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退職を引き止められて残った人の約6割は、1年以内に結局辞めている。 これはエン・ジャパンの調査で明らかになったデータだ。カウンターオファーを受け入れた社員のうち、半年以内に退職した人が38%、半年から1年以内が21%。合計で約59%が1年以内に会社を去っている。つまり引き止めは、問題の先送りにしかなっていない。 私は27年間で1.1万人以上のキャリア面談をしてきたが、「引き止められて残りました」と言って、その後幸せに働いている人にはほとんど会ったことがない。 なぜか。 退職を決意するまでに、人は相当なエネルギーを使っている。上司との関係、仕事の中身、会社の方向性。何ヶ月も悩んで、ようやく「辞めよう」と決断した。その根本原因が、給与を少し上げたり、ポジションを用意したりで解決するわけがない。 ある30代の方が、退職を申し出たら「年収を100万上げる」と言われて残った。最初の3ヶ月は良かったらしい。でも4ヶ月目から、また同じ不満が出てきた。上司のマネジメントスタイルは変わらない。会議の進め方も変わらない。評価基準も変わらない。変わったのは給与だけで、本質的な問題は何ひとつ解消されていなかった。結局、8ヶ月後に改めて退職した。しかも「一度引き止められて残った人」というレッテルが社内で貼られ、居心地はさらに悪くなっていた。 もうひとつ見逃せない問題がある。引き止めに応じた瞬間、転職先との信頼関係は完全に壊れる。内定を辞退された企業側は「この人は覚悟がない」と判断する。次にその会社に応募しても、まず通らない。エージェントとの関係も同じだ。一度「やっぱり残ります」と言った人を、次も本気で支援しようとは思えない。 カウンターオファーの成功率は24%という調査結果もある(エン転職コンサルタント調べ)。つまり4人に3人は引き止めに失敗している。企業側もそれをわかった上で、とりあえず引き止めているだけだ。本当にあなたのキャリアを考えて提案しているのか、それとも単に欠員が出ると困るから引き止めているのか。冷静に見極めたほうがいい。 私が80社以上のスタートアップに投資してきた経験からも言える。優秀な人材の流出は企業にとって痛手だが、本人にとって「残る」ことが正解かどうかは全く別の話だ。 退職を決意した理由を紙に書き出してほしい。その中で、カウンターオファーによって解決するものがいくつあるか。給与や肩書きで解決する問題は、実はごく一部だ。仕事のやりがい、成長実感、人間関係、会社のビジョンへの共感。こういった本質的な要素は、条件交渉では変わらない。 一度「辞める」と口にした事実は消えない。残ったとしても、上司や同僚との関係は微妙に変わる。「あの人、辞めようとしたんだって」という空気の中で、本当に力を発揮できるだろうか。 引き止めの言葉が心に響いたとき、それは会社への未練ではなく、変化への恐怖かもしれない。 退職を決めた本当の理由、まだ覚えていますか。