渡邉藤男
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| 基本情報 | ||||
| 愛称 |
フーちゃん[1] フジオ[1] | |||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1966年5月7日 | |||
| 没年月日 | 2024年4月28日(57歳没) | |||
| 出身地 | 栃木県 | |||
| 身長 | 174.0cm[1] | |||
| 体重 | 80.0kg[1] | |||
| 縁故選手 | 渡邉伸二(兄)[1] | |||
| 選手情報 | ||||
| 登録番号 | 011347 | |||
| 期別 | 57期[2] | |||
| 脚質 | 追[1] | |||
| 登録地 | ||||
| 1986-2024 | 日本競輪選手会栃木支部[3] | |||
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選手情報 KEIRIN.JP | ||||
| ■最終更新日:2024年12月11日 ■テンプレートを表示 | ||||
渡邉 藤男(わたなべ ふじお、1966年5月7日[1] - 2024年4月28日)は、栃木県出身の競輪選手。現役時代は日本競輪選手会栃木支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期生。兄の渡邉伸二(49期)も元競輪選手。
経歴
[編集]進学校の高校に通っていた頃には自転車をやっていたが、進路を考える時期になると日本体育大学に進学か、料理を好んでいたためその道もと迷っていたが、兄の伸二が競輪選手だったことや、大学で勉強をやりたくないとの考えから競輪学校を受験、合格した[4]。1986年5月1日、岸和田競輪場でデビュー[1][2]。1996年1月4日に大垣競輪場でS級初優勝[1][2]。日本選手権競輪、オールスター競輪、寛仁親王牌、競輪祭などのビッグレースにも出場経験がある[2]。1995年前期から2009年後期までは常時S級に格付けされ、2010年前期にA級へ定期降級、以降は年齢を重ねたことによりS級とA級を行ったり来たりしていた[5][6]。
2024年4月12日午前10時55分頃、栃木県宇都宮市田野町のトレーニング施設「リラクゼーションサロンVent」の低圧室を利用中、従業員の53歳女性が体調不良を訴えたため渡邉が119番通報したが、その後に渡邉が意識を失い、低圧室内で2人とも意識不明で倒れているところを駆け付けた消防隊員が発見、女性は心臓マッサージを受けて意識を取り戻して病院に搬送されが、渡邉は重体で市内の病院に救急搬送、同月28日午後11時頃に低酸素脳症で死亡、57歳没[3][7][8][9][10][11][12]。
事故のあった施設の運営者は競輪選手で渡邉とは練習仲間であり事故当時、現場にいた女性は運営者の妻で、低圧室の操作を長らく担当[13][14]。渡邉は常連客でそれまで200回以上、施設を利用していた[13]。福田滉の話として渡邉はかなり練習を頑張る人だったという[15]。
低圧室などを製造するワールドネットインターナショナルの担当者は正しく使用していればこのような事故は起こらず、同社は販売店や店舗にきちんと監視することを求めているといい、別のあるメーカー担当者は故障や問題があった際、外に1人いれば対応できるとしている[16]。
2024年4月9日の宇都宮FII(ミッドナイト)最終日第3レース7着がラストレースとなった。5月2日、選手登録消除[17]。通算3179戦258勝、優勝10回[2]。
栃木県警は2026年1月14日付で施設を運営していた夫、従業員であった妻を渡邉に対する業務上過失致死容疑で宇都宮地方検察庁に書類送検した[18][19]。容疑は夫は妻に低圧室の設定数値の確認を毎回することを言わず、事故当時は設定を見ないまま妻が稼働させて低圧室内を著しい低酸素状態にさせて渡邉を意識喪失後、死亡させた疑い[18][19]。警察では現場検証や有識者への聞き取りなどを行い、書類送検に至った[18][19]。2人は容疑を認め、妻は調べで「いつもと同じだと思い、確認せずに稼働させてしまった。本当に申し訳ない」などと話している[18][19]。
プレースタイル
[編集]目立つタイプというわけではなく2番手を主張したり競ったりはせずに、3番手や中団を回って直線勝負したり差し脚が切れるタイプで[21][22][20]、武器はゴール前の伸び[2]。
岩井範一は車券戦術上では大切な存在で渡邉はラインをきちんと守り、自らの役割をわかっており位置のないときは2着か3着で必ず車券を買う選手だったとしている[21][22]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h i “渡邉藤男”. KEIRIN.JP (2023年1月3日). 2023年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月12日閲覧。
- ^ a b c d e f “【競輪】渡辺藤男選手が死去 低圧室から搬送され意識不明 通算258勝10Vでビッグ出場も”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2024年4月30日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b “低圧室でトレーニング中に倒れたか、男性競輪選手が意識不明…宇都宮市のトレーニング施設”. 読売新聞 (読売新聞社). (2024年4月12日). オリジナルの2024年4月12日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b 渡邉藤男 (2018). “渡邉藤男さんの取材メモです”. 立野純公式SNS (Interview). Interviewed by 谷友梨子. 2024年5月13日閲覧.
- ^ “渡辺 藤男選手 栃木 A級2班 プロフィール 級班履歴”. エンジョイ. 日刊プロスポーツ新聞社 (n.d.). 2024年12月11日閲覧。
- ^ “【競輪】かつては特別競輪で決勝に進出した渡辺藤男 鋭く伸びて久々の優勝も”. デイリースポーツ (株式会社デイリースポーツ). (2018年4月20日) 2024年12月11日閲覧。
- ^ “低圧室でトレーニング、意識不明だった57歳の競輪選手が死亡 栃木”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2024年4月29日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “低圧室で競輪選手が意識不明の重体 宇都宮の施設で2人搬送 トレーニング中か、宇都宮中央署が経緯調べる”. 下野新聞 (下野新聞社). (2024年4月12日). オリジナルの2024年4月12日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ “重体だった競輪選手男性が死亡…低圧室で意識不明で発見の事故 栃木・宇都宮市”. 日テレNEWS (日本テレビ). (2024年4月29日). オリジナルの2024年4月29日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ “高地トレーニング用カプセルで意識不明の競輪選手が死亡 宇都宮”. テレ朝NEWS (テレビ朝日). (2024年4月29日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “トレーニング施設の低圧室で競輪選手・渡辺藤男さん(57)が意識不明 栃木・宇都宮市”. TBS NEWS DIG (TBSテレビ). (2024年4月12日). オリジナルの2024年4月14日時点におけるアーカイブ。 2026年1月16日閲覧。
- ^ “競輪選手死因は低酸素脳症 栃木、低圧室トレーニングで体調不良”. 産経新聞 (産経新聞社). (2024年4月30日). オリジナルの2024年4月30日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b “「数値設定ミス」原因か 宇都宮の低圧室事故、オーナー男性が見解 競輪選手意識不明”. 下野新聞 (下野新聞社). (2024年4月14日). オリジナルの2024年4月14日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ “アスリートに利用広がる「低圧室」、過去にも死亡例…専門家「その日の体調確認や管理体制徹底を」”. 読売新聞 (読売新聞社). (2024年5月20日) 2026年1月16日閲覧。
- ^ “【久留米競輪(ナイター)FⅠ】重体の渡邉藤男を尊敬する福田滉が中割りでS級復帰1勝”. 西スポレースサイト (西日本新聞社). (2024年4月13日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “メーカー関係者「考えられない事故」 宇都宮・低圧室で競輪選手が意識不明”. 下野新聞 (下野新聞社). (2024年4月13日) 2026年1月16日閲覧。
- ^ “【競輪選手】登録消除者一覧(2024年度)”. netkeirin (ネットドリーマーズ). (2024年5月8日) 2024年5月13日閲覧。
- ^ a b c d “「低圧室」を利用した競輪選手が死亡、経営者と妻を書類送検…設定確認せず著しい低酸素状態にした疑い”. 読売新聞 (読売新聞社). (2026年1月14日) 2026年1月16日閲覧。
- ^ a b c d “低圧室で競輪選手死亡 経営者ら2人を書類送検 宇都宮”. とちぎテレビ (とちぎテレビ). (2026年1月14日) 2026年1月16日閲覧。
- ^ a b “【日本選手権競輪】神山拓弥「藤男さんの前で何度も先行している!」”. netkeirin (ネットドリーマーズ). (2024年5月1日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b “新鮮味とは”. チャリロト. チャリ・ロト (2024年4月20日). 2024年12月11日閲覧。
- ^ a b “ガールズケイリンの課題”. チャリロト. チャリ・ロト (2024年5月8日). 2024年12月11日閲覧。
外部リンク
[編集]- 選手通算成績 - KEIRIN.JP