衛宮さん家の弓兵くんと士郎くんの聖杯戦争 1月初頭~月末
衛宮さん家シリーズ9作目。ここから先、このシリーズの面々によって【第五次聖杯戦争】が始まります。衛宮家の面々はとても仲がいいです。藤ねぇの出番は、ほとんどありません。セイバーのマスターは士郎ではありません。今回は出てきませんが、話が進むうちにオリキャラが複数登場します。ひと先ず、本格的に【聖杯戦争】が始まる前の、プロローグのような話です。成長した結果、そこはかとなく弓士です。
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*** 一月初頭 ***
新しい年を迎えて間もない頃、アーチャーは冬木の町に集まりつつある覚えのある魔力に眉を潜めた。
それは、あの聖杯戦争の始まりを示すものだったから。
いや、より正確に言えば、始まる前兆が現れたと言うべきだろうか?
ともかく、あの災害を呼んだ前回の聖杯戦争から、十年の月日がたった事を示していた。
その事実に気が付いたからこそ、アーチャーの眉間には深く皺が刻まれる。
もう、こんな時期が来たのだと。
まぁ、それでも十年後と言う期限が判っていた分、ある程度の計画を立てて士郎を鍛える事が出来た事は僥倖だと言えるだろうが。
そんな事を考えながら、アーチャーはいつも通り朝食を作り始めた。
衛宮の家の食事は、毎日士郎とアーチャーによる日替わりの当番制だ。
最初のうちこそ、アーチャーの独壇場だったのだが、年を重ねるうちに士郎はアーチャーの料理の技を見て学び、自分も腕を振るいたいと主張したのだ。
もちろん、最初の頃はアーチャーが側に付いての事だったが、次第にメキメキと腕を上げ、中学半ばで日替わり当番と言う事になったのである。
まぁ、その手の技能は「エミヤシロウ」と言う存在に取って、習得して当たり前の代物なのだろう。
苦もなく上達していく士郎の姿に、やはり切っても切れない技能なのだと、嫌な納得をしてしまったものだと、アーチャーは思わず遠い目をしつつも、料理する手は澱みなく動いていく。
やはり、この辺りは無意識レベルまで家事を習得した性だろうか?
それはさておき。
人という器を持ったものの、やはり自分はこの聖杯戦争に参加するマスターの資格は無いらしい。
これだけ聖杯戦争に関わる魔力を感じても、令呪の兆しが身に宿るのを感じないのだから。
やはり、それを得るのは士郎なのだろう。
それは動かし難い時の流れであり、英霊を経たこの身はマスターたる訳にはいかないのだろうと、そう納得しつつも悔しいと思った。
今の自分ならば、セイバーだろうと問題なく使役できるだけの魔力を、この身は保持しているのである。
まぁ、英霊としての保有量に+αなのだから、当たり前の事なのだが。
そう思うと、かつての自分が出来なかったセイバーの本来の力の発揮を、この手でしてやりたいなどと考えてしまうのだ。
しかし、その資格をアーチャーは持っていない以上、無理な願いを持つつもりはなかった。
何より、今の自分には守るべき者がいて。
その守るべき士郎がマスターとなる以上、自分はなれる可能性があるサーヴァントを選択すべきだと、頭の中では既に冷静な判断が下されていた。
何があっても、自分は士郎と共にあり、同じ轍を踏ませない。
それは、十年前のあの時に自らの手で士郎を助けた時に抱いた誓いであり、アーチャーの切なる願いでもあった。
自分と同じ様な道を士郎に歩かせ、言い様のない程の後悔などさせたくないのだ。
その為に必要ならば、アーチャーは自分が傷付く事を厭うつもりは全くない。
だが・・・もし士郎がそれを聞けば、間違いなく怒り狂うだろう。
「自分は、そこまでして守られるのは嫌だ」と。
間違いなくそう言うのは判っていたが、アーチャーはこれに関しては一欠けらも譲るつもりはなかった。
こうして考えると、「エミヤシロウ」とは、やはり歪な在り方をしているのだろう。
それでも……この十年と言う年月は、アーチャーの中で欠けていた何かを完全とは言わずとも埋めるだけのものは有ったし、士郎にも足りなかったものを僅かなりと埋める事が出来たと思っていた。
様々な思いを抱きつつ、アーチャーは手を動かすのを止めずに思考を深めていく。
こんな真似をしていても、決して料理の味付けや手順を失敗しないのは、それだけ熟練した結果だろうか?
長年の積み重ねが、すっかり身体に染み付いて意識をせずとも料理や洗濯を完璧にこなせるのは、良い事なのかちょっとだけ疑問があるが。
少し思考がずれたが、アーチャーは再び聖杯戦争について頭の中でこれからの行動を一つずつ展開していく。
まず、士郎のサーヴァントにはアーチャー自身が当たるつもりだから、セイバーの召喚はさせない方向で考えを纏める事にした。
もちろん、十年と言う時間を今回の聖杯戦争に焦点を当てて調整し、切嗣とアーチャーの二人掛かりで鍛えた士郎が、彼女の維持ができないとは全く考えては居ない。
だが、アーチャーの予想では士郎とセイバーのコンビでは、何かと問題があるような気がするのだ。
それに、「エミヤシロウ」の英霊の座が消失した現在、かつてアーチャーをサーヴァントとして召喚した遠坂凛が、一体どのようなモノを呼び出せるのか、全く予想が付かない。
彼女の元には、自分以外の物を呼び出せるだけの英霊ゆかりの品がないのだから。
その現実が、サーヴァントを召喚する際にどれだけの影響を与えるか、彼女は全く理解していないのだ。
彼女が、その状況下でまともな英霊を引き寄せられるならば、それはまだ良いと言えるだろう。
もし、彼女がギルガメッシュのようなモノを呼び出したら厄介だ。
ならば……やはりこちら側で上手く凛がそれなりの実力を持ちつつ、性格的に問題ない英霊を引く事が出来るように誘導するしかないだろうか?
しかし、その良い方法が今一つ見付からない。
下手にこちらから接触すると、今まで士郎共々直隠しにしていた魔術師だと、彼女にバレてしまう。
聖杯戦争が始まっているならばまだしも、始まるまで時間があるこの時期では、少なくとも時期尚早だった。
出来るならば、問答無用で仲間に引き込めるだけの状況に持って行ければ一番だが、彼女とて一流の魔術師である。
こちら側が魔術師だと聖杯戦争が始まる前にばれてしまった場合、同盟を結ぶ条件に僅かな穴があれば、間違いなく味方に引き込む事が出来ないまま、その存在を取り零してしまうだろう。
アーチャーとしては、出来るならば彼女を敵に回したくはなかった。
かつて、英霊だった頃に呼び出された際、目的を果たそうとして裏切った事もある相手だからこそ、今回は出来るならば敵対したくなかったのだ。
しかし、聖杯戦争が始まってしまえば、そんな事も言っていられないだろう
どんな思いを彼女に対してアーチャーが抱えていたとしても、それはあくまで過去の事なのだ。
もちろん、そんな事はアーチャー自身が一番良く判っていた。
アーチャーが守るべき一番の存在は、マスターとなる士郎なのだから。
何より……今のアーチャーにとって、士郎は失う事など出来ない存在だ。
士郎を守り抜く為にならば、必要だと判断した瞬間に彼女たちを切り捨てる事ができるだろう。
そこまでの自覚があったから、アーチャーは冷静に思考を重ねる。
士郎を誰よりも大切に思う気持ちは、アーチャーの中で何よりも強い。
裏を返せば、士郎を何らかの形で人質にでも取られでもしたら、あっさりと屈して自らの存在と引き換えにして、助ける可能性が高いほどに。
その為、アーチャーは聖杯戦争に関して、より慎重に行動をするつもりでいた。
只でさえ士郎の対魔力は低い。
キャスタークラスでなくても、ある一定の魔力を持つ魔眼をガードのない状態で向けられたりしたら、ほぼ間違いなく相手の手中に落ちるほどに。
その為、普段の士郎には魔力防御と魔力殺しを兼ねたペンダントを身に付けさせていた。
冬場には、さらにあるものを追加するのだが、夏場はそれだけで凌げるだけ力をちゃんと持たせてある。
そして家の防御結界も、単なる侵入者用の索敵機能だけではなく、対魔力防御機能も追加しておいた。
家で寝ているうちに、キャスターに士郎がさらわれたなんて自体に陥ったりしたら、それこそ目も当てられないからだ。
ついでに、身に付けるタイプの物で対魔力のアイテムを早急に用意すべきだろうか?
ただでさえ、お人好しの傾向がある士郎の場合、それくらいの用心をしておかなければ、あっさりと敵の罠に落ちてしまいそうだとアーチャーが思ってしまうのは、多分間違いではないだろう。
それでも、この十年間に経験させた様々な修羅場によって、昔に比べればまだマシになったほうなのだが。
そう士郎の行動を考えると、昔の自分がどれだけ無謀かつ無知だったのだと思い知らされる気がして、アーチャーはつい視線を遠くに彷徨わせてしまった。
昔の自分の、未熟な一面を見せ付けられる事程、羞恥心を煽られるものはないのである。
もちろん、士郎とかつての自分とはかなり違う一面があるだろう。
しかし、それは自分と言う存在が士郎に居る事と、切嗣が生きている事が大きいのだと、アーチャーは思うのだ。
何も無い、僅かな知識のみでがむしゃらに己を鍛えていたアーチャーとは違い、士郎には専門分野を指導してくれるアーチャーと、基本や心構えを教えてくれた切嗣がいる。
この差が、士郎とアーチャーの中で半端でなく大きいのだ。
何より、今の士郎の心の内は完全な「がらんどう」ではない。
かつての自分のような、何をするにしても誰かの為にならなくてはいけないと言う、焦燥感が士郎には少ないとアーチャーは思うのだ。
もちろん、完全にそれが無くなった訳ではないし、最終的に優先するのは自分ではなく他の誰かと言う点は変わってないのだが、それでもアーチャーが昔感じていた程では無いのだろう。
そう思うだけで、アーチャーは「自分がここに居る意味があるのだ」と、本気でそう思えた。
「エミヤシロウ」が無意識のうちに心の中に抱える闇は、かなり大きい。
その理由を、『あの災害で亡くした、家族や親しかったもの全ての命と引き換えに生き残ってしまった』と言う、言い様のないほどの現実の重みが、小さな子供の心を歪めてしまったのだと、口にするだけならばそれこそ容易いだろう。
だが、士郎自身が抱えた傷の深さは致命傷に近いもので。
生きる事を望んだ心と身体の防衛本能が、士郎が負った致命傷となる心の傷の深さを和らげる為に、災害に遭う以前の全ての記憶を消したのである。
その結果、士郎の身体は何とか生き延びたものの、自分の力で乗り越えた訳ではない心の傷は、完全に癒える事がなく。
アーチャーと言う存在によって大きな傷は塞がり掛けては居るものの、塞がった瘡蓋の下では未だにじわじわと膿み続けているのだ。
だが、それもまだ時間を掛けていけば何とかなるものだとアーチャーは思っていた。
それこそ、時間こそが心を癒す為の薬なのだろう。
少しずつ力を付け、全ての人は無理でも色々な人と協力し合って多くの人を救う事が出来るようになれば、瘡蓋の下で膿んでいた傷も本当の意味でゆっくり塞がるはず。
アーチャーに出来る事は、側に居てそれを支えてやる事だけだ。
それに、今更失った十年前以前の記憶はどうする事も出来ない。
自己防衛で記憶を消しただけならば何とかなったかもしれないが、その上で「」に意識せず到達した際に上書きをされてしまったから。
だが、アーチャーはこう思うのだ。
『 記憶を殆ど持たない真っ白な状態で「」に上書きされたから、士郎は無事に生き残れたのではないか 』
と。
あくまで仮定でしかないが、その可能性は非常に高かった。
何より、あの「」まで何事もなく到達できたのも、真っ白だったからだと思えて仕方がない。
そうでなくては、幾ら元英霊で『抑止の守護者』のアーチャーが一緒だったからとは言っても、あそこを何事もなく無事に抜けられるはずが無いのだから。
いや、それを言うならば、アーチャー自身が無事に通れた事も運が良いと言うべきなのだろうか?
幾ら直前まで『抑止の守護者』のカテゴリー内に居たからとは言え、あの時点では既に人の身に転生したような状態の自分は、本来ならば『抑止の守護者』の排除対象として見られても可笑しくないのだから。
そこまで考えた所で、居間の襖が開く音がした。
そのまま中へ入ってくる気配は士郎のもの。
どうやら自分の中で思考を巡らす時間は終了したのだと理解したアーチャーは、そこで一旦今までの思考を放棄したのだった。