小林 誠司(こばやし・せいじ) 捕手 右投右打 178㌢74㌔ 24歳
広陵高校(広島・甲子園出場)~同志社大学~日本生命 大阪出身
(球歴)
小学二年生の時に友人に誘われて、地元のソフトボールチームに入団した。
当時は両親が水泳一家に生まれれ、水泳と両立していた。
中学校在学中は大阪泉北ボーイズに所属した。当時は遊撃手だったが、3年生になると
投手も務めた。投手の楽しさが目覚め、高校でも投手志願でいこうと決めていた。
広陵高校に進学後は大阪から離れ、広陵高(広島)での寮生活の道を選んだ。
そこで野村裕輔(広島)に出会う。同じ投手の同期生としてライバル視していた。
ところが高校1年秋に突然監督から捕手への転向を言い渡された。「理由は分からず」
気持ちを切り替え、捕手として正面から向き合った。野村とはバッテリーを組む機会が
多くなった。「僕は野村がいたからこそ、捕手として大きく成長できた」と話してました。
3年夏の広島県大会決勝では、延長11回表に決勝点となるソロHRを放ちチームの優勝に貢献した。そして甲子園での佐賀北戦この試合が成長の糧となった球史に残る決勝戦
広陵高は8回の時点で佐賀北高から4点のリードを奪い、優勝をほぼ手中にしつつ、
8回に押し出し四球と満塁本塁打を逆転された。球史に残る逆転敗戦の試合だった。
甲子園ではエースの野村祐輔、土生翔平、上本崇司らと共に春は8強、夏は準優勝。
同社大学進学後は1年春よりリーグ戦に出場。4季連続優勝の原動力となる。
2年秋に大学日本代表に選出。正捕手としてベストナイン3度の活躍。
3年春と4年春には全日本大学野球選手権大会に出場するも、
東海大学(菅野智之)九州共立大学(大瀬良大地)にそれぞれ完封負けを喫した。
ドラフト会議前には「1位指名ならプロ入り、2位以下なら日本生命に入社」と宣言した。
ロッテなどが獲得を検討したものの指名球団はなく日本生命に進む。
当時小林は大学卒業後はプロの世界へ行くことを固めていたが・・・
当時小林は大学卒業後はプロの世界へ行くことを固めていたが・・・
小林に苦言を呈した人物がいた、日本生命・花野監督だった。
プレーのひとつひとつが甘いと言われ、プロですぐに通用するようなレベルではなかった。
とはなした。それで1位指名を条件にしたとも言われてます。
日本生命では、自らのプレーの甘さを痛感して、1からやり直す決意をした。
入社一年目から都市対抗野球に出場し、すべての試合でマスクを被った。
2013年は社会人ベストナインを獲得。社会人ナンバーワン捕手として成長した。
(スタイル)
内角を攻める強気なリードと、遠投115メートル、二塁への送球1.9秒の強肩を誇る捕手。
面長で整った顔立ちからドラフト指名時に「イケメン捕手」として話題となった。
野村裕輔投手(広島)の対戦が非常に楽しみです。