柄本明(77)が芸歴52年目を迎えた。公開中の映画「レンタル・ファミリー」では、オスカー俳優ブレンダン・フレイザー(57)との共演。「呼ばれたからねえ」と出演依頼を素直に喜び、自然体で臨んだ。かつては、カンヌ最高賞2回の今村昌平監督や笑いの王様、志村けんさんにも「呼ばれた」。言葉の端々に呼ばれ続ける理由がにじんだ。【相原斎】

- 独特な役と存在感で様々な表情を見せる柄本明(撮影・垰建太)
★英語もしゃべる難役
「レンタル・ファミリー」で演じたのは、世の中から忘れ去られつつあるかつての大物俳優。国際的な活動歴から英語はペラペラという設定だ。劇中では、フレイザーとの滑らかな英会話に驚かされる。
「こんなに英語をしゃべったのは初めてですね。(撮影の)1カ月くらい前から、レッスン受けましたけど、ま、コーチの方がいらっしゃったから。へっへっへっ」と、照れ笑いする。
セリフ指導の村松ショーン氏が「柄本さんからは作品への情熱と献身が伝わってきました。撮影中もレッスンを、と頻繁に電話がありましたね」と明かした。
難役を引き受けた理由を「皆さん、なぜこの役を? と聞きますけど、呼ばれたからですよ。お座敷がかからなきゃ、芸者は動くことできませんから。お座敷がかかれば、ハイッといって、そこで踊る。俳優もそういう商売ですから」。
フレイザーとの共演には感じるところがあった。
「(アカデミー主演賞となった)『ホエール』を見て、あぁいいなあ、うまいなあ、と。実際に会うと、大きいです。非常に大きいものを持っていらっしゃる。すーっとその役に入っていく。なんか普通ですよ。普通にやりますよ。やってやろうとか、そういうんじゃない。芝居に入って目を合わせたとき、それは俳優同士の何かだけど、共通したものを感じましたね。ブレンダンも同じものを感じてくれたんじゃないかな。そんなに話したわけじゃないけど、仲良くなれた」

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フレイザーは、かつて共演した英国のシェークスピア俳優イアン・マッケランを思い出した、と柄本の印象を明かしている。
「何しろサー(ナイトを叙勲)が付く人ですから。ちょっと荷が重いなあ」
メガホンは大阪出身のHIKARI監督。デビュー作「37セカンズ」(19年)がベルリン映画祭2冠となった注目株だ。
「バイタリティーにあふれた、にぎやかな大阪のお姉ちゃんですよ。何度も何度もテイクを重ねて、なかなかOKを出しません。もういいかな、と思うときもありましたけど、僕らは監督がOKを出さなきゃ成り立たない仕事ですから。あの熱さ、監督として本当に素晴らしいと思いますよ」
77歳になってもHIKARI監督の熱すぎる演出をしっかり受け止められるのは、28年前の「カンゾー先生」で、今村昌平演出の洗礼を受けたからかもしれない。当初、主演は名優、三国連太郎さんだった。
「三国さんで撮影が始まって、僕は他の役で出ていたんだけど、とにかく三国さんで100テイク。OKが出なかった。(晩年の)イマヘイさんは車椅子にお座りになっていて、『よーい、スタート』のたびに準備が繰り返され、そして、また撮影が止まる。監督はまったく動かない。といっても美声でただ『よーい、スタート』(テノールの声まねで)を繰り返す。いたたまれない。地獄です。スタッフみんな逃げ出したかったんじゃないかな」
三国さんは降板。急きょ主演を担うことになった。
「イマヘイさんはカリスマ。特別なんですよ。最初に『よーい、スタート』を聞いたときは体が動かなくなった。小細工とか全部バレちゃう。あーっ全部この人に裸にされちゃう。恐怖です。実際、動けなくなったのはコンマ何秒だと思うんですけど。だって、カメラは回っているし、頭の中がどうしようとグルグル回っていても、やらなきゃいけないわけですから」
この演技で、日本アカデミー賞など4つの映画賞で主演男優賞を獲得した。

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★本番が恐ろしかった
「志村けんのだいじょうぶだぁ」や「志村けんのバカ殿様」で披露した強烈なボケ役も注目された。挙動不審なサラリーマン、年増の芸者…。志村さんは後に「笑いとかやるには得な顔」と直感的にオファーを出したことを明かしている。
「30代の終わりから40代にかけて呼ばれましたね。志村さんとの仕事が一番怖かったかもしれませんね。あの台本作りは言語を絶するくらいすごかった。何人も(放送)作家さんがいて、それが1人ずつ殺され(ボツにされ)ていく。ほとんど私語はかわしません。おはようございますとお疲れさまだけですね。あとは、ここはこういこうという具合に台本を合わせて本番を待つ。志村さんと僕の間で何かがうまれるだろう、と。だから、本番が恐ろしかった。あるインタビューで読んだんですけど、この仕事をしていなかったら何をしていましたか? と聞かれた志村さんが『そんな根性じゃやってません!』と。そんな風に言えませんよ。普通何か職業をいいますよ。命懸けなんだね。女性は好きだったけど、まず家庭は持てない人ですよ」
プライベートでは渥美清さんにも呼ばれた。
「晩年、笹野高史と3人で年1回か2回会いました。僕が会った人の中では一番カッコ良かった。渥美さんが黙っていれば、こちらも黙っていましたね。あんな方に言葉は掛けられませんから。でも、興が乗ると、昔の芸人さんの話をしてくれるんですよ。悲しい話というか、(寅さんの口調で)あの芸人はな、3畳一間のアパートで押し入れの一升瓶に手を掛けて死んだ…とか。自分は板橋のどぶ板に挟まって死ぬ、なんて言ってましたね」
文字通りの芸能一家。8年前に亡くなった妻の女優、角替和枝さんとの間に3人の子がいる。映画製作に関わる長女かのこさん、長男佑と次男時生は俳優、それぞれの伴侶も女優の安藤サクラとドラマーで女優のほな・いこかだ。
「ウチのおやじとおふくろが家で映画の話しかしないような人で、僕も映画館に通うようになった。ウチの子どもたちにも続いてますね。長女なんて大学のときは(年に)360本ですよ。ウチの映画の本数は(配信等を除いて)映画館でしかカウントしないからね。佑は今でも200本くらい見ているんじゃないかな。(ポルトガルの巨匠)オリヴェイラが好きでね。僕には劇団(東京乾電池)もあるし、(芸能一家になったのも)しょうがないね」

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▼ブレンダン・フレイザー
柄本さんには、マイケル・ケインのような俳優と共通する感覚があります。たとえ天才であっても、ここにいられてうれしい。仕事をもらえて光栄だという気持ちを失わない。謙虚さとプロ意識の証しだと思います。最初に会った時は、25年ほど前に共演したイアン・マッケランのことを思い出しました。イギリスにマッケランがいて、日本には柄本明がいる。
■レンタル・ファミリー
在日7年の売れない米国人俳優(ブレンダン・フレイザー)が、葬儀参列者のかさ増しなどに疑似家族を貸し出すレンタル会社にスカウトされる。少女の父親役や往年のスター俳優(柄本明)を元気づける外国人記者役にしだいにやりがいを覚えるが…。平岳大、山本真理らが出演。
◆柄本明(えもと・あきら)
1948年(昭23)11月3日、東京生まれ。74年自由劇場に参加。そこで知り合ったベンガル、綾田俊樹とともに劇団東京乾電池を結成。98年「カンゾー先生」04年「座頭市」などの映画に出演。91年「太平記」を皮切りにNHK大河ドラマ5作品に出演。「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」シリーズなどで共演した笹野高史とは30年来の親友。19年旭日小綬章。