第285話 特別編:美雪、1年前のバレンタイン

―1年前のバレンタイン・美雪視点―


 昨日はチョコづくりを頑張ったから眠い。エイジといつもの場所で待ち合わせをして、登校する。


 正式に彼氏と彼女の関係になって、初めてのバレンタイン。なんだか、気恥ずかしくてうまく言葉が出てこない。


「寒いね」

 そんな何の変哲もない言葉にエイジは「そうだね」と言って笑っていた。お互いにソワソワしている。今日はもしかしたら何かあるかもしれないとお互いに緊張しているのがわかった。もしかしたら、この手作りの本命チョコレートが呼び水になってしまうかもしれない。


 そうなったらいいな。なんて、はしたない思いを隠しながら、私たちは初心な気持ちでお互いの距離を測りかねていた。


 私は意を決して、立ち止まって「エイジ」と呼び止める。彼は、それを待っていたように立ち止まって優しい笑顔を向けてくれる。その笑顔を見ると、私は彼とずっと一緒にいられるんだという安心感に包まれる。


「これ、チョコレート。今日、バレンタインだから……本命だよ?」

 照れ隠ししながらも、ゆっくりと差し出すとエイジはゆっくりそれを受け取ってくれた。「ありがとう。大事に食べるよ」と言ってくれた。


 ※


 そのあと、エイジと別れて教室に行く。廊下で親友の律とばったり会った。

「さっきの見たよ。随分緊張していたね」

 そうからかわれて、余計に恥ずかしくなる。


「もう、からかわないでよ」


「まったく、青野君は幸せだね。美雪なんて高嶺の花を捕まえてさ。幼馴染じゃなかったら、相手にもされないはずなのにねぇ」

 いつものように少しだけ棘があるようなエイジ評を聞かされてモヤモヤした気持ちになった。でも、律は私のために言ってくれている悪気がない言葉だから、抗議もうまくできない。こうやって、流されやすい自分にほんのりと自己嫌悪を覚えながら、私は愛想笑いでごまかすことにした。


「律は誰かに渡さないの?」

 私は、これ以上、自分の話を深堀すると嫌な気持ちになってしまうとわかっているので、話を変えることにする。律は「ふふ」と不敵に笑った。


 律に彼氏はいないはずだ。誰か好きな人でもできたのだろうか。そういえば、サッカー部の男子が気になると言っていた。


「やっぱり、うちの高校ならサッカー部でしょ。天才と言われている近藤先輩もカッコいいもんね。でね、今日はサッカー部部活お休みらしくて、カラオケに誘われちゃったんだ」

 ちょっとした合コンの真似事かな。たしかに、サッカー部は華やかだけど……なんだか自分と同じところにいる感じがしなくて……


「そうなんだ」

 私は適当な相槌を打ってしまうと、テンションが上がっているのか、律は「美雪も一緒に行く?」と誘われた。


 私がちょっと困ったような顔をしているのがわかったのだろう。

 律は察したように「冗談よ。冗談。そんなに困った顔をしないでよ。でも、残念だなぁ。私だったら近藤先輩とお近づきになれるチャンス、逃さないのに」なんて笑っていた。


 あまりよく知らない人だけど、この一件が私に近藤先輩という存在を強く認識させたのかもしれない。


 バレンタインは特別な日だったはずなのに、かみ合わない1日が始まってしまった。

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