第280話 加害者の贖罪

―美雪視点―


 久しぶりにつけたスマホは通知でいっぱいだった。

 ほとんどが、私のせいで処分されることに生徒からの怨嗟の声。


『どうして発端のあんたが生きているのよ』

『お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだ』


 最初は怖いと思っていた。でも、感覚が鈍くなっているのかもしれない。なぜか、それを落ち着いて読むことができる自分にゾッとする。


 そして、怒涛の通知の後で、最後に今日のニュースの速報が流れてくる。

 エイジの史上最年少での文学賞を受賞。やっぱり、これなんだ。エイジの名前は怨嗟の声よりも深く自分の心を揺さぶる。


 まるで呪いのようにすら思える。このあと、エイジには輝かしい未来が待っている。そして、私はそれを何度も目撃することになるのだろう。


 汚い言葉が並んでいるメッセージ欄の中から、一人の名前を見つけて電話を掛けた。何度かのコール音の後で、彼は出てくれた。


「天田か。どうした?」

 彼はいつものように優しい声だった。


「高柳先生……相談したいことがあります」

 私は藁にすがるような気持ちで、彼の言葉を待つ。


「どうした?」

 先生は、それでも私の言葉を優しく待ってくれている。


「もうどうすればいいのかわからないんです。エイジに酷いことをして、みんなの未来も傷つけて、私はどうやって償えばいいのかって」

 自分で答えなんて見つけることはできない。最初は保身のつもりだった。でも、嘘はどんどん大きくなって、制御することすらできなくなってどんどん怖くなって逃げていたらもうどうしようもなくなってしまった。自分が最低だってことはわかっている。


 申し訳ないことをしたっていう気持ちもある。でも、それを償う方法は分からない。エイジに対しては、お母さんが賠償金を払うことになるだろう。私は働いてそれを少しずつ返していくことになるはず。でも、それは償いになるわけがないとも思う。


「天田……もしかして、青野とは会ったのか」

 先生は言葉を濁しながら、続きを促した。


「会っていません。先輩の件がニュースになる前に偶然出会ったけど……『これ以上、嫌いになりたくないから、もう会わない』って言われて……でも、エイジはニュースに出て、文学賞を取って……」

 自分でも何を言っているのかわからない。言葉にもなっていない。

 でも、先生はそれを汲んでくれたみたいだ。


「たしかに、天田と青野の関係は俺が知っているよりもずっと長い。だから、いろんな気持ちがあるのもわかる。天田が青野に何か償いたいという気持ちも理解はできる。そして、大事な存在を失ったという喪失感が想像できないくらいきついものだろう。それは時間が経てば経つほど大きくなる」

 どうして、私の言葉をこんなに理解してくれるんだろうと思う。


「せめて、ちゃんと会って謝りたいんです……」

 これには先生も同意してくれるかもしれない。でも、彼の次の言葉は私の思ったものではなかった。


「天田。俺は反対だ。加害者であるお前が、被害者である青野の気持ちを考えずに行動するべきではないと思うからだ。それはただの自己満足でしかない。青野は少なくともそれを望んでないんだ」

 その言葉に思わず感情的になってしまう。


「じゃあ、私はどうすればいいんですか。どうやったらこの苦しい気持ちを……」

 最初は強い言葉だったのに最後はすがるような声になっていた。


「それでもだよ。加害者の自分が救われるための謝罪の言葉では、被害者は救われないんだ。その苦しみを抱えることも加害者の償いだと思う。そして、それで得られる救いは天田を本当に救ってはくれないと思う」

 

「じゃあ、私は償うこともできないんですか……」

 そう言った後、私は泣き崩れて言葉を発することができなかった。先生はただ私が落ち着くまで、電話を切らずに付き合ってくれた。

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