物語はどんなものからでも生まれる~少女小説の名手・名木田恵子さん、新刊刊行記念インタビュー
少女小説の名手、そして大ヒット少女漫画の原作者としても知られる名木田恵子さん。今年『地底の姫ラサラー飛翠恋歌ー』が刊行となりました。
〈あらすじ〉
美しき地底にすむ少女ラサラは、幼いいのちを救うため、禁忌を犯して地上の敵国へ。そこで見た景色、信じてきたものへの疑念ととまどい、そして、若頭リュウとの運命的な出会いーー。激動の運命と闘う魂たちの行方は……? 圧巻のロマンスファンタジー!
そんな名木田さんに新作の創作秘話や、「隠れ三部作」のこと、そして創作のヒントに至るまで……胸に少女を宿すすべての方たち、そして少女小説を書いてみたいと思っている方へ向けたお話を伺いました。
(文・聞き手:編集担当 潮/子どものころから名木田恵子作品の大ファン)
今回の作品の主人公ラサラと聖なる樹ヴァリデの対話に重なります。
名木田恵子 (なぎたけいこ)
東京都出身。教科書掲載もされた『赤い実はじけた』、ロングヒットとなった「ふーことユーレイ」シリーズ、2007年度日本児童文芸家協会賞受賞作『レネット 金色の林檎』などの代表作のほか、『ラ・プッツン・エル 6階の引きこもり姫』『トラム、光をまき散らしながら』『窓をあけて、私の詩をきいて』など少女の多感で繊細な心と出会いを描写した作品を多く発表。少女の激動の運命を描いたロマンスファンタジー『風夢緋伝』『青影神話』に連なる作品として、『地底の姫ラサラ ―飛翠恋歌―』が2025年8月に刊行された。
児童書の作品のほか、「キャンディ♡キャンディ」など少女漫画作品の原作も別名義で多数手がけている。
小説家、そして漫画原作者として
――このたびは刊行、おめでとうございます。長編としては7年ぶりの新作ということで楽しみにしていた方も多いのではと思います。
名木田(以降N):わたしがデビューしたのは19才のとき。なので、もうかれこれ57年も書いてきているのね。ピエ~~~😂
――すばらしいことです。その間、小説家としてだけではなく、漫画原作者としても活躍してこられました。どういった経緯があったのかから、お聞かせいただけますか?
N:デビューのころは少女小説が全盛でした。津村節子先生に師事しました。そのころ、富島健夫先生の少女小説『おさな妻』※のヒットにより、児童書の世界に大きな変化がおきて……。
※『おさな妻』(富島健夫・作/集英社)
母を亡くした高校生の玲子は、働く保育園で、園児まゆみの父吉川を知る。まゆみも母を亡くしており、その後玲子は吉川と結婚。まゆみの母となる。妻、そして母親役として生きる18歳の玲子の青春を描く。映画化、TV化もされた作品。「富島先生から励ましのお手紙をいただだいたこともあるの。宝物よ」と名木田さん。
少女小説へ<性>が入り込み、少女たちの意識が呼び覚まされたのか、そういう小説が多くなりヒットしていきます。
もっとも、<性>は漫画の世界ではとうに描かれていた<世界観>で(『おさな妻』ほど生々しくないけれど)、とっても重要なテーマのはず、と今も思っています。けれど、当時はその傾向が極端になって。そこへ偏る編集者たちにがっかりし、わたしもそういった要求にはこたえられなかった。
漫画原作の仕事が多くなったのは、そのためもあります。
――漫画原作と小説、ふたつの創作のちがいはどこにあると思われますか?
N:当たり前ですが……<漫画原作>は漫画の為に作り上げる<物語>です。内容は、小説と変わりません。テーマも登場人物の精神も。
ただあの頃の漫画は、なんでも書かせてもらえました。ファンタジーや映画をイメージするように、いろんな国の少女たちを書きました。漫画原作のデビュー作は<世界のティーンシリーズ>です。とてもいい企画。
大きな違いは、原作原稿の読み手は<編集さんとアンカーを務める漫画家さん>だけということ。なので、なにより、編集さんの目が輝く物語、展開。もっと大事なのは漫画家さんが興味津々で、「描きたい」と言ってくれる物語なのです。だいたい、自分好みをおしつけちゃっていたけれど……^^:
それでも、<絵になるようなシーン>が大事、ということはいつも念頭にありました。漫画家さんが描きたいのは、たいていは、シーンなのです。なので内面的な気持ちの変化もモノローグではなく、動作、シチュエーション、それを頭に置いて書きます。
思った通り、「このシーンを描きたい」と目を輝かす漫画家さんは、たいてい作品世界にのめりこんでくれ、結果、良い漫画になりました。
――数々のヒット作を漫画原作者として世に出されているなか、小説家としての活動にもやがて戻られますが、どういったお気持ちからだったのでしょうか?
N:漫画の原作を続けるのは、もうむずかしいな、と最終的に思ったのにはきっかけもありましたが、いちばんは<ケチ>になったこと。つまり、絵のシーンまで考えて、漫画家さんに物語を提供する親切さをもてなくなったことにあります。
あるときから、日本の現代ものの原作を頼まれるようになりました。それまで、わたしの原作はほとんど海外ものでした。それが、少女小説の変容にも重なったのか、海外ものに人気がなくなり、学園ものに流れ始めました。わたしは、現代の少女たちを描くのなら、どうしても文章で書きたかった。絵にはできない世界。それを自分の物語として、自分で表現したい。その挑戦は今も続いています……。
――そうして、少女向けの小説の世界へ戻られたとき、どんな景色を感じられましたか?
N:その頃は、『おさな妻』の衝撃がたくさんの課題を少女小説に与え、『女学生の友』などの雑誌もなくなり、ある意味での成長した少女小説がジュニア小説として広まっていったと思っています。氷室冴子さんたちの登場によって、コバルト文庫など、新しい世界が読者の前に広がった。あれだけ「ファンタジーは売れませんよ」と言われていたのに、SFの分野も活況となり、ファンタジーから、ゲームのような世界に、と物語は展開していきました。BL小説が徐々にもてはやされるようにも。
その点、児童書で描かれる少女たちは、幼く感じていました。漫画の主人公たちと年齢の設定は同じでも、3、4歳は幼く見えたの。当時の児童書の編集さんには、「今、こんなに幼い感覚の少女たちはいないよ」と何度いったかわかりません。まじめ一直線で、保守的だったのね。
少女を描くなかで意識していること
――そんななかで、先生の作品は、やはり特別な光を放って私には見えていました。「ふーことユーレイ」シリーズは、自分の心の(理想の)声を聞いているようで。こんなふうに私も明るく前向きに、愛される子になりたい、そうしたらかけがえのないものに出会えるかもしれないって……ふーこと一体になって考える時間が楽しくて。完全に少女漫画派だったわたしが、物語世界の行と行のあいだを想像する喜びを知れたのです。
<あらすじ>
元気で明るい女の子山崎二三五(愛称ふーこ)の前に突然あらわれたのは、交通事故で亡くなったユーレイ比村和夫くん。でたらめな言葉を唱えただけなのに、それは和夫くんと結婚させられてしまう呪文だった! この呪いを解く条件はひとつ。「ふーこが本当に和夫を好きになること」。フレンドリーな語り口と楽しいドタバタのなかに、心揺さぶられる切ない展開……今でも読めばハートをわしづかみにされる、最高のラブストーリー。
――先生は、時代によって、「少女」は変わったと思われますか。
N:わたしは「少女小説」を特別意識して書いてきたわけではないの。ただ<みずみずしい世代の女の子>。大人になる前のわずかで、たおやかな時間。そこで感じ取ることが人生でどんなに大きく影響するのかということを、自分が年を経るごとに実感し驚いています。
わたしが思う少女は、無力で、純粋で、でも、ちょっとずるくて、傷つきやすく、だれかを傷つけていることも気が付かないほど、わがままで……自分がだれなのか、なにをすればいいかわからない。それが、世の中をだんだん知っていくうちに、出会う人々によってその<心>が確実に開かれ、変わってくる。一番心をしめるのは、誰かを(何かを)好き、ということ。その感情は、年齢もあって、成就することはほとんどないからこそ……その思いは強い。時として、生涯心の支えになる。
少女たちが変わっていくというより、時代背景が変わり、大人たちの心根も変わることで、彼女たちに〈押し付けられること〉のほうが変容していったのだと思います。
でも、ちょっと感じるのは、今の物語のほうが男の子への許容量が大きくなったかもしれないわね。ヒーロー像が多様化しているというか。あとは、ちょっとこじらせている女の子も最近は多いなと感じているの。ごくごく普通の素直な人物の想いを描いたものは少なくなってきたわね。
――そのぶん、人物ひとりひとりの性格の繊細な違いというより、どんな枠をはめるかとか、設定の個性のほうが目立ちやすくなっているのかもしれないですね。
N:今の子が何をおもしろがっているのかを知ることは、とても楽しいわね。でも、時代の大人たちがつくっているものだから……彼らが保守的だとそういうものになるし、逆にちょっと売れると同じようなものがあふれちゃって。
一時、少女漫画の世界にも〈性〉が入り込んで、モラルのない時代があったけれど、やはり児童書は大人との絶対的なラインを守らなくてはいけないと感じていました。もちろんみなロマンスは読みたいし、わたしもラブシーンを描いてきたけれど、自分の中で言葉にできない想いと出会う戸惑いとか、大事に育てる気持ちとか……そういうことを少女たちには大切にしてもらいたいなと思いますね。
――先生の作品には、共通した少女への願いと信頼のようなものを感じます。それが私たち読者にとってまぶしく思える理由のひとつなのかもしれません。
新作『地底の姫ラサラ』は、じつは<隠れ三部作>の一つ
――さて、今回の作品『地底の姫ラサラ』についてうかがっていきたいと思います。こちらは、どうやって生まれた物語なのでしょうか? あとがきには、40年以上前に花火を見ていた夜にインスピレーションを受けて、ずっとあたためてこられたものだと書かれていますが。
N:小さな頃、プラネタリュウムで見た宇宙の衝撃がわすれられません。そして、海にもぐるのが好きになって、その深淵さに感動し……ここにも人が侵してはならないところがある、と感じました。
空と海のつながり、宇宙はつながっていて、わたしたちの地球とも深くつながっている……一人一人の人間とも。そう感じた時から、そんな少女たちの連作を書きたいと、漠然と思っていて。でも、まさか本当に3作出せるなんてね。
――そうですよね、ラサラは先生と私のなかでは「隠れ三部作」なのですよね。その前に出させていただいた『風夢緋伝』『青影神話』、そして今回の『地底の姫ラサラ』。独立した3作ですし、舞台も人物も交わらない。けれど、つながっている……。
<あらすじ>
14歳の誕生日を目前にひかえたある夜、千風のまえにあらわれた、美しい鬼の少年。彼のことを知っていることは感じるのに、何も思い出せない……。心のざわめきとともに、すこしずつ千風のなかでめざめていく、大きな力。それは300年前の千風のもつ、切ない記憶と結びついていた――。
<あらすじ>
見知らぬ街で事故に遭い、眠り続けるママに付き添う14歳の少女海笛は、謎めいた双子の少年と再会する。胸に想いつづけていた初恋の人と、大嫌いだったその弟――海笛のなかで止まっていた時間が静かに動き出した。
世界の終末「ラグナロク」をむかえるとき、海笛が知る哀しくも切ない初恋の真実とは……。
――最初の『風夢緋伝』に登場する幻の石〈ヒヒイロカネ〉は三種の神器に使われたともいわれ、様々な伝説が存在する……そんなお話を先生にうかがったとき、日本にとどまらず、そして石は形を変えて、遠い世界を生きる別の少女の運命を変えるかもしれない……そんなイメージが広がりました。それを先生にお伝えしたら、点と点がつながるように、3作のイメージが結びついていって。それが三部作の始まりでしたよね。
N:ずっと書きたかった鬼のこと、太古の北欧と日本の接点を知った時の感動、そして地底の世界……それらのことは別のようで、つながっていることがとても自然に思えました。
3人の主人公たちの見る景色は、わたしにとって〈スノードーム〉のようです。人の手ではない不思議な力によって、突然、振られると、千風の鬼神山に囲まれた里が緋色に、ワタスゲのなかに立つ海笛の周りに青い波が立ち、翡翠色のもやの中を飛ぶラサラに変わる。
――舞台設定はもちろん、主人公の少女たちが抱えるものも違えば、出会う相手も異なる。そして恋も、3色それぞれに美しくて心揺さぶられます。
N:やっぱりわたしはどうしてもロマンスを描きたいのね。千風と稀人、兄の祷。海笛をめぐる、双子の少年・薔(しょう)と響(なり)。ラサラを見つめる……ニオとリュウ。
3作の共通項というと難しいのだけれど……月並みですが、愛。その存在こそがやはり普遍のテーマね。少女たちが追い求めているのもそれと思います。よかったら、ぜひ読んでみてほしいな。
――どの物語にいちばん惹かれるか、それを比べるのも楽しいですしね。
今回の『地底の姫ラサラ』はどのように書き進められていったのでしょうか。
N:ラサラは、「創作ノート」に地底の設定を書くことからはじめたの。地図とか、どうやって暮らしているのかとか、歴史についてとか。そのうち、石にはそれぞれどんな効果があるんだろうとか考えて。専門の先生に聞いたりもしました。それで物語としては最初から書いていくの。断片的に描くというのは、ほとんどなくて。そして、何度も何度も読み返しては書き直す。
――物語の大筋は変わらないですけれど、何度も丁寧に手を入れていただきました。そして印象的なエンディングへ向かっていく。物語の終着点って、いくつもの選択肢から選び取ることになると思いますが、いつもどんなことを考えていらっしゃいますか。
N:もちろん、書きたいことをすべて書けるわけじゃない。漫画原作のように制約がある場合もあるし。でも自分のなかで中途半端だったなあという作品は、ぜったいに違う形を書きたくなるものだと思う。
けれど、最終的にたどりつくものは、絶対に自分の意思じゃないものが選んでいる感覚があるの。
わたしはこっちにいきたいのに、いやだって声が聞こえたり。それで選んだ道が主人公たちにとって幸せなのかは読者にもゆだねている部分はあるけれど、きっと幸せね、希望につながっていくよねって思いながら。
――ラサラの選ぶ道についても、読者の方がどう受け止めてくださるのか、楽しみですよね。
これから少女向け作品を描きたいと思っている人へ
――創作についてのヒントをうかがっていければと思うのですが、先生は創作のために心がけていらっしゃることはありますか?
N:作品の種は、ほんとうに降ってくるようだと思っていて(*^_^*)
わたしは、長いこと、<初めてのノート>をつけています。創作ノートはもちろん、名前ノートとか花日記とか……書き散らすのが好きなのね。
初めて知ったこと、初めて感じたこと。花の名前、読めなかった漢字。おもしろい言葉、感銘を受けたこと、珍しいこと、などを書いていますが……そこから、新しいひらめきを感じたりします。とにかく、知らないことが多すぎるのね。この世はほんとうにミステリーで、ファンタジーです。
とにかく、どんなものからも、物語は生まれるのよ、求めさえすれば。
けれど、種を与えられても、それが育つとは限りません。心の温室で大事に(しているつもりで)育てていても、枯れてしまったり……折角芽が出て咲きはじめたのに根腐れしたり……。
それでも、その鉢は捨てられません。空っぽの鉢にどんな種が入っていたか、わたしが覚えている限り……。物語の種は、他の物語と時に合体したりして、生まれることもありますからね。
――最後に、これから少女へむけて作品を書きたい方たちへ、メッセージをいただけますか。
N:<物語>を書けない人などいません。身近で言えば、自分のことを書くだけでもいいのです。それを<小説>にするには、<世界>が必要ですが……要は<自分が子どものころに読んでみたいと思う物語>を想像してみてください。わたしは、ずっとそうやって書いてきたような気がします。
そして、小説にしようと書き始めたら……とにかく、最後まで書いてね。完ぺきなど、いつになっても手に入らない。破綻のままでもいいのです。
そして、できるなら、自分が見て感じたことを。
昔、そういう講義を行った際、たくさんの原稿を読みましたが、その時流行したものから影響を受けた(同じテーマ、感じも似ている)作品ばかりで、びっくりしたことがあります。
オリジナルが大事。はじめは、物まね大歓迎。でも、そこから自分の世界へ。
名木田恵子さん、ありがとうございました。
創作の種でもあり、素敵な心の宝物でもあるような大切なメッセージをたくさん聞かせていただきました。
今回見せていただいた「愛のノート」の冒頭をご紹介して終わります。
少女たちに愛を伝える作品が、これからも続いていくことを願って。
我々もこのメッセージをかみしめながら日々過ごしたいと思います。



大大大尊敬している名木田先生!!