝手に食ったりした?」

う、うるせぇ〜!! てめえらの名を奪ってやろうか〜!! 贅沢な名だね、とか言って棒線だけ残してやるからな!! ーとーになっても知らないからな!! も〜!!
動揺のあまりうっかり牛になった僕が人間としての真っ当な精神を取り戻そうと躍起になっている間、横目に見ていた二人は牛の真似をするなどして時間を潰していた様子だ。アーチャーが乳牛になり飼育員ランサーに乳を絞られる、という場面のジェスチャーゲームを僕にしかけてきたりした。だから特殊なプレイは公共の場で行うなっつってんじゃん。聞いてた? 人の話。
なんなの仲良しじゃん、それでいいじゃんもう、僕が仲直りセックス止めたのが悪かったのかな〜!? 部屋に撤収していただいて乳繰りあってもらうことは出来ないのかな〜!? 僕が関わらなくていい道がほしいよ〜!! なんで帰ろうとしてもなんだかんだ出来ないんだろ〜!! 許して〜!!

「あ、人間に戻った? おいアーチャー、もう良いってよ」
「腰が良い感じにストレッチ出来た。これは良いヨガポーズになるかもしれないな」
「乳牛のポーズ、って?」
「いいから話進めてくんない。お願い。お願いランキング」

とにかく早くかえりたい一心で呟いたためお願いランキングがなんたるかは我ながら分からないものの、口馴染みは良いな、と思った。テレビで放送してそう。わかんないけど。
さっきまでの楽しげな様子を引っ込めて、一転スッと真顔になったランサーが、まあな、って言った。怖いから切り替えスピードもうちょっと緩めてもらって良い? お願い。お願いランキング。

「てめえのさ、言い分はわかったよ。けど俺にも言い分があんの。そんで、どっちも妥協しません譲れませんって言ってんならしょうがねえから、パッキリ白黒つけちまおうっつってるわけ。おわかり?」
「君が勝ったら付き合う、って事か?」
「ん〜ん、俺が勝ったらセフレ続行。てめえが勝ったらお付き合い発展。OK?」
「なるほど」

アーチャーが鼻を鳴らしたのがルール決定の合図だったみたいだけど、それでいいの? アーチャーは付き合いたくないって言ってるんでしょ? それランサーが手を抜いたら終わるじゃん。
えっ、そういうこと!? アーチャーの負けず嫌いを利用して確実に勝とうとしてんの!? ずっる! ランサーずっる〜〜!! 最悪〜〜!! 最悪ランキング~~!!

「な、マスター。冷蔵庫に葉っぱってあったっけ?」
「え、シャブ!?!? ないないやめて、許可してません!!」
「違う違う、葉っぱ。葉物野菜」

ブンブン手を振って否定した僕に、ランサーは真顔で訂正した。
あ、なんか、ごめんね。陽キャの権化みたいなランサーのこと、内心背中に刺青入れてシャブ吸い込んでるウェイ系と混合してることバレちゃったかな。本当……ごめん。

「ああ、え〜、どうかな。食品系は明日納品される予定だから、葉物野菜に限らずあんまり量は残ってないと思うんだけど」
「ん、じゃあどうすっかな」

あ、料理勝負とかで話がまとまってたのかな? なら、思ったよりも平和にコトが運びそうかな? 急に槍や剣を持ち出されたら、どうしようもないもんね。急に股間の槍や剣を持ち出されたら、もっとどうしようもないもんね。
あちゃ〜、って顔してるランサーの後ろでゴソゴソと野菜室を漁ってたアーチャーが顔を上げた。

「なあ、セロリなら10束程残っている。逆に言うとそれしか無いんだが。これでいいかな」
「お、じゃそれで」
「えっ、求めているのは葉物野菜なのに?」

葉物野菜求めてる人に対してよくセロリ突き出して「これでいいかな」とか言えたなって思ったんだけど、ノータイムで頷いたランサーもランサーだよ。
アレかな、先のフワフワした部分使うのかな、って首傾げてた僕の前に掲げ出されたのは茎の方だったので、「葉物野菜じゃないじゃん!」って思わず叫んだ。
なんだったのさっきの。葉物野菜に限定してきた意味ってなんだったの。セロリがアリなら大概アリだよ。ブロッコリーの芯とかでもまあアリだよ。需要に対する供給が下手すぎるなこの人たち、甘い物食べたい時にラーメン屋行くタイプだろうな。

「じゃあまあ、やるか。マスターはそこ座ってりゃから」

むしろ座ってなきゃいけないの? 何するかすら聞いてない状態で? 怖いよ~。ランサーって隠し味に白くてネバネバした液体とか入れそうなんだもんな~。

「君は審査員という事になったので、よろしく頼む」
「えっ、もうなってるの? 決定事項? 全然聞いてなかったんですけど」

カウンターを挟んで向こう側にいる二人に促されるままカウンターテーブルで縮こまる僕は、これ今日何時に眠れるかな? って考えていた。
慣れた手つきで割烹着を着たふたりが、並んで手を洗う。えらいけど……何?
咳払いをしたランサーが、唇の端に乗る笑みを押し殺せないまま言った。

「今回の審査員、マスターさんよろしくお願いします」

何が始まったのこれ。何を始めればいいのこれ。なんかコメント求められてるんだけど。え〜……。

「……眠いです」
「それでは意気込みの方をどうぞ」
「それ僕が言うやつですか? 眠いです」

チャラチャッチャッチャッチャッチャ、ってBGMに乗って二人がおもむろにセロリを半分つにする。なんか色々混ざってるね、今日。あとランサー鼻歌上手だね。

「今日はだな、セロリの指輪を作る。アシスタントはランサーだ」

えっ、指輪……? まさかシロツメクサ的なやつをやろうとしてるの? セロリで? 超無茶なんですけど〜!
思わずギャルみたいな口調になりながら僕は怯えた。
だから葉物野菜って言ってたの!? そりゃそうじゃん! 無理だって、セロリとシロツメクサは流石に無理だって、ほかの競技にしよ! なんかほら……跳躍力対決とかにしよ!
早速作り始めた二人の手元には、ボキボキに折られたセロリが無様に横たわっている。そりゃそうじゃん!

「やべ〜、これ折ったら折れるな」

ワハハ、とランサーさん。何を言ってんのかよくわかんないけど、そりゃ折ったら折れるでしょ。

「熱を加えたら柔らかく曲がるんじゃないか?」
「ん〜、それでもやっぱ折ったら折れるわ」

マジで何言ってんの?
ポキポキと試行錯誤を重ねるアーチャーを尻目にボキボキと次から次にセロリを消費していくランサーの不審っぷりが怖すぎる。え、何してんの? アーチャーもめちゃくちゃすごい顔で見てるよ。キチガイを見る顔になっちゃってるよ。
これの何を審査するって? つーかおまえ、おまえ~~!! さては作る気ないなお前~~!!
様々な試行錯誤の末、手持ちのセロリ残り1本となったまま隣を凝視して固まってしまったアーチャーを見もせず、ランサーは続ける。

「ん〜これ、折ったら折れんな〜。どうしてもな〜」
「……」

おい! おい! もうランサー作る気どころか隠す気すら無いんですけど、雑な手つきでボキボキとセロリ折りまくってんだけど! ねえちょっとやめて〜!! そんな3分クッキングしないで、絶対クレームくるからさぁ! 下に「後でコールスローに混ぜて美味しく頂きました」みたいな配慮入れないといけないじゃんか〜! アーチャーもちょっと泣きそうな顔になっちゃってるよ、セロリの人生を儚んでる顔してるよ~!! 食べ物を粗末にするな〜!!

「……ランサー」

暫く手が止まっていたアーチャーが振り向いて、それ見たランサーがにんまり笑った。悪魔だこれ。

「ほら、俺の手札はもうねぇよ。あとはてめぇが好きにするだけ」

選べ、って言う。
引き分けに持ち込むんでも、勝つんでも、どっちでもアーチャーが選べる状況で、選ばせてる。
アーチャーが選んだって事実から、どう足掻いたって逃げられない状況なんだ。それに気づいた瞬間、なんでアーチャーがあんな泣きそうな顔してるのかわかった。わかっちゃった。
待つとかこのままでもいいとか、嘘だよ〜! 相当腹に据えかねてたよこれ! じゃなかったらこんな残酷なこと出来ないよ! 見てるだけでも怖いもんな、僕みたいな童貞にもなると! 今なんかブルブル震えてる。
アーチャーはもっと怖いだろうから、もっと震えて……ない? あれ? 震えてなくない? 顔もスンッてしてない? あと目が据わってない? え、……ヤバくない? 何するつもりなんですかアーチャーさん、ねえねえねえ。え、これ僕どっちかの生死を審査することになるの? 脈を確認する係? 嫌すぎ~~!!

「私はこれだけ忠告したからな」

ひっくい、聞いた事ない重低音でそういったアーチャーが音速で持ってきたのはピーラーだった。それでランサーの皮削ぐの? 横の出っ張りで眼球を抉るの? ねえ。
怖い……って呟くことしか出来ない僕の目の前でアーチャーはセロリを手にとって、ピーッて線引くみたいにその上を滑らせた。1枚の薄い紐になったそれの端を結ぶ。
思わずおおっ、て言っちゃった。ちゃんと指輪だ。セロリの指輪だ。ていうかアーチャー全然迷いがなかったね。さっきまで色々やってた割に、こうしたら成功するってわかってたんだね。ふーん。いいけどね。人を殺さなければもう良いです。何でも良いです。
セロリの指輪持ったまま、真顔でちょっと固まったアーチャーが、掠れた声でランサーって言う。

「もう、逃がしてやれない」
「逃げねえよ」

その短いやりとりに何が詰まってるのかは僕にはわかんない。ただ、すごく真剣な顔してるのだけは伝わってるよ。さっき肛門の話してたときより、もうちょっとだけ真剣。

「……指」

黙って左手の薬指出すランサーを見ながら、僕は頭の端に引っかかる何かについて考えていた。
……なんか……なんだろう。
指輪交換……。左手に……薬指? なんか……知ってるよこれ。
あっ、めっちゃ知ってるよこれ! 結婚だこれ!
これ仲介どころじゃなくて、仲人じゃん! 僕これ、仲人だよ〜!
今さら気がついた僕は再び身体中が震え始めるのを感じた。うそ、嘘……。
まだみんな遊び盛りだと思い込んでたら周囲が怒涛の結婚ラッシュに入って、波に乗れないまま仲人と友人代表スピーチの経験値だけが上がってって、そのまま僕は孤独な人生を歩むことになる未来はもう少し先のものだと思ってたのに、もう来ちゃったの?
そんな、え〜! ずる〜! 誰もズルしてないけどなんかずる! 世界がずるい! 僕がまだ童貞である世界の全てがずるい!
ずるいんだけど、でも、なんか、あっ、て。ふたりは今から結婚するんだ、って。
僕はきっと、審査員なんかじゃなかった。脈拍を確認する人でもなかった。ただここにいて、ふたりがこっそりと、静かに愛を結んだ事実を見届ける、そういう人だった。
あれ、言った方が良いのかな。病めるときも、健やかなるときも、ってやつ。ここしかわかんないからちょっと待ってもらえば出来るんだけど、ググったら出来るんだけど。ふたりの顔見て、震える瞳を見て、開かれた口を見て、……うん。いらないかな。

「な、誓ってくれるか?」

ふわっ、て柔らかい笑みのランサーが聞く。なんか、なんか、わかんないけど、アーチャーみたいな笑顔だなって思った。

「誓うよ、君が野菜を避けて食べるのを今後は黙認しない。脱いだ服をすぐ洗濯機に入れないのも毎回叱る。風呂上がり、髪にタオルを巻かないせいで床に点々と水滴が垂れるのも文句を言う」

屈託の無い笑顔のアーチャーが返す。うん、ランサーに、似てる。
僕は二人のことみてられなくて、俯いて、もじもじと指を動かしてその場を誤魔化した。

「ん、ん〜、いいよ。それで」

へらっ、てランサーが笑う。
僕は童貞だからさ、わかんないけどさ。ほんとにこれでいいの? こんなにちっちゃい、セロリの指輪で、丑三つ時に、これでいいの? なんなら明日……は無理か、明後日とかにちゃんと式開こうか? 本当に結婚するならさ……。
僕はそう思ったんだけど、だからそう言ったんだけど、そしたらふたりしてめいっぱい幸せそうな顔して笑うから、僕はちょっとフリーズしちゃって、え〜、今までそんな顔したことあったっけ! って。けど多分お互いの前ではたくさん、たくさん見せてきたんだろうね。愛、感じちゃいますね。……ね。
結ばれたカップルがやることなんてそりゃ一つしか無くて、チュッチュクと響き始めた水音に再びの号泣を禁じ得なかった僕は、食堂を飛び出して自室までダッシュした。鍛錬なんかね、しないよ。するもんか。僕はもう寝る。十字路も五回くらい全力疾走したけどひとっこひとりあわなかったしさ! も〜!! も〜!! 今頃食堂で乳繰り合ってるはずのアーチャーとランサーのことを考えると頭が痛いし! 散々だった、ほんと! 今日、ほんと、散々な日だったな~~!! これだからリア充はよ!! めちゃくちゃに走った勢いを殺さないまんま扉を開け放って、一旦ブレーキ踏んでちゃんと閉めて、もっかいダッシュで布団にダイブした。乱れた呼吸の合間に漏れる笑いが止まんなくて、それがいかにも陰キャキモオタって感じで、だから彼女出来ないのかなって思ったらまた泣けた。
羨ましいよ。僕にも、セロリの指輪で愛を誓い合って、それだけで最上の幸福ですって顔で喜び合える、可愛くておっぱいの大きい女の子との出会いが無いかな。無いんだろうな。だってあんなの、運命だ。我慢してないと思わず叫んじゃいそうな高揚感が胸の奥を占めていて、僕は枕に顔を押しつけた。
アーチャー、ランサー、どうぞ末永くお幸せに!

Comments

  • わんわんお
    February 13, 2025
  • 丹莉音

    凄くいいスピード感とともに、セロリの指輪で最上の笑顔でやられた!!!くっそよかったです!!!ありがとう!!!

    September 27, 2018
  • megu.e
    September 22, 2018
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