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またイスラム教の布教に税金から経済的利益を与えた「レイシスト自治体」があらわれた。鹿児島県鹿屋市は、市内にある札元1丁目公民館を「イスラム教の礼拝」に貸し出すという暴挙に出た。なぜこれが「してはだめなの」か、誰にでもわかりやすく、ワシ、橋本琴絵が解説する。 本題に入る前に、今日な、子どもの卒園式じゃった。 でも、卒園式という言葉は排除されていてな、「卒園お祝い会」と表記されていた。 これなんで?  「式」は「神道」の概念なので、区立施設である以上、特定の宗教の概念を助長する式典はできないので「式」という漢字を使用することはできない、 というのがワシが住んでいる東京都港区の考え方じゃ。 これ、ワシはどうかと思うが、まあ厳格すぎる「政教分離」というわけじゃな。 そこで、「政教分離」という概念についてまず説明するぞ。 ①政教分離に違反しないケース 公権力が、特定の宗教を「援助、助長、促進又は圧迫、干渉」してはならない、というものじゃ。 なので、仮に公権力が宗教的概念を利用したり、かかわったとしても、その行為が「援助・助長・促進・圧迫・干渉」に該当しなければ問題ない。 例えば、自衛隊の戦車は90式とか10式とかあるよな。 これはキリストの誕生からカウントした「西暦」という概念を使ったものじゃが、 既に西暦の使用は世間一般で普及し、自衛隊が戦車の名称などにキリスト教の概念を使ったからと言って、キリスト教の援助・助長・促進にはならない。 これは、「慣習」という立場から評価できる。 既にその宗教に関連した行事や概念が「慣習化」しているとき、行政など公権力もその慣習の一部なので、それに従うことは問題ない。 例えば、三重県津市が、体育館の建設に際して神主に工事の安全を祈祷させ、その費用を税金から支払ったことは、「慣習」の範囲であり、神道を援助していることにはならない。 なので、政教分離には違反しないと、最高裁で判断した。(最判昭和52年7月13日民集31巻4号533頁) じゃあ、どうしたら違反なのか。 ②政教分離に違反するケース 沖縄県那覇市に、久米至聖廟といって、儒教の創設者、孔子をたたえる施設があった。 それをわざわざ那覇市内の公園に移築し、那覇市が土地利用料およそ576万円を免除していた。 那覇市の主張によれば、「孔子廟は新築であっても歴史的価値があり、中国共産党を支持する人々の観光にも活用される公共的な施設だ」として、合憲を主張。 しかし、最高裁の判断は「違憲」だったので引用するぞ。 " 祈祷や祈願などの行為が行われる施設に対して、敷地の使用料を全額免除した行為は、市が特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものであって、日本国憲法20条3項に違反する"(最判令和3年2月24日民集第75巻2号29頁) そう、ここに政教分離には二つの要素が判例法理上追加された。 ①祈祷・礼拝という行為が実際に行われていること ②それに公権力が経済的利益を与えること 地鎮祭に祈祷料を支払うのは、慣習だよな。 でも、祈祷・礼拝をおこなう行為に対して公権力が経済的利益を与える慣習はない。 さて、ようやく話を冒頭の「イスラム教の礼拝に公共施設を貸し出す」という行為に戻してみよう。 まず、礼拝である以上宗教活動だよな。 それに公民館とは民間とは違い、税金で建てられているため借りる費用が安い「経済的利益」がある。 鹿児島県鹿屋市が、特定の宗教の活動を助長・促進した言い逃れできない事実がそこにあるわけだ。 最近では、公立学校の学校給食に宗教食を導入する動きがあるが、 これも、毎日宗教弁当をつくらずに済む「経済的利益」を特定の宗教に与えているわけだよな。 あのな、いくら地方だっていっても、地方公務員は、何かわからないことがあったら県庁に聞いて、県庁がわからなかったら「省庁」に聞く、ということをしている。 なので地方行政はうまくやっている。 ところが、こんなトラブルが起きているということは、そもそも地方公務員が上級庁に聞いていない、 または「聞くことが禁止されている」という変な構図が疑われる。 これはワシの空想じゃが、おおかた、特定宗教の教徒たちを「特定技能」としている企業が、 地元の地方議員に陳情して、地方議員が圧力を地方公務員にかけているんじゃろうな。 でないとな、こんなバカなことは起きない。 オウム真理教の布教活動に公民館を貸し出します、え? だって貸しているだけじやないですか、みたいな話なわけ。 馬鹿に過ぎて、馬鹿過ぎて・・・。 日本を守るのは、こうした売国奴を見つけ出し、批判することにある。 どうして、アメリカやイギリスは戦争に強くて、ドイツや日本は戦争に負けたわかるか? 言論の自由があれば、国内にいる「馬鹿」を「馬鹿」だと指摘して浄化作用があるから国は強くなるが、 言論の自由が無いと馬鹿を馬鹿だと批判できず、そのまま馬鹿が居座り、国が弱体化するからじゃ。 日本国には言論の自由がある。特定の宗教の祈祷活動に経済的利益を与えた「史上最大の馬鹿」が鹿児島県鹿屋市じゃ。 馬鹿を馬鹿として指摘し続けることに、意義がある。 みんな! 言葉の力で日本を守ろう! ---------------------------------------- 【あと522人で供託金がたまる!】 ワシの書いた大ヒット作『われ正気か!』がAmazonから読み上げ配信になった! (0円登録・解約自由・速聴可能〕 【0円登録】 ワシの今後の政治資金になるから、下のリンクをクリック→「今すぐ登録する」をクリックして登録→「われ正気か」の検索を頼む! いつでも解約できるので登録だけしてくれたら嬉しい! お願いな! amzn.to/4oNsQT6 (速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ) ワシの書いた「新大東亜戦争肯定論」は、歴史カードをこれ以上外交問題にさせないため、歴史認識の正常化こそ日本復活のカギとなる、という考えで6人産み育てる中で一生懸命書いた。 ぜひ読んで日本人として正しい知識をゲットして頂きたい! amzn.asia/d/05igsshI 既に読んだ人も地元図書館にリクエストして応援してな! この投稿にみんなの意見を聞かせてな! 写真はワシじゃ。
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