「アーチャー!ごめんちょっといいかな」
夕食を作るため食堂へ向かおうと、いささか広すぎると感じるカルデアの廊下を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。マスターの声に廊下を振り返ると、慌ただしく駆けてきた職員の1人が彼にぶつかり派手に書類をぶちまけた後だった。
つい数日前、特異点Fの攻略を行っているマスターの元に私は召喚された。そして泥に飲まれたサーバントが闊歩するあの禍々しい冬木へと足を踏み入れることとなったのだった。行く先で、クラスは違えどかつて戦った青に会い、次はランサーとして呼んでくれというマスターへの言葉共に別れた。
私とキャスターは、新人マスターである彼へのレクチャーで手一杯で、結果的には冬木で互いに言葉を交わすことはほとんどなかった。ただ、ーー理由があったとはいえーー少し眉をひそめてこちらを見たキャスターに、クラスは変わっても彼は彼なのだなと懐かしい思いがしたのだった。その後、特異点Fから帰って直ぐにキャスターが召喚された際には、これはマスターとの縁あってのことなのだろうと深く感心し、穏やかに挨拶をかわした。
そう、とにかく私はケルトの大英雄に対して冷静に接することができていた……はずだった。
「よりによってなんでお前が案内役なんだか」
マスターが私を呼んだ理由は新しく召喚されたサーヴァントにカルデア内を案内して欲しいといったことだった。その新入りというのが、ランサーだったのだ。
「キャスターの君はダヴィンチの手伝いに出ていて、タマモキャットは私に代わって夕飯をこしらえている。他の職員は皆見ての通り忙しいんだ。」
「深刻な人手不足じゃねえか」
「何せ外の世界は消滅したからな」
そりゃあ英霊の手も借りたいわけだ、と忙しない様子の中央管制室見やるランサーに、私はというと酷く困惑していた。私とランサーの関係を知る由もないマスターに非はないのだが、所謂犬猿の仲である私たちが2人きりで静かに歩いているという現状に、頭がついていけていなかった。
「お前さんは何やってるんだ?」
「食事の支度と、マシュ・キリエライト嬢……デミサーヴァントの訓練に付き合っている」
その返答に曖昧な相槌を打ったランサーは、私にさして興味は無いのだろう。会話の糸口として出されたかに聞こえた質問は大したキャッチボールにもならずに終わった。
質問したのは君だと言うのに何だその態度は、と返すことも出来たのだが、このカルデアは広い。喧嘩なぞしていると、時間がいくらあっても足りなくなってしまう。何より私がランサーとの距離感が分からなくなっており、このまま長く会話を続けるのは難しかった。
下層への扉に手をかけながら、小さくため息をついた。
ランサーの調子が悪いと気づいたのは図書室から出てすぐの事だった。案内役としてここまでの案内は大丈夫だったかと聞こうとランサーの方を振りかえると、いつもは爛々と赤く光っていた眼が、少し伏し目がちに影を落としていたのだ。
「調子が悪そうだが、大丈夫か」
「……霊基の調子がちょっとな」
ぱさ、と瞬いたランサーの目に、まつ毛が音を立てるのを聞き、注視し過ぎたかと私は廊下の方を向いた。
「そういうことは早く言いたまえ。すぐに工房へ案内する」
「デミサーヴァントを媒介とした召喚なんて初めてだったからこんなもんなのかと思ったんだよ」
「ふむ、召喚に慣れると先入観が出るということか。それも含めて報告だな」
足取りはしっかりしているランサーの方を見やるとガリガリと頭をかきながらそっぽを向いていた。
「なんでわかったんだ…?」
私はブツブツと独り言を漏らすランサーを見ながら、彼の不調を見破った事にほんの少しだけ優越感を覚えるのだった。