衛宮さん家の弓兵くんと士郎くん 少年期編 初めての料理
衛宮さん家シリーズ4作目。小さな弓兵くんが、小さな士郎に料理を教える話です。もちろん、教えるからには買い物の基本からが弓兵スタイル。(笑)
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初めての料理 ~お買い物編~
衛宮の家の台所を預かるのは、他の誰でもなくアーチャーだ。
この家に引き取られるやいなや、切嗣が家事を殆ど出来ない事を言い当て、「引き取られたのだから代わりに自分が受け持つ」と宣言して以来、小さい身体を器用に動かしてテキパキと家事をこなしていく。
その手際の良さは、とても七歳児の代物ではなくて。
まぁ、元は英霊であり、家事などの経験値はそのまま継承しているらしいので、ある意味おかしくないのだが。
それでも、小さな身体で家事をこなしていく姿は、ある意味シュールだと言えた。
しかし、そう容易くこの家に人をあげる訳にはいかない。
魔術という、他者に秘匿しなくてはいけない事柄がこの家にあると言うこともあったが、それ以上に士郎とアーチャーの二人の中に秘められている『特異性』を偶然にでも知られるような事態になったりしたら、非常に困るからだ。
特に、この冬木の街では、かなり不味い。
なぜなら、この地に根を張っている間桐、いや『マキリ』に知られたら、間違いなく血で血を洗う争いに発展するからだ。
あの家に巣食う蟲の老人の妄執を考えれば、士郎たちの事を知られたらかなり不味い。
士郎たちを拐ってでも、その力を利用しようとするのは間違いないだろうから。
自ら願いを叶えるために必要なら、肉親すら魔術の為の道具として簡単に扱うくらいだ。
そんな男が、赤の他人である士郎たちを自分のために利用する事に対し、僅かでも躊躇いを感じるはずがない。
それが分かっているからこそ、アーチャーは人を家の中に入れさせるつもりはなかったし、切嗣も無理に人を雇おうとは思わなかった。
なにより、外見こそ小さいが家事万能なアーチャーが居るため、不便な所がない事が更にその必要性を感じさせなかったのだ。
一番大変だろうと思われていた買い物も、士郎と二人で手を繋いで仲良く商店街へと行く事で、「親孝行な小さな子供の楽しいお使い」に変化させ、周囲にほのぼのとしたものを振り撒いている。
アーチャー本人としてはかなり不本意な部分も大きいだろうが、そうして子供に擬態している方が色々な意味で問題が少ないから、仕方がないと甘受していると言うのが多分正しいだろうと、切嗣は普段の言動から推察していた。
一緒に買い物に行く士郎は、アーチャーの手伝いが出来る事が嬉しいのか、買い物に行くときは常にニコニコしているので、商店街では小さなアイドルと言っても過言ではないらしい。
しっかり者のお兄ちゃんなアーチャーと、笑顔が可愛い士郎が買い物に来る時間帯は、密かに主婦に人気のある時間帯になっていた。
もちろん、商店街の人々も士郎たちが買い物に来る時間帯になると、値段を下げたり目玉商品を出したりして彼らを待ち構えるのだ。
基本的には無駄なものを買わない賢いお子様な二人だが、お買い得な物があれば食事のメニューを考慮して買って行くからである。
すっかり商店街のアイドルである士郎とアーチャーに、どうせならば自分の店の品物を直接買って欲しいからだ。
彼らがそう考える理由は、とても簡単な事。
普段からニコニコと笑っている士郎の可愛い笑顔を間近で見たいのと、普段はしっかりとまっすぐ人を見るアーチャーが、商品を手渡す瞬間にだけ見せる柔らかな笑顔を間近で見るためである。
士郎の笑顔はまだ見られるが、アーチャーの笑顔は本当に貴重なものだったから、それを引き出す為に商店街の店主たちは様々な手を打つのを惜しまなかった。
その余波で、同じ時間帯に買い物を行えばかなり安く色々な品物を買えると、最近ではこの商店街を利用する主婦たちの間で密かに噂になりつつあるらしい。
それはさておき。
小さな子供の姿では、一度に沢山の荷物を持つ事は難しいから、士郎と二人で持って帰宅可能な量だけ買って帰るようにしている為、殆ど毎日のように商店街に買い物に行く。
道を行く際には、手にしたメモとにらめっこしている(振りをしているだけで内容は暗記している)アーチャーと、手を繋いでニコニコと笑いながら店先の商品を見ている士郎。
行く予定の店は決まっていたが、歩いているだけであちこちの店から声を掛けられてくる。
かけられた声に顔を向ければ、ニコニコと愛想笑いを浮かべた馴染みの魚屋の店主が手招きしてくる。
「今日は、特に活きの良い鯵が入ってるから、夕食は鯵のフライにしたらどうだい?
肉厚で、脂も乗ってとびっきりの鯵だ。
そのまま塩焼きでも良いし、いっそ刺身にしても良い。
今なら一盛り380円で、更に二匹おまけ付きだよ!」
手頃なサイズの鯵が五匹入った笊を見せつつ、「どうだ?」と笑顔で勧めてくる魚屋の店主に、アーチャーは小さく首をかしげ。
「もう一声つくなら考えても良いけど?」
サラッと更なるオマケをねだる。
その際に、ちょっとだけ表情を柔らかくしてやると、店主がオマケをしてくれる可能性が高くなるので、アーチャーは出し惜しみしたりしない。
その結果、希望通り魚屋の店主はアサリを小さな袋に詰め。
「……アチャ坊には敵わねぇな。
それじゃ、このアサリをこれだけ付けて380円でどうだ!」
これ以上は無理だと笑いながら言う魚屋の店主に、ちょっとだけ思案する仕種を見せ。
「それじゃ、鯵の笊を二つ貰う代わりに、そっちの蜆を付けて貰えるならそっちを買うけど?」
隣の蜆の笊を指差しながら、更に交渉を持ち掛けてみるアーチャー。
上目遣いに魚屋の店主の顔を見上げてやれば、あっさりと要求は通った。
「まったく……負けた負けた、持ってけ泥棒!
鯵を二笊と蜆を一笊で780円だ。」
手際良く笊の中身を袋に詰めながら、アーチャーにそう告げる。
見事に交渉を成立させたアーチャーは、満足したかのようにふわりと口元に笑みを浮かべ。
そのまま満面の笑みに変えると、告げられた金額を財布から取り出して魚屋の店主に渡す。
「はい、それじゃこれで。
いつもオマケしてくれてありがとう。」
ちゃんと感謝の言葉を付け加えながら、だめ押しのようにニッコリ笑い掛けると、アーチャーの笑みを見たかった店主はニッコリと満足そうに笑いながら頷き。
「おう、まいど!
またアチャ坊の目に叶う品を仕入れとくから、いつでも来てくれよ?」
機嫌良くアーチャーにそう言うと、軽く片手を振って見送ってくれる。
そこには、他の店に対しての優越感が含まれていたが、アーチャー特に気にせずに士郎の手を引いて次の店へと向かった。
向かった店は八百屋。
活きの良い新鮮な魚を仕入れたので、それに併せた野菜を買いに来たのである。
鯵をフライにするなら、レタスやキャベツでシャキシャキのサラダにするか、温野菜の付け合わせが妥当だし、刺身にするなら、大根でツマをつくるついでに残りをふろふき大根にして、出汁の染みた大根を味噌や芥子でいただくのも悪くない。
その場合、おかずがもう一品と汁物もあった方が良いから、けんちん汁とヒジキの煮付けでも作るか。
あ、夕食のメニューを鯵のフライにする場合も、コーンポタージュかコンソメのスープ、もしくはオニオングラタンスープを作るのも悪くないな。
そんな事を頭の中で考えながら、アーチャーは必要な材料と手持ちの予算を照らし合わせていく。
毎日の買い物に持参するお金は、財布の中に入れている2000円だけだ。
既に780円を使ってしまっているから、残りは半分より僅かに多いだけ。
ならば、野菜購入に使える予算は、精々手持ちの半分程か。
今日は明日の朝食のために、そろそろなくなりそうな卵を買いたいし、牛乳だって買っておきたい。
この二つは、今日買えば3日は買わなくて済む。
買った荷物が少し重たくなるが、まぁこれも日常で出来る鍛錬だと思えば構わないだろう。
そう割りきって、まずこの二つをアーチャーは頭の中の買い物リストに加えた。
士郎には勿論だが、今のアーチャーには子供としての筋力しかない。
年齢を考えれば、筋肉が余りついていないのは当たり前だ。
まだ、今の段階では身体を作る方が重要な時期である。
幾ら元は英霊でも、現在ベースとなるのは子供であるこの姿だ。
その為、身体の筋力も普通の子供と大して変わらない。
勿論、年齢に合わせてそれなりに鍛えているが、まだまだ目指すレベルには先が長い道のりだと、ちゃんとアーチャーは理解していた。
だからこそ日常のありふれた家事をこなして、序でに身体を鍛えるのも悪くないと考えたのである。
ここまで考えた所で、目的の八百屋に辿り着いていた。
「……さて、何が安いかね。」
ヒョイッと店先を覗き込むアーチャーに、嬉しげな笑みを浮かべながら店主が声を掛けてくる。
「お、来たなアチャ坊に士郎坊。
今日は何を買いに来たんだ?
夕飯のメインをもう買ったんなら、それに合わせた野菜を薦めてやるぞ。」
笑いながら、「何が欲しい?」と問い掛けてくる店頭に、アーチャーは少し考え。
「そうだなぁ、今日のメインは鯵にしたので、それにあう付け合わせの野菜を、と考えていたのだけれど、今日のお勧めの野菜は何があるのかな?」
首を軽くかしげながらアーチャーが問えば、店主はさっと今日仕入れた野菜を頭の中に浮かべ。
「そうだな、アチャ坊が作るメニュー次第といった所か。
和食なら大根と人参、蕪を薦めるな。
蕩けるまで煮込んだ大根や蕪は美味いし、人参は色々と使える上に栄養価も高いだろ。」
笑いながら答えてくれた店主に、アーチャーは少し考え。
「では、そのお勧めとジャガイモと胡瓜を加えたら、全部で幾らになる?
値段がこちらの予算以内なら、お勧めを含めて購入するが。」
目線で問うように告げれば、店主はにっこりと笑いながらアーチャーに顔を向け。
「んじゃ、幾らならアチャ坊は買うんだ?
そっちの予算に併せて、野菜の数を調整して包んでやるよ。
それなら、どの野菜も買えるだろ?」
それで駄目かい?と逆に問われ、アーチャーはちょっとだけ首を竦め。
「そうだな……ここで使える予算は、大体300円位かな。
それ以上になると、今日買う予定の牛乳と卵が買えなくなるからな。」
頭の中で弾き出した金額を口にすると、店主は少し考え。
「そうだなぁ……大根が半分に蕪を大きめの物を二つ、人参は一本、ジャガイモは拳大の物が三つに胡瓜を二本って所でどうだい?」
そう提示された野菜の量は、普通三百円で買える代物ではない。
スーパーで買うより安い八百屋でも、かなりオマケをしてくれた価格である。
そう思うと、アーチャーはふわりと満足そうに笑みを零れさせ。
「うん、随分オマケをして貰ったみたいだし、それでお願いします。
だから、おじさんの所で野菜を買うの、やめられないんだよな。」
ちょっとだけ言葉を付け加えると、店主は今上げた野菜以外にヒョイッと小振りの生姜を袋に詰め。
「コイツはオマケだ。
アチャ坊に、凄く嬉しい事を言われちまったからな。
また、何時でも来てくれよ。
安くて新鮮な野菜を、ちゃんと用意しておくからな。」
にこやかな顔と共に、アーチャーから渡された千円で会計を済ませてくれる。
お釣りを受けとると、もう一度だけ柔らかく笑みを浮かべ、士郎を伴って店を後にした。
後は、卵と牛乳を買うだけだが、牛乳は宅配販売をしている店が店頭での小売りもしていたので、そこで買えば良い。
卵も、新鮮なものを安く取り扱っている店があるので、そこまで足を向けることにしよう。
そう決めると、アーチャーは士郎を促して各々の店へと順番に向かうことにした。
今日は士郎に料理を教える予定になっている為に、余りゆっくり買い物をしている時間がないのだから。
こうやって巧みに人の心理を突いて、上手に安く買い物をしていく術を実践することで、士郎に伝授するアーチャーなのだった。
尊さと飯テロが一気にきました…!