講談社ブルーバックス編集部の森絵美氏が「クルド人から何かを奪われたことがありますか?」とポストし実際に「クルド人から最愛の息子の命を奪われました」という遺族の声が寄せられた。「日本人の命は考慮に値しない」とする「人種思想」とは何か? この対立についてワシ、橋本琴絵が解説する。
一流の出版社の編集者がな、大々的に報道された事故を知らないはずもなく、
本人も「事故自体を知らなかった」と弁明していないため、
この思想は、客観的に「日本人が事故死したとしても、それは命を奪われたことにはならない。何故ならば、日本人であるからだ」ということだと論評できる。
こうした苛烈なレイシズムはどのようにして起きるのじゃろうか。
実は、「国家」という枠組みの中に「諸民族」がいるのは世界中よくあることじゃが、
どの国も「民族」と「国籍」が対立した場合、どちらを優先すべきなのか「忠誠」という概念を導入している。
アメリカなんかそうだよな。
イタリア系、ドイツ系、色々とおるが「アメリカへの忠誠」が「民族」というアイデンティティーよりも優先されることで、国家が維持されている。
でも、日本は長らく単一民族で、「民族」と「国籍」が一致して矛盾がなく、
そのために「忠誠」という概念が一切導入されないまま現在に至る。
これが、失敗なんじゃな。
日本が単一民族だったのは1909年までで(アイヌとかいたが単一民族の概念を覆すほどの人口はなかったため)、
1910年に韓国と併合条約を締結することで「多民族国家」となった。
本来ならば、ここで「国籍と民族」の対立の経験をしているため、「忠誠」という概念を国家的に導入すべきであったが、
日本は忠誠の代わりに「同化政策」というものを採った。
だが、戦争に負けたことでこの同化政策は失敗し、
多数の異民族を国内に抱えたまま「新生日本」が始まり、「忠誠の概念」は置き去りにされた。
そして時がたち、「日本国籍」を合法的に取得した異民族は次第に人口を増やしていった。移民が移民を呼んだ。
決定的だったのは1984年国籍法改正で、今までは「父親が日本人なら日本人国籍」だったが、「母親が日本人なら日本国籍」が追加された。
これがどう問題化というと、
「言語と宗教」つまり民族のアイデンティティーとなる要素は「Y染色体」と連動していることが確認されているわけなんだな。
子どもは、父親の話す言語を習得し、父親が信仰する宗教を信仰する。
なので、「語族」というルーツは、父親から息子がもらうY染色体の移動分布と一致しているわけじゃ。
こうした人類学上の事情を無視して、1984年に国籍法改正がされた結果、
いよいよ「民族と国籍」が一致しない人々の数が増えたわけだな。
「日本国民ならば大和民族」から「日本国民であって民族は多様」となった。
ここにきて、「民族と国籍の対立」という問題を見ないようにして蓋をし続けた結果、現代では深刻な社会分断と対立が生じた。
冒頭で紹介した「人種思想」も、この延長線上に発生しているとワシは考えている。
「民族と国籍」の「民族」には、祖国がちゃんとあるわけだ。
アメリカ国籍のイタリア系に「イタリア」という祖国がちゃんとあるようにな。
そこで、国籍と民族が対立しないように「忠誠」という接着剤を使うわけだな。
アメリカ合衆国法典第8編第1448条で「忠誠」の義務が課されている。
でも、日本はそれが無いまま、国籍取得の拡大や帰化、移民などを受けている。
当然「民族と国籍」の対立が生じたとき、生活史に色濃い「民族」が優先される。
そして、対立と差別の温床となる。
忠誠とは理性の産物だからな。
優れた人は理性があるので国家への忠誠を誓えるが、犬や猫などそもそも理性が無い動物は、忠誠という概念が生まれつき無い。
ギリシャ哲学のプラトンは、ソクラトスとクリトンという農民(ソクラテスの友達)の対話を著作「クリトン」に残しているので、
「国家への忠誠」について、理性はどう作用するか、引用して説明したい。
場面は、ソクラテスが無実の罪で死刑判決を受け、友達のクリトンが牢番を説得して牢獄に侵入し、ソクラテスに脱獄をすすめるシーンじゃな。
自分の全財産を投げうってでもソクラテスを助命したいと申し出るクリトンに対して、ソクラテスは、こういった。
"私たちは国家の法を説得するか、さもなければ従うべきである"
"祖国が命じるものは、殴打・投獄・戦場送りであれ、受忍すべきであり、逃亡や退却や義務の放棄をせず、戦場においても、法廷においても他のどこにおいても国家の命ずる通りに実行することが理性である"(プラトン著作『クリトン』より)
つまり、死刑判決が不当である場合、その不当な判決を下した国家を説得すべきであり、不当な法律に対しては不当であるとの説得もって対応すべきであると説き、
国家の下した死刑判決と、国家が命令した戦場への徴兵は同等の問題であり、一方のみを国家の承諾なしに逸脱することは理性からの逸脱である、と述べ、
クリトンの助命活動(脱獄)に応じなかったわけじゃ。
(「悪法もまた法」という解釈とは違うぞ。悪法ならちゃんと反証して論駁せよ、ということじゃ)
国家とは、家族・職能集団・民族など、人間がこれまで形成してきた集団のさらに上位に位置する、理性の産物じゃ。
なぜ、ほかの動物に国家が無いのか。それは、動物には理性が無いからだな。
人類の歴史は、国家を至上のものとして、これを尊重することで発展してきたわけじゃ。
だからこそ、その国家への「忠誠」がものをいう。
忠誠がなく、国籍と、矮小な「民族意識」を比較して後者の比重を重くしている例が、現代日本には沢山ある。
それは何も民族のみではない。職業や、資産、信仰宗教などで、日本人の集団」は細かくなっている。
だから、ダメなんじゃよ。戦後日本は。
国籍がある以上、それは宗教や民族、職業や学歴、資産を超越する。
国籍こそが尊重されるべきなんじゃ。
それを「人類」という。
だから、国家よりも宗教法が優先されるなんてことは、もう古代ギリシャにも文明の水準が到達していない原始社会なわけ。
ワシが、ウクライナから日本国籍をとったナザレンコさんや、中華人民共和国から日本国籍をとった石平さんに強く好感を覚えるのは、
「忠誠」を自前でしているから。出自よりも忠誠が優先される。
些細な兆候を見逃すな。
日本国籍がありながら、日本国よりも「尊重」する一切を持ち出すものは、「裏切者」じゃ。
裏切者を放置していては、日本国は絶対に発展しない。衰退しかしない。
裏切者の国籍を引きはがす「国家の法」が必要な理由があるんじゃ!
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(速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ)
ワシの書いた「われ、目覚めよ!」は、移民無制限がなぜ国を滅ぼすのか、具体例を挙げて書いた。
是非読んで、日本人として正しい知識をゲットして頂きたい!
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写真はロンパってるワシじゃ。