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回答者は不在にしてピウモッソ/Novel by すさき 梓

回答者は不在にしてピウモッソ

11,089 character(s)22 mins

・・・---・・・はモースル信号でSOSなのだそうです。
どこに送ればよいのでしょう?
誰に求めればよいのでしょう?
筆が進みません。

槍弓のつもりですが、何故か剣弓な気もします。
困ります。違うんです。槍弓が書きたかったんです。

そんなわけで、書きたい部分の一部分を切り取ってみました。
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H29/5/31 個人的に本文の気になるところをちょこっと変更&全く必要のない「おまけ」を追加しました。

ブックマーク、評価、タグありがとうございます!

どうでもよい豆知識、「ピウモッソ」は音楽のテンポを示すもので「それまでより速く」と言う意味です。

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 奇妙な縁で集まった人々が、とあるシェアハウスに存在した。
 一棟に五〇〇室あり、地下1階から二〇階まである巨大な建物だ。2階から上が各個人部屋になるが、女性専用フロアや、大浴場等も中間のフロアに入っている。1階にオーナー室、地下一階に駐車場があり、2階に個人部屋の他、大人数で食事のできるテラスや食堂、台所等の共同用施設が入っている。
 現オーナーは、同じシェアハウスに暮らす若い青年である。と言っても、オーナー代理だ。本来のオーナーは、長期的な海外旅行へ行ってしまった為、その間を代理として籤引きの結果、青年がシェアハウスを取り仕切る形になった。
 阿弥陀くじに選ばれた青年は、楽しいことが大好きで、定期的に「宴」を主催していた。
 これは、その「宴」の時に起きたちょっとした始まりの話である。


1日目:夜 エミヤ
「なあ、エミヤ」
 声のする方へ首を向けると、どれほど飲んだのか赤ら顔で目が据わったランサー・クー・フーリンが壁に凭れかかっている。
「何だ、その状態は。少し待て、水を用意する」
 口にして背を向けたところ、奴が背中に抱きついてきた。
「重い上に、動けないのだが?」
 コップを取り出しながら、背後の男に声をかけるも、返答はなかった。
「おい。聞こえているか? ランサー。水はいらないのかね?」
「ん。いる……」
 相当酔っていのだろう。返事はあったものの、水を注いだコップを手にしようとしない。しかも「離してくれ」と頼んではみたが、酷いことに、他人の肩口で子供のようにぐずられた。
 幼児退行でもしているのだろうか。面倒くさい。
 普段なら宴であっても、このような醜態を晒す男ではないことは――残念なことに、なかなか切れない縁で長い付き合いの為、わかっている。そして、恐らくは嫌々飲まされた訳でもないと言うことも。
 泥酔状態の場合、双子のもう一人であるキャスター・クー・フーリンが付き添いでやってくる場合が多い。もっとも、その逆も少なくはない。今来ていないことから、宴の席で見放されたのだろう。
「ほら。コップだ。受け取れ」
 背後から回された腕に、水を入れたコップの底で数回叩いてみる。が、やはり腕が離れる様子はない。
「酒には強いのではなかったのかね?」
「メシ……」
「料理なら、ブーディカたちが運んでいるが……まさか、その状態で宴に戻るつもりなのか?」
 時間的に宴も終盤に差し掛かっている頃だろう。アルトリア等の例外はさておき。殆どの人は食事を止めている。最後の料理をブーディカたちが運びに行って、そのまま宴に混ざると聞いた。恐らく、今戻ったとしても、料理は無くなっているだろう。
 ランサーからの返答はなく、代わりに回された腕に力がこもったのを感じた。結構な密着度合いで、動きが取れない。ランサー本人の頭は、私の右肩に止まっている。
「まさか、ここで寝る気ではないだろうな?」
「……」
「おい、ランサー!」
 巻き付かれた腕を叩くと、不快そうな声を上げ、ほんの少し身じろいだ。
「あ? なに?」
 右肩から重さが去った。
「離れてくれないか?」
「なんで?」
 低すぎる声音は、機嫌が悪いのか、ホントに純粋な疑問をぶつけて来ているのかわからない。
「動けないからだ」
「そうか」
 納得したような口振りだったが、背中からは離れてくれない。私は大きく溜息を吐き出した。
「ランサー?」
「ああ。……なんだ?」
「水を所望していたのを忘れたのか?」
「おー……」
「ほら。コップがここにある。受け取れ」
 腕をコップの底で再度叩くと、ようやく一つの腕が腹から離れた。コップを受け取った手は、そのまま右肩から顎を突き出したランサーが口に含む。耳元でゴックリと飲み干す音が聞こえた。
「ん」
 空になったコップが、私の鼻の先で揺れていたので、受け取ると腕は再び私の胴回りに戻って来た。
「水は? まだいるか?」
 まだ、会話が可能なうちに聞いてみる。未だに酔っ払い状態の男は、声に反応したのか、不意に片手を私の腹を胸元まで登らせてきた。ぞわりと背中に悪寒が走ったが、手はランサー本人の顔まで行き「んー……いぃ……いらねぇ」と呟いた。と同時に、もう一つの腕からも解放され、ランサーがようやく離れた。
 背を向けていることに、奇妙な恐怖を感じたので、彼を視界に映すため向き合うと、彼は片手で目元を隠していた。
「どうした?」
「ねる」
「……そうか」
 ふらふらと覚束ない足取りで、共同の台所を出ようとするので、仕方なく彼の肩を持ち部屋まで案内することにした。
「うぇっ」
「飲みしすぎだ」
「おお……」
「聞いていないだろ?」
「おお」
 こちらの音に反応しているだけなのだろう。適当な言葉が返ってくる。
「なあ……」
「何だ?」
 酔っ払いはまともに相手にするなとどこかで教わった気がするが、思わず聞き返す。
「けっこんしよーぜ」
「…………は?」
 焦点の合わない瞳で、こちらを見る男は笑顔を浮かべていた。
「なああ」
 意識が混濁してるのか――見たことのない笑顔で嬉しそうに見える。これ、否定したら良くて怒り出し、悪くて泣きだすとかか? ああ。誰だったかがそんな感じだったような……?
「なあ!」
「ああ。聞いてる」
「すきか?」
「ああ。好きだよ」
「そおかそおか」
 心底嬉しそうに、体重をこちらにかけてくる。
「おい。重いぞ。ちゃんと歩け?」
「なら、いいよな」
「え? ああ。はいはい」
 何が良いかはわからないが、質問するだけ無駄だろう。酔っ払いとはそういうものだ。
「ほら。もうすぐ部屋だぞ」
「あーすきだー」
「はいはい」
「おまえは? おれのことすきか?」
 急に足を止められ、バランスを崩しそうになる。ランサーの脇腹を軽く叩いて進むように促す。
「ああ。そうだな。俺もだよー。はい。もうすぐ部屋だから、止まるんじゃない」
「そうかそうか」
 そんなに距離はなかったはずだが、異様に疲れる。目に見える場所に、ランサーに割り当てられた自室がある。あと少しだと、精神疲労が加速している気がしながら、酔っ払いを引き釣りながらドアの前まで着く。ランサーにカードキーを出すよう促し、自動ドアを開けて中へ入る。
「くらいなあ」
「そうだな」
 酔っ払いを置いて帰ろうと決意し、掛け布団を剥いで、男をベッドに座らせる。
「ほら。着いたぞ。もう寝ろ」
「んー」
 ランサーは暫く頭をふらつかせていたが、その内パタリと倒れた。非常に脱力した。横になりながらも、譫言のように何事かを呟いていたが、そのまま放置して部屋を後にした。
 介護とは疲れるものだと、自己完結した。


1日目:夜 アルトリア
 お代わりを拝借しに、共同の台所へ向かっていると、エミヤがランサーを抱えて、オーナーから振り分けられたの個人部屋へ向かっているのが見えた。何やら話し合っているようで、結婚がどうのと聞こえてきて思わず身を隠す。聞いていいのかどうか、迷いつつも、しかし会話が一方的に聞こえてきた。
「なあ!」
 ランサーの声は少しイラついているように聞こえた。
「ああ。聞いてる」
 落ち着きのある声でエミヤが返す。
「すきか?」
「ああ。好きだよ」
「そおかそおか」
――え……っ? 今何と?
 違いますよね? エミヤ。今まで、ずっと仲が悪そうでしたし、そんなはずは……。ランサーが私よりエミヤの好感度が高いはずはない! はずです。
 いえ。エミヤと結婚したいとかではないですよ?
 ですけれど、エミヤには他に仲の良い女性も多いですし。何も同性でなくともいいではないですか!
 エミヤに肩を借りている幸せそうなランサーを睨む。
「おい。何してんだ?」
 睨みつけていた男と同じ声に驚き、振り返るとそこにはランサーと双子のキャスターが立っていた。
「尾行とは趣味が悪いぜ?」
「なっ! 違います! 私は御替りを貰いに来ただけで、偶然です」
「偶然ねぇ」
 そう言ったキャスターは、私ではなく、酷く詰まらなそうにランサーとエミヤを見ていた。
「あの二人、仲が良かったんですね」
「それはない」
「……」
 食い気味に否定された。
「あ。曲がった」
「着いて行く気かよ?」
「いえ……ですが、気にはなります。貴方もそうなのでは?」
「俺は別に……」
 そう言いつつ、キャスターは二人が曲がった廊下から目を逸らしはしなかった。
「そう言えば、キャスター。貴方は何しに来ていたのですか?」
「ランサーが宴から出て行ったのを見てな。トイレにしてはちょっと長いんじゃないかと」
「心配になったのですね? お二人は、本当に仲がよろしい」
 最後まで言うつもりのない言葉を足して伝えると、キャスターは肩を竦めた。
「ま。生まれた時からだからな」
「双子だと好み等も似ると聞きます」
「そうだな。……色々と同じ過ぎるってのも嫌な場合もあるけどな」
「嫌な場合と言うのは、エミヤのことですか?」
 そんな気がして、キャスターに問いかける。反応がないので彼の顔を除くと、大きく目を見開いて固まっていた。
「キャスター?」
「あ。わりい」
「いえ。構いません。もし、もしもの話ですが、ランサーとエミヤの仲が改善された場合、キャスターはエミヤと仲良くしたいのですか?」
「いや……。どうだろうな。どうせなら、先に仲良くする方が良い」
 苦笑しながらキャスターは口にした。それが本心かはわからない。しかし、仲良きことは良いことだと微笑ましく思う。
「そうですか」
「ちょっと、タバコ吸ってくるわ」
 キャスーは言うや否や、早々に喫煙可能なスペースへ早歩きで去っていった。
 それからすぐに、エミヤが戻って来た。
「アルトリア?」
「あ。エミヤ。待っていました」
「え?」
「御替りを!」
 空になっている皿をエミヤに見せる。一瞬。エミヤの表情がこわばった気がした。
 嫌な予感がする――
「すまない。アルトリア。食材含めて全て宴に出し切ってしまい、御替りはもうないんだ」
「…………そうですか」
――ショックだった。
「明日で良ければ、何か作ろう」
 エミヤが申し訳なさそうな態度で発言する。
「ええ。是非! お願いします!」


2日目:朝 キャスター
 昨夜の宴の終盤。アルトリアに会い、エミヤを見かけた。――ランサーもいたが、それは省いておこう。あの時の会話を含めて、あまり睡眠が取れなかった。
 気持ちが晴れないまま、何故か目覚めだけは良く、かなり早い時間に起床してしまった。共同台所で水でも飲もうかと、階段を下りる。
 既に誰かが活動しているらしく、台所からは光が漏れ出ていた。
「おはようさん」
「ああ。おはよう。今朝は早いな。キャスター」
 ドアを開き中へ入ると、エミヤが料理の下ごしらえをしていた。
「え……?」
「え? とは何だ」
「いや。悪い……お前が居るとは思っていなかった」
「なら誰が……いや、止めておこう。ところで、アルトリアの分も含めて朝食を作っているのだが、食べていくか?」
「……良いのか?」
「ああ。昨日、頼光に頼んだら食材を思いの外多く分けてもらえてね。あまりそうなんだ」
 エミヤの申し出は悪くはない。本人のことは気に食わないが、料理の腕は申し分ない。
「じゃあ、貰う。と、その前に、水くれないか?」
 エミヤは「わかった」と蛇口へ向かう。
「昨日、ランサー連れてっただろう?」
「ああ。……あ。そうだ。私と誰を間違えたのかはわからんが、酔った勢いでプロポーズするのはやめた方が良いと、ランサーに言っといて貰えないか」
「………………」
 今、何を言われたのかわからなかった。いや、言われた内容を分解して、昨日の出来事と結び付けよう。
 まず、ランサーは昨夜エミヤに告白していた。これは、アルトリアと一緒にその状況を見たので確かだ。エミヤの方としても、告白であると認識している。
 次に、ランサーは泥酔していた。恐らく、エミヤが担いでいなければ歩けなかった程だったのだろう。
 そして何より、エミヤはランサーの言葉を、自分に向けられたモノと<認識>していない。
 これは――
「プロポーズされたのか?」
「ああ。酔っ払いにな」
 エミヤが振り返る。水の注がれたコップを受け取り、一口含んだ。
「何て答えたんだよ?」
「肯定しておいたさ。否定して泣かれた経験は程々にあるのでね」
「泣かれるよりはマシって事か?」
「ああ。それに、酔った相手は、大抵次の日に覚えていない事が多い。告白を受け止める程度、たいしたことはないさ」
 エミヤはきざったらしく答える。コップの水を飲み切って、机に置いた。
「エミヤ」
「何だ?」
「好きだ」
 ニヤリと笑いながら告げた。
「……キャスター?」
 エミヤが露骨に眉を寄せて、訝し気に俺を見る。
「案外、覚えてるかもしれねぇぞ?」
「……まさか」
 目を丸くして、童顔を強調させているとも気づかず、エミヤが言葉を零す。
「俺はランサーじゃねぇからわからんが、可能性はあるってこった。少なくとも、俺なら覚えてる。今言ったこともな」
 ごちそうさんと、席を立った。
「は? おい。キャスター」
「着替えたら、戻る。まだ、時間かかるだろ?」
「あー、ああ。そうだな」
 少しばかり、顔を合わせずらく、部屋に帰ったらもう一度顔を洗おうと決意した。


2日目:朝 アルトリア
 午前七時二〇分。エミヤの作った朝食をとろうとエレベーターで2階に向かったところ、一〇階で頭を押さえたランサーに出くわした。
「おはようございます」
「おう」
「どちらに行かれるんですか?」
「大浴場。飲み過ぎて頭いてぇ」
「はあ。で、どうして一〇階に?」
「質問ばっかだな。あー……ボタン押し間違えた」
 ランサーは答えながら頭を抱える。
「大丈夫ですか、ランサー?」
「ああ。一応な。お前は? これから朝食か」
「ええ。エミヤに朝食を作ってもらえることになっているので、食べに行きます」
 思いの外、大きな声で答えてしまった為か、ランサーの顔色がさらに悪くなる。
「あ。すみません」
「え?」
「声が響いたのでは?」
「あっ……ああ。そうだ」
 変に間があったのが気になるが、それよりも朝食の方が大事であったためスルーする。
「そんなに酷い二日酔いなら、エミヤにシジミの味噌汁を作ってもらいましょうか?」
「は? 何で?」
「シジミの味噌汁は、二日酔いに良いと聞きます。それに、エミヤは今日仕事が定休日とのことですから」
 そう告げた時、大浴場のある階に停止した。
「あ。じゃ! 俺はこれで」
「ええ。はい。あ! ランサー! エミヤに頼んでおきますね!」
 ランサーの背にそれだけ告げ、扉を閉めた。
 食堂につくと、先ほど分かれた顔と同じ顔が、席に座ってエミヤのご飯を食べていた。
「キャスター。どうしてここに?」
 不満が僅かに滲み出たのは、許してもらいたい。私はそれほど、エミヤの料理を楽しみにしていたのだ。
「メシ奢ってくれるっていうからな、先に貰ってた」
「そうですか……」
「アルトリア。来たのか。おはよう」
「ええ、おはようございます」
「席についてくれ。今、君の分を運ぶ」
「ありがとうございます」
 エミヤの言葉に甘えてキャスターの向かい側に座る。
「そう言えば、先ほど大浴場に向かうランサーに会いました」
「大浴場?」
「ええ。二日酔いを冷ますとか」
「二日酔いで、湯につかるのはお勧め出来ないな」
 エミヤが眉を顰めつつ、料理がやって来た。
「そうなんですか?」
「ああ。しかし、それをランサーが知らないとは思えないが……」
「ま。大方、サウナや水風呂の方だろうよ」
 エミヤとの会話にキャスターが口をはさんだ。
「いただきます」
 エミヤに教わった日本の作法で挨拶し、料理を口に含む。一口目から、深い味わいで満たされる。
「美味しいです。エミヤ」
 自然と笑顔でエミヤに報告した。エミヤも嬉しそうに目を細めたが、視界に入った向かい側の席の男が、もの欲しそうにこちらを見ている。
「あげませんよ。キャスター」
「御替りか?」
 エミヤが首を傾げる。
「いや。俺も食ってるし。足りてるから要らねえよ」
「そうは見えませんでしたけど?」
 怪しげなキャスターを見つめるも、ため息をつくだけだった。要らないと断言した以上、問い詰めるわけにもいかず、若布と豆腐の味噌汁を口に入れる。――美味しい。
「あ。そうでした。エミヤ。シジミの味噌汁を作ってはもらえませんか?」
「シジミの……? 朝食に付けた味噌汁では、それはお気に召さなかったのかね?」
「いえ。これはとても美味しいです」
「ならば何故?」
「二日酔いに良いと聞きましたので、ランサーにと思って。あ。勿論、私の分もお願いします」
 エミヤは噴き出して笑う。
「ああ。了解した。作っておこう」
 優しくも幼い笑顔を連れて、エミヤは再び台所へと入っていった。
「なあ。お前、ズルくないか?」
 キャスターが頬杖をつきながら、不満そうに尋ねてくる。
「何のことですか?」
「色々だよ」
 キャスターは「ご馳走さん」と、平らげた食器を持って台所へと消えていった。


2日目:朝 エミヤ
 アルトリアに頼まれシジミの味噌汁の準備に取り掛かる。冷凍しておいたシジミを持ち出し、振り返ると丁度キャスターが台所へ入って来るところだった。
「食器ならカウンターに置いて、後で」
「あー違う違う。ちょっと、話したいことがあってな」
「話?」
「おう。メシ一食分の礼だ」
 キャスターの申し出に、思わず開いた口が塞がらなかった。それは、今まで一切の食事の礼を、彼を含めフーリン家からもらったことがなかったからだ。
「……明日は雪か?」
「おい」
 私の発言の意図を理解したのだろう、不機嫌な声が聞こえた。
「仕方ないだろう。長い付き合いだが、今まで礼等と……君だって言ったことないだろう?」
「まあ、そうだが」
 気恥ずかしいのか、キャスターは頭を掻いた。慣れないことはするもんじゃないと、キャスターに心の中で呟いて苦笑した。
「それで? 何故今そんなことを?」
「……ちょっとした焦り、だな」
 顔を背けながらキャスターは呟いた。
「君が?」
「そうだ。で、まあ。何か欲しいものとか」
「別に要らんよ」
 何がしたいのかはわからないが、極まりが悪そうなキャスターに呆れるばかりだ。
「嘘つけ。鍋底が擦り切れてきたと、言っていただろう?」
「いつの話だ」
「だいぶ前だが、まだ買い替えてないだろう?」
 そう言われ、今朝調理に使った鍋をチラリと見る。一〇年以上も愛用している鍋で、だいぶ草臥れてきているのは、自分でもわかっており、一緒に調理をするブーディカたちにも「買い替えた方が良い」と言われている。
「しかしな。丁度良い鍋は結構な値段が……」
 予算が厳しいのだ。主に、このシェアハウスの食材費――エンゲル指数的に結構な出費になる。アルトリアに頼まれると、ついつい買いこんでしまい、食事の提供をしてしまう。しかも、最近性能の良いオーブンを購入したばかりだ。流石に、今は買えない。
「だから、俺が買ってやるって」
「君に買って貰う理由がない」
「礼だ。今日、お前の会社定休日なんだろう? 行こうぜ」
「だから、今更礼な……え? 私も行くのか?」
「おう。俺だけじゃ、何が良いかとかわかんねえし」
 今日の予定を言われたことに、疑問を持っていれば良かったのだが、それよりも「買って来てくれるわけじゃない」と思ってしまった自分自身に動揺した。
「君、今日仕事は……」
 キャスターの職が何かは聞いていないが、確か結構忙しかったはずだと認識している。
「ん? 俺か? 出社時間決まってないから、問題ねえよ?」
――出社時間が決まってないとは……?
 疑問が多すぎて、何を言ったらいいのかわかなくなってきた。
「あいつらに、シジミの味噌汁提供したら、出られるだろう?」
「それは、まあ。そうだが……」
「嫌ならそう言ってくれ」
 キャスターは真摯な瞳で告げる。――ああ。だから苦手なんだ。その瞳が。そういう風な言い方が。昔から、フーリン家の人間にそういう風に頼まれると、嫌だとは言えなくなる。
「……わかった。ランサーにシジミの味噌汁を提供したら行こう」
「おう。じゃあ、喫煙所で待ってる」
 キャスターは、食器を洗面台に置き、さっさと台所を後にした。


2日目:朝 ランサー
 食堂につくと、席は殆ど埋まっており、それぞれに食事をしていた。
「あ。ランサー。こっちです」
 元気の良い声に視線を向けると、アルトリアが手を振っていた。がっつりとした朝食が、殆ど食い尽くされている。エミヤが追加のご飯を持ってアルトリアに渡し、台所へと引っ込んだ。
「マジで、食ってんのな」
 サウナですっきりした頭で、正直エミヤとは顔を合わせずらかったのだが、アルトリアの食事風景により完全に頭からそれを払ってしまった。昨日の宴で人一倍食欲を発揮していたのを知っているため、食事風景だけで胸焼けしそうだ。
「? 何のことですか?」
「いや。なんでもねぇよ」
 促され席に着くと、エミヤが「やっと来たのか」とシジミの味噌汁を持ってきた。
「いいだろ、別に。どうせお前、今日休みだろ? 急ぐ用事もねぇ」
 味噌汁を口に含む。じわぁっと臓腑に染み込んでいく。相変わらず、料理の腕は良い。
「いや。悪いが、今日は出かける用事があってな。人を待たせている」
 エミヤの言葉に、飲み込んだ味噌汁を吐き出しそうになった。
「え? そうなのですか?」
 アルトリアも聞いていなかったのか、目を丸くしてエミヤを見る。
「ああ。急に決まって。悪いが、そろそろ失礼させてもらうよ」
「そうですか……」
 アルトリアが残念そうに呟く。エミヤがすまなそうに眉を下げた。
「ランサー」
「あ?」
「御替りが必要なら、自分で注いでくれ。冷蔵庫側のコンロに味噌汁が入っているからな」
「おう」
 俺の返事を聞くと、直ぐにエミヤは去っていった。
「ランサーは、エミヤが誰かと出かけるのを
知っていましたか?」
 アルトリアが不思議そうに俺に尋ねる。
「いや……? 何でだ?」
「いえ、その。昨夜、貴方がエミヤに告白している場面に出くわしまして」
 サウナで心頭滅却し、忘れようとしていた記憶が一気に湧き上がって来た。
「いや! 待て! それは!」
「わかっています。と言うか、聞きました。エミヤから」
「はあ……?」
 エミヤから聞いたとはどう言うことだ? 話の先が読めず、眉間に力が寄る。
「泥酔状態だったと。まあ、それにしても、エミヤと意中の相手を間違えるとは、もう少しお酒を控えた方が良いですよ? そうでなくとも、元々飲み過ぎるようですから」
「どういう意味だ?」
「宴の時でしか知りませんが、無理に飲んでいるように見えます。エミヤは男性と言うこともあり、理解がありましたが、他の方が同様に理解して貰える保証はありませんよ?」
「他にはしねぇよ」
 思わず反論が口について出た。
「どういう意味ですか?」
 アルトリアが俺に尋ねるのとほぼ同時に、エミヤとキャスターが食堂の前を横切った。台所からエミヤの部屋や外へ出るには、食堂を横切る必要がない。方向から言って、エミヤの待ち人とやらがキャスターだったのは間違いない。――酷く苛立たしい。
「キャスターとエミヤですね」
 言葉にハッとして周囲を軽く見渡した。俺が見ていた先を、いつの間にかアルトリアも振り返って見ていたようだった。
「ランサー。先ほどの話ですが」
 アルトリアが振り返る。
「仮に、貴方がエミヤを好きだったとしましょう。仮に、キャスターがエミヤを好きだったとしましょう。私――負ける気はありませんからね?」
 真っすぐなアルトリアの瞳が、エミヤを優しく微笑ませる――その澄んだ青色がギラリと鋭く輝いた。


2日目:朝 外野と言う名のおまけ
「なんだ、あれは……?」
 コーヒーを口にしながら、砂でも吐き出したい気分で、ハンス・クリスチャン・アンデルセンは顔を歪めた。
「全くですな。今頃になって、ボーイ。ミーツ・ガールいや、ガール・ミーツ・ボーイ? ん? ボーイ・ミーツ・ボーイとは。今加筆中なのは泥沼不倫だというのに!」
「いや、朝っぱらから何叫んでんですか」
 ウィリアム・シェークスピアの歓喜を含んだ声を聞いてしまい、げんなりとした顔で一席離れた隣に座っていたロビン・フッドはぼやいた。
「何をおっしゃいますやら。ネタの投稿が遅いのは作家として重大事件です! 締め切りを伸ばすわけにはいかんのですよ」
「今、締め切りの話をするな!」
「もう、事件なら、シャーロック・ホームズでも呼んで来たら良いんじゃないっすか?」
 至極楽しそうなウィリアムと、締め切りに追われ苛立つハンスを横目に、ロビンは人知れず溜息を吐き出した。きっと来ないであろう探偵のことはさておき、ロビンは周囲を見回した。食堂利用者の殆どが、出社の為立ち上がり、食器を下げている。恐らくその中で、エミヤが去った後の会話を耳にした者は、数人もいないだろう。
 いっそのこと知らなければ良かったと、ロビンは思う。しかし、これを知って、愉悦に浸る人間が一定数いることも、ロビンは作家人を見て理解した。あの三角とも四角ともつかない関係が、今後どうなるかは知らないが、少なくともそう簡単な話ではないだろう。
「あの鈍感なお人よしが相手じゃ、苦労するのが目に見えてんのにな。全く、ココは物好きな連中が多い」
 ロビンは作家人に聞かれぬよう小さくぼそりと呟き、言葉を飲み込むようにコップに入れていた麦茶を飲み干した。丁度、ロビンに話しかけようとしていたダビデに聞かれており、「鈍感は兎も角、後は君も大概じゃない?」と笑われ、ロビンの顔は羞恥心で染まった。
ロビンを阻止したダビデと言う男は「格好つけようったって、そう簡単には、させないよ?」とニヤニヤと宣うのである。

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