首相番記者が見た高市氏の選挙戦◆討論ドタキャン、「サナ活」
解散から2月8日の投開票まで16日間という戦後最短の日程で行われた第51回衆院選。自民党は定数の3分の2を超える316議席を単独で確保し、高市早苗首相は自ら仕掛けた政治決戦で歴史的大勝を果たした。首相番記者として同行取材を重ねた12日間の選挙戦を振り返る。(時事通信政治部 高士珠季) マイクなしで演説する高市早苗首相=2月2日午後、長野県山形村【時事通信社】 ◆「ハイタッチでお願いします」 「挑戦しない国に未来はない。『素晴らしい国だね』と仰ぎ見られるような日本をつくりたい」。首相は衆院選が公示された1月27日、東京・秋葉原の第一声で聴衆にこう訴えた。午後には福島県と仙台市を遊説した。 街頭演説で、応援に入った有名弁士が聴衆と握手をして回り支持拡大を図る姿はよく見られる光景だ。首相は秋葉原と福島の2会場では握手をしたものの、仙台ではハイタッチに変更。場内に「ハイタッチでお願いします」とのアナウンスが繰り返された。 事情が明らかになったのは2月1日だ。出演を予定していたNHKの討論番組を急きょ欠席。首相はX(旧ツイッター)に「握手をした際、手を強く引っ張られて痛めてしまった」と持病の関節リウマチが悪化したと投稿した。今回の選挙戦で高市氏が握手したのは公示日だけで、徐々に接触自体を控えるようになった。 首相が討論を見送ったことを受け、中道改革連合の野田佳彦共同代表(当時)は「体調が回復したならもう一回やろう」などと反発した。討論の前日、首相は国民生活を直撃している円安について「輸出産業には大チャンス。外為特会の運用がホクホク状態」と口を滑らせた。野党各党は討論で厳しく追及しようと手ぐすね引いていたため、一部で「野党の批判を嫌ってドタキャンした」との見方もあった。 首相は討論番組の時間帯に医務官の治療を受け、その後は予定通り5件の遊説をこなした。手を痛めたとしても、治療と両立できなかったのか疑問は残った。 ◆マイクなしで演説 聴衆との直接的な触れ合いは難しかったが、SNS上での発信は頻繁に行った。Xのフォロワーは石破茂前首相と比べて5倍以上の約275万人(3月5日現在)。その日応援に入った候補者の紹介を毎晩欠かさなかった。 選挙戦中盤では、街頭演説の様子が「バズった」こともあった。2月2日、長野県山形村でのことだ。 会場で急病人が発生。首相はマイクを離し「救急車で搬送先が決まるまでマイクは使えません」と切り出し、時折、両手をメガホンのようにして口元に当てながら5分ほど演説を続け「日本はまだまだ成長できる。日本の経済財政政策を大きく転換します。これを助けてください」と呼び掛けた。 安倍晋三元首相が遊説中に銃撃を受けて死去して以来、警備は格段に厳しくなっている。この日も聴衆の最前列まで数十メートルの距離があり、首相の訴えはほとんど届かなかった可能性がある。 だが、しばらくしてXを確認すると、自分の声で懸命に支援を求めていると映ったのか、首相の対応を称賛するポストが拡散。「こういうとこだと思う。高市さんが支持されるのって。政治家然としていない、やれることをできる限り頑張る。日本を良くできるのは高市さんしかいない」との投稿があった。 ◆横断幕、手作りうちわ 演説会場では、「サナ活」にいそしむ熱狂的な支援者の姿も見られた。サナ活とは、好きなキャラクターやアイドルを応援する「推し活」のように高市氏を応援することだ。 2月5日、佐賀県白石町の会場では「きゃー!高市総理ようこそ佐賀県へ」と書かれた横断幕が最前列を飾った。応援メッセージを記した手作りうちわを持ち込んだ聴衆もおり、さながら人気歌手のライブ会場のような様子だった。移動の途中、新幹線のホームで若者らから「かわいい」「頑張れ」と声援を浴びたこともあった。 首相就任後、愛用するボールペンやバックなどがSNS上で特定され、注文が殺到する現象が起きていた。選挙期間中に高市氏が着用していた白いダウンコートも注目された。こうした「高市人気」が自民党の圧勝に結びついたのは間違いなさそうだ。