東京地裁による解散命令から約半年後。2025年10月5日、教団の田中富広会長(当時)の姿が群馬県片品村の山中にあった。教団が持つ「尾瀬霊園」だ。
この日は慰霊祭「神日本聖和祝祭」が開かれ、「解散命令裁判や教団を巡る議論の一側面として」、報道陣に公開された。参加した信者らは約1500人と、教団は発表した。
東京高裁で解散が決まり、清算手続きが始まっても、霊園など不動産についての実際の運用がどうなるかは不明だった。その段階で、田中氏はこの日、報道陣に「祝祭がなくなると信徒は大切な心のネットワークを失う」と訴えた。
「改善示すには」議論の末の謝罪
田中氏はその2カ月後、辞任を表明した。
東京地裁の決定後、教団が社会に訴えようとしたのは「改善」だった。規律を守り、自浄作用のある組織であると社会に示さなければ、裁判で「改善した」と認められない――。教団は昨年10月末、外部弁護士が高額献金の被害補償に対応する「補償委員会」を設置した。被害の期間を問わず、「被害者救済に向き合い、早期解決を図る」と打ち出した。
「改善」を最も訴える手段として選ばれたのが、田中会長の辞任と謝罪だった。
教団内部では「謝罪すべきでない」という意見も強かった。幹部会議が重ねられ、最後まで意見は割れた。
「まだ裁判で戦っているのに、非を認めるべきではない」「被害を訴える人に向き合わず、謝罪を避け続けた結果が、いまの状況だ」
折り合いがつかない中、議論を終始、無言で聞いていた田中氏が口を開いた。「私が謝罪して頭を下げなければ、収拾がつかない」
現実味増す「清算」に焦り
田中氏は昨年12月9日に会…