北出栞 siori kitade

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北出栞 siori kitade
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著書『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』(太田出版)|仕事歴 foriio.com/srktd📧 siori.kitade@gmail.com|🏠 ferne-web.com|icon:

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12月に日本映像学会「映像身体論」研究会で行った講演の模様を記事化しました。拙著『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』の内容を発展させつつ、これからのデジタル環境における「言葉」と「イメージ」の関係を考えています。質疑応答パートも充実。ぜひお楽しみください!
卯月コウ「最後……ツイッター最高って言って終わろうか」 周央サンゴ「今、本当にツイッター最高って言えるんですか?」 卯月コウ「じゃあ……逆にサマータイムレコード最高って言おう」 周央サンゴ「じんさんは最高ですからね」 二人「「じんさん最高!! じんさん最高!! じんさん最高!!」」
卯月コウの配信、本当に心にぐっときてしまったな。「冷笑」に対する「熱笑」というカウンター。SNS以後のインターネット空間においてマイナー/サブカルを気取ることの虚しさ。自分が当事者だからというだけでなく、他人をダシにしてポジショントークをすること全般への怒り。
イブラヒム氏の配信すごいな…視聴者参加型企画を開くにあたり「自分の欠点」を送ることがマストとなっており、かなりリアルな人生模様が次々と読まれていく。「推し活」に熱心、みたいなステレオタイプじゃなく、本当に「普通」の、さまざまな市井の人がVTuberリスナーなんだなと
「Twitter」は長らくクリエイティブなコラボレーションの生まれる起点でもあったわけだよ。イーロン・マスクがしたことは、「どんなに絶望的なセンスでも、金を持っているやつが決めたことには従わなきゃいけない」という「美への諦め」で、特に若い世代にその挫折経験を味わわせた罪は大きいと思う。
誰も知らないマイナーな趣味を愛好する分には、居心地の悪さは案外発生しないと思うんだよな。一番居心地の悪さが発生するのは、「好きな人の母数でいえば圧倒的にメジャーなんだけど、大多数の人とは全然異なる角度からそれを面白がっている場合」。
『最終兵器彼女』の核心はやはりこのコマに凝縮されていると思うよ。漫画というメディアでしか不可能な多声的表現。〈私〉が崩壊するその裂け目から表れる、愛とタナトスの臨界点。
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イブラヒム氏の配信のすごいところは、新人ライバーのSNSにツッコミを入れるのも、にじ甲の育成も、今回みたいにリスナーを相手にするのでも全部温度感が変わらないところ。リアル、フィクション、AI、ライバー、リスナーすべてを「キャラクター」として見なす究極のフラット視点。
イブラヒム氏「(ある特性を申告している参加者への対応を見た同じ特性を持つリスナーの「優しさに泣いた」というコメントに対して)なんで泣いてるんだよ。優しいんじゃなくてみんなに平等なだけだろ」まさに。名言だ
イブラヒム氏の「呪力」概念、ネタとして扱われがちだけど発売直後で難度調整もされてない中、それでも配信者としてのプロ意識で弱音を吐かずに頑張る監督陣の姿が今だから言うと痛々しくも見える中、理不尽を理不尽として認めつつ「別のゲーム」を始める一手で、自分は凄く感銘を受けたんだよな。
「身体性」はアーティストにかぎらず誰も正確な意味をとれていない、まさに〈プラスチック・ワード〉の最たるものという感じがする
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やはり「テレビアニメ」は2010年前後が一番面白かった感覚はあって、それは単にノスタルジー的なことではなく、メディア環境的な過渡期にあったからで、その中心に「ノイタミナ」があった気がする。
ヒルマ・アフ・クリント展に行ってきたのだけど、「高次の霊的存在からメッセージを受け取り、それらを自動書記や自動描画によって記録しました。」などと「高次の霊的存在」がまるで自明なものであるかのようなキャプションと、それを真に受けた厳粛げな空間設計、
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「会社員」だと「やりたいことがやれない」というのは論理の取り違えで、「やりたいこと」がない人の集まりでも「何事かをなす」ことができる仕組みが「会社」である、というのが正しいんだと思う。
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正直最近はイーロン・マスク本人よりも、唯々諾々と現在の呼称を受け入れている公式系を中心とした各アカウントに対しての苛立ちのほうが強いかもしれない(だから投稿を少し復活させているところもある)
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多くの人がうっすら思っていて、だけど実際に口にしてしまったらそれもまた冷笑のタネになってしまう。賢い人ほどSNSでは言わないけれど、何かモヤモヤしたものは残るようなこと。それを卯月コウは言ってくれた。自分が今や大メジャーな側に立つ人間である、というある種冷酷な線引きもした上で。
📖初の単著が刊行されます 『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ――デジタルテクノロジーと「切なさ」の編集術』 発売予定日:2024年4月23日 版元:太田出版 予約:amazon.co.jp/dp/4778319265/ ※価格は予価です スマホ・SNS時代の「切なさ」のありかについて〈セカイ系〉をキーワードに探る一冊です!
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卯月コウもこういうことはやるけど、あそこはお便りがもう「芸」の域に達してる人も多いから(それはそれでもちろん面白い)こちらのゴロッとした感じはなかなか新鮮だ…
ティーンエイジャーの間ではすでに、「好きな人の前でしかマスクは外さない」という価値観が生まれていたりするのだろうか。
ジョー・力一さん、めちゃめちゃいいこと言う…「SOUL'd OUTは宇宙や友情とかいったロマンティックな主題について臆面もなく歌っていて、いつ聴いても我々の何十年も先を行っている。“早すぎた”とか“時代が追いついた”とかじゃない」
「54歳女性、娘が箱推ししてるのでにじさんじの皆さんが大好きです」という応募者が。すごい。
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イブラヒム氏の配信すごいな…視聴者参加型企画を開くにあたり「自分の欠点」を送ることがマストとなっており、かなりリアルな人生模様が次々と読まれていく。「推し活」に熱心、みたいなステレオタイプじゃなく、本当に「普通」の、さまざまな市井の人がVTuberリスナーなんだなと
岡﨑乾二郎さんがなんだか凄いことを言っている。「白紙は物質ではないから歪んだり汚れたり、破れたりしない。…しかし、それを白紙であると指定する(電子的な)情報それ自体は汚れたり、歪んだりしてしまう」「むしろ観念こそ物質的であり変形を否めないものだったのだ」
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卯月コウがやろうとしていることって、マスメディア→インターネットという流れの中で美辞麗句のように語られてきた(そして、現在ではおかしな形になってしまった)「双方向性」を部分的に遮断しつつ、お互いに「投げっぱなし」の、でも瞬間的に交わるような空間を作るってことなんだろうなと思う
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その感覚を言葉にするのが、ひと昔前なら「ポップカルチャー批評」と呼ばれていたんだろうけど、現代では単に「水を差す」行為としてしか受容されづらい。黙っていたほうが賢いんだけど、苦しいんだよな。
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ただ、それでも、その上で「ありがとう」という言葉は記しておきたい。「代弁してくれた」という意味ではなく、「この世に必要な言葉をひとつ置いてくれた」という意味で。これは間違いなく「卯月コウ」にしかできなかったことだと思うから。
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この冷酷さをこそ爽やかなものとして受け止めなければいけない。有象無象の我々の第一歩はそこからしか始まらないのだ。今日の配信を視聴して「俺たち/私たちの卯月コウ」が代弁してくれたと思っていては何も始まらない。
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「呪力」概念が生まれてから、監督陣がそれ以前よりも生き生きとし始めたように見えた。イブラヒム氏本人はそんなつもりなかったかもだけど、にじさんじ甲子園2024の影の立役者だと思う。それに「理不尽をゲームに見立てる」ということ自体、自分の実生活にも取り入れられる考え方だと思ったしね。
自分が〈セカイ系〉という既存の言葉に寄りかかって言い当てたつもりになっていた領域を、独自の探究と鍛錬によって具現化していて本当に頭が下がる。残響系や分解系など、2000年代の硬質で怜悧な音楽の記憶も蘇り、4分ほどの単曲ながら広大なアーカイブ性を湛えています。
『ぼくらの』読了した。やはり凄まじい漫画だ……何か糧になるメッセージを汲み取ろうにも、筆致が乾きすぎていて簡単にはそれを許してくれない。画像はそんな作風を象徴するページ。
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本日より公開の実写映画『#秒速5センチメートル』、実は試写で鑑賞しておりまして、近くとある媒体でレビューが上がる予定です。詳しくはそちらを読んでほしいのですが、手短に感想を述べると…同世代の監督による新海誠「初期三部作」の再解釈として、思わず握手したくなる内容でした。
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初単著『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』のカバーデザインを公開! 『いなくなれ、群青』など多数の書籍を手がける川谷康久さんに、装丁と本体の文字組を手がけていただきました。 帯コメントは高橋しんさん、佐々木敦さん、水沢なおさんから頂戴しております! 予約: amazon.co.jp/dp/4778319265/
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