衛宮さん家の弓兵くんと士郎くん 少年期編 プロローグ
fateを中心に活動しているサイトからの再録です。オフ誌でも発行したんですが、一年以上前に完売してるので、サイト未収録分もこちらで掲載しようかと思い立ちました。このシリーズは、弓兵と士郎は仲がとてもいいです。切嗣とも仲がいいです。とりあえず、まずはプロローグから。 追記:4月12日付の小説デイリーランキング45位にランクインしました。皆様のおかげです、ありがとうございました。
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朝焼け中、凛との感動的とも言うべき別れを経て、あれほど苦労しながらも答えを得た私は、己が座に戻ろうとして、愕然とした。
なぜなら、本来戻るべき座が、突如その場に存在していなかったのだ。
その現実を把握した途端、ガクンッと衝撃が身体に走り、そのまま何かに引き寄せられていく。
それは、召喚される際の感覚だったが、同時に違和感も走る。
意識を自身に傾ければ、今まで座にあった本体が分体でしかないはずの、この身に融合していく感覚だと判った。
一体、何が起きたのか判らないまま、困惑している己をおいて目の前がホワイトアウトし‥‥
次の瞬間、視界に入ったのはあの絶望を抱かせた赤い空だった。
今目の前に広がる光景は、まだ「衛宮士郎」になる前の、地獄とも思えた最悪の記憶。
その場に立つ今の自分に、私、いや俺は素早く自分の状態を把握していく。
自分の状態が把握できなければ、どう動くのか決められないからだ。
ふむ、装備については、確認をした感じでは問題が無いらしい。
そう思ってふと手を見ると、微妙な違和感がある。
何か小さい。
ついでに言えば、視界もかなり低い?
そう思った次の瞬間、慌てて周囲を見渡した俺の視界に、崩れかけたビルの破れた窓ガラス映った自分の姿が入って‥‥
そのまま再び硬直に近い状態になった。
それはそうだろう。
目の前の破れたガラスに映った己の姿は、どう見てもこの災悪に最初にまみえた、自身すらまともに守れぬ程の、何の力も持たぬあの幼い頃のものだったのだから。
だが、そうして惚けていたのは僅かの間。
速攻で意識を立て直すと、素早く自分が今出来ることを確認した。
まず、魔力回路は全て開いている。
同時に保有している魔力だが、これも英霊だった頃と変わらないのが判る。
どうやら、これらの能力に関しては、特に問題が無いらしい。
では身体的なものはどうだろうか?
少なくとも、身体が今のサイズになった分は筋力が低下しているのは確実だろう。
実際に身体を動かしてみると、今までのような反応が返ってこなかったから、まず間違いない。
一応、強化魔術などの魔術関連は元のまま使えるから、全くの無力な存在になった訳ではないが、本来の自分からすればかなり弱体化してしまっている。
今、この場で他の英霊と戦うような事態になったら、それこそほぼ間違いなく勝事は出来ないだろう。
辛うじて生き抜く事は可能かもしれないが、それもかなり低い確率の上での話だ。
まぁ、周囲一体には濃厚な魔力の残滓を感じても、英霊が側にいる気配はしない。
多分、セイバーは既に次の場に移動し、ギルガメッシュもこの場から移動したのだろう。
わざわざ、あいつが厄介ごとしか既に残っていない、この場に残るなどと言う真似をする事はないと、これだけははっきり言えた。
ならば‥‥今の俺に出来る事は、一人でも多くの人を救う事。
そう思って視界を巡らせた先に、俺は思わぬものを見つけた。
それは、あの時の‥‥幼い頃の自分の姿。
周囲を囲む火に追われながら、その中を行き場がないまま、それでも彷徨い歩いていて。
その危うい姿を目にした瞬間、俺は自分で意識する前に身体が動いていた。
手の中に呼び出した双剣を使い、行く先を遮る火を切り伏せながら突き進み、幼い頃の自分の、士郎の前に俺が駆け寄るのと、士郎の身体が力尽きてその場に崩れ落ちるのはほぼ同時だった。
慌てて手の中双剣を消し、倒れ込む身体を支える。
幼い自分の腕の中に受け止めた、何の力もない小さな士郎の身体は、予想していたよりも遥かに軽いものだった。
原因が判らぬまま身体が小さくなっている分、同体格の士郎を重く感じるかと思っていたが、どうやら英霊としての体力的な面はある程度まで変わらぬらしい。
そんな事を頭の端で考えつつ、俺は腕の中に抱えた士郎の顔を覗き込んだ。
「‥‥大丈夫、か?」
その視線に合わせ、ぼんやりとではあるもののこちらを見つめ返してくる士郎。
多少頭がぼんやりとしているなりに、意識は残っているらしい。
「ならば」と、俺は必死に士郎に呼び掛けながら、まだ多少は安全な場所を探して移動していく。
このままこの場に立ち尽くしていたのでは、生き残れる確率が低いからだ。
そう、あの時の「士郎」も、そうしてさ迷い歩いて生き残ったのである。
士郎を支えて歩きつつ、俺はホントは苦手なのを無視し、敢えて周囲への魔力探査を行った。
今ならば、この場には切継が居るはずだ。
普通の状態では見付けにくいだろうが、切嗣は『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を持っている。
ならば馴染んだその気配を、自分が探れないことはないはずだ。
事実、俺は『全て遠き理想郷』の放つ強い魔力を感じ取っていた。
これが普通の魔術師なら、まず見付からなかっただろう。
それほど、この場には大量な魔力が満ちていた。
同時に、深い怨嗟の念も。
死に満ち溢れたこの場は、文字通りの地獄の釜の中にいるような様相で、この中にいて普通の人がまともな神経を保っていられるのは至難の技だと、俺は他人事のように思う。
こうして、あの時の自分を別視点で再度体験してみて、改めてあの時の、いや、今、目の前の士郎が感じ取っていた怨嗟の念の強さと、それによってじわじわと歪んでいく士郎の精神のいびつな歪みが、手に取るように伝わってくる。
まだ小さな士郎が、この、最悪とも言える状況で歪みを抱えてしまっても仕方がないだろう。
これ程の怨嗟の念を受け、自我が崩壊寸前まで追い込まれた揚げ句、真っ白になるまで擂り潰された意識に、切嗣の涙とその行動は強烈な刷り込みとなって士郎の中で構築されたはず。
自分と言う人格構成の根底にあるものを考えれば、まず間違いあるまい。
そこで、ふとある事に気が付いた。
確かに、自分の時はそうだった。
だが、今、目の前にいる士郎はどうだろうか?
今の士郎の目の前に居るのは、間違いなく自分で。
まだ朦朧とした意識しかないが、これで士郎の意識がはっきりしたら、もしかしなくても俺が士郎の人格構成の根底に加わる?
そう思った瞬間、俺は愕然となった。
もし、士郎が俺を目指して「正義の味方」になろうとしたとしたら、とても目に当てられない。
頭の端でそんな事を考えて行動していた為だろうか?
いきなり真横で立ち上がった火柱から破壊された聖杯の中の泥が、まるで溢れ出るように沸き出した事に、気が付くのが遅れたのは。
『 ヤバイ! 』
そう、頭の中で理解した瞬間、俺は今の自分に呼び出せる最高の盾を、口早に紡いだ短い呪文と共に、己の内に潜む心象世界から引き摺り出す。
「熾天覆う七つの円環!!(ロー・アイアス)」
その声と共に、俺は士郎の身体を掻き抱き、頭上に展開した花弁のような盾と共に必死に自らの身体を盾にして士郎を降ってくる泥から守る。
魔力の練りが足りなかったからか、展開された盾の花弁の数は4枚。
本来の盾の数から考えたら、それは不足も良い状態だったが、それを再構成し直す余裕など、今の俺には全くない。
今ある盾で、降り注ぐ泥から士郎を守る事に、俺は意識を注いだ。
だが、そんな俺を嘲笑うかのように、泥が噴き出す勢いは治まらない。
あまりの泥の量に、次第に己が呼び出した盾に罅が入り、一枚ずつゆっくりと砕け散っていく。
最後の一枚が砕け散る直前、俺は必死に士郎を抱き締め、少しでも士郎が泥を被らなくても良いように庇った。
そして‥‥
最後の守りが消え、二人は泥の中に飲まれていった。
溢れ返るような泥に飲まれた二人だが、別にそれで死ぬ事はなかった。
むしろ、泥の中に飲み込まれた次の瞬間、二人の意識はそのままどこかに誘われていく。
士郎はそれが判らぬまま、ただ流されるままにそれを受け入れていた。
そして俺はと言えば、流され運ばれる意識がどこに向かっているのか、何となく悟り呆然となる。
だが、それに逆らいつつ士郎を守って逃げる力など、今の俺にはなくて。
そして‥‥到達したらしい場所で、俺たちは膨大な知識を容赦なく頭の中に流し込まれ、そのまま今度こそ意識を失ったのだった。
誤字報告 切継→切嗣