WBCでも起きた「スポーツの国際大会が無料で観れない」問題 イギリスは“無料観戦の権利”を法で定めていた! スポーツは公共の文化
サッカーのワールドカップやオリンピックのような世界的スポーツイベントは、いまや巨大なビジネスだ。放映権料は年々高騰し、有料チャンネルやストリーミングサービスが権利を独占するケースも増えている。日本でもワールド・ベースボール・クラシックの中継がネットフリックス独占となったことで、身近な議論になったと言えるだろう。 【画像】WBCでも起きた「スポーツの国際大会が無料で観れない」問題 イギリスは“無料観戦の権利”を法で定めていた! スポーツは公共の文化 だが英国には、こうしたイベントを「誰でも見られるようにするべきだ」という独特の制度がある。 英紙「ガーディアン」によれば、いま英国ではこの制度を拡張するべきかどうかをめぐって、政治的な議論が再燃している。一部の議員が、無料で視聴できるスポーツの範囲を広げるよう政府に求めているという。 この制度は通称「クラウン・ジュエル」と呼ばれている。正式には「指定イベント(listed events)」制度という名称で、国民的な関心が極めて高いスポーツ大会については、有料テレビ放送だけが放映権を独占できないようにする仕組みだ。1991年に当時の内務大臣ケネス・ベイカーが最初のリストを作り、1996年放送法によって法的な枠組みが整えられた。 制度にはカテゴリーAとBの2段階がある。カテゴリーAのイベントは、無料の地上波放送での放映権が保護され、有料チャンネルが独占できない。カテゴリーBは有料チャンネルでの独占生中継が可能だが、地上波でも充分なハイライトや録画放送が提供される必要がある。 現在、カテゴリーAの対象にはサッカーのワールドカップや欧州選手権、オリンピック、テニスのウィンブルドン決勝などが含まれている。これらの大会は、BBCやITVなどの無料放送局でも視聴できる機会が確保されなければならない。 この制度の目的について、英国の通信規制当局オフコムは「国民が最大のスポーツイベントを共に楽しみ、社会的な瞬間を共有できるようにすること」にあると説明している。
スポーツは社会が共有する文化的財産?
制度が生まれた背景には、1990年代の放送市場の変化がある。衛星テレビの普及によって、有料テレビがスポーツ放映権を大量に取得するようになった。もし市場原理に任せれば、人気スポーツは有料チャンネルの独占コンテンツとなり、料金を支払える人だけが観戦できる状況になりかねない。そこで英国政府は、国民的イベントの一部を法律によって保護することにしたのだ。 同紙は「この制度の目的は、有料放送局が放映権を独占するのを防ぐことであり、無料で視聴できる放送局にも妥当な価格で権利を購入する公正な機会を与えることにある」と説明する。 ただし、この制度には構造的な弱点がある。「クラウン・ジュエル」は無料放送を保証する制度ではなく、あくまで公共放送局が「公正かつ合理的な条件で放映権を取得する機会を得た」かどうかを基準にしている。つまり「機会の公平性」を担保しているだけであり、結果として無料で放送されるかどうかは別問題なのだ。 この弱点が露呈した象徴的な事例がクリケットである。イングランドのホーム・テストマッチはもともとカテゴリーAに含まれていた。しかし、イングランド・ウェールズ・クリケット委員会(ECB)は、より高い放映権料を得るためにカテゴリーBへの格下げを交渉し、その後、有料チャンネルのスカイ・スポーツに独占生中継権を売却した。スポーツ団体の側から制度を切り崩す動きが起きたのだ。 オリンピックでも同様の問題が生じている。2015年、国際オリンピック委員会(IOC)は欧州全域のテレビ放映権をディスカバリー社(ユーロスポーツの親会社)に一括で売却した。その結果、BBCが無料で放送できる時間は、リオ大会(2016年)の4500時間から東京大会(2020年)ではわずか350時間へと激減した。 カテゴリーAのイベントであっても、国際的な権利取引の構造の前では、国内の規制が充分に機能しないことが明らかになったのだ。