前橋地裁「不同意性交等罪」無罪判決 被害者心理を理解せず 判決から見えたもの
3月2日、前橋地裁は「不同意性交等罪」の罪に問われていた福島の復興ボランティア団体の代表に対して「無罪」判決を言い渡した。
私はこの裁判を初回から傍聴しており、判決の内容にはいくつもの疑問を感じた。
この事件は東日本大震災で被災した後、地元(南相馬市)で復興活動をしていた男性が、2024年7月、知人のボランティアの女性に群馬県のホテルで同意なく性行為をしたとして、不同意性交等罪で起訴されていたものだ。
被告の男性は「同意があった」と述べ、起訴内容を否認していた。検察側は「同意なき性交」として懲役6年を求刑。被告は性的行為があったことは認めており、「同意」の有無を焦点に争われていた。
判決を聞いた最初の印象は「この裁判官たちは「不同意性交等罪」について理解できていないのではないか」という疑念である。
「やめてください」との証言を認めず
被害女性は「『やめてください』と言って胸の前で腕をクロスさせて身を守っても、崩された」「何が起こっているのか理解できず、ひどく混乱して、とても怖い気持ちでした」と述べており、明確に「同意があった」ことを否定している。
女性の証言に対して、裁判官は「無罪」の根拠として「被告人と性交をすることに同意しない意思を全うすることが困難な状態にあったと認めるには合理的な疑いが残る」と述べている。
肝要なのは女性が「やめてください」という意思表示をしたにもかかわらず、性的行為が行われたということであり、「同意しない意思を全うすること」ができたかどうかではない。論点がずれている。
「やめてください」と言った女性の証言そのものを否定する根拠も明らかではない。これではその時の録音を提供でもしない限り、被害者の証言は認められないと言っているに等しい。
また裁判官は当時、女性が着ていたワンピースは女性の協力なしには脱がせにくいものであり、「ワンピースにほつれ等が認められないことも踏まえると、A(女性)が腕を上げるなどの被告人に協力するような動作をした可能性が高く、そうだとすると、被告人に抵抗したとするA証言は、上記ワンピースの状況との整合性に乏しいと評価するほかない」と述べたが、女性は「やめてください」と言うだけで精一杯で、物理的に「抵抗した」などとは述べていない。性暴行事件では身がすくんでしまって、命じられた通り自ら衣服を脱ぐこともありうる。
被害者心理を理解しない「合理性」
2023年の刑法改正で「強制性交等罪」は「不同意性交等罪」となっている。従来のように暴行や脅迫の有無や被害者がどの程度抵抗したかが判断の基準となるのではなく、「同意があったかどうか」を中心に性犯罪をとらえ直すことになっている。
加害者と同じ部屋で酒を飲んでいたしても、どのような服装をしていたにせよ、深夜であったとしても、そのことで「性行為に同意した」ことにはならない。
裁判官は「当時25歳で相応の社会人経験を積んでいたAにおいて、いくら復興活動の点で尊敬していた被告人を信頼していたとはいえ、本件客室で二人きりで飲み直しても性的行為をされるとは全く予想していなかったというのは、不自然さを否めない」などとの理由を挙げ、女性の証言は「信用性に乏しいというほかない」と断じている。
判決はほぼすべて被告の証言に沿って展開されており、性的暴行の被害者心理に対してまったく無理解であると言わざるを得ない。
「同意があった」と思われる根拠として、裁判官は「寝込みを襲われた1回目の性交被害時と同じ状況となり、再び性的行為をされる危険が生じてしまうにもかかわらず、2回目の性交被害に遭う前の段階で、被告人と同じベッドで再度眠りについたこと、上記のような状態にある者の行動として合理的な説明をすることが著しく困難である」と述べている。
2次被害、3次被害を生み出す
これは「不同意だったら抵抗して逃げるはずだ」という裁判官の思い込みではないか。性暴行の被害者は自分に起きたことで混乱した状態であり、殊に加害者と社会的な上下関係にある場合は、往々にして抵抗したり、逃げ出したり、「合理的な行動」を取ることがむずかしい、とされている。
事件後、女性が被告に送った「来週の予定も、よろしくお願いします」というメールに関しても「特段関係が悪化していない様子をうかがわせる内容であった」と裁判官は見解を述べている。
性暴行の被害者心理として、事件後、加害者を刺激しないために「順応・迎合行動」をとることもあり、これを「同意の証拠」とするのは誤解であることは性暴行事件では広く知られていることである。
審理に当たった3人の裁判官たち(2人は女性)は「不同意性交等罪」の成立要件を理解しているとはとうてい思えない。決定的に勉強不足である。
判決の内容、論理展開は勇気をもって訴えた被害女性を2重、3重に傷つけ、苦しめている。裁判官の「旧態依然とした意識」で裁かれてはならない。


コメント