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#34 エピローグ/Novel by ちくわぶ

#34 エピローグ

6,481 character(s)12 mins

士弓主従聖杯戦争ifストーリー四十話目
 腐向け(士弓)、ねつ造、設定改変、独自設定、重大なネタバレ、原作程度の暴力表現・流血表現

衛宮士郎がアーチャーを攻略するルートがほしいという思いから始まった本シリーズは、今話をもって完結となります。
長きにわたりご愛読いただいたみなさま、誠にありがとうございました。
御感想くださったり周囲の人へオススメしたりしてくれると作者が喜びます。よろしくお願いします。

さて、長編の第4巻と総集編について、紙媒体で発刊します。
総集編はA5二段組みにして薄めの紙を使ってなお約3cmの大ボリュームになりました。
冊子情報や頒布についてなどは以下の記事をご参照ください。
・総集編(illust/121144031
・第4巻(illust/121093656
せっかくなのでおまけとしてアーチャー視点をいくつかと、マルチエンドを書き下ろしたりしています。よければどうぞ。

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 盆を手に持って廊下に出ると、板張りの冷たさが気にかかった。料理をしていると気にならなかったけど、十二月ともなれば流石に、日が落ちると結構冷える。家の中だというのに、長袖一枚だと寒さを感じた。
 離れの方の温度が気になって、気持ち早足で廊下を抜けていく。空調完備で和室よりは寒くなかろうが、その肝心の温度設定が日中に調整したきりなので、もしかしたら寒い思いをさせているかもしれない。
 ドアの前にたどり着いて、大きくノック。
 耳を澄ませても返答は聞こえなかったが、きっかり五秒待って、声をかけながらドアを開いた。
「イリヤ、入るぞー」
 あまり広くない客室なので、開けるとすぐにベッドが目に入る。その上で横になっているイリヤは最初目を瞑っていたが、俺がサイドチェストに料理の乗った盆を置くとぱちりと目を開けた。
「シロウだ。おはよう」
「おはよう、ってももう夜だけどな。夕飯持ってきたけど、食べるか?」
 一人用の土鍋の蓋をぱかりと開けながら聞いてみる。中身はお粥――といっても三分粥なので、一般に想像されるよりずっと水気の方が多い粥だ。栄養のために卵半個分だけ入れて玉子粥にしている。
 イリヤは多分お腹が減っていないのだろう、身を起こす手間と食事をすることとを天秤にかけて、横になったまましばらく悩んだ様子だったが、最終的に「食べる」と答えてこちらを見た。
「よしきた」
 ベッド脇やら、向こうにある机やらに避けられたクッションを寄せ集めてきて、イリヤの体を起こす手伝いをする。
 聖杯戦争が終わってからこの方、グングンと身長が伸びているメリットを実感するのはこういうときだ。イリヤが小さいとは言え、ほとんど自立できない体を支えるのには、やはりガタイが大きい方が助かる。
 五十度くらいの角度に起こしたイリヤの上体が崩れないように整える。前後はともかく横はしっかり固めないとどうしても体が流れてきてしまう。心配した藤ねえやら桜やらが寄越した、もこもこと手触りがいい、しかし安定性抜群のクッションたちをうまく配置していく。
 ……イリヤが嫌がったから、今この家には藤ねえたちは来ていない。はともかく、それ以外に気を遣われるのが嫌らしい。本人は猫が嫌いなのに、なんだか猫みたいなやつだ。
 イリヤにバレたら絶対怒られる感想を抱きつつ、ベッドの上にも置けるテーブルをセットしたところで、最初の心配を思い出して聞いた。
「そうだ。この部屋、寒くないか?」
「そう? イリヤは、なんともないけど」
 参考になるようなならないような自己申告。うーむ、と食事の準備は進めつつ思い悩む。
「エアコンを強める――と、乾燥しちまうかな。ストーブがあったはずだから、夜だけでもつけようか。ヤカン乗せてさ」
 聞いておきながら、ひとり言の決定事項に近い声音なのが聞き取れたのだろう、イリヤはおかしそうにクスクスと笑った。
「イリヤは平気だけど、シロウの好きにすればいいわ。寒いよりは、暖かい方がわたしも好きよ」
 白紙委任のようなその言葉に、少しだけ胸が痛んだけど、表に出さないようにして頷いて返す。寒いよりは暖かい方が好きなのは、彼女の本心に違いない。
 そうこうしている内に整った夕飯を見て、特に合図をせずともイリヤがあーんと口を開けた。粥が十分冷めていることを確認してから、小さい匙に掬い取って口へと運ぶ。
 ほとんどが液体の三分粥だが、きっちりもぐもぐと咀嚼して、ゆっくり嚥下するまでを見届ける。
「……うん。今日もおいしい。ありがとうね、シロウ」
 そう言って笑ってくれるのは、全部俺を心配させないためのもの。
 暑い寒いというのもそうだ。イリヤはなにも感じていないし、なにも困っていないのに、俺が世話焼きなのを悟って、好きにさせてくれているのに過ぎない。
 優しい嘘だ。彼女は味なんて、もうわからないはずなのに。

 ――と。
「あ…………」
 そこまでを思って唐突に、自分が、彼の記憶に追いついたことを悟った。
 こんなやりとり、イリヤがこの家に来てから何回も繰り返してきたはずで、俺と彼女でここまで過ごした日々は、彼と彼女のものとは絶対に異なるはずだけど。
 だけど、確信があった。聖杯戦争より十ヶ月。ここが、イリヤスフィールの限界なのだということを。
 彼女は最初、急に押し黙った俺を不思議そうに見ていたが、思い当たることがあったのか、「あ」と納得を溢した。
「そっか。私ももういなくなっちゃうのね」
 あーあ、と。
 目の前でケーキが売り切れた、ってくらいの、本当になんてことのない調子で言う。
 俺はそれに、咄嗟に何かを言いたかったけれど、なまじ覚えのある光景だけあって、何を言えばいいのか結局わからず、口を噤む。
「……あの子のイリヤは、ちょっとかっこつけすぎたみたいだから。わたしのシロウにだけ、本当のことを教えてあげるね」
 黙り込んだ俺に、助けるように語り出したのはイリヤの方だった。
 彼女は内緒話の前置きのように囁き、俺が顔を上げて耳を欹てているのを確認してから続けた。
「わたし、シロウのことが好き。だから、死ぬのは怖くない。
 でも、あなたのことが好きだから、まだ死にたくないって思うわ。ここで終わりたくなんてない。シロウのことを置いていきたくない。立派なレディになって、タイガとお酒を飲み交わすのだって、してみたい」
 俺はどんな顔をしていただろう。きっと情けない顔をしていたはずだ。その証拠に、イリヤがおかしそうに笑っている。
「ね。幸せのまま死にたいっていうのと、幸せだから死にたくないっていうのは、両立するの。これは誰でも知っている、当たり前のことなのよ」
「でも……」
 だとしたら、そんな残酷な話はない。だって、現にイリヤは死んでしまうのだ。幸せだと微笑み、死にたくないと思ったままに。
「あの日、シロウを信じられず、見栄を張った私を許してあげて。そして、幸せだと笑った、どこかのあの子を信じてあげて。
 代わりに、あなたも、シロウも、何も謝らなくていいのよ。幸せになるって言うのは、ずっと昔から、こういうものなんだもの」

 どういう受け答えをしたのだったか、覚えていない。
 ただ、結果として、寒いのは嫌だという姉の強い要望を受けて、俺はストーブを取りに土蔵へと足を向けている。
 こんなことして意味があるのだろうか、と思う自分と、できる限り希望を叶えてあげなければ、と思う自分と、どうしたらいいのかわからないで立ちすくむ自分がそれぞれいて、結局最後まで、自分の意志が散り散りのままに、イリヤに手を引っ張られることでなんとか進んでいるような気がする。
 土蔵の戸の閂を開けて、扉を開く。十二月の満月は高く上がり、目で見る分には小さかったが、戸を開いた自分の影の輪郭がはっきりと臨めるくらいの光量があった。
 ストーブは最近修理をしたものだから、戸の近くにあるはずだ。月光で足りると思い、特に明かりをつけないまま土蔵に入る。
「えっと、確かあのへんに……」
 奥の長持やらが積み重なっているスペースへ足を向ける。物の配置に違和感はないけれど、自分で動かした記憶のない物が移動していたりして、そういえばアーチャーがここを塒に、勝手に整理していたのだと思い出す。
 土蔵の中はまだそのころの印象を保っているけれど、物が増えたり、逆に誰かに渡したりして、一年と経たずに元の通りとはいかなくなってしまった。そんなことに感傷を抱きながら箱を一、二個ずらしたところ、割合苦労せずに石油ストーブを発見した。
 ガタゴトと引っ張り出してくると、そういえば聖杯戦争中にも見覚えのある代物だった。
 キャスターから俺を助け出すためにボロボロになったアーチャーが、一応のマスターである俺から少しでも魔力を得ようとしたのだろうが、布団ごと俺を土蔵に拉致したときに使われたストーブだ。
 ここに俺を拉致してくれたやつはもういないし、布団だってシーツも本体ももうとっくの昔に洗って綺麗にしてしまったけれど、思い出が拭われきるにはまだ早い。
 沈んでいた気持ちが少しだけ持ち直す。さて、ざっと一年ぶりだが、今年もちゃんと動くか確かめようと身を屈めてストーブに手を当てる。お得意の解析の魔術で構造だけでも軽く視ようと、魔術回路を起動させた、ちょうどそのとき。
 特に深い理由はない、と思う。
 少なくとも俺自身の感覚としては〝なんとなく〟としか言えないが、とにかくふっとした思いつきで、俺は顔を上げて一度後ろを振り返った。
 開け放したままの戸から入り込む月明かりが、あまり整頓しているとは言えない土蔵の入り口辺りを照らしている。その当たり前の景色の中、一つ、おかしなものがあった。
 西洋剣だ。この日本では博物館くらいでしかお目にかかれないはずの、しかし博物館に飾られるものとは違って至って無骨なうらぶれた剣が、土蔵の床に突き刺さって鎮座していた。
「ええ……?」
 困惑する。剣の銘はわからなかったし、そもそも銘なんてないのだろうが、それが何の剣なのか俺にはすぐにわかった。
 十ヶ月前にやり残した、選定の儀の最後の工程。俺がアーチャーと同じ英霊に至るための片道切符が、この剣だ。
 それはわかるし、こうして俺の前に現れてくれてほっとするものの、『どうして今?』という思いが強い。
 こんな浪漫の欠片もない、ブルーシートとか敷いちゃっているような土蔵では、ありがたさが半減する気がする。
 とはいえ、契約は契約だ。言っては何だが阿頼耶識側のお眼鏡に適う――つまりそれなりに使い勝手の良い戦力でなければ、そもそも守護者には選ばれない。生涯に亘って二度と契約の機会が訪れない可能性だって、十分考えられたのだ。
 それが、こうしてもう一度機会が巡ってきた。俺は背を伸ばし、固唾を飲んで錆びた剣の元へ向かった。飾り気のない柄に手をかける。
 もう逡巡はなかった。今度こそ制止する人も現れない。
 俺はいよいよ、英霊の座へ至るための、守護者契約を果たそうとし――。
「…………」
 ギチギチ、と俺が剣を握りしめる音が空しく響く。
 少し頭を過ぎるものがあったが、いやいやまさかそんなはずはない、と頭を振って、気を取り直してもう一度剣を引っこ抜こうと力を込める。
 が、抜けない。コンクリートの強度が云々というレベルではなく、全く人知の及ばないレベルの頑強さで、剣は全く抜ける気配もなく堂々とそのまま鎮座していた。

 剣を掴んだまま茫然と、ビクともしない剣を見下ろす。
「……いや、どうしろっていうんだ、これ」
 もう一度、今度は両手を使って、恥も外聞もなく全霊を持って引っ張ってみるが、やはり抜けない。
 俺は大いに焦った。聞いてた話と違う。いやいや、まさか、この期に及んで、この剣を抜く資格がないなんて話があるのか? 向こうが最初に持ちかけてきた契約なのに?
 守護者として死後を捧げて、代わりに英霊エミヤとして座に至る。方々から叱られるくらい、異常に人類に有利で俺が不利な条件なのだ。他にはもう差し出せるものなんてないのに、これ以上、一体どうすればいいのだろう。
 一度落ち着こうと、剣から手を放して一歩下がる。
 本当は両目を塞いで深呼吸の一つでもしたかったが、目を閉じている間にこの選定の剣が消えてしまってはどうしようという恐れが勝って、視線を逸らすことはできなかった。
 見間違えはない。幻覚とかでもない。いや、内実は幻覚に近しいものだが、とにかく、これを抜くのが英霊エミヤに至るための契約であるという俺の理解に間違いはないはずだ。
 ひょっとして、あのとき剣を手に取れたのは、サーヴァントとしてアーチャーと主従契約を結んでいたからなのだろうか。そうであるならば、聖杯戦争の終わった今、契約の機会はとっくのとうに失われてしまった、ということになる。
 そんなの、俺にはどうしようもない。あるいは、聖杯を解体しようという遠坂と敵対してでも、もう一度聖杯戦争をやるしかないのか?
「そんな、馬鹿な話があるか」
 あり得ない話だ。そんな条件があるのなら、アーチャーとてあれほど必死に俺を止めようとはしなかったはずだ。
 大体この剣だって今俺の前に現れる意味がない。俺に資格がないのなら、どうして剣を寄越したんだ? 今更になって……イリヤが大変だっていうこんな時に、わざわざ狙い澄ましたかのように――。

 ――そうだ、なんだってわざわざ、こんな時に?

 この契約は、圧倒的に俺が不利にできている。そして、それに一番納得していないのは、俺でも阿頼耶識でもなく、この剣の本来の持ち主だ。
 だから、この剣が抜けないのは、俺に資格がないわけではなくって――。

「俺は、死後、この魂を捧げて、英霊エミヤとして、守護者の任を負うことを誓う」
 思いつきと言うには確信を持って、俺は宣言を始めていた。
 下げていた足を一歩戻して、今度こそという思いを込めて、左手で無銘の剣を掴む。
 守護者になることを改めて誓っても、まだこの剣は抜けない。俺は言葉を続けて、傾いた天秤を戻すための、一つの我が儘を追加した。
「だから、イリヤに――イリヤスフィールに、彼女が望むだけの、人並みの寿命を与えてください」
 祈るように呟いて、再度、剣を引き上げる。
 あれほどの頑固さで地面に突き刺さっていたはずの剣は、今度はあっけなく、俺の手によって抜き放たれた。

「なんだよ、それ」
 呆れたような、乾いた笑いが漏れる。
 別に俺はもとの条件で納得していたのに、世界アラヤを相手に価格交渉とか、やるか普通? ケチとか強欲とかいうレベルではないが、そこまでやって追加するのが、姉の延命とは一周回って恐れ入る。
「そういうの、多分シスコンっていうらしいぞ」
 引き抜いた剣を見上げて笑う。しっかりと握りしめている感触はあったのだが、軽口に付き合えるか、と言わんばかり、あっという間に剣は消えてしまった。
 それがますますおかしくて、誰もいない一人の土蔵で俺は笑った。これで死後の予定が万年先まで埋まってしまったわけだが、不思議と、なんとかなるだろうという楽観があった。

 土蔵を出ると、もう夜は深く、民家の明かりが少しずつ落とされて、夜空の黒と星の白が際立っていた。
 月はちょうど雲がかかって姿が見えないが、その分星がよく見える。
 俺は見上げた夜空に満足して、イリヤのもとに帰るため――格好つけの彼女の弟の話をするために、離れへ足を向けた。

Comments

  • 響哉@Twitter

    気軽な気持ちで読み始めたらすごく長くて、綿密に練られた大作で読み終えて手が震えています。 UBWとは異なるアーチャー救済ルートがここにあったんだと思えてなりません。 あの剣の丘で2人のエミヤが邂逅する姿を想像してしまう。 平凡な感想ですが素晴らしい作品をありがとうございました。

    October 9, 2024
  • ナカ

    完結おめでとうございます。素晴らしい作品をありがとうございました。 最高の士弓を堪能できて幸せでした。 士郎がいつかアーチャーの場所へたどり着けることを祈って。

    September 23, 2024
  • 竹箒は最強

    完結おめでとうございます。長期に渡る連載お疲れ様でした。 イリヤも救った士郎ならちゃんと英霊の座までたどり着けると思います。 読み応えのある素晴らしい作品をありがとうございました。

    August 11, 2024
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