第284話 特別編:バレンタインデーの前日

※昨年のバレンタインSSの前日譚です。作者の活動報告に掲載されています。


―愛視点・2月13日視点―


 部屋の中に、甘いチョコレートの香りが漂っている。今日はセンパイのお誘いも断って、そのまま明日用のチョコレートを作ることにした。


 そういえば……お父さん以外の異性にチョコを渡すのは初めてだ。こうやって手作りのチョコを作るときはいつもお母さんが横にいてくれたな。なんだか、懐かしい。


「いい、愛。お父さんにチョコを渡すのも大切だけど、本当に好きになった人にも真心を込めて渡すのよ。チョコレートをもらって喜ばない男の人なんてなかなかいないんだから」

 そう横で笑っていたお母さんのことを思い出してしまう。

 あの時は自分に好きな人ができるなんて思わなかったから、


 結局、あの事故以来、私がこうしてバレンタインのために台所に立つきっかけがなかったから、こういうのは本当に久しぶりだ。


 テレビからは明日の天気予報が流れてきている。かなり冷え込むらしい。夕方から雪が降るかもしれないと言っている。


「雪が降ってきたら、デートは切り上げてどこかで温かいココアを飲むのもいいな」

 それはたぶんキッチン青野か私の家なんだけどね。

 そういえば、このバレンタインデーの前日は、チョコレートの準備ができるとホットミルクでココアを作ってくれた。懐かしいな。


 去年までの私はこんな些細なことを思い出すだけで泣きそうになるくらい呪いのようで寂しかったのに、今は彼のおかげで、少しだけ寂しいけどそれでもあの楽しかった記憶は、懐かしさを伴った大切な思い出になっていた。


 そして、気づく。私はお母さんたちと楽しかった思い出すら呪いに変えてしまっていたのだと。


 そのどん底から救ってくれたのは、やっぱりセンパイで……私に大切な思い出を取り戻してくれた大恩人で……そして、これからの素敵な思い出を作ってくれる最愛の人で……


 あの時は思いもしなかったな。私がこんなに他の人を好きになるなんて。

 お母さんにもそう言っていたのに……今の私を見たらなんて言うかな。


「会いたいな」

 無理だとわかっているのに、そんな言葉が漏れた。会えたらまず、彼を紹介したい。喜んでくれるだろうな。


 不思議と涙が出てきて、ちょっとだけ休憩する。気分を落ち着かせようとして淹れたお湯で作ったココアを飲む。やっぱり、お母さんが作ってくれたココアを飲みたい。でも、いつも感じていたはずの絶望なんかじゃなくて、そのココアにはこれから続くであろう希望の味がした。


「お母さん、ありがとう」

 優しい空気が私を包んでくれた。

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