怪異の爪痕
あのユウカに似た謎の存在をC&C、特異現象捜査部の協力のもと消滅させた後、数日経って暗い顔のミドリがセミナーに申請に来ていた。
「ユウカ…これ、お願いしていい?」
「これは……制服の購入申請?汚したりしたの?」
「……お姉ちゃんが」
実の姉が被害者であるミドリの顔が暗いのは当たり前だとも思っていたが、どうやら訳ありらしい。
ノアにも声をかけて二人でミドリの話を聞く事にした。するとミドリの話ではモモイが自分の制服、一部の私服。そしてあの悍ましい存在に命じられて着ていた「衣装」をまとめて火に焚べたとの事……
ボヤ騒ぎになる前に慌てて火を消して確認をしたが、事前にハサミか何かで切り裂いてもあり、とても着れる状態のは残っていなかったそうだ。
ガタガタと震える姉を抱きしめながら、どうしてそんな事をしたのかと聞けば「もう着たくない」「服がなければあの部屋に行かなくていい」とうわごとの様に繰り返していたと言う。
途中からは泣きながら話していたミドリに温かい飲み物を渡して頭を撫でているノアの二人を見ながらユウカは自身の手から血が滲むのではないかという程握りしめていた。あの怪異のせいでモモイの心には決して浅くない傷が未だに残っている。一つ例をあげるなら…判断力、自分の意思で物事を決めようという力が落ちていた。
実際、事の発覚も最初の頃は出来ていたユウカ本人と怪異の識別が出来なくなって、ユウカ本人に怪異にしてきた様な媚び行為を行った事からである。
自分と同じ姿をしていながらやっている事は口にするのも憚られる事であり、お陰で今なおユウカとモモイが接触する際、一対一では碌な会話も出来ない程にモモイはユウカに怯えていた。
彼女が信頼しているゲーム開発部や、ミレニアム最強のネル、仲の良い友人のマキを挟んでも落ち着くどころか逆に彼女達の様な幼い体つきをしている生徒では「守らなきゃ」という意識が働く様で警戒は強まるばかりだった……
ノアやヒマリ…ウタハの様な歳上で、幼い体つきではない誰かがいる事で漸く少しの会話が出来、本人の負担を考えて一回につき10分という短い時間で済ませている。
そんな状態なのに、ユウカが言ったことは恐ろしい程素直に従う。歯をガチガチと震わせながらも笑顔を作り「ユウカ様」と呼び、絶対に言わないが、恐らく靴を舐めろと言われたら迷わず従ってしまうのだろうと思わせる何かがある。
…そんなモモイが、自分の意思で何かを行う様になった事を喜べれば良かったのに、それで行う行為が自身の服の焼却である事にユウカは歯噛みした。
そうして、ミドリの話で気になった事を一つ問う。
「「あの部屋」っていうのは…?」
「……詳しく、聞けた事はないけど、多分ランドリールームじゃないかなって予想はしてる」
ランドリールーム。意外な場所に思わずノアとユウカは顔を見合わせたが、ミドリは続けて話す。
「最近のお姉ちゃん、ウチでも洗濯機の音が聞こえるの嫌がるんだ…ずっと大きな音で音楽聴いたりして気を逸らしてるし」
「洗濯機の音…?……ちょっと待ってて」
思い当たる節があったユウカとノアは、最近のゲーム開発部の予算のデータを開く。そこには恐らくあの怪異が渡して増えた不自然に増額されている予算と……不透明な使用の痕跡があった。最初こそ、これを何かしらの形で無駄遣いさせられているとユウカ達は踏んでいたが、もし、考えている事が正しいなら……
「ヴェリタスの所に行ってくるわ…学園のカメラに何か映っているかも」
そう話すユウカの顔は険しいままだった。
「…あった」
そうチヒロが呟いた途端に彼女のパソコン周りに人だかりが出来た。モモイと親しいが故にダメージが大きいだろうマキや、悍ましい事をずっと忘れられないノアは部室には来ない様にと話した為に、今ここにいるのは依頼したユウカ。チヒロにハレ、コタマ。ヴェリタスとしてもだが特異現象捜査部としてヒマリも来ており、C&Cからは一番冷静に見れるだろうという事でアカネが来ていた。
「学園内にあるランドリールームの内一つにあったよ。着替えを持ち込むところってのもあって性能は普通の監視カメラしかないけど……ほら」
そうしてチヒロが指差した映像では紙袋を片手にモモイが奴に手を引かれて入ってきたところだった。当たり前だがそのカメラに表示されている時間ユウカはセミナーの仕事で缶詰めだった記録が残ってる為…間違いなくあの偽物である。
自分と同じ顔なのに気持ち悪い笑みを浮かべてモモイに何をするかと思って見ていると……そいつの手にはジュースがあり、それを確実に態とと言える動作でモモイの制服にかけた。
白々しく謝る怪異に、慌てる様子は見せないが死んだ目をしたモモイはそのまま制服に手をかけ始めた。
「ひ…」
「うぇ…っ」
そこからはもう地獄の様な光景が続いた。ニヤニヤしているそいつの前でモモイは紙袋の中に入っていた「衣装」に着替える。その格好で学園内を歩くのは躊躇してしまう様な衣装だった。だがそれ以外の服は無い…正しくは、怪異が汚してしまった。
雑に洗濯機に入れられた制服が洗濯し終えるまで、そいつは衣装を着たモモイに触りセクハラと言える発言を連発。ポーズを撮らせて写真も撮っていた。
手や首筋を舐めた辺りでユウカが画面を殴りそうになるのを全員で止めつつも本心では皆ユウカとモモイに心底同情していた。
少しでも抵抗の気があるとその時着ているモモイの衣装を指差して「ミドリにも似合いそうね」と言うのだからモモイはひたすら従順でいるしかない。愛想を振り撒くしかない。
ゴウンゴウン、と自分の制服を洗っている洗濯機が止まるまで…
ゴウン、ゴウン、ゴウン…という音が鳴り響く間、モモイはへら…と下手くそに笑い続けて屈辱的な行為を耐えていた。
一通り満足したらしい怪異は疲れた様子のモモイに「また私が気に入りそうな衣装を用意できたら予算を上げてあげる」そう言い残して部屋を出るが…廊下の監視カメラに奴は映ってない。文字通り、消えた。
まだ少し洗濯が終わらないらしいモモイは一人ランドリールームに残り、膝を抱えて泣いていた。ジュースで汚れた方がマシな程にアイツの体液でべちゃべちゃにされた衣装を纏ったまま。
……やはり、推測は当たっていた様だ。無駄遣いではなく、怪異に言われて「衣装」を買わされていたのだ。
予算を上げたのにそれを自分達が使いたくもない事に使わされれば普通はその時点で相手にする価値が無いと判断し行動出来ただろう。
だがモモイからすれば自分達の財布の紐を握る相手からの命令であり、何より自分以外の存在を盾に使われてしまうとどうしようもなかったのだろう。これでは逆らいようが無かったのだ。
あまりにお労しいモモイの実情が分かって吐き気がしてくる者も出てくる。
浅くはないなんてものじゃない。問題はあまりに深い。こんなのトラウマになって当然であり、服を燃やそうとして当たり前であった。
恐らく燃やした私服は奴に指定でもされて着たのだろうが……
こんな事ならアイツを消す時にもっと苦しませればよかったなんていう黒い感情が渦巻きながらもユウカは風評被害を受けた自分は棚に上げて一番の被害者であると考えるモモイの、少し生意気だったものの可愛い後輩のケアの為に、奔走を止める事はなかった。