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衛宮さん家の弓兵くんと士郎くん 少年期編 衛宮の家に養子に行こう/Novel by 大地

衛宮さん家の弓兵くんと士郎くん 少年期編 衛宮の家に養子に行こう

13,854 character(s)27 mins

衛宮さん家のシリーズ三作目。タイトル通り、弓兵と士郎が切嗣の養子になる話です。シリアスモード全開です。

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浮上した意識に従い、ぼんやりとしたままゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは見覚えのない白い天井だった。

いや、ぼんやりとだけこの天井を覚えている。
この天井は、あの時の、士郎が助けられてから切嗣に引き取られる事になるまで居た、あの病院のものだ。
その事実を思い出した瞬間、俺は慌てて身体を起こして周囲を見渡す。
すると、隣のベッドに士郎が眠っている姿が見えた。
見える限りでは、大した傷も負っていない士郎の姿に、自分にもまだ守る事が出来たのだと、思わず安堵の息を漏らす。
抑止の守護者として、世界に使われる英霊と成り果てて以来、自分に許されたのは最悪の姿態を避ける為に、命を刈り取ることだけ。
こうして誰かを直接救う事など、許されていなかった。
だからこそ、あの場の唯一の生存者である士郎を、この手で助けられたのが嬉しい。
多分、あの時の切嗣も同じ気持ちだったのだろう。

聖杯の吐き出した泥によって、その場にいた人の大半が死に絶えた中、ただ一人でも生きていた士郎を見つけた時は。

一人でも救う事が出来たから、その事実が切嗣の中で救いになった。
今の俺には、その事が良く判る。
だからこそ……隣で眠る小さな士郎が感じているだろう、あの状況下で大勢の人の救いを求める声を見捨て、ただ一人生き残ってしまった事への罪悪感から、無茶な理想を抱え込まないために、俺が気をつけてやらなくては。
そんな事をぼんやりと考えていると、隣で眠る士郎の気配が変化した。
どうやら意識が戻ったらしい。
先程の俺のように、ぼんやりとした視線で天井を見上げると、ゆっくりと周囲を見渡す。
こちらを見た際に、極力意識して笑みを浮かべてやると、しばし目を瞬かせ、驚きに満ちたかのように目を見開いた。
どうやら、あの時の事を覚えているらしい。
まぁ、「」に意識と身体を強制的に攫われた挙句、ありとあらゆる知識をいきなり詰め込むように見せ付けられ、理解しきる前にあの場に再び戻ってくるまで、ほぼ意識が繋がった感じに近かったのだ。

士郎がその事を忘れられていなくても、それは当然かもしれない。

そんな士郎の様子に、ちょっとだけ楽しくなる感覚を覚えながら、俺は右手を差し出した。
「‥‥あの場で、お互いに良く助かったよな。
名前を名乗ってる場合じゃなかったから、名前をお互いに知らないや。
では改めて、はじめまして。
俺の名はアーチャー。
君の名前は何て言うの?」
正直、俺の精神衛生上はかなり苦しかったのだが、怖がらせないように努めて子供らしい口調で問えば、士郎は少し考え。
「んと‥‥はじめまして、アーチャー。
僕の名前は、士郎っていうんだ。
あの時は、僕を助けてくれてありがとう。」
ゆっくりと身体を起こし、俺が差し出した手を握り返しながら、あの時の礼を告げてくる。
だから、俺は笑みを浮かべながら首を振った。
「お礼はいいや。
あの時、俺も君に助けてもらったから、お互い様なんだし。」
心底そう思いながら士郎に告げると、びっくりしたような顔でこちらを見る。
多分、自分は何もしていないと思って居るからだろう。
そんな士郎に、俺はさらに言葉を重ねた。
「あの時‥‥俺は気が付いたらあの場にいた。
そして、ほとんど無傷だったのに、沢山の助けを求める声に何もしてやれなかった。
子供の俺には、瓦礫に埋まったりした人達を助けられる力はなかったから。
あちこち彷徨い歩くうちに、段々生きて逃げ回るのも一人では辛くなってきてたんだ。
そんな時、俺と同じように何とか逃げ延びている、君の姿を見つけたんだ。
動けるのが俺だけじゃないって判った時、俺は決めたんだ。
同じようにまだ動ける君だけは、絶対に一緒に助けるって。
そう‥‥あの時、あの場に負けてしまいそうになってた俺の心を、士郎の存在が助けてくれたんだ。」
真剣な顔でそう言うと、俺は改めて士郎に向けてにっこりと笑みを浮かべた。

そう‥‥人を救うと言う事は、別に命を救うだけじゃない。

命だけ救っても、心が救われていなかったら、その人を本当に救った事にはならないのだ。
昔の俺は、そんな当たり前の事すら気が付かなかった。
いや、最初は心のどこかで判っていたのを、いつの間にか忘れてしまっていたのかも知れないし、「人を救う」と言う意味を履き違えていたのかもしれない。
ただ、あの災害で大勢の人の助けを求める声を無視し、最終的にあの場で一人だけ生き残ってしまったという事実が、酷い歪みとなって人格に影響を与えていたから。

そこに、自分を助けてくれた切継の存在とその在り方、そして彼が果たせなかった理想を叶えると言う思考が重なり、「エミヤシロウ」と言う、極めて歪な存在が完成したのだ。

つまり、この己の原初たる士郎の中に生まれた今の心の傷を、何とか早いうちに癒す事が出来れば、また在り方も変わってくるかもしれない。
もしかしたら、それでも士郎は切嗣のような「正義の味方」目指すかもしれない。
こればかりは、最終的には士郎の心の問題だから、俺にどうにか出来る事じゃないのは理解していた。

それでも‥‥

せめて、人を救うと言う本当の意味を、時間をかけて士郎に教えてやりたい。
それが、他の何よりも士郎の為であり、彼が道を誤らずに居られるだろうから。

俺の言葉に、士郎は何とも言い難い難しい顔をしている。
まだ子供な士郎には、ちょっと難しい内容だったのだろうか。
そんな事を頭の端で考えつつ、俺は真顔になりながら言葉を探す。
「あのさ‥‥人を助けるって言うのは、色々とあるって俺は思うんだ。
今回だって、士郎は何もしていないと思ってるだろうけど、俺からしたらあの酷い災害の中で、立って歩いている自分以外の人に会えたと言うだけで、凄く安心した。
多分、あのまま一人のままだったら、俺は助かるのを諦めていたと思う。
だって‥‥一人のままじゃここが負けて、死んでしまいたくなってたと思うから。
だから、俺は士郎に会えたと言うだけで、ここが助かったんだぞ?」
トンっと自分の胸を叩きながら笑いかける。
そんな俺の言葉に、士郎は信じられないと言った顔をした。
まぁ、判らなくもない。
かつて‥‥そう、まだ英霊を経て今の俺となる前、そうまだ士郎と言う名前しか覚えて居なかったあの時の俺だって、同じ事を言われたら同じ反応を返していただろう。

だが、確かに再びこの地にこの姿で下り立った俺にとって、あの時ただ一人だけだったと言っても、生きていた士郎を助ける事が出来た事が、どれだけ心の救いとなった事か。

それは、助けられた者にしか判らない感覚かもしれない。
だとしても、間違いなく「救われた」と思えたのだから、これは誰にも否定させるつもりはなかった。
「‥‥僕が、アーチャーを助けられたの?
特に、僕が何かをした訳じゃないよ?
‥‥でも‥‥僕がアーチャーに何かしてあげられたなら、凄く嬉しい‥‥」
最初は子供らしい表情すら乏しかった士郎の瞳に、ジワリと涙が浮かんだかと思うと、ポロポロと頬にそれを伝わせる。
そんな士郎の頭を、ベッドから降りた俺は優しく掻き抱くと、宥めるように撫でてやった。
小さな士郎にとって、こうして人と触れ合う温もりがどれだけ大切なことなのか、アーチャーには判っていたから。
しばらく泣き続けた士郎が漸く落ち着いた頃、部屋のドアをノックする音がする。
その音に、俺は切嗣が士郎に会いに来たのだとすぐに察した。

あぁ、このタイミングだったな‥‥

そんな事をぼんやりと考えつつ、切嗣が顔を出すのを待つ。
あの時、士郎を泥から守る事に全力を出し切った俺は、士郎と切嗣の出会いを見ていない。
だから、本音を言えば自分と言う存在がどう扱われるか、判っていないのが怖かった。
でも、このまま切嗣に士郎の事を任せたら、せっかく曲がりかけるのを阻止できそうな状況を駄目にしてしまうかもしれないから。
どんなに切嗣から疑われたとしても、俺は士郎の側に在らねばならない。

この身は、まだ小さな士郎の助けとなってやりたいのだから。

そんな風に覚悟を決めつつ、俺が小さく息を飲みながらドアが開くのを待ち構えていると、士郎にその緊張が移ってしまったらしい。
開いたドアを、無表情ながらもどこと無く怯えを含んだ気配で、士郎は声を出す事なく見詰める。
微妙な緊張を含んだ空気の中、開いたドアから顔を出したのは、やはり切嗣だった。
微妙に張り詰めた空気を感じたのか、ちょっとだけ眉を潜めたものの、切嗣はそれ以上特に気にする様子もなく部屋の中に入ってくると、柔らかい笑みを浮かべながら問い掛けてきた。
「‥‥君が士郎君、だね?
君は、知らないおじさんの家に引き取られるのと、教会の孤児院に引き取られるのとどちらが良い?
もし‥‥君さえ良ければ、叔父さんの子供にならないかな?」
どうだろう?と問う切継に、士郎は少し考える素振りを見せると、こちらに向き直り縋り付いてきた。
そして、小さく呟く。
「‥‥アーチャーも一緒なら‥‥おじさんの家に行く‥‥」
小さな呟きではあったが、はっきりとした自分の意思を示す言葉に、俺はちょっとだけ驚いていた。
まさか、こんな風に士郎がこの時期に自分の意思を見せるなど、俺からしたら予想の範疇外だったからだ。

だが‥‥それが予想外に嬉しくて仕方がないと感じてしまっている自分が居るのも、また事実だった。

今まで、一応自分は部外者になると考えたから、二人のやり取りに口を挟まずにいたのだが、こうなってくるとそういう訳にもいかないだろう。
「‥‥あの、一つ良いだろうか?
あなたの名前は、なんというのですか?
名も知らぬ人に「家にくるか」と言われても、判断に困るでしょう?
それと‥‥あなたが引き取りたいのは、士郎だけなんですよね?」
探るように俺が問えば、かなりびっくりした様子で切嗣は目を瞬かせ。
「あぁ、ゴメン。
僕の名前、名乗るのを忘れていたね。
僕の名前は、衛宮切嗣と言うんだよ、士郎君と‥‥えっと‥‥」
「‥‥アーチャーです」
「‥‥アーチャー君、ね。
とにかく、僕としては士郎君はもちろんだけど、アーチャー君が嫌じゃなければ一緒に引き取りたい。
‥‥あぁ、それなら最初から一緒に話せば良かったかな?
何となくだけど、士郎君が家に来れば、アーチャー君も一緒に来る気がしていてね。
だから、ついうっかりしていたよ。
ゴメンね?」
済まなそうに謝る切嗣の反応に、何となくではあったが俺がどういう存在だったのか、気が付いているのだろうかと、漠然と予想が付いてしまった。
そう、切嗣は俺が受肉した士郎のサーヴァント(実際は違うが)か使い魔の類なのだろうと、半端でない魔力を湛えた俺を見て判断したのだ。
まぁ、アーチャーと名乗ったから、その考えを深める要因になったのかもしれないが。

ぼんやりとそう思いながら、俺は軽く首を竦め。
「いや、そう思ったのも仕方がないから良いです。
俺と士郎は、肌や髪の色が違いところを除けば似ているから、あなたは俺たちが兄弟とか親戚だと思ったんでしょう?
だから、別に俺に言わなかった事は気にしてません。
それと、衛宮さんのところに行くのは構いません。
教会の孤児院に引き取られるよりも、あなたの所に行く方が色々な意味で良さそうだから。」
にっこりと、微妙に意味を含んだように告げると、切嗣の表情が僅かに歪む。
一瞬のそれを確認しつつ、俺はニッコリと笑みを深めた。
「‥‥詳しい話しは、衛宮さんの家でしませんか?
その方が、お互いにとって良いと思いますよ?」
口を指で押さえながら、悪戯っぽく見えるように意識しつつ、それに対する切嗣の様子をきっちり確認する。
やはり、俺の言葉に微妙に反応をしていた。
どうやら、切嗣にいらぬ警戒をさせてしまったようだが、それでも仕方がないだろう。
こちらの事情を話すには、様々な状況がある為にここでは無理だ。
下手に誰かに聞かれでもしたら、正気じゃないと思われた揚げ句、精神病院送りにされかねない内容なのだから。

いや‥‥もしかしたら、切嗣だって本当か疑いかねない。

それくらい、俺のこの身に起きた事が荒唐無稽な内容だと、ちゃんと理解していた。
実際、俺だって他人からそんな話を聞けば、まず本気とは取らないだろうから。
だからこそ、俺は士郎と切嗣の家に養子に入り、その上で全ての事情を話そうと思っていた。
少なくとも、教会の孤児院に引き取られる羽目になりでもしたら、まず間違いなく言峰とギルガメッシュに囚われ、魔力を得るための糧にされた揚げ句、良いように動く手駒にされかねない。

そんな状態など、はっきり言って死んでも御免被りたい事態だ。

何より、俺が孤児院に引き取られるのと言う事態になれば、最悪の場合、士郎まで一緒に来ると言い出しかねないだろう。
士郎が、ギルガメッシュを生かすために、糧として贖われる。
そんな事態にだけは、絶対にさせる訳にはいかなかった。

なぜなら‥‥士郎も俺も「」に触れている為に、一体どんな変化がその身に起きているのか、まだはっきりと把握していないのだから。

そんな気持ちが、無意識の内に表に出ていたのだろうか?
こちらを真っ直ぐ見詰めていた切嗣の表情が、フッと和らぎ。
「‥‥そんな思い詰めた顔をしなくても、今更無かった事にしようなんて言わないよ。
もともと、僕の方から言い出した話だし、ね。
それに、僕の方も君達に色々と話したい事や聞きたい事もあるし。
それじゃ、二人とも家にくるって事で良いのかな?」
念を押す切嗣に対し、俺はすぐに頷いた。
それを見て、士郎も慌てて同意を示すように頷く。
俺たちの返事に、どことなく人懐っこい笑みを浮かべた切嗣は、パンッと軽く手を叩き。
「そうと決まったら、さっそく家に行こうか。
退院に関しては、既に君達の同意があれば構わないって、ちゃんと病院側に許可を貰ってあるし、養子縁組なんかの手続きは色々と話をしてからで良いからね。」
そう言いながら、切嗣はまず士郎の方の退院の支度をしようと、余り無い荷物を纏めにかかる。

しかし、その手際は余り良くなくて。

どう見ても、その様子は片付けているのではなく、広げているようにしか見えないのに、ちょっとだけ首を竦めると、俺は素早く切嗣の手の中から荷物を取り上げた。
「衛宮さんは、俺が渡した荷物を鞄にそのまま詰めて下さい。
俺も士郎もそんなに荷物もないですし、無理に詰め込む必要はないですからね。
ほら、荷物は俺と衛宮さんで片付けるから、先に服を着替えてくれ。
その方が、早く支度ができる。」
てきぱきと切嗣と士郎に指示を飛ばし、荷物の大半を占める着替えの服を畳んでは、鞄に詰め込むように切継に手渡す。
士郎の物が終わると、今度は自分の荷物を纏め始めた。
手際良く片付けていく俺に、士郎は感嘆の目を向けてくるのを感じつつ、着替えを済ませて再びベッドに腰掛ける。
荷物を纏め終わるとそれを待ち構えていた切嗣に手渡し、俺は素早く着替えた。
俺たち二人の支度が終わると、切嗣が笑顔のまま行こうと誘ってくる。
「さぁ、準備も出来たみたいだし、そろそろ行こうか?」
その言葉に促され、俺たちは病室を後にしたのだった。


切嗣に連れられてやって来たのは、士郎にとってははじめてみる広い武家屋敷であり、俺にしては懐かしい思い出の家だった。

英霊になる前の記憶ははっきりしていないが、それでも懐かしさが込み上げる場所であり、この世界に来る数日前まで、数日間過ごした場所でもある。
そう思った途端、凛やセイバー、あの世界の衛宮士郎の事や、答えを得るまでの様々な葛藤や互いの意思のぶつかり合った場所。
最終的な対決こそ、冬木の郊外の森にあるアインツベルンの城で付けたが、ここでの意思の対峙が何度もあったのも事実で。

何にせよ、「エミヤシロウ」の原点となる場所の一つである事には間違いなかった。

そんな、深い感慨と共に屋敷の門を見ていると、今まで俺たちの様子を見ていた切嗣がポンッと軽く肩を叩いて。
「これから、この家が君達の家になるんだ。
ただ広いだけしか取り柄がない家だけど、君達が気に入ってくれると、僕としてはとても嬉しいんだけどね。」
門を開け、二人を家の中に招き入れながら、はにかんだように笑う切嗣の顔を見て、俺は思わず懐かしさが胸を突き上げるのを押さえられなかった。

込み上げた強いものが、そのまま俺の気持ちを高ぶらせ、気が付けば目の前の視界をにじませて。

そんな俺に、切嗣も士郎も驚き慌てながら、それでいてどうして良いのか判らないと行った様子でこちらを見ていた。
「だ、大丈夫かい、アーチャー?
急に泣き出すなんて、一体何があったのかな?」
心配そうに声を掛けてきた切嗣の言葉で、漸く俺は自分が泣いている事に気が付き、思わず目を瞬かせる。
まさか、自分が泣くなど思いも寄らなかったからだ。

やはり、身体が子供まで若返った影響を受けたのだろうか?

ぼんやりとそんなことを考えていると、クイッと袖を引かれるのを感じた。
引かれた袖に、俺がその方向に顔を向ければ、そこにいたのは士郎で。
自分以上に不安に顔を歪め、心配そうにこちらを見ている。
そんな士郎の姿に、なにもかもをあの災害で無くした今の幼い士郎の心は、自分によって辛うじて現状を維持していることを思い出した。

俺が泣き出したことで、只でさえ不安定な士郎を不安にさせてしまったのだろう。

その事実に気が付き、俺は慌てて涙を拭うと士郎の頭を軽く撫で、笑い掛けた。
「ごめん、心配を掛けちゃったな?
俺は、別に悲しくて泣いた訳じゃないんだ。
ただ……この家を見たら、言い様のない懐かしさが込み上げてさ。
気が付いたら、泣いちゃってたんだよ。」
だから、何かが悲しかったんじゃないのだと、士郎を安心させるかのように笑い掛けつつ頭を撫でる。
俺の、出来るだけ意識した口調と優しい手の動きに安心したのだろうか?
士郎の瞳の中から、不安な色が薄れていくのがはっきりと感じられた。
その様子に、俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、黙って俺たちのやり取りを見ている切嗣に視線を向けた。
「……切嗣さん、詳しい話は中でしませんか?
出来るなら、人に聞かれないように人払いの結界がある場所があれば、そこが良いのですが。」
出来るだけ静かで冷静な口調を心掛け、真剣なまなざしでそう切り出せば、切嗣も何かを感じ取ってくれたのだろう。
少しだけ考えたかと思うと、小さく頷き。
「……それなら、僕の部屋が良いかな。
あそこは、色々な意味で安心して眠れるように、相応の守りを付けてあるからね。」
「話が決まったなら、中に入ろう」と促され、俺たちは屋敷とも言うべき家の中に入っていった。

士郎にとっては初めて、俺にとっては久しぶりに入る衛宮の家。

そこには、懐かしさを感じるものが沢山あった。
どうしても懐かしさが押さえられず、俺は家の中に視線を巡らせながらゆっくりと足を進める。
そんな俺を、切嗣が不審げに見ているのも気が付いていたが、どうせ事情を全て話すのだからと、特に気にしない事にした。
隣を歩く士郎も、これだけ広い武家屋敷を歩くのは初めてなのだろう。(確かに、英霊として摩耗した俺にも、この頃の士郎にはそんな記憶はないのだが)
そうして、切嗣の部屋に案内されたのだが、俺は詳しい話をする前にしたい事があった。
「…切嗣さん、俺の事情をお話しする前に、出来たらお茶を淹れたいのですが台所をお借りして良いですか?
これから話す俺の話は長丁場になると思うので、出来たらお茶受けも欲しいくらいなんですけど。」
長い話をするからには、せめて途中で喉を潤せるお茶は欲しい。
そう思っての俺の言葉に、切嗣はちょっとだけ困った顔をした後、こう切り出した。
「お茶は、確か買い置きがあると思うけど、お茶菓子は流石に無いかなぁ。
僕は一人暮らしだったし……あ、でも、もしかしたら……」
何か心当たりがあるのか、小さく苦笑を浮かべ。
「……確か、つい最近までこの家に居た子が居てね。
ある程度自由が聞くように彼女に幾らか与えていたんだけど、そのお金でお菓子を買い置きしていた気がするんだ。
彼女が居た部屋に、多分残っているはず……」
そんな事を言いながら、切嗣はお菓子を探しに行こうとする。
思い出して行動してくれるのはありがたいが、その前に台所の場所を教えて欲しいものだ。
俺は、一応この家に入るのは初めてって事になってるんだから。
そんな事を思いながら、俺は慌てて切嗣を呼び止めた。

本当は熟知している、台所の場所を聞くために。

お菓子を探しに行く前に、先に案内してくれた切嗣に一言礼を言うとお茶の支度を始めた。
薬缶を見つけて湯を沸かす支度をすると、湯が沸くまでの間に急須と湯飲みを出す。
茶葉を探そうと棚に視線を向ければ、そこには一緒に付いてきていた士郎が居て、引き出しをあちこち開けて何かを探している。
多分、俺の手間を省くために茶葉を探してくれているのだろう。
そう思って見守っていると、探し出した茶葉を片手に士郎はこちらに来た。
「はい、アーチャー。
お茶を淹れるのには、これが要るんだよね?」
笑顔で差し出され、俺は「良く出来ました」と士郎の頭を撫でてやる。
すると、ふわりと嬉しげな笑みを浮かべる士郎。
端から見ていて、微笑ましいだろう行動をしつつ、俺は自分の中の変化にちょっとだけ戸惑いを感じた。

まさか、「衛宮士郎」を目の前にしてこれ程穏やかで居られた上に、保護欲に駆られるなど思っても居なかったからだ。

だが……悪い変化ではないと思うのだ。
これも、あの時「答え」を得る事が出来たことと、その後の変化が大きいのだろう。
特に、英霊の座の消失と本体との融合、そしてこの姿への変質がもたらした変化は大きい。

あの、永遠に続くと思われた連鎖の輪から開放された事からの、意識の変化は自分でも驚くほどの物なのだから。

だが、それも悪くないと思っている自分が居る事も、俺は把握していた。
いや……むしろ今の士郎を俺のように間違った方向に進まないよう、手助けしてやりたいと思う。
もちろん、士郎がこれから「正義の味方」を目指す可能性が高いことも、俺は理解していた。
しかし、破綻した理想だけでは、俺と同じ道を辿るだけだろう。

だか……、俺は「全てを一人で救おうとする正義の味方」ではなく、「誰かと助け合い多くの人を救う、正義の味方」になるように導いていきたい。

そんな事を頭の端で考えながら、慣れた手付きでてきぱきとお茶の支度を進めていく。
士郎が手伝いたそうにしていたから、切継の用意してくれて居るだろうお茶菓子用の器を出してもらったり、台拭きをぬらしてもらったり。
二人で仲良く支度を済ませると、それぞれお盆に乗せて運ぶ事にした。
湯飲みと急須は俺が、菓子用の器と台拭きは士郎が運ぶ。
先に案内されていたから、迷う事なく俺たちは切継の部屋に向かった。
 
切嗣の部屋は、昔の俺の部屋よりは物があったものの、それでも私物は余り無い方で、どこと無く殺風景に見える。
それでも、小さなテーブルはあったので、まず台拭きで綺麗に台を拭いて急須や湯飲みを置き、最後に茶菓子用の器を真ん中に置く。
これで、後は切嗣が戻ってくるのを待つばかりとなった。

切嗣は物を探すのが苦手だったから、戻ってくるまでもうしばらく掛かるだろう。

そう思っていると、隣に座っていた士郎が不安そうに手を握ってきた。
握ってきた手が、怯えるように震えている。
そんな士郎の様子に、俺はどうしたものかと思案を巡らせた。
今の士郎の不安の原因は、間違いなく俺と切嗣のやり取りと先程の俺の反応だろう。
特に、俺がこの家に来た時点で泣いた一件が、士郎の不安を煽ったのだと判るだけに、俺としては悪い事をしたと思うのだ。
それでなくても、全てを無くして自分の記憶すらまともに無い状態の士郎が、唯一心を許しているのは俺だけなのである。
今の士郎は、俺が居なくなるような状況になれば、間違いなく士郎はゆっくりと崩れていくだろう。
それがあからさまに判るだけに、不用意な言動は出来ないだろうと、俺は言葉を探した。
「……そんなに不安がらないでくれないかな?
士郎が不安になる事なんて、一つもないんだぞ?
さっき、俺が急に泣き出した事に付いてだって、切嗣さんが来たらちゃんと話すつもりだし。
とにかく、俺は何かこの身に起きない限り、士郎と一緒に居るから。
だから、士郎は安心して良いんだ。」
優しく頭を撫でながら士郎に諭すように告げれば、僅かに不安の色が薄れ。
僅かながらに士郎が落ち着きを取り戻したところで、茶菓子を探していた切嗣が戻ってきた。
「待たせちゃったかな?
色々と探したら、こんなものが出てきたんだけど、これで良いかな?」
差し出されたのは、大きな煎餅のお徳用袋。
それを受け取ると、俺は袋を開けてザラザラと中身を菓子用の器に移す。
「ありがとう。
これで支度が出来たから、一息ついたら話をしますね?」
それぞれにお茶の入った湯飲みを渡すと、俺は自分の湯飲みを手に取り茶を啜る。
どちらかと言えば熱めに淹れたお茶は、俺の意識を落ち着ける役目を果たしてくれたようだ。
そうして、熱めのお茶をゆっくりと飲む事で一息ついて気を落ち着けると、俺は軽く息を吐く。
お茶を飲んで一息入れた事で自身が落ち着いたと判断すると、ゆっくりと口を開いた。

「俺の素姓に付いてだが……切嗣さんはある程度予想が付いてるみたいだから、はっきり言います。
俺は……あの場に来る直前まで、英霊と呼ばれる存在でした。
この先の未来に起こる聖杯戦争に呼び出され、その最中に無くしていた答えを見出だす事が叶いました。
その結果なのか、全てが終わり座に戻ろうとしたら、俺の座が消失していたのです。
突如座がなくなり、どうして良いのか判らず困惑した瞬間、座にあった本体の意識が俺の中に融合し、あの場に落ちたのです。
しかも、それまでの英霊だった時の姿ではなく、今のこの姿で受肉した状態になり、持っていた力も魔力的な一面を除き、肉体に合わせて弱体化してしまいました。
その為、あの地獄のような状況下で、俺にはほとんど何も出来なかった。
本来の姿と力があれば、救う事が出来たものも沢山居たのに。
その事が俺の中を苛む中、俺の前に辛うじて自力で歩く士郎を見付けたのです。
一目見ただけで、俺の身体は迷う事なく士郎を助けに走りました。
一人でも助けられるなら、この手で助けたかったから。」
静かに語る俺の言葉に、切嗣は予想から外れていなかったものの、想像以上の内容に驚きを隠せなかった。
士郎に至っては、理解がいまいち仕切れない内容に、目を白黒させている。
「……なるほど。
だから、君には肉体があったんだね。
でも、どうしてあの場に出現したりしたんだろう?
座が消失した事も不思議だけど、それ以上に何の縁も無いはずのあの場に出るなんて、何かおかしくないかな?
これが、君が呼び出された時代の聖杯戦争後の世界であるなら、まだ有り得ることだと納得もするけどね。」
切嗣の鋭い指摘に、俺は思わず小さく首を竦めた。
予想が付いていた指摘だったから、俺は別段焦ったりはしない。
むしろ、それがなかったらどう話すべきか、迷ったくらいだ。
だから、冷静な顔で説明を続けた。
「それに付いても、ちゃんとした理由があります。
俺には、あの場に何よりも縁がある。
なぜなら、地獄のようなあの場こそ、俺にとって原初とも言うべき場所。
人として幼い頃のすべてを失い、未来で英霊となるがらんどうの俺の、新たなる個が生まれた場所。
俺の真名は「エミヤシロウ」。
そう、この目の前に居る幼い士郎の未来の可能性の一つであり、平行世界で「正義の味方」目指した果てに「英霊エミヤ」に至ったもの。
だから……俺は、座が消失した際に始まりの場所たるここへ飛ばされたのだと、そう推察しています。」
そこで言葉を切ると、二人の様子を見る。
内容が内容なだけに、受け入れられない可能性がある事にも、俺はちゃんと気が付いていた。

普通ならば、有り得ない状況なのだから。 

それでも、出来るならば信じて受け入れて欲しい。
もし、彼らに受け入れられずに拒否されてしまったら、自分を保っていられないだろう。
それが、今の俺の正直な気持ちだった。

しばらくの間、その場には沈黙が落ちる。
多分、切嗣も士郎もこの状況をどうして良いのか判断に迷ってしまったのだろう。
実際問題、余りに荒唐無稽な内容だった事は自覚している。
これが、もし何も魔術に関わっていない相手だったら、こんな風に自分の状況を話しても到底信じて貰えないどころか、『やはりあの火災でどこか狂ってしまったのではないか?』と、疑われてしまうだけだっただろう。

その点では、切嗣が魔術師で良かったと思う。

少なくとも、俺が知る通りの魔術師ならぬ魔術使いを選んだ切嗣ならば、俺と士郎をこのまま放置しておけない事にも、今の話で気が付いたはずだ。
俺は、この目の前の士郎の『可能性の一つ』だと名乗ったのだ。
つまり、士郎は『英霊』に到達する可能性を持った者。
ならば……このまま放置する事による危険性がどれだけのものなのかも、大体ではあっても想像が可能なはず。

最悪、士郎の保護は切嗣がしてくれるだろう。
唯……このままで行けば切嗣の寿命が5年ほどしか残っていない事が、かなり不安な材料になるかもしれないが。

そんな風に、俺が自分の思考の中に嵌り込んでいると、ゆっくりと誰かが俺の手を握ってくるのを感じ、ハッと意識を戻す。
すると、今まで黙って話を聞いていた士郎が、不安そうに瞳を揺らしながら俺の手をキュッと握り締めていた。
「……アーチャーは、俺の未来の姿の一つなの?
だったら、俺とアーチャーは一緒に居られる?
それとも……一緒に居ちゃ駄目なの?
俺、一緒に居ても良いなら、ずっとアーチャーと一緒に居たい。
だって、さっきアーチャーは俺と一緒に居てくれるって約束してくれたじゃないか。
なのに……約束、破るのか?」
上目遣いでこちらを見てくる士郎の真っ直ぐな瞳に、俺は胸が痛くなる。
士郎の言葉は、ある意味当然のものだ。
約束をしたのも事実だし、それを反故にしたい訳じゃない。
でも、まだ俺の外見は士郎と同じ子供でしかなくて。

この世で生きて行くには、どうしても保護者が必要だから。

俺一人では、士郎を守っていく事は出来ない。
それが判っていたからこそ、最悪の場合は切嗣に士郎を預けていくつもりだった。
もしそうせざる得ない状況になった場合、俺自身は自分の置かれた状況を考えればここから姿を消すしかないだろうけど。
そうなった時、残していく事になる士郎の事が心配じゃないと言う訳じゃないのだ。
様々な思いから、士郎の追求に答える事が出来ずに口篭っていると、それまで黙ってやり取りを聞いていた切嗣がゆっくりと口を開いた。

「……アーチャー。
正直、君が話してくれた話しはとても信じられない部分があるんだけどね。
それでも、君が嘘を口にする人間じゃない事くらい、僕にも判るさ。
だから、君が話してくれた事は嘘じゃないんだと思う。
なら、僕は士郎だけじゃなくて君の事も引き取ろうと思うんだ。
もちろん、君さえ嫌じゃなければの話だけどね。」

その言葉に俺と士郎がパッと切嗣の顔を見ると、そこには柔らかな笑みを浮かべた切嗣がいた。
こちらの話を聞いて、色々と考えた上で俺の事も含めて丸ごと引き受けてくれる決心をした切嗣に対し、俺はどう感謝して良いのかわからなくなってしまう。

何より、もう一度切嗣の息子になれる事が嬉しくて。

それでも、何も言わない事の方が不味いと思って、嬉しさに涙を零しそうになりながら小さく頷き。
「ありがとう、切嗣さん。
そう言って貰えて、凄く嬉しいです。
切嗣さんにはこれから色々と迷惑を掛ける事になるけど、よろしくお願いします。」
そう言って、もう一度今度は丁寧に頭を下げた。
テーブルの向こうの切嗣は、自分の提案が無事に受け入れられた事に対して、安堵したようにホッとしているようだ。
隣に座っていた士郎も、俺と離れなくて済むと言うことが判ったらしく、不安に強張りかけていた顔が見る見る花開く様に笑みを綻ばせていくのが見える。
その二人の様子を見て、全て話した上で受け入れられた事に、改めて俺は喜びと感謝の念を感じていた。

こうして、俺は士郎と共に改めて『衛宮』を名乗る事になったのである。


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