Stay with me.
Fate/staynightの二次創作SS。
時系列的にはUBWルートEDの後。
士弓さんが主従契約関係にあります。何の変哲もない、弓兵さんが士郎さんを起こしに来て、あれこれ悩んで、結局そのまま一緒に眠ってしまうだけのSSです。 無駄に長いです。
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※BL的表現を含みます。苦手な方、興味の無い方は閲覧されないことを強く強くおすすめします。
【Stay with me.】
深夜一時を過ぎた頃。
冬木市深山町にある、北側の住宅地。
洋館や輸入住宅が多い南側に比べ、昔ながらの日本家屋が立ち並んでいる。
その内の一軒に、『衛宮』と刻まれた表札を下げた屋敷があった。
敷地内の一角、主屋の縁側から中庭を抜けた場所に建てられた土蔵。
月明かりの差し込むその中で、アーチャーは一人嘆息した。
硬い三和土の床に赤銅色の髪をした少年が、作業着姿のままで眠っていたからだ。
アーチャーは、ある儀式のために召喚された使い魔、正確には英霊の分身、サーヴァントである。
その儀式の名を、聖杯戦争という。
究極の願望機である『聖杯』を巡り七騎のサーヴァントが殺し合う、五百年前から続いてきた儀式だ。
儀式の参加者であり、サーヴァントの依代でもあり、彼等が活動するために必要な魔力を提供する存在が、マスターと呼ばれている。
今、足元で寝転ぶ少年こそがこの衛宮邸の家主にしてサーヴァント・アーチャーと契約したマスター、衛宮士郎なのだった。
大方、日課の鍛錬の後、ガラクタの修理をしていて、その作業の途中で寝落ちたのだろう。
部屋に戻っていないことに気付いたアーチャーが様子見に足を向ければ、棚や床いっぱいに溢れているガラクタの山に半ば埋もれる形で眠っている彼を発掘したというわけだ。
放って置いてもよかったのだが、仮に少年が体調を崩し、風邪など引かれた日には、彼の従者であり同居人のアーチャーが看護役を任されることになるはずだ。
同居している以上、最低限の義理として家事のいくつかを士郎と持ち回りで分担している。
その彼がダウンすれば、その全てをこなさなくてはならない上に、看病までするとなると……やれなくはないが、流石に骨が折れるというものだ。
何よりも切実なのは、彼の体力が落ちれば当然サーヴァントであるアーチャーへの魔力供給量にも影響は免れない。
冬木市における五度目の聖杯戦争は既に終結していたが、いつ何時、何が起こるかわからない以上、出来る限りコンディションは万全にしておくべき、というのが当座の方針である。
後々の手間を省くという意味でも、サーヴァントとしてのスペックとパフォーマンスを維持するという意味でも、少年には健康でいてもらわないと困るのだ。
故に、現状での最適解は───
1、今すぐ殴って起こす。
2、主屋まで引きずっていき布団にぶち込む。
───という、二択が出ている。
じゃあ、さっそく叩き起こしてしまおうかと伸ばした手を、不意に止めた。
止めてしまって、いた。
眠っている少年の、聞こえてくる呼吸音や心拍数から、眠りが深いことに気付いたためだ。
顔を覗いてみても、その寝顔は平和そのもので、年相応というには、少し幼い。
緊張の解けた、心の底から安らいだ表情が、胸に迫った。
かなり朧気だが、この頃の自分にそれほどの余裕はなかったように思う。
アーチャーの真名は錬鉄の英雄・エミヤといい、衛宮士郎が未来において英霊化したの姿であり、その人生は孤独で熾烈な道程だった。
そもそも、こんなに安らいで眠れたことがあったのか、なかったのか…擦り切れて摩耗した生前の記憶を辿ってみても、詳細は思い出せなかった。
契約を結んだマスターとサーヴァントの間には、魔術師が使い魔を生み出す際に施す因果線──ラインとも呼ばれる、それと似たパスがある。
そこを通じて魔力を供給したり、お互いの状態を感知することもできるが、副次的な作用としてサーヴァントの生前の記憶が無意識時のマスターへ流れ込むこともあるのだ。
それが上手く遮断出来ているのか、悪夢すらも見ないほど眠りが深いのか、観察した限りマスターがうなされている様子は全く見られない。
馬鹿みたいに元気ですやすやと爆睡している姿には、正直呆れたというか、ほっとしたというか、微妙な気分になった。いっそ、世界の終わりまで眠っていろとも言いたくなる。
そのせいだったのか。
折角こんなに安らいでいるなら、むしろ起こさない方がいいのでは───そんな考えが、首を擡げる。
待て待て待て待て待て待て待て。
今更何を迷う必要がある?
衛宮士郎を相手に遠慮することなどあるまい。
さっさと起こしてしまえばいいのだ、後で面倒なことになるのは目に見えている。
いや、だが、しかし。
何かが邪魔をして、アーチャーを押し留めている。
(………………………………何故だ?)
虚空を睨み、問うてみても、答えなんて返ってはこない。
果たして、どうしたものか。
起こすべきか。
寝かせておくべきか。
構わず、とっとと運んでしまうべきなのか、迷っていると。
「…ぅ…」
自分のものではない、くぐもった声がして、薄ぼんやり開いた琥珀の両眼と視線が合う。
「───…アー、チャー…?」
目つきや声からして、まだ覚醒し切っていないようだ。
首を巡らせ、辺りを見回し、傍らにいるサーヴァントの姿に気付いて、一言。
「…眠れないのか…?」
半人前で未熟者のマスターは相当寝惚けているらしく、寝そべったままそんな見当違いなことを訊いてくる。
サーヴァントは睡眠をとらずとも問題はない。
元より、生者のように眠いから寝るのではなく、魔力の消費を抑えるため活動を制限する手段のひとつに過ぎない。
知っているはずなのに、眠れないのかとはまた、妙なことを聞くものだと思う。
「貴様がいつまでも戻らんから、呼びに来ただけだ。凍死したいのなら別に構わんが」
春の気配が近くなってきたとはいえ、冬木市の夜を舐めてはいけない。年間に数十回の頻度で事例がある無視していい数字では、ない。
マスターとて、それに気付いていないわけではないだろうが、起き上がろうとする様子もない。
代わりに硬い床を叩き、空いている隣のスペースを示す。
何だそれは? 横で寝ろということか? 私に?
同居し始めてからのアーチャーに対する士郎の態度は、非常に軟化したものになっている。
端的に言えば、甘い。
聖杯戦争終結後、士郎はアーチャーとの再契約を独断で実行、衛宮邸へと連れ帰ってきた。
その理由というのは、純然たる好意によるもの。
つまり、アーチャーが好きだということに他ならない。
告白もされたが、返事は保留中だ。
一度は本気で殺されそうになった相手に惚れるなど、どういった神経の図太さだと憮然とするアーチャーに、お前ならそう言うと思ったよと、彼はおかしそうに笑った。
…この時点で即座に断ればよかったと、今では後悔している。
言い訳をするなら、その時の向けられた笑顔が、よくなかった。
アーチャーの知る衛宮士郎のものでは、なかったからだ。
妙に落ち着かなくなって、つい返事し損なってしまったのだ…忌々しいことに。
彼にはその反応が予測済みだったらしく、求めてきたのは告白への返答ではなく、側にいることだけ。
以降、それは胸の奥に仕舞い込まれたまま、現状は恋人でも、家族でもなく、ましてや友人など片腹痛い。
せいぜい、似たもの同士の家主と居候というのが、一番妥当なところだ。
個人的な好意もそうだが、彼にはアーチャーが物凄く傷付いているように見えるらしい(不本意だが)。
元マスターだった遠坂凛も同様、二人して顔を合わせる度によくよく構ってくる。
いい加減にしろと叩きつけてもよかったが、士郎はともかく凛に悲しい顔はさせたくないため、結局出来ないままだ。
向けられる真心や優しさに気づかないわけではないが、そんなに大事にされるほど傷ついているとは思えなかった。
士郎からの好意が、不快なのではない。
目の前の少年は、アーチャーとは異なる世界の衛宮士郎であって、決して同じ結末にはならないと確信しているが…不安は募る。
ここにいる『衛宮士郎』が本来辿るだろう運命を、アーチャーが側にいることによって捻じ曲がってしまうのではないか、と。
だからこそ、安易に答えを返してよいものか、躊躇われるのだ。
───わかっている。
こんな暮らしは、異常だと。
本来なら、役目を終えたサーヴァントは座に還らねばならない。
とっくの昔に、消滅しているはずだった。
現界を続けられているだけでも不遜なこと、望外なことなのだ。
だが、そうだとわかっていても自分から士郎の手を振り払えない…捨てられないでいる。
それくらいには、彼に執着していると認めるのも…吝かではない。
しかし、サーヴァントは死者だ。
彼の思いに報いる何かを返す、そんな持ち合わせなどあるはずもない。
いずれ、そう遠くない内に消滅する日が、くる。
必ず、後悔することに、なる。
叶わない思いに、先のない思いに身を焦がすことの意味が、一体どこにあるのだろう?
いつだったか───契約後、士郎との距離感をはかりかねていた時、凛は言っていた。
最初から見返りなど彼は気にしていない、アーチャーが側にいるだけで充分に叶っているものなのだと。
『今、好きかどうか、それだけの話なのよ』
何とも豪快というか、極端というか、役に立たないアドバイスを賜ったものだが。
ただでさえ常日頃から、好意に鈍感だとか、自分自身のことにはてんで不器用だとか言われ続けている身なのである。
そんな奴が、いきなり結論に行き着くわけもない。
一体誰が、何が、自分に答えをくれるのか───茫漠としている。
何にせよ、かつての自分の辿った末路からすれば、贅沢な悩みには違いなかった。
暫く無言のままでいると、しびれを切らした士郎の声が、袖を引く。
「アーチャー」
命じるのではない、懇願するのでもない、ふにゃふにゃでぽやぽやした何とも言えない間抜けな声だ。
酔っ払いとそう変わらないな。
腑抜けと言ってもいい。
おい。いつもの生真面目さや頑なさはどこに置いてきたんだ?
こんなにも従者を悩ませておいて、全く暢気な主人だと溜息を吐く。
なんとはなしに、周囲を確認した。
ふと、思う。
…もしかしなくても、士郎に対する気持ちを確かめるには、今しかないのでは?
深夜という時刻。
土蔵という密室。
眠たげな士郎と、
意識のハッキリしている自分。
今以上に近い状態というものが自分にとってどんなものなのか、試すのに必要な条件が揃っている。
どうせ今の士郎は眠気でふにゃふにゃのぽやぽやだ、翌朝の起床時には何も覚えてはいまい。たとえ覚えていたとしても、殴って蹴って物理的にどうにかすればいいだけのこと。
かなりアバウトな方策だが、元より英霊でありサーヴァントなので、そんなものを供寝へと誘うマスターが悪いのだ。
そうだ。
そういうことに…しておけ!
全く唐突に、降って湧いたその直感に、アーチャーは従うことにした。
グダグダと考えるのをやめて、少年の隣に横になる。
それを待っていたのか、彼の腕が背中に回り、抱き寄せられた。
「───おい、」
全く、油断も隙もないな。
手の早さに呆れ文句を言おうとする前に、士郎は満足気に瞼を閉じた。
「…おやすみ、アーチャー…」
すぐに静かな寝息を立てて、眠ってしまった。
寝顔は先程と同じく、とても安らかなものだ。
背中に回された腕や掌も、暖かい。
隙間もなく密着した作業着越しに規則正しい心音を、感じる。
それだけのことに、どこか、酷く安堵している自分がいる。
かといって、この気持ちが保留にしたままの告白の返答となるのかは、正直微妙なところだ。まだ、何とも、頼りない気がする。
士郎が好きなのかどうかと問われれば、多少、抵抗を感じなくもないが、まあ、…嫌いでは、ない。
その赤銅色の髪を撫でてみたが、マスターの表情に変化はない。
側にいても、変わらない───それに安堵していたのだと、ようやく気付く。
何もしなくても側に居るだけで、こんなにも彼が安らぐ姿が見られるのならば、悪くは、なかった。
彼に倣い、瞼を閉じる。
次第に意識は微睡む。
体温も呼吸も、一緒に溶けていく。
何の不安も、不満も、不足も、一切なかった。
切ないくらいに、心地よかった。
「───おやすみ、士郎───」
本人に聞こえているのかわからないが、そう囁く。
悪夢も、地獄も、狂気も、見ることのないように、深く深く眠ればいい。
ほんの少しだけ、この瞬間が長く続けばいいと思いながら、アーチャーの意識も眠りへと誘われていった。
【END】