初音ミクのおかあさん、アカウントの移行と人間の細胞、赤ちゃんは人間の芋虫。
小学生の頃、友達の家へ遊びに行ったら、友達に、親がいた。あ、こいつにも親とかいるんだ、と思った。
私は昔っから、「友達の親」という存在に強烈な違和感がある。
もっと言えば、友達全員、嘗ては赤児だったという事実も全く想像できない。オギャオギャ言ってる友達とか想像できんくないか?友達みんな、今の友達の姿のまま、ポッとこの世にでてきたような気がするのだ。
例えば、「初音ミクは嘗て赤ちゃんで、オギャオギャ言ってて、初音ミクは初音ミクの親御さんに育てられて、ここまでスクスク育ったんだよ。」と言われたら、めちゃめちゃ違和感があると思う。そんな感じ。
私は友達のことを初音ミクだと思っている。
正確に言えば、キャラクターに近いものだと思っている。 友達とは、最初からひとりでに在ったもののような感じがする。
自分がそうなりたかったからかもしれない。
人間、在る以上、必ず親が存在するのヤバくないですか?どんな人間も、例外なく2人の親から産まれてきていて、嘗てはオギャオギャ言ってて、なんなんだ。
ヤバすぎる。
自分が赤児だった事実を無かったことにしてしまいたい。もっと言えば、今以外無かったことにしてほしい。毎秒、今以外無かったことになってほしい。
無かったことになりませんか?
話は逸れるけど、人間の細胞って2年だかで全て入れ替わって、2年前の自分ってほぼ別人なんだぜみたいな記事を見たことがあるんだけど、マジで、別人になれたらいいのにね。
ツイッターのアカウント変えるみたいに、やり直せたらいいな、と思う。
なんか違ぇな、と思ったらやり直せるのがツイッターの良いところ。
2年前の私は人格が完全に終わっていて、最悪の生計の立て方をしていたわけですが、その2年前のアレコレは絶対になかったことにはならなくて、2年後の私にいつまでも付き纏ってきます。
2年前の惨事を知ってるひとからすれば、今の私がどんだけ心を入れ替えようと、最悪な人間の延長でしかないわけです。
最悪な事実は消えるわけじゃないし、反省もしてますが、私は私をそう見てほしくないので、私も他人をそう見ないようにしています。(動機が不純)
何年前かのやらかしやなんやらで今在るひとの全てを否定してたらキリないですしね。
私は友達を見るときは、悪いとこだけピックアップして判断したり、過去の行いひとつで見方をぐるんと変えたりしないで、今今今を見ていたいし、なんなら、今終わってても、現状をなんとかしようとしてるやつには、なんとかしようとしてるその精神をちゃんと見ていきたいと思っている。
つまり、友達は初音ミクってことです。
そして私も。
初音ミクたち、これからも私こと初音ミクをよろしくお願いします。
2019.10.29


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