DOSで起動して、Windows使う時だけ「Win」「Enter」ってやってたわ。
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Windows3.1を入れても、MS-DOS窓でMS-DOS用アプリやゲーム動かしていた。
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そもそもwindows3.1でも先にdosから起動する必要があるね
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HIMEM.SYS懐かしすぎる
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MS-DOSには、ただのアプリでマウスで操作できるDOSSHELLというのがあったんだよね。
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はい、それでは行きます。「修復不能なアプリケーションエラー」、「一般保護違反」今日を返してくれw
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ワトソン博士っていうヤブ医者がいた時代
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ゆっくり情報科学ちゃんねる
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Plug and Pray 懐かしいな。今では信じられない
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いつも見る度に同窓会のような感覚に襲われる。
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うちのまわりでは「WindowsはVisualShell」って呼ばれてたわ
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ひたすら懐かしい。config.sys等のテクニックが必須で雑誌やムック本でみんな必死で覚えたのは動画のとおりです。 そしてWindows95は確か情報が出だしてベータ版が出て日本語版が発売されるまで1年以上かかったので 「Win95はこんなにすごい!NTはもっとすごい!OS/2もがんばれ!必要なスペックはこれだ!」みたいにPC雑誌ではWin95ネタがずーっと擦り倒されてました。 あと、Win3.1はパソコン通信界隈では「マウスなんか使いにくいわ!俺は一生DOSでいいよ!」というアンチ勢がかなりいました。
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OSと呼べる代物は、カトラーを引き抜いて初めて実現した。
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桜の壁紙に感動した思い出があった・・・それで満足してすぐDOSのアプリに戻ったような
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今はどのメーカーのパソコンでも、誰でも、専門知識なしにボタン押せば使える。現代のデジタルネイティブがみたら寝込むレベルの複雑さ。 そりゃ当時のパソコンは一般人ではマニアしか使わない代物だったのも当然ですね;
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遠い昔に忘れかけていた、古の苦労話を思い出させてくれてありがとう!😆
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「技術的妥協の芸術」という表現、いいですね。 当時のWindowsは見事なポンコツであると同時にコンピューティング発展の強力な推進力として働いていたと思います。
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このゲームっていうのが今でいうエロゲーなんだよ(苦笑)。
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Windows3 11までは(3.11でも)640kbしかないのにグラフィックにメモリ食うなんて許しがたい暴挙だったな。マックとかフェラーリかよってくらい無駄に高いメモリをたかが絵にじゃぶじゃぶ消費しやがってって嫉妬してた。 こっちは日本語FEP動かすのにキチキチのメモリ空けて日本語はROMに追い出してるのに。
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MS-DOSの呪縛とかいう時点でNT3の功績が無視されてる…
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懐かしすぎる😊ほんと今は苦労しなくていいよね😊
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AppleもMicrosoftの両者とも壁にぶつかってゼロからOSを作り上げてるのは凄い
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95はタスクランチャーですからね。 NT4.xから2000にかけて、真のOSが出来上がったと思う。
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config.sysを書くのに、copy con config.sys ってやってました
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日本語Windows3.1に英語版のモジュールを組み込んでネットワーク対応させてた。プリンタ共有できた時は世界が変わったなぁ。
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11:08 一部のゲームは電源ごと起動しないとメモリが足りなかったんだよな。DOS起動時に620KBまで空けた記憶はある
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3.1当時の現役は明らかにおっさんだろ、俺もそうだし。
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今メモリが高騰してるけど16GB買うくらいの価格でEMSボードは2MBくらいしかなかったのだよ。しかもCバスの大きなボード。 何もかもが懐かしい。
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config.sys いじり倒したねえw、しかも、HDDにconfig.sysを変えて立ち上げられる素晴らしいツールまで付いてきた。
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WINDOWS95もハングアップした時などにDOSが見え隠れしてましたね
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OS/2は元々MiclosoftOS/2だった。だからMSーCにはos/2用ライブラリが含まれていた。開発は地獄だったが。PMのwindw数は256個だったから巨大なwindowを作って部分的に表示させたりしてごまかしたり、親windowと子winndowで原点位置が違ったために変換モジュール作ったり。 後、config.sysで読み込めるドライバは64kMAXだよ
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この頃はゲイツも真面目に仕事してたんやな(笑)
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日本でもNECのPC-100でGUIを採用してましたね
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Windows3.1はスタンダードモードでもエンハンストモードでもメモリ管理はしているから、その部分は一応OS。MS-DOSだと先頭の1MBのアドレス空間しか管理できない(それより前にはEMS版とかあったけど)。
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Win95アップグレード対応の3.1プリインストノートPCをオーデイオ街からパソコン街へと変貌した秋葉原で買ったのが最初だった、 汎用機から端末までCUIで動かすシステム開発はコードも専用紙に手書きしてFDに入力して貰ってからコンパイルするという気が遠くなる工程で BtoBの開発が主だった、それでもGUIの自分専用のPCでエディターで開発しただけでも遥かに生産性が向上した、PCのメモリー管理もmemmaker を毎日のようにやって苦労したし、実行環境でもコンベンショナルとの戦いでFD見えのRAMから動的ロードするように640Kを疑似拡張させていた。
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懐かしい限りです。私も当時、会社の日常業務で必要なプログラムを自分たちで作ってた世代・時代もあるので、一層懐かしさを感じます(当社は業界関係ではなく、完全にユーザーサイドでしたが、自分で作らないといけない時代でした)。それ故一生懸命本業以外のPCについても勉強してました😂 ふと思ったのですが、当時の数年間(例えば3年間)と、今の数年間を比べると、技術面やビジネス面でも全くスピード感が違うような気がします。今の3年間の方がはるかに時間の流れがゆっくりしている感じですね。当時は、それぐらい目まぐるしく変化していたような気がする。
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config書いてた人からすると、win95以降は設定が爆増して何してるか分からなくなった。 configやautoexecの呪文の意味が分かっている人間から見ればdos時代は何をしているのかが分かった。 だから「昔は分かりやすかったのになあ」とか思ってしまう。
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「win →enter」懐かしいなぁ
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QEMM386というのもあった。
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PC-9801では有名だったフルカラーボードメーカー「カノープス」、 Windows非対応だったのが辛かった
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config.sysにだったかなemm386.sysの無効化だのmscdexでcd-rom認識させてとか、色々とやって640kBの壁をどう使うかあれこれやった…そんな記憶もなんかボヤけるくらい昔の話ぢゃねー。
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